~新たな出発~
震災から3日目。父親の会社の社宅に入れることになり、私たちは移動の準備を始めた。父親がどこからか大きな木の板を持って来て、そこにマジックで文字を書きだした。
”家族全員無事です。一時的に社宅に移動します”
心配して様子を見に来てくれた人がいたら、そこに私たちがいないとどうなったのかがわからないからだ。父が書いた木の板をそっと倒れた我が家に立てかけて、出発しようとした時だった。
「トモちゃん!」
なんと、マサちゃんが来てくれたのだ。金沢でニュースを見て、電車が動き出したことを確認して駆け付けて来てくれたようだ。
「死亡者の中に名前がなかったから、生きてると思った。良かった」
お風呂に入ってない私。しかも、髪は短く切ってるし、ほぼスッピンだし、マサちゃんの知っている私じゃないことに、マサちゃんはあんまり触れなかった。
父親の会社の社宅は、車で30分ほどのところにあった。震災時、兄の車は借りている駐車場に停めていたため無傷で済んだ。そしてうちの家族5人とマサちゃんと飼い犬のペコ、6人と1匹で、社宅へと出発した。兄の車には、助手席をリクライニングさせて祖母を乗せ、運転席の後ろ側に父親が乗り、もう1台は兄の仕事の配送トラックを使わせてもらって、運転はマサちゃん、母親と私とペコが乗り、荷台に潰れた家から運べそうな荷物を乗せて移動したのだった。
着いた社宅は2部屋しかなく、大人5人と犬一匹で暮らすにはとても狭く感じたが、それでも、野宿するよりは何百倍もマシだ。贅沢は言えない。雨、風、寒さがしのげるだけで充分。足を伸ばして布団で眠れるだけで充分だった。
「あ、そうだ。ケーキ持ってきたんだった」
そう言って、マサちゃんが白い箱を渡してくれた。ずっとまともな食事はしてなかったので、ケーキなんて贅沢な物を食べれるなんて思っていなかった。
「わぁ~嬉しい!」
私は早速箱を開けようとする。が、マサちゃんがそれを止めた。
「あ、やっぱりやめとき。賞味期限が過ぎてる」
箱に貼られたシールには昨日までの賞味期限が書かれていた。
「え?大丈夫よ、1日だけだし」
野宿の時に、湧き水で炊いたご飯も食べたぐらいだし、1日ぐらい賞味期限が切れてても私は何とも思わなかった。
そして、私はケーキを食べた。久々の生クリーム。とっても美味しく感じた。
「あ~!美味しい~!!!」
興奮して、ケーキを食べる私を見る、マサちゃんの視線はとても冷ややかだった。
この時感じたのだが、マサちゃんは、震災を実際に経験していなくて、どこか『他人事』のように思っているから、賞味期限の切れたケーキにがっつく私のことを「はしたない」ように思ったんだろう。そこには、私の知ってる優しいマサちゃんの眼差しはなかった。
そして、社宅の部屋の電話番号をマサちゃんに教えて、私からはマサちゃんの連絡先は聞かなかった。地震でメモがどこかに行ってしまったけど、なんだか、今、目の前にいる冷めた雰囲気のマサちゃんに連絡先を聞いても、仕方ない気がしたからだ。会いたくなったらマサちゃんの方から連絡をくれればいい。そうして、マサちゃんはまた金沢に帰って行ったのだった。
しばらくして、避難先の町の生活にも慣れてきたので、私はバイト先を探した。居酒屋なら経験してるし・・・と、この地域のローカルチェーン店の居酒屋で数日働いたが、大手チェーンの居酒屋(いけす料理店)を経験してる私に板長が目をつけてはアラを探し、『あんた、ほんまにそんなんであの居酒屋で働いてたん?』と、初日からいじめられた。その店では新人の私と、4年も勤めてるベテランのバイトの女の子を比べ『この子の方が仕事が出来る。あんたは何や』とワケのわからないことも言われた。むかついたので結局3回ほど行ってその居酒屋は辞めた。
次に、ゲームが好きだから、とファミコンショップで働きだした。が、ここは時給が600円とかなり低い上に、お客様がいなくても立っていることを義務付けられ、もしも座っているのがわかった場合には、減給、とひどい感じだった。しかも1日に数回、社長や社長夫人が見回りに来る。そして、すぐに難癖を付けては、減給、減給と言うのだった。さらに、7時間以上ぶっ通しで働いても休憩ももらえなかった。私の胃下垂の胃はキリキリ痛み、我慢の限界だった。ただでさえ低い時給に、減給されて、休憩もない。私は『労働基準法に違反してませんか』と社長に文句を言って、とりあえず休憩はもらえるようには改善出来たが、いつまでもここで働くのもイライラするだけ、とまた別の仕事を探し始めた。
そして、やっと自分らしく働けるお店を見つけたのだった。小さい割烹料理のお店だったが、時給は800円で、まかない付きだった。新鮮な魚介も食べれるし、板さんがおもしろい人でとにかくあったかかった。私を常連のお客様に紹介する時に『うちのニューハーフ(フェイス)です!』とボケをかましたり、お客様から『これ食べさせたる~』と松茸を食べさせてもらったり、明るい雰囲気で楽しいお店だった。
私が仕事に慣れて来た頃、『誰か女の子いないかなぁ?』と言われたので、前のファミコンショップにいた大学生の女の子を紹介し、一緒に働くことになったのだった。
ファミコンショップの他のメンバーは大学生の男の子3人だったが、その子たちとも仲が良く、花火をしたりバーベキューをしたり、仲良し5人組で度々遊んでいた。男の子3人のうち、2人は彼女がいて、私にはマサちゃんがいて、残りの2人はフリーで、という状況だったが、全くの色恋沙汰もなく、本当に普通の友達というか仲間だった。
マサちゃんとは、あのケーキの日以来、連絡は途絶えたままだった。まだ金沢にいるのか、ちゃんと働いているのかも何もわからない状況だったが、私からは連絡出来ないのでただただ待つしかなかった。




