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第二話:さっそくの窮地

「神様ー、異世界に放り出すんならせめて街の中とかにしてくれー。山の中に一人とかこのまま死ぬ自信あるぞ」


 ついつい泣き言が漏れるが、返事もなければ助けも来ない。

 というのも、春彦が召喚された場所は、何処とも分からぬ山の中だったのだ。

 地理を把握していない春彦には、どこを目指せばいいのかも分からない。

 とにかく歩きだすしかない、と思い立ち今に至る。


「山の中でサバイバルとかやったことないよ俺? インドア派には厳しすぎる……」


 幸いなのは時間がまだ昼らしい、という事くらいだ。

 だが、夜までに脱出出来なければ今度は寒さという脅威と戦う事になってしまう。


「そうなったら……。あ、例のスキルで暖をとれないかな。確かスキル名は――――フレア」


 魔法名を唱えたその瞬間。

 春彦の右手人差し指の先に、吹けば消えるほどの火が灯った。

 ライターというのは控えめな比喩でも何でもなかったようだ。


「…………役にたたないな」


 夜を越すのが厳しい以上、一人寂しく歩き続けるしか道はなかった。


 ただでさえ不安が多かったいうのにこの出だしである。まともに生きていけるかさえ心配になってきた。

 ステータスも低く、スキルも意味不明、助けてくれる者も頼れる者もいない、おまけにお金もない、そんな状態だから仕方のない事ではあるが。


 とりあえず街にさえ出れば宿屋なりなんなりがあるだろう。

 今はこの先に街があると信じて足を動かし続けるしかない。

 幸いというべきか、ステータスの中でも俊敏性だけはAランクと高いので、踏破するスピードはなかなかのものだ。

 しかし、いかんせん体力は少ないので短期解決を狙う事になる。


「しっかし、元の肉体とのギャップが凄いな。運動神経いい奴ってこんな気分なのか……」


 我が身とは思えない身体能力に、驚きと喜びを隠せない。

 いっそダッシュで駆け抜けた方がいいのでは? などと思い始めた、その時だった。


「いやあああああああああああああああああああ!!」


 森の静寂を切り裂くように、女性のものと思われる悲鳴がこだました。

 春彦は足を止め、周囲を見渡す。

 次に響いたのは、何かが砕けたような衝撃の音。続けて爆発音が数回。

 これはただ事ではない。そう確信した春彦は、音のした方向へ身体の向きを変えた。


「無視は……出来ないよな。くそっ、熊が出たとかで済んでくれよ……ッ」


 悪態をつきながらも、足を動かす。

 今まで出したことのない程全力で、走り続ける。

 危険が待っているのは火を見るより明らかだ。それでも黙って立ち去るという選択肢は春彦の中に存在しなかった。

 それに、事態を解決すればこの世界のことや街の場所などを聞くことが出来る。

 千載一遇のチャンス。逃すわけにはいかなかった。





 走ること数十秒。

 ようやく変わらぬ山の景色に変化が訪れた。

 無数の大木が、根元を抉られ地に伏していたのだ。その断面は荒々しく、チェーンソーなどで切ったわけではない事は明らかだった。

 そしてその奥。

 壁のようにそびえ立つ断崖に背を預けるように、一人の少女が立ち尽くしている。

 その表情は、遠くからでも分かるほどに恐怖で滲んでいる。

 だが、それも仕方のない事だ。

 なぜなら、彼女の視線の先に存在しているのは。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!」


 と荒々しく咆哮する四足歩行の化け物なのだから。


「な、んだあの怪物。ふざけんな、あんなの相手に出来るわけねえだろ……!!」


 自分ではどうしようもない、それが分かってしまう。

 この世界の知識がない春彦からは、その怪物はライオンのように見えた。

 しかしあくまでそれはイメージであり、実態は全くの別物だ。

 全身が鋼のような色をした鱗で覆われており、その肉体はより筋肉質。さらに口から飛び出るほどの牙が備わっている。

 周囲の大木も、あの牙で抉りとったのだろうか。


 ともかく、少女と怪物は明確な対峙をしている。

 このままでは、少女は呆気なく――――。


(あ、足が……動かない。ビビって動けないってか!? 情けな過ぎんぞ!! いや、たとえ動けたとして俺に何が出来る……)


 春彦はステータスは最弱と言っても過言じゃなく、スキルも【跳躍力アップ】と【フレア】という戦闘では全く役に立ちそうにない代物だ。

 それでも、何もしないというわけにはいかない。何かをするために、春彦はここに来たのだから。


(時間がねえ。もうヤケクソだがやるしかない)


 足下に落ちていた手のひらサイズの石を拾う。

 そして。


「くらえレーザービーム!!」


 化け物に向かって全力投球した。

 腕力のランクは最低値だが、ダメージを与えるのが目的ではないため問題ない。

 投擲された石は山なりに弧を描き、化け物の頭に直撃した。


 ギロリ。化け物の視線が春彦に移る。


「――――――――ッッ!?」


 その鋭い眼光に、身体が硬直する。

 まるで蛇に睨まれた蛙だ。威圧感、殺意。食物連鎖を直に感じるほどの恐怖が身体中を駆け巡る。


 同時に理解した。あの化け物は、今自分を標的にしたのだと。


「よしよし、いい子だからおとなしくなー。いやほら、俺来たばっかだからさ、チュートリアル戦闘は易しくあるべきでしょ?」


 ともかく軽口を叩く事で、恐怖心を押さえ込む。

 この後の段取りは決まっていた。それは――――。


「ふっ、一度言ってみたかったんだよこれ。……さあ、逃げるんだよおおおおおおおおおおおおお!!」


 即座に百八十度方向転換。俊敏性を生かして再び走り出す。

 同時に、後方から猛るような叫び声が空気を振動させた。


「うおおおおおおおおおお、とんだ逃走中だ!! だが安心しろ少女よ、君は俺が必ず助けてやる。いまのうちに逃げるんだ!! はっはっはっ!!」


 ヤケクソを通り越して思考が暴走してきた。


 追い付かれれば、確実に命はない。

 春彦にとって異世界転生後初のイベント、命懸けの追いかけっこが始まった。



 ◇ ◇ ◇



「ハッ……ハッ……。まあ、野生の化け物から逃げ切れるわけないよな」


 当然というか、春彦が逃げ始めてから数分後には化け物に追い詰められていた。

 大木を背に、倒れこむ春彦。

 眼前には喉を鳴らす怪物。

 言葉通り絶体絶命の状況だった。


「グルルルルルル――ッ」


「お、美味しくない。俺美味しくないよー。ていうか、出落ちってレベルじゃないぞこれ!!」


 一歩、また一歩と死の足音が近づいてくる。

 喉からは水分が消え、目眩が断続的に発生する。身体は震え、身動きが取れない。

 

(さっそく死ぬのか俺……。いや死ねないのか。あーくそ、嫌だな死にたくないな痛いの嫌だな!! 負けイベの時のキャラってこんな気分だったのかよ)


 死を覚悟する春彦。

 どうしようもない事実を受け入れる事には慣れていた。それでも、恐怖だけは取り除けないが……。 


 そして、頭を丸飲みしてしまう程の大きさの口が開かれ――――。


「待って!!やめて!!」


 そんな声が聞こえた。

 しかし時すでに遅し。大木さえも噛みちぎる牙が、春彦の上半身を食いちぎった。

 思考を司る脳と生命活動の中心となる肉体、その両方が消失したことにより、春彦の意識は激痛を感じる間もなく闇に消えた。

 この時、春彦は間違いなく死んだ。



 ◇ ◇ ◇



 カチリ。

 何処かで何かの歯車が動いた。



 ◇ ◇ ◇



「――――避けて下さい!!」


「――――――――ッ!!」


 眼前には鋭い爪を振り上げ、自身に襲いかかろうとする化け物。

 脳裏によぎった疑問を全て吹き飛ばして、春彦は真横に飛んだ。

 直後、轟音と共に大木に突き刺さる化け物の爪。

 その隙を逃さず、バックステップで距離を取る春彦。

 爪がかなり深く食い込んだせいか、抜くのに時間がかかっているようだ。


「あ、危ねえ……。まさか、さっそく発動した? いや、今はいい、とにかく逃げないと」


 身体を反転しようとした、その時だった。

 右手を誰かの手が掴んだ。


「大丈夫ですか!? こっちにきて下さい!! 一緒に逃げましょう!!」


「え、え、おお」


 それは化け物に襲われていた少女だった。

 赤いローブのようなものを羽織り、肩の辺りまで伸びた金髪が特徴的な女の子であった。


 彼女が走り出し、それについて春彦も足を動かす。

 少女は道を覚えているようで、目的地を定めてルート選択をしていた。

 一方の春彦は、体力の限界と足の重さを感じていた。

 先程まであんなにも軽々と走っていたのに、今はそれが嘘のように足が回らない。

 自身のイメージと身体の動きが一致せず、違和感だけが積もっていく。


「な、なあ!! アンタは一体――」


「今は走る事に集中を!! 死にたいんですか!?」


 少女の渇が飛び、黙るしかなくなった春彦。

 とにかく必死に少女の後についていく。

 変わらぬ景色、終わりの見えない逃走に、春彦の精神は追い詰められつつあった。

 生きたい。その一心で走り続ける。だが、天はそんな覚悟をあざ笑うかのように試練を与える。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 耳を叩く、咆哮。

 目の前のやや開けた空間に、上空から化け物が飛来した。

 着地により大地が振動し、二人の動きが止まる。


「ふ、降ってくるとかアリか!? 飛行能力まであるんじゃないだろうな!?」


「ガーベラに飛行スキルはありません。今のは、ただの跳躍でしょう」


 化け物を前にしたからか、少女の手にも汗が滲んできた。

 同時にそれは、打つ手なしという事を意味していた。春彦に成すすべがない以上、万事休すだ。


「アイツのこと知ってんだろ、なんか弱点とかないのか!?」


「ガーベラは、あの鋼の鱗のせいで物理攻撃のダメージが減ってしまいます。魔法属性の攻撃なら、あるいは……」


「その口ぶりじゃあ、君は魔法が使えないと見ていいのかね?」


「一応、条件が整えば聖霊術が使えますが……この状況では……」


「なるほど。俺も魔法なんて使えないし――――ん?」


「……どうしました?」


 ダメ元でステータスを再度確認した春彦だったが、そこには先程までなかったモノが加えられていた。

 固定のスキルである【彼岸の福音】の下に記されていたのは、【跳躍力アップ】と【フレア】ではなく――。


 スキル:【閃光ラシオン】……ランクB。強力な閃光を放つ。


「す、スキルが追加……いや書き換えられてる。やっぱり俺は一度……」


 思わず唖然とするが、冷静に考察している時間はない。

 もう数秒もしない間に化け物は飛びかかってくるだろう。

 春彦は少女の手を引いて、自らが前に出た。


「あ、貴方何を……!?」


「君はどこかへ向かっていたよな、その場所は安全なのか? 近いのか!?」


「こ、この先に洞窟があるのでそこを抜ければ街まですぐです!!」


「その洞窟にはあの化け物は入ってこないって事でファイナルアンサー!?」


「な、なに言ってるのか意味不明ですが、洞窟の大きさ的にヤツは入れないはずです」


「つまり、ここを乗り切れば勝ちって事だな」


「な、なにか策が?」


「ああ、私にいい考えがある。っとこれはフラグか。いいか、俺が合図したら目を閉じるんだ。アイツの動きを一瞬止められるかもしれない」


「ほ、ほんとですか!? ……分かりました。貴方を信じます」


「バカ、あんまり簡単に人を信じるんじゃありません。悪い大人に騙されるぞ」


「え、悪い大人だったんですか!?」


「いや、俺は――――」


 ゴッ!! 轟音と共にガーベラの強靭な足が大地を蹴る。

 真っ直ぐ、ただ春彦だけを狙い突進してくる。


 春彦は手を前にかざし叫ぶ。


「今だ!! 目を閉じろ!!」


「は、はい!!」


 ギリギリまで引き付け、最大の効果が発揮される距離で、春彦は吠える。

 使い方の分からない、発動するかも怪しい、そのスキルを。


「――――ラシオン!!」


 直後、視界を白に染め上げるほどの強烈な光が瞬いた。

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