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第七章 お殿さま練習する 3

「あの、道明公。水津くん、道明公の中でどうなってるか、まだわかりませんか?」

宿主を追求していた春乃にとっても、夫婦の絆を確かめあっていた道明と紗夜にも唐突な三月の問いだったが、誰にとっても懸念になっていたことだけに、すぐに真摯な空気が戻ってきた。

「申し訳ありません三月どの。まだ彼がよみがえる兆候は…」

その空気の中、心から申し訳なさそうに道明は答えた。

「そう…ですか…」

ある程度予想していた答えではあったが、それでも三月は表情を曇らせる。

誰が悪いわけでもないだけに、誰にこの気持ちをぶつければいいのかわからないのももどかしかった。

まだたった三日なのに、これから先一生哲晴に会えないかもしれないという気持ちが心の奥に湧き、それを感じると目に湿りを覚えてしまうのだ。

どうしてもっと素直になれなかったのか。

なれなかったことが自然ではあるが、それでも後悔が消えることはない。



「ですが三月どの、哲晴どのは確かに私の中にいます」

そんな三月を見ながら、道明は自分の胸に軽く手を当てながら言う。

「え?」

その言葉にうつむきがちだった三月は顔を上げた。

それは三月を励ますための道明の方便かもしれない。

一瞬その考えが浮かんだが、道明――哲晴の顔をした道明のそれを見て、すぐにそれは違うとわかった。

そこには、真っ当に、自分に責任を持って生きてきた男にしか為し得ない真実が映っていたのだ。

道明は真実に彩られた顔とともに、同じ物がこもった声で続ける。

「たしかに哲晴どのは私の中でなにもおっしゃいません。ですが昨日は感じられなかったなにか、誰かが、私の中にいると、確かに感じられるのです」

「本当…ですか?」

道明は嘘を言っていない。

それでも三月はそう質さずにはいられず、道明もそれに真摯に応じる。

「ええ。私の中で哲晴どのは確かに生きています。ただ深い眠りについているだけです。そして彼は、必ず目を覚まします」

確信に満ちた表情で道明は告げ、三月に希望を与える。

「本当ですか? でもどうしてそんなことがわかるんですか?」

「確たる理由はありません。ですが三月どのも春乃とのつながりの中に、似たような感覚をおぼえることはありませんか? 別の人格であるはずの春乃と同じものを感じ、同じ感覚を得ていると」

言われて三月は思い当たる。

三月と春乃は「二心同体」という間柄だから当然なのかもしれないが、それでも春乃とまったく同一化したような、より密な感覚をこの短期間の中ですら何度も経験していた。

それを哲晴と道明が感じているのだとすれば、三月にも彼の言葉を信じることができた。

「わかります。あります、そういうこと。それじゃ哲晴くんは…」

「ええ、必ず目覚めます。ですから三月どの、ご安心ください」

喜びの興奮から思わず「哲晴くん」と呼んでしまったことにも気づかない三月に、道明はやさしくほほ笑む。

それは十代の少年のでは、どうやっても浮かべることができないはずの穏やかな慈愛がこもった笑みだった。

「…わかりました、信じます」

その笑みにほだされたか三月はうなずいた。

「ありがとう存じます、三月どの。さて、それじゃ練習を続けましょうか」

「げ…… はい…」

『なにが「げ」よ! あんたいいかげん失礼すぎない!?』

「先生を選べないのがこの件に関しての一番のネックよねえ…」

『なんかそれすごく失礼だっていうの!』

「ネックなんてよく意味わかったね」

『わかんないわよ! でも悪口だってことくらいはわかるよ!』

「さすがだなあ。春乃ちゃん天才だなあ」

『あんたこの短い時間にいったい何回あたしに失礼って言わせたいの!?』

ぎゃあぎゃあと言い合っている三月と春乃。どうやらこの二人の間に最初に友誼が生まれたようだった。



この練習は午前中いっぱい続いた。道明はすでに基礎がしっかりしているだけに、自由自在にとはいかないが力の放出は出来るようになってはきた。

最も自在にいかないことは、力のコントロールだった。

アクセルの踏み具合が苦手なようで、いきなり全開か、ほとんど効果のない弱いものか、あるいはちょうどいいニュートラルなものか、まちまちでしか放出できないでいたのだ。

鞘香との戦いで「全開」が出たのは幸運であったらしい。

三月の方は放出自体がうまくできなかった。

出そうとしてもまったく出ない時もあれば、思ったように出せる時もある。

そして出せる時にはほぼ思い通りに制御ができた。

力の強弱、距離の長短、的への正確性。

春乃に言わせれば「まだまだ」ということになるのだが、それでも調子がいい時には充分戦力になることがわかった。

『ただし、蓄積してきた量が違うのか、全開の時の力は兄上さまの方が上ね』

というのが春乃の見立てで、

「なるほど、お兄ちゃんが一発屋のホームランバッターだとすると、三月ちゃんはアベレージヒッターってところか」

というのが紗夜の喩えであった。紗夜自身はそれほど野球ファンというわけではないが、父や兄=哲晴が人並みに好きだったので、つきあいで一緒にテレビ観戦することが多かったのである。

「でも紗夜ちゃんは練習しなくていいの?」

と、今さらながら思い出したように三月は尋ねた。

これまで自分のことで精いっぱいで、紗夜が祭具を使わないことにも練習をしないことにも気づかなかったのである。

いささか間が抜けすぎている話だし、普段の三月ならそんなことはありえないのだが、それだけここ数日の出来事はインパクトがありすぎた証拠でもあった。

「紗夜は祭具をまったく使えないのですよ」

それに答えたのは、ようやく練習を一段落させ、タオルで汗を拭いている道明だった。

ちなみに道明は転生初日、この「柔らかい手ぬぐい」にも驚いていた。

「そうなんですか?」

「ええ。基本的に祭具を扱うには素質が必要です。素質があり、さらに厳しい修練を積んで初めてまともに扱えるようになるのです。素質を持つ者は浅賀谷や遠森のような家系に出やすいのは確かですが、稀にまったく関係のないところから生まれることもあります。ただそれは本当に稀なので、紗夜が素質を持っていないのは当然のことなのです」

「なるほど……あれ、でもあたしはすぐに使えちゃいましたよ?」

道明の説明に腕を組みながら納得していた三月だが、自分を振り返ってみて驚く。さっき春乃とのやり合いで、自分には素質があるのどうのこうのと言っていたが、あくまで冗談のつもりだったのだ。

「それは二つの理由が考えられそうです。一つはもともと三月どのに素質があったこと。もう一つは春乃が三月どのの中に転生したことで、妹の素質が三月どのに受け継がれたこと。もう一つ加えると、その二つの理由が合わさったということも考えられるかもしれません。春乃が転生したことがきっかけとなり、眠っていた三月どのの素質が開花した。いずれにしても、私どもは驚いておりますよ。祭具に触れてわずか数日で力を発揮するなど、普通ではありえませんからな」

「そうなんですか?」

「ええ。通常ならば、三年も修行してようやくなんとか力が放出されるというあたりでしょう。春乃とて一年はかかりましたからな」

『わ! 兄上さま、余計なこと言わなくていいですから!』

道明の説明に、三月の中の春乃があわてて兄を遮ろうとする。

が、当然それは彼には届かず、聞こえたのは春乃が聞かせたくなかった当の三月だけであった。

そして三月には春乃が隠したかった理由もわかっていて、にやーっと笑いつつ、手にした剛力を軽く振りながら、頭の中に語りかける。

「なによー、春乃ちゃん、これ使うのに一年かかったんだー」

『なによ、別にいいでしょ!? 兄上さまもおっしゃってたように、これでも普通よりずーっと早いんだから』

「でもあたし、二日くらいで使えるようになっちゃったよ?」

『あんなので使えるなんて言わないでよね。それに兄上さまが言うように、私の力かもしれないんだから』

「でもあたしの力かもしれないよ? だとすと素質はあたし、春乃ちゃんより上かもしれないんだあ」

『だからなに!? そんなの自慢にならないわよ! 素質なんてそれこそ神様や仏様の領域なんだから、別にあんたの功績じゃないでしょ!』

「わかってるわよ、そんなこと。でも紗夜ちゃん、自分が素質が上だからって偉そうなこと言って来なかったのかなあ~? あたしに対してというより、生まれ変わってくる前とか…」

『し、してないわよ、そんなこと!』

「ホントかなあ~。道明公に訊けば、一発でバレる嘘だと思うけどなあ~」

『う…… し、してないもん!』

「ホントかなあ~、ホントかなあ~」

『う、うるさい!』

端から見ているだけでもすでに「姉妹ゲンカ」の域に入ってきた二人を見つつ苦笑する道明は、表情をあらためてやや遠くを見た。

「遠森はどれほどの力を維持しているのか… そして魔が生き残っているというのであれば、彼らとて我らばかりに構っているわけにはいくまい。そこに我らの活路があるか…」


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