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第二章 ファミレスのお殿さま 3

 浅賀谷春乃と道明は異腹の兄妹である。互いに正室の子ではなく、異なる愛妾の子供だった。

 道明たちの父親は、さほど子が多くなかった。

嗣子である道明の兄を含めても数人であり、道明と春乃はその中でも年下の部類に入り、同年代と言えるのは互いだけであった。

 それだけに二人は仲が良く、特に春乃は兄に心底から懐いていた。

「兄上さま、兄上さま」

 と後をついて歩き、なにかというとまとわりついて幼少期を過ごす。

彼女には当然他の兄もいたわけだが、彼らには「○○兄上」と上に名前をつけて呼んでおり、道明にだけ名前をつけないで呼ぶことで特別さを表していた。

 そこまで慕われると返ってわずらわしく感じることも多いかもしれないが、道明はまったくそんなことがなかった。

まとわりつく妹を邪険にすることなく、ごく自然にすべてを受け容れて面倒を見てやり、そのため春乃の道明への慕情はますます募った。

 ついにはこのようなことまで言い出す始末である。

「兄上さま、古代では兄妹での結婚も認められていたのですよね?」

「そうだな。だが問題も多かった。だからこそすたれたのだ」

「子供……のことですか」

「そうだ。その他にも人倫そのものに対するはばかりもある。そなたがそのようなことを言うてくれるのはうれしいが、そなたとて子は産みたかろう。つまらぬことを考えるなよ」

「私は兄上さまの元へ嫁げるのなら、子は産めなくても構いません」

「そうか? 私はお前の子を見てみたいと思っているぞ。私から甥や姪を抱く楽しみを奪ってくれるな」

 と、道明はいなすように笑って春乃の頭を軽く撫でてやったものだ。

道明は春乃が半ば以上本気であると感じていたがゆえに、あえて冗談話として受け取った。

春乃も頭では許されないこととわかっているであろうし、いつかは頭だけでなく心でも理解できるようになるだろう。

それまでは彼女の想いを受け流しながら待つことを道明は選んだのだ。

それは妹の気持ちをないがしろにしていると取れなくもないだろうが、道明にはそれ以外に選択肢がなかった。

 だが、春乃にその時間は与えられなかった。



「ところで春乃。そなた、蘇って二週間ということだが、それにしては剛力を見つけるのが早かったな。それに遠森の者たちがこの時代に在るということも知っていたようだし、なにより三月どのにどうやってそなたの力を授けたのだ。あの力は二週間やそこらで身につけられるものではないぞ」

「授けたっていうほどのものじゃないですよ、兄上さま。もうちょっと覚えが早くてもいいって思うけど。さっきも見たでしょう? 恐慌に陥っちゃったらなんにもできなくて……って、仕方ないでしょ、あんな場面、生まれて初めてだったんだから!」

 最後は三月である。彼女にしてみればこの二週間はとんでもない日々だった。

 突然頭の中に知らない女の子が現れ、それどころか時折体を乗っ取られてしまう。

さらに彼女の正体は三百年前に亡くなった浅賀谷道明の妹で、しかも奇妙な力を持っている。

言われるままに市内の浅賀谷家ゆかりの地をめぐることも強要され、とある神社に奉納されていた剛力を見つけ出す協力もさせられた。

それで終わりかと思いきや「いつも私が表に出ていられるわけじゃないから」という理由で三月にも力が使えるように特訓を強いてくる始末。

嫌気がさして放り出してやろうとすれば、頭の中でギャンギャンギャンギャン吠えたてられて夜眠ることもできず、それすら許されない。

「そんなわけで大変だったんですから」

 と、しかめられた表情で三月は道明に強く訴える。

顔がしかめられているのは話の内容を思い出しただけでなく、現に今も「まだ私がお話してるんでしょう!」と頭の中で春乃怒鳴り散らされているためである。

「そうか、それは妹が本当に迷惑をかけ申した。春乃、いいから少しおとなしくしなさい。そうでなければ三月どのもそなたの望みをかなえたいとは思ってくれないぞ」

 妹の傍若無人さは道明もよく知っている。

極端なところ、本心から聞くのは兄である自分の言うことだけというところがあった。

それも盲従という水準の話である。

 その証拠に叱られて黙ったらしく、そのことに三月が驚いている。

どうやらこれまで彼女の言うことにはほとんど従わなかったようだ。

「春乃ちゃん、本当に道明公のこと好きなんですねえ…」

「私としても、そのこと自体はうれしいのですがね。しかし三月どの、よくぞ我らの力を身につけられもうしたな。正直驚きましたぞ」

「身につけたって、全然そんなことないですよ。さっきだったたまたまうまくいっただけで…」

「いや、二週間足らずであそこまでできるというのはすばらしいことです。私など、修練を始めて数ヶ月は、なんの成果も出せませんでしたからな。春乃の教え方がよかったのか、あるいはやはり三月どのに才能があったのでしょう」

「…え? あ、うん、わかった。この後はまた春乃ちゃんに譲ります」

 と、三月は頭の中で頼まれたのか、また春乃の言うことをオウム返しに繰り返す状態に戻ることを告げた。

ギャンギャンわめかれないだけに、返って春乃の希望をかなえてあげる気持ちになったのだ。北風と太陽の小さな実例である。



「…私も驚きました。兄上さま、いつあのような修練を?」

 三月を介してではあるが春乃の驚きは本物である。

この力は浅賀谷家でも少数の人間にしか伝授されないものである。

しかもそれは浅賀谷の「裏」に属すものであり、「表」で藩主として生きてきた道明には無縁のものであるはずだったのだ。

 そんな春乃の驚きに、道明はやさしげな、しかし哀しさをこめた表情で彼女を見る。

「…罪滅ぼしだよ。本来であれば私が裏の浅賀谷を継ぐはずであったのに、そなたに押しつけることになってしまった。そしてそのためにそなたを死なせてしまったのだから…」


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