コ)社会人の月一のお楽しみ
短編二作目です。
ルイが安房支社にきてひと月と少しが過ぎた頃のお話です。
社会人なら誰でもこの日は楽しみですよね。
もちろん私もその一人です(笑)
それはルイが拾われてきて一月と少しが過ぎた頃。
何故か今日は昼から究竟室を追い出された。
仕方なく隊員控え室で報告書を書いていると隊員が一人ずつ究竟室に呼ばれていくではないか。しかもこれまた何故か究竟の呼び出しなのに嬉しそうだ。誰かに理由を聞いてみようかとも思ったが、まだそんなに気安く話せる相手もいないので早々に諦める。
夕刻、隊員が退社したり、仕事に出かけたりしてがらんとなった控え室に幸が帰ってくる。
「なんや、今日はこっちにおったんか?珍しいやん」
「麻生から追い出されたけど勤務時間に部屋にいるのもなんかサボってるみたいで気が引けるから……」
「ワイらに勤務時間ってあんま関係ない気がするんやけどまあええわ。とっとと麻生に報告すませるさかい、もらうもんもろて今日は旨いもんでも食いに行こうや」
なにかいいことがあったのか幸のテンションも高い。ルイはじっと幸を見つめて今日一日温め続けていた疑問を口にする。
「なんで今日はあっちの部屋にいたらダメなの?なんで今日はみんな麻生の部屋に呼ばれて嬉しそうなの?」
その質問に幸はきょとんとルイを見る。
「ルイまだもらってへんのか?」
「チョコもアイスも飴も今日は何ももらってない。だって昼からしゃべってないもん。ずっとここで報告書書いてたもん」
普段の餌付け風景を思い出し幸がプッと笑う。ルイはムッとしてぷいっとそっぽを向いてしまう。
「幸なんてしらない!」
「悪い悪い。ルイが知らんかったんを知らんかったんや。ほな一緒に貰いにいこか」
こんな時ばかりお兄ちゃんの余裕ぶりを見せる幸にルイはちょっとした悔しさを感じながらも後ろを黙ってついていく。
「お疲れ~」
「帰ってたのか。早かったな」
丁度書類の最後の一枚を書き終えた麻生が顔を上げる。
「今日は外飯の日って決めてるさかい、はよもらうもんもらいたいやん」
ニイッと笑う幸に麻生もつられて笑う。
「そうだな。私も丁度終わったし、飯食いにいくか」
ルイだけが話の展開に付いていけず、二人のやりとりを黙って見ている。すると麻生が机の引き出しからおもむろに封筒を二つ取り出した。
一つを幸に、そしてもう一つをルイに差し出す。
「なにこれ?」
「何って、今日は給料日だろ」
「給料日?」
聞きなれない単語を聞いたというように聞き返すルイ。
「言ってなかったか?」
「聞いてない。ってか給料日って単語が使われてるのに驚いたわ」
「アングラな事をやっている組織ではあるが、一応形式は会社だからな」
「なんか暗殺者って依頼人から札束受け取って……とか、一仕事終えたらボスから“今回の報酬だ”とかいって渡されるイメージだったのになぁ~」
目の前に置かれた封筒には紛れもなく名前と隊員番号、そして“給料袋”とかかれている。
「テレビか小説の世界だな。このご時世、人殺し程度でそんな多額の報酬は発生しないさ。まあ仕事量に応じての歩合制なのがこの組織らしいといえばらしいんだがな」
「ふーん」
ルイは自分の給料袋を手に取ると中をそっと覗いてみる。明細と共に数十枚の札が入っていた。一般企業の相場よりはかなり多いが、“報酬”というイメージよりはかなり少ない。隣をちらっと見ると幸の袋は自分の物より一回り大きかった。
「歩合制ね……」
「位とか役職にもよるしな」
ルイのつぶやきを不満ととったのか麻生が苦笑して言う。それを勘違いだとルイは手を振って否定する。
「違う違う。別に何で幸とこんなに差があるのとか言いたいんじゃないのよ。歩合制で幸がこれってことはもっと偉い人ってすごいことになってるんだろうなとか思っちゃって……ってか、なんで現金支給?」
確かに現金支給だとありがたみはあるが、毎月これでは準備もたいへんだろうに……。
「戸籍を持たない隊員の数だけ偽造身分での銀行口座を用意するリスクを考えたら現金準備するほうが楽なんだろ。社会保障もなけりゃ、納税義務もない 。ただただ報酬に給料という名前をつけて企業らしさを擬態してるだけさ」
「そういうもんなのね。なんかこれ、たくさんの命を狩った結果のお金だから喜ぶのは間違ってるんだと思うんだけどさ……あたし、今までお給料とかってもらった経験ないからなんか嬉しいかもとか思っちゃうんだけど」
複雑そうなルイ。その頭をぽんぽんと叩いて幸が笑う。
「やっぱり生きるんには金いるし、ひと月死に物狂いで頑張れば給料日が嬉しい。別にワイ、金にはこまっとらんけどこの日、こうやって手に現金もったら頑張ったなぁちょっとは自分に贅沢させたろかなとか思うやん。苦労して稼いだ金ってそういうもんやないか?これは正当な報酬やし、ルイの頑張りの結果や。今は頑張った自分にご褒美あげることでも考えとり」
ルイは一度幸を見て、手の中の封筒に視線を落とす。それからそれをぎゅっと胸に抱き締める。とても愛しく大切な物であるかのように。
「ひと月ご苦労様。来月もしっかりな」
「はい」
「話まとまったとこで飯行こうや。ワイお腹すいた~」
麻生とルイが顔を見合わせてクスリと笑う。そして三人は夕暮れの街へと繰り出すのだった。
「あたし焼肉食べたい!」
「しばらく肉はみたくなかったんじゃないのか?」
「いーの平気!今日は無性に肉な気分なの。肉々しいぐらい肉な気分~」
「いいなぁ~行こうや肉」
「この後緊急の仕事が入っても責任持たないからな」
同年代の気のあう三人の笑い声が路地に響く。
願わくは今宵が平和な夜でありますようにと……