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アルタナ(改修版)  作者: 夢見無終
第三章 黒百合は誓い、白百合は捧ぐ―――。
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第四話

 彼方から鬨の声を聞いた後は、何事もなかったように静寂を取り戻す……それでもアルタナディアは一人、戦場となっている荒野の方向の空を見上げている。

 周りを林に囲まれた、二百メートル四方の開かれた場所―――ここは補給基地である。ただし、小屋に薪や非常食がある程度で、実質基地としての機能はないに等しい。近くに川が流れるこの場所は、もっぱら野外訓練のためのキャンプ地として利用されることがほとんどである。今回も戦地となっている荒野より三キロ以上離れており、全く戦略的価値がない。ここを守る任務をアルタナディア以下イオンハブス軍は任された。イオンハブス兵は屈辱に感じないわけではなかったが、それよりも主君のアルタナディアの状態を考えれば、已む無しであった。

 若き騎士・アルドロがアルタナディアの前に跪く。

「陛下、どうか中へお入りください。ご心配なさらずとも、きっと勝利の報をもって全員帰ってきます」

 アルドロはまだ二十三歳だが、現在アルタナディアに付き従っている百八十名弱の部隊で副長を務める。多くの兵士が二十代以下なのは、志願兵がほとんどだからだ。旧態依然とした騎士団に嫌気がさす若者は少なくないということである。しかしそれは革新の息吹でもある。合同演習初日のデモンストレーションを見た彼らは戦闘レベルの高さに驚き、そしてあのカリアが見違える強さだったのが信じられなかった。「姫様」と二人、約一ヶ月間行方不明になっていたことすら知らなかったが、その間にエレステルに潜伏し、技術を学んでいたことが羨ましかった。だから少しでもこの地に残り、剣の腕を上げる機会を窺っていたのだ。

 ――そういう意味では今回の戦闘に参加できないことは残念だったが、必要なレベルに達していないと言われれば仕方がない。支援という形で向かった七人はイオンハブス全軍の中でも相当な実力者である。それにアルタナディアを放って自分も、というわけにはいかなかった。唯一我がままを言ったのはカリアのみ……。

「…陛下……」

 アルドロの後ろからサンジェル医師長も現れ、アルタナディアに休むことを促す。アルタナディアは無言で頷き、設営されたテントの中へ戻っていった。中ではメイドや看護師が控えていて、アルタナディアをベッドに寝かせる。

「まだ熱が……もっと水を用意してください。そしてぬるめのお湯も」

 動き回る看護師もメイドも若い……アルタナディアと十歳も離れていない。もちろん監督する上役はいるが、身の回りの世話役のほとんどは仕える対象と同世代の人間になることが多い。接しやすく、そして生涯続けられるように。正式に王が代替わりしたことで、アルタナディアの周囲でも本格的に世代交代が行われていた。しかし、これはアルタナディアが指示したことではない……。

 ふと、シーツが新しくなっていることに気付く。ベッドから起き抜けて戻るまで十分と経っていなかったはずだ。

「……あの…」

「はい陛下、いかがされましたか?」

「……………」

 アルタナディアが中々次を続けないので、応えたメイドだけでなく、看護師の女も手を止めた。

「……陛下?」

「………わけもわからないまま私の勝手に付き合わせて、申し訳ありませんでした……貴女方も帰りたかったでしょうに、こんなにしてくれて……お礼を言います。ありがとう…」

 女王からの―――アルタナディアからの予想外の言葉に、全員が数秒、動きを止めた。

「あ……な、そのようなお言葉、その……こちらこそありがとうございます…」

「違うでしょ、バカ…!」

 赤くなって照れるメイドの頭を看護師が叩く。

「陛下、お気づかいは無用です。私どもは陛下にお仕えできることこそ喜びなのですから」

「そ、そうです、急にそのように仰られると、ビックリします…」

「アンタ…!」

「だって! 今までこんなのなかったし…! あ……」

 さすがにマズイと思ったのか、メイドの表情が固まる。今の言い回しでは、普段のアルタナディアが冷たい人間のように聞こえる。

 しかしアルタナディアは、それこそカリア以外は今まで誰も見たことのない柔らかい表情でクスリと笑う。今度は看護師の女も固まった。

「どうしました…?」

「いえ、あの……とても可愛らしいなぁと…」

 メイドが率直な感想を漏らして看護師も我に返る。

「なんてこと言うの! 申し訳ありません陛下、彼女はすぐに調子に乗るので…」

「構いません。褒められて嬉しくない女はいません」

「そうですよねぇ」

「アンタ本当に黙ってて…! 陛下、あまりお話されますとお身体に触ります。ゆっくりお休みください」

「ええ、そうします……その前にサンジェル医師長を呼んでもらえますか」

 看護師がメイドを入り口へと押しやり、メイドはぶつくさ文句を言いながら、二人は出ていく。そして十秒も経たない内にサンジェルがやってくる。アルタナディアは人払いを要望し、目元が緩くなったメイドをまた看護師が押しやり、テントの中は二人だけになる。今日はよく晴れていて、やや厚みのある布地も陽光に透けて、テントの中は照明がいるほどではない。出ていった看護師とメイドがまだ言い合っている影が見える…。

「…いかがされましたか陛下。どこかお加減が…」

「いえ……」

 見た目以上にアルタナディアの体調は悪い。バレーナとの決闘から数えれば三週間も熱が出たり引いたりを繰り返している。十分な静養が必要であることはアルタナディア自身がわかっている。寝ても立っても吐き気と眩暈がする……それでも、今は眠ることができない。

「これで……よかったのでしょうか……」

「何がでしょう?」

「合同演習でエレステル軍の実力と、自分たちが疎まれている実情を知り……イオンハブス兵の多くが、軍事援助に理解を示してくれたと聞いています…。ですが、彼らの父や母、子供たちはどうでしょう…。大切な人が傷つき、倒れても、納得できるでしょうか……」

「後悔していらっしゃるのですか…?」

「…………」

 ベッド脇のデキャンタに手を伸ばそうとすると、サンジェルがカップに水を注ぎ、差し出す。アルタナディアはそれを素直に受取れなかった。

「私の中では……今回のような事態が起こっても、連れてきた兵全員で参戦するつもりでした。ですが、実際にはまだ若い兵たちばかり七人…。為政者としては、万が一の場合でも最低の犠牲で済むという見方もできます。ですが……ですが…」

「……どうかお気を楽になさってください。陛下は間違っておりません」

 サンジェルのセリフが気休めだということはわかっている。気休めにしかならないがあえてそう答えてくれているとも…。

「私は…カリア、が………カリアが自ら名乗り出た時、止めようと思ってしまったのです……近衛兵であることを理由に、言い訳にして、カリアだけは危険な目に合わせたくないと、利己的な欲求を持ってしまったのです。ですが、そんな自分勝手が通るわけもなく……軍事的協調路線を打ち出した手前、私は何事もないようにカリアを送り出してしまいました…。この先、私は同じ思いをたくさんの人たちに強いることになるのです。事によっては、それ以上の悲しみや苦しみを……私に、そんな権利があるはずもありません……」

 シーツを握りしめるアルタナディアの手は小さい。国民の命を支えるには余りに小さい……

 その少女の手に、サンジェルは改めてカップを差し出した。

「ご立派でございますアルタナディア様…。私は医師として先代よりお仕えしてまいりましたが、御父上が亡くなられた時も御母上が亡くなられた時も涙一つ流されなかったアルタナディア様が左様にお考えとは、安心いたしました。ガルノス様からは『娘が笑わない』とよく相談されたものですぞ」

「お父様が…?」

「そして今のアルタナディア様と同じく、よくお悩みでいらっしゃいました。私は政はわかりませぬゆえ、お話ししやすかったのかもしれません。アルタナディア様もまた、私に胸の内をわずかながら曝け出して下さいましたこと、光栄に存じます。あのカリアめの影響でしょうか。私自身は気に入りませぬが」

「そうかもしれません……。カリアは近衛兵としては未熟ですが、真っ直ぐで……私にないものを持っています…。カリアがいなければ、私はここまではこられなかったはずで……カリアは、私に必要なのです。なのに…私は……」

 震えて、尻すぼみに小さくなっていくアルタナディアの声…。そしてアルタナディアが沈黙すると、サンジェルは柔らかい笑顔を向けた。

「私はアルタナディア様がその場の思い付きで行動なさっているとは思っておりません。ガルノス様が亡くなられた時から、いえ、その前からお一人で熟考し、苦悩されて決断されたことでしょう。もちろん異を唱える者もおりましょうが、今この場に残ったのは陛下のお考えに従う者たちばかり。何も心配なされる必要はありません。アルタナディア様……我々は陛下の味方なのです。どうかお一人で抱え込まず、我々も頼ってください。陛下は王としてはまだ殻を破ったばかり。これからではありませんか。今からこの有様ではとてももちませぬぞ」

 寝かせようとするサンジェルの手にアルタナディアは素直に従う。

「すみませんサンジェル……私は、弱い王です…」

「これからです、アルタナディア様」

 頭を撫でられ……幼い頃、父や母に同じことをしてもらったような気がする。アルタナディアに胸の奥に引っかかったトゲがすっと抜けたような、安らかな気分が訪れる。すると肉体が疲労を思い出し―――ようやく深い眠りの底に着いたのだった。













 ……雑音が、耳に着く。


 雨だろうか? 土砂降りの雨粒が蝋の塗られたテントの表面を打ち付けているのだろうか。

 薄く眼を開いた瞬間、酷い眩暈がアルタナディアを襲う。横になった状態でこれほど視界が揺れるのは初めてだ。かつてないほど、誤魔化しが効かないほどに悪化している。これまでの人生の中でこんな風になったことはない。危険だと本能が訴えている。

 身体の芯から燃え上がるようだ…。デキャンタに手を伸ばすも、カップを落としてしまう。構わず直接口をつけるも上手く飲めず咳き込んでしまう。周りには誰もいない……。ベッドから抜けだそうとすれば、転げ落ちる。誰か呼ぼうとするが声が出ない……。

 ふと、気付く。雨など降っていない。外は晴れている。テントの布壁の向こうに大勢の影が透けて見えるではないか。なら何だ、この音は? 

 上手く立てない……重しを付けた甲冑を着ているようだ。重心が安定しない。それでも這うようにして前に進み、出入り口を覆い隠している布壁を掴みながら立ち上がろうとして―――前のめりに倒れて外に出てしまった。


「……え…」


 突然視界に飛び込んできたものが理解できなかった。真っ赤に染まった、人の手。真っ赤に染まった、土。たくさんの、見慣れない靴。

 顔を上げる。それはあまりに不用意だった。

 一面には人、人、人……ただし、その半数は倒れている。先程までそこにいた兵たちだ。誰一人、ピクリとも動かない。そして立っているのは見たこともない戦士たちだ。手に持つ剣や纏っている服にいくらか返り血が付いている。

 ―――何が起こったのか、わかった。

「やだっ、いやだ! 離してっ…離してよ!!」

 女性が大男の戦士に掴みかかられている。卑しい笑みを浮かべる男に襲われているのは、眠る直前に話したあのメイドだ…。メイドは服を引きちぎられ、他の男達に囲まれても、諦めずに抵抗していた。

「さすが女王様、侍女も一級品じゃねぇかよ!」

「黙れこのっ―――!?」

 メイドと目が合った。釣られて男達もアルタナディアに気付く。

「おいおい……まだこんなところにいるじゃねぇか。しかもなんだ、まだガキっぽいのに妙な色気出しやがって……興奮してんのかぁ!?」

 地面に這いつくばったままのアルタナディアに向かって男達が踏み出してきた時、

「止めて―――!! その子に手を出さないで!!」

 メイドが叫ぶ。あんな目にあっても気丈に振る舞い、涙すら見せなかったのに、アルタナディアを見た途端に表情が崩れていく。

「ぁあ? ハッ、気にしなくても二人とも相手してやるぜ?」

「やめて…お願いだから…! 私が……何でもするから…!」

「おいおい何でもしてくれるのかぁ? 参ったなぁ、こっちはそんなつもりなかったのによぉ! つってもこっちはこの人数だからなぁ…?」

「……好きにすれば、いいでしょ…」

 メイドはアルタナディアに背を向け、立ちつくす。その周りをまた男達が囲み、メイドの服に手を掛けて……

 その時――。

「――…何をやっている」

 数人の兵士を引き連れた若い青年が横合いから声をかけた。雰囲気や服装から見て、上流階級の人間のようだ。

「私は女王以外殺せと命令したはずだぞ」

 一回り以上大きい体格の男達を前にしても青年は物怖じしない。どうやら上官らしい。

「いいじゃないですかねぇ、憎き敵国の女でしょう? 戦利品代わりにもらっても構わないでしょうが?」

 青年はしばらく男達を睨みつけると、肩を竦めた。

「………ダカン」

「御意」

 青年の後ろに控えていた若い男が剣を抜き、躊躇なく男の首を斬る。次いで青年の兵士たちもメイドを襲っていた男達を斬り殺す。応戦する間もない、あっという間の出来事だった。そして―――

「がっ―――…!」

 声にならない悲鳴を上げて、最後にメイドが刺殺された。ついに一度も振り返ることなく、メイドは死んだのだ。アルタナディアの、目の前で。

「今が差し迫った状況だとわからんのか、無能どもめ。これで同じエレステル人なのだから腹が立つ」

「全くでございます」

 一頻り文句を言うと、青年は何事もなかったように伏せたままのアルタナディアに歩み寄り、目の前で膝を折った。

「数日ぶりでございます、女王陛下。いささかこちらの不手際がございまして、大変申し訳なく思っております。しかしながら元を辿れば、あなたの演説のおかげで今一つ味方が増えず、ごろつきどもを雇うはめになったのですから、まあ痛み分けですな。悪く思わないで頂きたい……聞いていますか? 聞こえていますか? 大分目が虚ろですが……おやおや、これは高熱だ。ダカン、薬を処方して差し上げろ」

「畏まりました」

 ダカンがハンカチを取り出し、アルタナディアの鼻と口を塞ぐ。急速に眠気がアルタナディアを襲う。

「バレーナと渡り合ったというからどう対処しようかと頭を悩ませたが、こう上手く運ぶと些か怖くなるな」

「運も味方しております、サジアート様」

 サジアート=ドレトナ…。

 覚えている……昔から覚えている。今のような慇懃な言い回しでバレーナに近寄っていた男だ。最高評議院十三席の一人で、今は反逆者、この戦いの首謀者……。

 この男が、臣下を殺した。慕ってくれた兵を殺した。優しくしてくれた人を殺した―――

 ―――だが、心は動かない。身体は自由にならない。今のアルタナディアは何もかもが意識から切り離され、思うようにならない。ただ瞳には数えきれない死体と赤い大地が映り、それも間もなく意識とともに途切れた―――……。










「はっ、はっ、はっ……」

 戦闘開始から早二時間。未だ多くが入り乱れる戦場で、激しいつばぜり合いと幾度も交差する剣撃。右手にサーベルを握るカリアは大きく息を上げている。だというのに、だ――

「何だコイツは…!」

 相対する槍使いの男は言いようのないプレッシャーを感じていた。

 この女剣士、弱くはない。しかし戦士としては明らかに素人で、初陣であろうことはすぐにわかった。常に全力―――周りの状況が見えていない、緊張で見る余裕がない。戦場は命のやり取りの場であるが、それゆえに常に余力を残すものである。戦闘には全力が必要になるタイミングがあって、その好機を制するかどうかが勝利の鍵となる。それまでは弱者から削り、数を減らして有利な状況にもっていくのがセオリーである―――少数対少数がメインのエレステルよりも大部隊による決戦の経験が圧倒的に多いジャファルス、その中でも熟練の域にあるこの男は、それをよく理解していた。案の定、エレステル兵は個々の力を上手く発揮できていないように見える。今相手をしているこの女もその一人だと見抜いた。

 だが、疲労が垣間見えるというのに、槍は女剣士に届かない。それどころか防御一辺倒の剣がますます冴えわたっているように感じられ、いよいよ「勝てないかもしれない」と考え始めてしまったのだ。こうなると取るべき選択肢は二つ……捨て置いて他へ行くか、後のことを考えて今潰しておくか。しかしこの女、まるで視線を外す気配がない。まるで獣の目だ……隙がない。

 …構えを変える。槍使いは後者を選択した。多対一の状況になれば苦もなく勝てるだろう。だが、この手の輩は一対一なら大将でも殺す。そういう機会があれば必ず貴重な駒を狩ってしまうだろう。敵の切り札となりうる存在を生かしておくわけにはいかない。

 姿勢を低くし、一撃必殺の突撃体勢をとる。しかしこれはフェイクだ。初撃は急所を狙うと見せかけて敵の武器を弾き、空いた所にとどめを刺す。高速の二段突きは槍の基本ながら、極めれば必殺技に昇華する。女は最警戒……それがすでにドツボに嵌まっているのだ。

 息を吐ききり……仕掛ける! 高速の槍は剣の間合いの外から真っ直ぐ女の左脇腹へ―――右利きの剣士には最も防ぎ辛い箇所の一つだ。仮に剣を構えたとて―――

 ギャリィンッ…!

 ――手首を捻り、スピンを掛けた突きを相手の武器の芯から少し外した位置に捻じ込むことで弾き飛ばす。針を通すような精密攻撃さえ間違えなければ片手剣程度、ましてやサーベルのような軽量武器を弾くなど造作もない。ここから腕は大きく引かず、自ら大きく踏み込むことで、至近距離から反動を付けての二撃目―――渾身の突撃から超クイックの片手突きが襲うのである。初見でこれを防いだものはいない。今回も理想通りの形で仕留めた……かに思えた。

 ぎいぃん…。

「なっ…!?」

 再びの鈍い金属音……右手首が痺れるほどの重い衝撃で弾かれたのは自分の槍の穂先だった。そして穂先の延長線上には―――鞘だ。腰に佩いていた鞘が女の左手に逆手に握られている。この衝撃は……鉄製か!? 利き腕でないほうの腕でこれほど振れるという事は、まさかこの女は……!

 女の瞳がこちらを捉えた。本能的に危機を察知した男が間合いを離そうとするが、すでに女が詰めていた。

「しまっ…」

 後は言葉にならず、男は剣と鞘の三連撃を食らい、倒れた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 女―――カリアは息を整えながら男を見下ろす。まだ死んではいないが、立ち上がることはできないだろう。

「強かった…」

 自然と感想が口からこぼれた瞬間、背後に気配を感じる。剣を振るよりも肩を掴まれたのが先だった。カリアは一瞬身体を強張らせるが、

「あっ……お前か…」

 アケミだった。

「………どこかやられたのか?」

 カリアがそう訊ねたのは、アケミが余りに血まみれで返り血なのかどうか判別できなかったのと、表情が酷く暗かったからだ。

「いや………」

 アケミはそこから中々話さず、言葉を選んでいるようだった。そうして立ち止っている間に敵が剣を振りかざして向かってきたが、「邪魔だ」とアケミの振り向きざまの一刀で事切れた。

「…おい、なんだ、早く言え! こんなところでじっとできないだろ!」

「……そうだな」

 カリアに向き直ったアケミは鼻から大きく息を出し、ようやく口を開いた。

「イオンハブスの陣が襲撃されて、アルタナが連れ去られた。一緒に来るか?」

 カリアはすぐに理解できなかった。正確には、理解はしたが思考停止し、飲みこめなかったのだ。ただ、アケミの最後の言葉だけが引っかかった。

「…当たり前だろ! 私は近衛兵だぞ!」

 カリアがどん、と肩を押すと、ようやくいつものアケミの表情に戻った。

「フ、そうだったな。ついてこい!」

 アケミを追って走り出してカリアは気付く。身体が重い。不安と焦燥で脚が動かなくなって、このまま立ち止ってしまいそうだ。

(アルタナディア様……!)

 ただ胸の内で想い、叫び、腰のサーベルを握った。




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