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笑顔と彼女

作者: morris

5時を回った。窓から差し込む西日が眩しい。僕はペンを置き、目の前の机に並べられたくしゃくしゃの原稿用紙を眺めると深いため息を吐いた。

(今日も全然進まなかった。)

小説を書くという作業は自分との孤独な戦いだ。勝ちもなければ負けも定かではないこの戦いに僕は折り合いをつけねばならない。

僕はくしゃくしゃの原稿用紙をゴミ箱に投げ捨てると席を立ち背伸びをした。途端、僕のお腹の音がなる。そういえば朝から何も口にしていなかった。体がエネルギーを求めて悲鳴を上げている。

(夜食でも買いに行くか)

僕は洗面所に向かい顔を洗うと手際よく着替えを済ませ夕暮れに向けて足を踏み入れた。


気づけば大分冷える時期になっていた。僕はポケットに手を突っ込み背を丸くして道を急ぐ。何かあったかいスープでも買おうか。そんなことを考えていた矢先だった。

「ねえ。恭君じゃない」

ふいに僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。声がした方を振り向くとスーツに身を包んだ女性が立っていた。

「やっぱり。恭君だよね。私のこと覚えてる?優美よ。」

そう言って彼女は静かに笑って見せた。僕はその笑顔を少し懐かしく思えた。

「久しぶり。優ちゃん。それにしてもよく僕だってわかったね。」

「それはわかるよっ。だって恭君昔から変わってないもん。その歩き方とか、その眼鏡とか!」

彼女はそう言うと僕の眼鏡を真っ直ぐ指差して笑った。

「そう言う優ちゃんは少し変わった気がする。大人っぽくなったし。少し…痩せた…?」

ふふっと彼女は小さく笑った。

「やっぱり恭君変わってないね。昔からよく私の変化に気づいてくれる。最近仕事が忙しくてね。ちょっとやつれちゃったみたい。」

そう言うと彼女はまた笑った。今度の笑顔は明るい彼女が見せるとは思えないほど元気の無い笑顔に思えた。

「そういやどうしてここに?」

「保育園にね。娘を迎えに行くの。私達共働きだから。今日は仕事が早く終わった私の番。」

その話を聞いて僕は絶句した。彼女は結婚していたのか。そしてもう娘がいるのか。高校生の彼女と最後に会って10年が経ったことは知っていたが、もうそんな歳になってしまったのか。僕は自分だけが取り残されている感覚を覚えて動揺した。動揺を悟られないように彼女に、娘はどう?いくつになったの?なんて話を振ってみたが全く耳に入って来なかった。それでも一つだけ気づいた。彼女が娘の話をする時の顔は昔僕に向けていた笑顔と同じだった。

彼女は一通り話し終えるとじゃあね、時間だからと言って保育園へ向かっていった。僕もじゃあね、と言うと彼女の反対側の道へ向かった。僕は折り合いをつけねばならない。そう心に決意した。途中、道端に石ころが落ちていた。僕はそれを拾い上げ強く握りしめると沈みゆく夕日に向かって思いっきり投げつけた。

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