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第四話:ギルドへ

「おお、近くで見るとまたいい雰囲気の街だな!!」


「この街はベーカードといいます。しばらくの拠点になると思うので、気に入っていただけたのなら良かったです」


 契約を終えた春彦達は、街へやって来ていた。

 今日、この後の目標はまず寝床の確保だ。

 つまりは宿屋に泊まる事になるわけだが、春彦は無一文だし、アーシャも満足な資金が不足していた。

 なので、まずは資金を得なければならない。

 そのためにはギルドへ向かい冒険者としての資格を得る必要がある。

 ――――とはアーシャの弁だ。

 実際問題、最低限この世界で生活できるだけの基盤を整えなければ、神様救出も困難だろう。そして、どうせ職につくなら憧れの冒険者がいい、という事だ。


「でもさ、実際問題今日中に報酬が貰えるクエストなんてあるのか? 俺達駆け出しも駆け出し、ぺーぺーだぜ」


「大丈夫です。そんな駆け出しのために、探し物だとかちょっとした手伝いだとかのクエストがあります。それをこなして、とりあえず今日の宿代にしましょう」


「なるほど、確かに駆け出しには相応しいな。しばらくはその低ランククエストを攻略する日々になりそうね」


「ですね。しかしハルヒコ様――――」


「待て。その呼び方、様付けはよしてくれよ……。どうにも慣れないんだ」


「そ、そんな。そうはいきません!! ハルヒコ様は私の新しいご主人様です、そんな無礼な事は……」


「いや、ご主人とかそういう事のために契約したんじゃないんだって。生粋の日本男児である俺にはこの手の文化分かんないんだよー」


「わ、分かって下さい!! ともかく、ここは私も譲れないところなんです。お許し下さい!!」


「むむむ……」


 困惑する春彦。

 というのも、慣れてないというのも事実だったが、どちらかといえばアーシャのために言っていたところがあったからだ。

 しかし、長い奴隷生活のせいか、それとも生まれつきの奉仕精神があるのか。ともかくアーシャの意思は硬いようだった。


(ま、俺としてはそこまで執着することじゃないか……。そのうち慣れるよな)


 という事で、折れたのは春彦の方だった。


「分かったよ、好きに呼んでくれ。それで、さっきなんか意見しようとしてくれてたよな?」


 それを聞いてムッとした表情から安堵の表情へ変わったアーシャは、今更ながら当然の質問をぶつけた。


「ハルヒコ様は流浪人と言っていましたが、目的等はないのですか? 私のために生活費を稼いでくれるつもりならそんな事は……」


「ああいや、そこは大丈夫だ。べつに目的とかがある訳じゃない。その日その日を生きていく、それ以上に大切な事なんてないだろう?」


「それはそうですけど……。でもなんででしょう、良いこと言ってるはずなのにどうも逃げ腰な気が……」


「HAHAHAHA、何を仰るか。さ、ギルドへ案内してくれたまえ」


「は、はあ」


 神様を助けに来た、などと言っても信じてはくれないだろう。

 ある程度犯人の尻尾を掴むまでは、この事は隠しておく事にしたのだ。この先もパーティーを組んでいれば、自然と話すときはくるだろう。



  賑やかな大通りを歩いていく二人。

 周囲は西洋風のレンガ造りの家やお店が連なっている。

 日本のコンクリートジャングルしか知らない春彦にはその全てが新鮮だ。

 よく見れば街を歩く人々の種族は様々で、獣人のような者までいる。

 売っているものも今まで見たことのない果物や装飾品であり、興味から視線が縦横無尽に移動してしまう。

 まるで子供だ。


 その様子に、アーシャも思わず苦笑する。


「そんなに気になりますか?」


「そりゃもちろんだ。お金に余裕が出来たら買い物来ようぜ。俺、ショッピングって結構好きなんだよ」


「はい、その時はお供させていただきます」


「ま、しばらくはそんな余裕も無さそうだけどな」


 歩くこと数分。

 他の建物とは趣の違う、大きな建物が見えてきた。

 水晶や大理石のような素材で造られているからか、神聖かつ厳かな雰囲気を醸し出している。

 ゴクリ、と喉がなる。


「そんな緊張しなくても大丈夫だと思いますよ。中は食事処があったりと、結構楽しげです」


「そ、そうなのか? まあギルドってそういうもんか……。確かにビビってても始まらないな、よし行こうぜ」


 意を決し門を潜ろうとしたところで、アーシャの動きが止まっている事に気づいた。

 申し訳なさそうにうつむき、門の端に寄っている。


「どうした、早く行こうぜ?」


「いえ、私は……行けません。きっと迷惑をかけてしまう。ここで待ってるので行ってきて下さい」


「……あー。それはもしかして、奴隷だからとかそういう理由か?」


 はい、と肯定しながら、アーシャは左の手の甲を見せてきた。

 そこにあったのは不思議な紋様――いや、痣だ。絶対に治らないような、深く深く刻まれた痣。


「これが奴隷の証です。この痣がある限り、私は蔑まれます。だから公共の場には行けません。ハルヒコ様には迷惑をかけたくない……です」


 それは、奴隷制の闇を表した台詞だった。

 春彦が思っていた以上に、それは深く絡み付いているようだ。

 だが。

 しかし。


 そんな事を考慮するくらいなら、始めから契約をしようなどとは思わない。


「大丈夫だ、問題ない。ほら、行くぞ」


 そう言ってアーシャの手を掴む春彦。


「え、あ、あの!! え、えええええ?」


 困惑するアーシャを、引きずるようにして連れていく。

 少し気が引けたが、これも必要な過程だ。

 周囲からの評価など気にしない、という事を理解してもらわなければならなかった。――という本質的な意味合いもあるが、それ以前に春彦はこの世界の文字が読めないという問題があった。

 アーシャには一緒に来てもらう他ないのだ。


「べつに俺は悪口雑言気にしないよ。ほら、俺って世間とか常識とかに対する反逆者だから」


「い、意味分かんないです!! 私のせいでハルヒコ様まで白い目で見られるのは嫌です」


「だから大丈夫だって。悲しい事にそういうの慣れてんだよ。なんならご褒美だぜ?」


「ただの変態じゃないですか!? と、ともかく、いーやーでーすー」


「駄々こねるんじゃありません、お兄さん許しませんよ!! いや、マジで来てくれなきゃ困るから」


「むぅ、どうして分かってくれないんですか!?」


「いやいや、そりゃこっちの台詞――――」


 春彦が言い返そうとした、その時。

 二人の肩を何者かの手が叩いた。


「ギルドの前で、あんまり五月蝿くしないでくださります?」


「ご、ごめんなさい……」


 

 ◇ ◇ ◇




「なんだ、冒険者志望の方だったんですね。でも、あんまり外で騒がしくしちゃダメですよ?」


「は、はいすみません。今後は注意します……」


「分かってくれればいいんです。パーティーメンバーと仲いいのは良いことですから」


「あ、あはは。そりゃどうも……」


 春彦とアーシャの言い合いは中まで聞こえていたようで、職員――目の前の女性――が注意しに来たのだった。

 そのままなし崩し的に受付までやってきたわけだ。

 もちろん、アーシャも一緒に。


「…………」


 今は春彦の隣で借りてきた猫のようになっている。

 左手を隠しているのは最後の抵抗か。


 そんなアーシャの様子を気にしながらも、春彦は手続きを始める。


「では、ここからは私ギルド役員グレースが承ります。よろしくお願いしますね」


「は、はい。お願いします!!」


 つい、声が上ずってしまう。

 そんな春彦の様子に、グレースが吹き出す。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。大した手順もないですし、私も優しいですよ?」


「自分で言っちゃうの!? でも簡単ならよかった……」


「はい、すぐ終わりますよ。ではこれを」


 そう言って渡されたのは、カードのような物だ。

 しかし、そのカードには何も書かれていない。白紙のカードだった。


「えっと、これは何ですか。もしかしてお前の魂を封じてやるぜ、的な? 闇のゲーム的な?」


「なに言ってるか分かりませんが、それに貴方のステータスを表示させることで、カードとリンクしてるこちらのシステムに登録が完了する、という流れです」


「なーるほど。んで、どうやってステータスを入力すればいいんですか?」


「カードに魔力を込めていただければ。あ、職業は冒険者でよろしかったですか? とてもそうとは思えない格好ですが……」


「あ、あははは。えっと、冒険者で!!」


「かしこまりました」


 もっとも、職業適性スキルを一つとして持たない春彦には、選べるほどの職業はなかったのだが。


 春彦は手元のカードに意識を移す。

 魔力を込めれば現状のステータスとスキルが表示されるわけだ。

 恐らく、ガーベラとの戦闘で【彼岸の福音】は発動している。となれば神様が最初に教えてくれたステータスも、すでに過去のものとなっているはずだ。

 ステータスは一応自身の心の内に表示できるが、それは何となく感覚で理解できる程度のものだ。

 しかし、これからはこのカードで確認を取ればいい。素晴らしきかな管理システム。


「さて、魔力を込めればいいんだな。むむむむ」


 今まで魔法を使った時と同様、集中して力を込める。

 これが正しいやり方かどうかは分からないが、少なくとも間違ってはないらしい。


 その証拠として、カードにステータスが浮かび上がってきた。


「お、おお……これは」


 ステータスの平均はCランク。魔力に関してはAランクを獲得していた。

 ちなみにスキルは閃光ラシオンのみ。

 やはり、今回取得出来たスキルは一つのようだ。


「へえー悪くないステータスじゃないですか。相性の良いスキルさえ覚えれば、そこそこのクエストに行けますよ!! あとは実践経験を積むだけですね」


 仕事だから、とは分かっていても、持ち上げられて悪い気はしなかった。

 まじまじとステータスカードを見てしまう。

 右上に記された『職業――冒険者』の欄。

 それこそが、夢の叶った証だ。


「これで登録は完了なのか?」


「はい、問題ありません。ハルヒコ様は当ギルドの冒険者として登録されました。施設内の設備、資料、全てご利用可能です。また、クエストの受注も解禁されました」


「じゃあ、さっそくクエストを受注したいんだけど、俺達みたいな駆け出しでもクリアできそうなのってあるかな?」


「そうですねー。簡単かつさくっと終わりそうなクエストですと……。こちらなどいかがでしょう」


 そう言ってグレースがクエストの詳細が書かれているであろう紙を差し出してきた。


「ふむふむ、なるほどー」


 などと適当に相づちを打ちながら、アーシャの側に寄る。


(な、なんでしょう……?)


(これ、なんて書いてんだ? 実は俺、この世界――国の文字、読み書き出来なくてさ)


(そ、そうだったんですか!? それを早く言って下さい)


 アーシャは春彦の手元のクエスト用紙を覗き込み、内容を確認する。


「なるほど、確かに簡単そうなクエストです。内容は街郊外に沸いたスライムの討伐ですね。報酬も今日宿を借りる分は貰えるはずです」


「スライムね。最初の相手としてはこれほど相応しいヤツもいないけど、実際のところ強さはどうなんだ?」


「大丈夫です、スライムに戦闘力はほぼありません。私でも蹴散らす事が可能かと。ハルヒコ様が戦いに慣れるにもちょうどいい相手だと思います」


「ほうほう、つまり今度こそチュートリアル戦闘ってわけだ。ガーベラとかいうのはあれだな、負けイベだったわけだな。よし、グレースさんこのクエストお願いします!!」


 意気揚々とクエスト受注を宣言する春彦。

 そんな春彦に対しグレースは笑顔で。


「では、装備の確認とクエスト受注料五十マニーをお支払い下さい」


「……………………え、あ、マジで?」


 春彦の顔面が硬直した。

 手数料、言われてみればあるのは当然だ。しかし、春彦は今無一文である。

 おまけに装備などない。


(装備……確かに必要だよなあ。シャツとジーパンでモンスターと戦う冒険者とか絵面最悪だしな)


「あ、あのー」


「すいません!!」


「は、はい?」


「実はですね……かくかくしかじかまるまるで、装備はおろか受注するためのお金もないんです!! ……どうにかなりませんか?」


 受付の前で華麗に土下座を決める春彦。言っている事もやっている事もダメ人間そのものだった。

 いったい何事かと、周囲の視線が集まりギルド内がややざわつく。

 これに慌てたのはグレースの方だ。


「ちょ、ちょっとちょっと!! 何してるんですか、顔を上げて下さい。というかプライドとかないんですか!?」


「プライドでお金が稼げるか!? そんなもん犬にでも食わしときゃいいんだ!!」


「なんで堂々としてるんですか!?」


 アーシャは状況が飲み込めずおろおろしている事しか出来ず、春彦は土下座をし続ける他ない。

 グレースが折れるのは自明の理であった。


「わ、分かりました何とかしますから土下座をやめて下さい!!」







「え、冒険者奨励制度?」


「はい、利用される方がほとんどいないので忘れてました。ようは、貴方みたいなダメ・オブ・ダメ人間みたいな方にギルドからマニーを貸し出す制度ですよ」


「あの、なんか言葉に棘ありません?」


「おほほ、そんなことないですよ? ともかく、これでマニーを貸しますから装備くらいは整えて下さい」


「面目ないです……」


「ちなみに、貸し出したマニーの返済はクエスト報酬の約二割が自動的に引き落とされますので」


「り、了解しました。じゃあ、行ってきます」


 そう言ってアーシャを連れギルドを出ようとする春彦。

 そんな彼に。


「ハルヒコ様――――いえ、ハルヒコ君」


「なんですか? ていうかさりげなく呼び方のランク下がりました?」


「様付けする必要ないかと思いまして」


「あー、まあそっちの方がこっちとしても気兼ねしなくて助かりますけど」


 そう言いつつ、何の用だと目線で訴える。

 するとグレースは何かを春彦に投げ渡してきた。

 若干ファンブルしながらもどうにか受け取り、それが何かを確認する。


 それは、手のひらサイズの瓶だった。ガラスのような素材で作られており、加工も丁寧だ。

 中には青色の液体が入っている。


「なんですかこれ、ラムネ?」


「ち、違いますよこれ……エリクサーじゃないですか!? 飲むだけで体力を回復し、傷さえ癒えるという特殊な液体ですよ」


 アーシャの顔は驚愕、といった風だ。

 春彦には知る由もないが、エリクサーを調合するのに使用される素材はどれも産地の限られる希少な物だ。

 アーシャの反応も、おかしいものではない。


「そ、そんなものをどうして……?」


 そんな当然の疑問に対し、グレースは柔らかな笑みを浮かべながら答えた。


「なんだか貴方達、頼りないし心配でね。どうにも放っておけなかったってだけよ。ま、門出の祝いと今後への期待って事で受け取っておいて」


「…………ありがとう、グレースさん」


「いいってことです。それに、簡単に死なれたらギルドとしても迷惑ですからね」


「これは見事なツンデレ……ごちそうさまです」


「つ、つん……? ハルヒコ君は変な言葉を使いますね。ただ、なんとなく不愉快です」


「あ、あはは。異国語ってやつですよお気になさらず」


 エリクサーをポケットにしまい、改めてギルドを出る。


「行ってきます!!」


「行ってらっしゃいませ。ご期待をお祈りいたします」


「アンタもお祈りかよ!!」

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