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第一章 お殿さま、初登校 2

 しばらく流れに乗って歩いていると、徐々に同じ服を着た亡者が増えてくる。「一日でこれほどの人間が亡くなっているのか。それとも週や月でひとまとめにして集めているのか」

などと考えていると、全員が一つの敷地へ入ってゆくのが見えた。

どうやらそこが目的地らしい。

「大きいな……」

 広い庭を横切って全員が向かう建物は、城のように大きかった。

城に比べれば装飾はなく、横長の長方形のようにも見える。

「あそこに閻魔でもいるのであろうか」

 そのようなことを考えながら道明は他の者達に続いて建物の中に入る。

が、そこではたと困ってしまった。

目の前の玄関らしい場所から、建物の各所へ分かれて入ってゆくのだ。

自分はどこに行けばいいのであろう。

「受付くらいないものか」

 見回してみるが、そのようなものはどこにもない。

それに行き先がわからなくて立ち尽くしているのは自分だけのようだ。

他の亡者たちは戸惑うことなく棚からなにやら履物を取り出し、履き替えて、廊下を進んだり階段を昇ったりしてゆく。

「どうしたものか。私だけなにやら極楽の常識を知らぬようだが…」

「よっ水津、なに突っ立ってんだ」

 困惑していた道明の背を軽く叩く者がある。

少しよろめいて振り向くと、そこには自分と同じ白い服と黒い袴を履いた同年代の少年がいた。

服装からして自分と同じ亡者であろうから、年齢は見た目通りとは限るまいが、自分を気にかけてくれた者がいたことにホッと軽く安堵した道明は、その少年に尋ねる。

「いや、恥ずかしながらどこへ行けばよいかわからぬもので。よろしければそのようなことを、どこでうかがえばよいか、教えていただけると助かるのですが」

 礼儀正しく頭を下げ、丁重に尋ねる。

俗界での自分は大名だが、極楽ではただの新参者である。礼は守ってしかるべきであった。

 が、少年の方はきょとんとして、一瞬後、笑い始めた。

「なんだよ、そういうの流行(はや)らそうとしてんの? おもしれえけど、おれあんまりそういうかしこまったの得意じゃねえからなあ」

 と、笑顔のまま棚へ向かう。棚はどうやら下駄箱で、個人でどれを履くか決まっているらしい。

自分がどれを履けばいいのかわからない道明は、やはり困惑しつつも尋ねるしかなかった。

「あの、私はどれを履けばいいか、おわかりでしょうか」

「ん? なんだ、やり倒すなあ」

 と、少年は取り合わずに行こうとするが、それでも「ここココ」と、棚の一箇所を指でコンコンと叩いてから去っていってくれ、道明はホッとするとそこに歩み寄って開けてみる。

そこには他の者たちが履き替えているのと同じ靴があり、「二年一組水津(みずつ)哲晴(てつはる)」と書かれた名札が貼られている。

当然というべきか、道明の名とは違う。

「戒名のようなものだろうか」

 そうつぶやきながら道明は履き替え、そしてまたはたと立ち止まる。

どこへ行けばいいのかは相変わらずわかっていないのだ。

 と、ふと見ると「一年一組」と書かれた札が貼られた部屋が近くにあり、道明はピンと来た。

「そうか、あの戒名の隣りに書かれていた二年一組というのが私が行くべき場所だ」

 ようやく目的地がわかり安堵した道明は、建物の中を「二年一組」を探して歩き始めた。



「それにしてもなんという建築技術だ…」

 がやがやと人の多い回廊を歩きながら道明は、見たこともない材質の、壁や床のなめらかさ、ギヤマンの窓に驚嘆していた。

さっきも自分の姿を映して見たが、あの時はそのようなことにこだわる余裕がなかったため、今あらためて感心しているのである。

このような技術は自分たちの住む地上では造りようがない。

「さすがは極楽というべきだな」

 素直に感嘆しつつ部屋の入り口の上にある室名を順々に見、階段を昇ってさらに探す。

そしてようやく目的の「二年一組」を見つけた。

「ここか…」

 ホッとして中に入ると、そこは相当に広く、机と椅子とがいくつも並んでおり、自分と同じ男女の亡者がめいめいにおしゃべりを楽しんでいた。

が、誰も彼の方を向こうとせず、今日何度目か、道明は入り口に立ち尽くすしかなかった。

 さすがにこうも不親切なのはないのではないだろうか。

そうも思うが、その不信心がこの事態を招いているのかもしれない。

軽く首を横に振ると、気分を改め、道明は近くにいる男子亡者に声をかけた。

「失礼ですが私はどこに座ればよいか、おわかりでしょうか」

 できるだけ礼に反しないように話しかけたつもりだが、その亡者はきょとんとして道明を見る。

自分の言っていることが通じなかったのだろうか。

そう思ってもう一度尋ねようとする。

「あの……」

「……ごめん、どう返せばいいかわかんない。もうちょっとツッコミやすいボケにしてもらえると助かるんだけど」

 が、それをさえぎって、亡者は苦笑しながら道明にまったく理解できないことを言ってくる。

それに対してどう答えればいいか困惑している道明の背中が軽く叩かれる。

「なんだよ水津、まだやってんの?」

 振り向くと、そこにはさっき道明に声をかけてきた亡者がいた。

「ああ、あなたでしたか。先ほどは助かり申した。感謝いたします」

 知人ともいえないほどの知人だが、それでも知った顔を見て小さく安堵した道明は、きちんと向き直って丁寧に礼を言う。

「なに田所。お前水津がなにやってるか知ってんの?」

 と、道明が席を尋ねた亡者がもう一人の亡者に訊く。

「いやおれもよくわかんないんだけどさ、さっき玄関で会ったらこんなだったから」

「ふーん… なんかあんまりキャラにないこと始めたんだな」

「明日から夏休みだから浮かれてんじゃない? さ、こちらでござるよ、水津どの」

 二人は頭を上げた道明が理解できない会話をしていたが、履物の場所を教えてくれた亡者は道明の腕を引っ張り、窓際の席へ案内してくれる。

「こちらがおぬしの席でござるよ、水津どの」

「かたじけない、助かり申した」

 おどけた口調で言う亡者に、道明は生真面目に礼を言うと、初めて見る種類の椅子にわずかに戸惑いながらも、そこに座った。

「極楽は畳敷きではないのですな。大陸の様式を模しているのでしょうか」

 大陸、現在は明帝国が治める中華文明も、元々は室内で裸足になるものだったのだが、現在は屋内でも靴を履いたまま生活するようになっている。

聞くところによると大陸の遥か西方でも同じだそうで、日本の様式は世界的には例外に近いようだ。

そう考え尋ねたのだが、道明は自分で苦笑した。

「いや、逆でござるな。極楽の様式が地上に伝えられたのでしょう。思い上がったことを申し上げました。許されよ」

 それを聞いた少年亡者は、あきれたような、感心したような声を出す。

「……なんちゅうかお前、今日帰るまでやり倒す気なんだな、それ」

「やり倒す、とはなにをでしょう」

 しかし当然ながら道明には意味がわからず、きょとんとするのみである。

「よーしお前ら、席に着けー」

 なにやら噛み合わない会話に、道明は笑顔ながらも困惑していたが、そこへ誰かが入ってきた。

今の道明と同年代の亡者ではなく、大人の男性である。

そして彼が入ってきたことで亡者たちはおのおのの席へついてゆく。

「なるほど、彼が閻魔大王か、それに類する存在なのだな」

 そのように納得した道明も、姿勢を正して座りなおし、彼の話を聞く態勢に入った。

そして他の者たちも全員席についたところで閻魔は話し始めた。



「さて、今日は終了式、一学期も終わりなわけだが、その前に渡す物は渡すからな」

 閻魔の言うことに部屋中がうめき声や苦笑に満ち、その中の一人か口を開く。

「うーん、体育館に集まっての式そのものはなくて、教室だけで終わりっていうのはすごく進歩的でありがたいんだけどさ、もう一つ進歩的になって、そういう余計なものは廃止するっていうのはどうですか、先生」

「そうだな、たしかに昔ながらって感じだな。よし、それじゃお前らの親御さんのアドレス聞いて、そこに直接送ることにしよう。これはなかなか新しいし、お前らの手間もはぶけていいんじゃないか」

 そううそぶく閻魔の言うことに、亡者たちはさらに大きなうめき声をあげて両手も上げた。

「あー、先生ごめんなさい。おれたち昔ながらの慣習を大切にしようって、たった今決心したから」

「そうそう、アナログ大好き」

「それを言うならアナクロだ。よし、それじゃ出席番号順に取りに来い。赤野」

「はい」

 室内はまだざわついているが、それまでに比べて多少の穏やかさを見せ始めていた。

それはあきらめたというより、もっと近い未来になにか楽しいことがあるため、今のちょっとした嫌なことにはさほどこだわらないといった風情である。

 そんな中で道明だけが異端であった。

他の亡者たちは事情をすべて理解しているようであるのに、自分だけがなにがなにやらわからない。

「それにあの様子では、あの者は閻魔ではないのようだな。閻魔の使者かとも思うが、それにしても先生とは…? 天界では先生という言葉の意味も地上とは違うのであろうか」

「おい水津。どうした。さっさと取りに来い」

 いささかの居心地の悪さと理解不能の状況に考え込んだ道明に「先生」の声が飛ぶ。

だがそれが最初自分を呼んでいると気づかなかった道明は彼を無視して考え続け、いぶかしさを覚えた他の亡者たちの注目も集めてしまった。

「おい水津、なにやってんだよ」

 と、後ろの席に座る亡者に背中をつつかれて、ようやく我に返る。

「え? なんでござろう」

「ござろうって、ほら、お前呼ばれてんぞ」

 と、振り返った道明に、その亡者があきれたように言ってきて、彼は再度前を向く。

その視線の先には渋面だか苦笑だかをたたえた「先生」がいた。

「ほれ水津、さっさと取りに来い。怒られるってほど悪い成績じゃないぞ」

 ぱたぱたとなにか薄く硬めの紙を振りながら「先生」が言ってくることに、道明はようやく水津が自分の「戒名」だと思い出した。

「あ、ああ、これは失礼いたしました」

 と、あわてて立ち上がると「先生」の方は歩いてゆき、「今から夏休みボケか」と彼に笑われつつ、その紙を受け取ると、席に戻った。

「なんなのだ、これは…」

 さっきから他の亡者たちを見ていると、その紙を開いて苦笑したり喜んだり、中には本気で落胆したりしている者もいる。

「あるいはこれに極楽行きか地獄行きかが書いてあるのだろうか…」

 そう考えると道明もさすがに緊張を覚えるが、思い切って開いたそこに、それらしいことはなにも書いていなかった。

「なんなのだ、これは…」

 同じ言葉をつぶやきつつ、書かれていることを読む。

国語、日本史などなじみのある文字も書かれているが、英語や体育とはなんであろうか。

しかもその下に並んでいる数字の意味となると皆目見当もつかない。

「あの、無知をさらけ出すようでお恥ずかしい話ですが、これはどういう意味でございましょう」

 さすがに考えていても埒があかないと察した道明は、隣に座っている女性亡者に尋ねてみた。

だがその亡者は苦笑して道明に取り合わない。

「わ、水津くん自分から見せようなんて自信あるんだー。でもそういうのは落ち込んでいる人間には厳しいことよ? なるべくそっとしておいて…」

 と、どこまで本気かわからない口調で言い、机に突っ伏す女亡者。

その彼女になにか尋ねることはそれ以上できず、そうこうしているうちに全員が紙をもらい、元の席に着く。

それを見た「先生」が見回しながら口を開いた。

「よーし、そいつはきちんと親御さんに見せるんだぞ。隠しててもいいことないからなー」

「正直に見せてどんないいことがあるっていうんですか、先生…」

「嘘をついたり隠したりしない正直者ということで、将来天国へ行けるだろう」

 暗い顔で尋ねてくる少年亡者に「先生」が軽口で返し、それに笑いが乗ったところで時間が来たようだ。

「よし、それじゃ今学期はここまで。みんな怪我したり羽目をはずしすぎたりしないように、二学期も元気な顔を見せてくれよ。それじゃ級長、号令」

 先生がまとめに入り、この時ばかりは亡者たちも若干静かになる。

そして指示を受けた級長と呼ばれる亡者が「起立。礼」と号令をかけると、亡者たちは立ち上がり、先生に一礼をする。

そしてそのまま今までになく大きな声と自由な空気が室内を満たした。

「おっしゃあ、ようやく終わりぃ!」

「とりあえずどっか寄って帰ろうよ」

「あたしんとこ、今日も部活あるんだよー。なんかせっかくの解放感に水を差されたっていうかさー」

「お前夏期講習っていつまで?」

「八月の第一週までだよ。その後どっか行かねえか?」

「おっしいいねえ、行こう行こう」

 亡者たちが思い想いの会話をしながら席から立ち上がり、部屋から出てゆく。

そして五分後、部屋にはぽつんと座ったままの道明だけが残った。


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