第六章 お殿さま参拝する 4
「さて、それではさっそくやってみるか。それとももっと場所を変えた方がいいか? 例えば剛力が奉納されていた真明神社から始めた方がいいかもしれん」
道明が三月の方を見ながら言う。
今剛力は彼女が持っているのだ。
というより彼女の中にいる春乃が持っている。
彼女たちが見つけたからというのもあるが、最も上手く剛力を使えるのが彼女というのも理由である。
三月はいまだ扱いきれず、春乃は自由に彼女の中から出てこられないとはいえ、彼女が持っているのが一番しっくりとくるのは全員が感じてることだった。
「うーんそうですねえ、実際持ってみてもあたしにとっては普通の棒としか感じられないし…」
言われて三月は剛力を取り出す。
三十センチほどの横笛のような棒はなにか不思議な存在感を漂わせてはいるが、手にした感触は確かに木でしかない。
力を発揮した時はなにか特別な感覚があったのを三月も覚えているが、今は、そして普段はそれを感じることはできていなかった。
『まったくほんとに鈍いよねえ。私なんかあんたを通してでさえ、この子のことを感じられるっていうのに』
頭の中で春乃があきれたように言ってくる。
彼女は言ってみれば精神だけの存在ではあるが、三月を通しての感覚はともすれば生きている頃より鋭敏で繊細、それでいて骨太であるかもしれない。
それゆえ剛力の特殊な感覚も彼女には全身(全精神)で感じられていた。
もしかしたら生きていた頃より、剛力を上手く扱えるかもしれない。
「いいじゃない、あたしは春乃ちゃんと違うんだから。そんなこと言うならもうあたしの体貸してあげないよ」
『いいもん、勝手に借りるもん。それにその時なら、兄上さまにいろんなこともできるだろうし…』
けなされて軽くそっぽを向きながら三月が言ってくることに、春乃がとんでもないことを返してくる。
三月は一瞬で真っ赤になった。
「な、なに言ってんのよ! そんなのダメだからね、絶対ダメ!」
『なんでよ、別にいいじゃない』
「だ、ダメに決まってるでしょ! あ、あたしの体なんだよ!? そんなことされたら、困る!」
『別に困らないでしょ、あんたは。それに私だって、この体でなら兄妹同士だと問題があるいろんなことも解決できるわけだし…』
三月とつながっている春乃には、彼女の哲晴への想いはすべて伝わっている。
それだけに最初の台詞だが、後半もいろいろと危ない内容で、三月をあわてさせた。
「そ、そんな勝手なこと言わないでよ! それにあたしの体だからって、春乃ちゃんと道明公が兄妹なことに変わりはないんだから、そういうの絶対よくないって!」
『いいの。それに私ね、なんかこの時代に生まれ変わってきたのって、神様が私に機会をくれたのかなって気になってきてるし。今言ったみたいに、この体とあんたとその哲晴っていう人の関係なら、私と兄上さまがそういうことになっても問題ないわけだし…』
「問題だから! ダメだから!」
赤面しながら一人でパニックに陥っている三月の姿は、見方によってはおもしろい。
しかし頭の中での春乃とのやり取りがどんな内容かだいたい想像がつく道明と紗夜は、彼女の気の毒さにいささか苦笑もしてしまう思いだった。
「春乃、いいかげんにしなさい。三月どのも申し訳ござらん。ですがご安心を。私も哲晴どのの許しを得ずに、そのようなまねをするつもりはございませぬから」
『えー! そんな兄上さま…』
道明の常識的な意見に一番反応を示したのは他ならぬ春乃である。
そのことを三月から告げられ、兄は妹へ苦笑する。
「春乃、この体であるがゆえにそなたには実感しにくいかもしれぬが、私はもう老人だ。仮にそなたとそのようなことを、という気になったとしても、とても心と体がついてゆかぬよ」
体については十七歳である以上問題はないかもしれない。
だが心の方は彼は成熟した大人であり、それ以上ですらある。
そのような部分がまったく枯れたとは言わないが、少なくとも十代や二十代の頃に比べてがっついたものはすでに無くなっている。
心も仮の体もいまだ十代である春乃には理解できないことかもしれないが、一応伝えておかなければならないことではあった。
この感覚は、やはり「同年代」である紗夜=雪菜の方が理解してくれるだろう。
事実、互いに四十代を過ぎた頃からはほとんどそういうことは無くなったが、特に不満もなかったのである。
『えー、でもでもぉ…』
「とにかく、聞き分けるのだ。いいな、春乃」
孫のような年齢になった妹への接し方、それも自分に対して兄以上の想いを持っている妹、さらに加えて体は他人の物である妹への接し方は道明にとっても難しいもので、とりあえずは兄としての威厳に頼って彼女を押さえ込むことしかできない。
これでは不満が蓄積する一方で、根本的な解決にはなってないとわかってはいるが。
「いずれきちんとした対処法を考えねばな」
今はそれより優先することが多々ありすぎる。
もしかしたら藩主として政務に奔走していた頃より多忙にならざるを得ないかもしれない。
それを苦とは思わない道明ではあるが、やはり苦笑が漏れてしまうのは致し方ないところであった。




