第五章 お殿さま昔のことを語る 4
「でも…これからどうしましょう」
まだまだ訊かなければならないことはたくさんあるような気がするが、現状でも飽和気味の頭はこれ以上なにを質問すればいいか思いついてくれない。
それだけに三月は一応ここでなし崩しに始まった質問コーナーは取りやめ、これからのことを尋ねた。
それについて、道明には腹案があったらしい。すぐに答えてくれた。
「そうですな、とりあえずは剛力以外の祭具を探しましょう」
「え、剛力の他にもあるんですか、ああいうの」
道明の言葉に三月は驚いて声を上げた。剛力以外に、あんなケッタイなものがあるとは思いもよらなかったのだ。
ついでに「あれって祭具っていうんだ」と、新たな知識にうなずいていたりもする。
「さようです。かの祭具は我らの『法力』を増幅させ、放射する力があります。我ら自身、生身でもそうすることは出来るのですが、やはり威力はそよ風と台風ほどに違うのです。そして祭具が一つでは、魔と戦うにおいても遠森と争うにおいても戦力が足りないことは必定です。とはいえあれは作るのに相当の労力と技術とが必要となりますから、剛力を含めて三つしかありませんが」
「そうなんですか……それじゃ残りの二つはどこにあるんです?」
「さあ、それは生まれ変わったばかりの私にはさっぱり。春乃はどうでしょう、知ってはいませぬか。あれは剛力を見つけたことですし、他の二つもすでに入手しているのかと思いましたが…」
道明は苦笑しながら小さく首を横に振る。
言われてみればその通りで、三月もわずかな羞恥を覚えたが、すぐにそれも消えると、道明と同じように首を振る。
「いえ、春乃ちゃんも知らないみたいです。実はこの二週間、あたしも春乃ちゃんにせっつかれて、いろんな場所を探してまわったんですよ。主に浅賀谷家に関わりのある神社とかお寺とか… そこに奉納されてたりしないかと。で、その中の神社の一つでようやく見つけたっていうわけで」
「そうなのですか。しかしよく譲っていただけましたな。奉納されていたのなら簡単にはいかなかったでしょう」
道明は不思議そうに尋ねる。神社仏閣が現代においてどのような位置付けになっているかはっきりとはわからないが、それでも浅賀谷家ゆかりのそれらが残っているということは、それなりの敬意や権威はあるのだろう。
そんなところから奉納されていた祭具を譲り受けるなど、簡単なことではなさそうである。
「いやそれが…あたしもそう思ったんですけど、なんだか結構すんなり譲ってもらえまして」
と、三月がなぜか照れくさそうに、そして自分でも不可解といった風情で答える。
これはまさしく本音であって、いくつか回ったうちの神社で奉納されている剛力を、三月の中の春乃が彼女の目を通して見つけ、「あった! 早く早く! 早く返してもらって!」と頭の中で大騒ぎしたため、駄目で元々で神社の神主に頼んだのである。
が、思った以上にあっさりと譲ってもらえて三月は驚き、その理由にも驚いた。
「いや、実はこの神社にはこの祭具についての言い伝えがあってね。君くらいの女の子が訪ねてきて欲しいと言ったら譲るようにと言われていたんだ」
「ほんとですか?」
「ああ。だとしても、もっと違う物だったら簡単に渡すことは出来ないんだけど、それについては何に使う物かもはっきりしないし、さして重要とは言えない物でもある。だからこれについての責任は、神主の裁量にゆだねられているんだ。そこへ言い伝え通り君のような女の子が現れたんだから、これはもう渡しても構うまいと思ってね。それともやっぱりいらないかい?」
「い、いえ、いただきます、ありがとうございます」
「そうか。ところで、なぜ君はこれが欲しいんだい? 見たところただの古い棒でしかないけど…」
それはあたしにもわかりません、と三月は思ったが、そこはなんとかごまかして、春乃が熱望した「棒」を手に入れたのである。
「なるほど、そのような訳だったのですか…」
三月に話を聞き、道明もうなずくが、わからないこともある。
一体誰が「十代半ば女の子が剛力を受け取りにくる」などという言い伝えを遺したのであろう。
「春乃ちゃんは、自分たちが死んだ後に生まれた浅賀谷の血を引く者の中に、予見の力に秀でた者が現れて、そういう言い伝えを遺したんじゃないかって言ってますけど」
「なるほど、確かにそれはありえますが…」
道明が疑問を呈すると、三月が春乃に代わって答えた。それは確かにない話ではなさそうだが、道明の時代まで、浅賀谷の中にそのような力を持って生まれた者がいたとは聞いたことがない。
前例がないからといってありえないということはないが、道明の感覚では、浅賀谷の血はそこまで強力な「術者」を生み出す家系ではないように感じるのだ。遠森ならともかく。
しかし情報のない今はそのことについて考えていても埒はあかない。
道明は湧いた疑問を一時脇に置いて、三月に問いを重ねた。
「そしてその後は、春乃に指導されて剛力の扱いを学びましたか」
鞘香との戦いで、まがりなりにも剛力を使ってみせた三月だが、それがぶっつけ本番ではないことは道明にもわかる。
現に三月や春乃がそう言っていたし、また剛力の扱いはそれほど簡単ではない。
どれほどの術者であっても、いきなり使いこなすことはできないであろう。
が、道明の問いに三月は、思わず大声を挙げてしまった。
「扱いを学びましたかなんてもんじゃないですよ! ひどいシゴキですよ春乃ちゃん! あれはイジメですよイジメ!」
三月は半ば本気で泣きそうであり、道明は彼女の様子に驚きはしても、「さもありなん」と苦笑する気持ちも禁じえなかった。
彼は妹の性格をよく知っているのだ。それに彼女は天才である。
凡人が段階を踏んで学び得てゆくものを一足飛びに越えていってしまえる力があった。
それゆえ凡人がつまずく理由がわからないのだろう。
「さぞ、お辛かったでしょうな」
道明としては苦笑は苦笑として、心底同情する想いであった。
が、それを快く思わない者もこの場にはいる。
「そうなんですよ、わかってくれますか道明こ……うわ! ちょっとなによ春乃ちゃん! え? だってそれは…もう、ほんとにもうちょっと小さな声で!」
その快く思わない少女が、三月の頭の中でがなり立てているらしい。
「これ春乃。これ以上三月どのにご迷惑をおかけするのではない。それでなくとも三月どのは、そなたがいるだけでぷらいばしーを侵されているのだから」
この道明の言葉に、目をぱちくりさせて三月の動きが止まる。
見えないが春乃も似たような表情をしているのかもしれない。
そんな彼女に道明もいぶかしげな表情になる。
「なにかおかしなことを申しましたかな?」
「いえそんなことはないんですけど、どうしてプライバシーなんて言葉を知ってるんですか?」
昨日転生してきたばかりの道明にとって、英語だろうがなんだろうが横文字自体が未知の言葉のはずである。
三月と春乃が驚くのも無理はなかった。そんな二人に道明は破顔する。
「私も昨晩覚えたばかりの言葉でござるよ。そこのテレビというものを観ていたら、そのような言葉を使っておりましたので。意味や使い方は間違ってないと存じますが、そうでもなかったでしょうか」
最初にテレビを観たときは、道明も驚いていた。
だが半日で三百年後の技術に対する耐性を培っていただけに、さほどの抵抗もなくその存在を受け入れてしまった。
そして一度受け入れるとテレビの情報量はすさまじいものであるとすぐに気づく。
現在はインターネットというさらなる情報媒体が存在するが、それについては道明はまだ知らず、そしてテレビだけでも彼の知識欲を刺激するに充分であった。
「い、いえ、そんなことありません。合ってます」
「それでもまだ発音がぎこちないですかな。ぷら、プライ、プライバシー。これでいかがでしょう」
笑って道明は言い直し、それを見て三月は驚きのままの表情を崩さなかった。
「え、ええ合ってますし、そもそもプライバシーって発音も日本語風にしてあるわけで本物とは違うわけですし… でもすごいですねえ、昨日の今日でそんな言葉まで覚えちゃうなんて。もっと違う言葉も覚えてるんじゃないですか?」
おそらく昨夜自分が帰った後、むさぼるようにテレビを観ていたのだろうが、それでも道明の向学心と吸収力と応用力は感心すべきものだった。
自分であれば、昨日今日、あるいは数日以上は未来に適応するだけで精一杯で、なにかを覚えようなどという意志は湧かないかもしれない。
「やっぱり道明公はすごいですねえ」
嘆声をそのまま発する三月に、道明は穏やかに笑う。
「そのように大した話ではござらん。春乃も同じであったでしょう」
「え? ええまあテレビは好きで観てましたけど、もっとこうアニメとか特撮とか、そういうのばっか好んで観てたような…」
過去から来たばかりの春乃も、現代の技術には興味津々で、法術についての鍛錬や探索はそれとして、いろいろなことを三月に尋ねてきた。
興味を持った物の中にはテレビも当然入っていたが、彼女は性格なのか、春乃に好んでチャンネルを合わせさせたのは、アニメや特撮のような番組が多かった。
おそらく道明が好んで観る物とは違うだろう。案の定、道明はまだ観ていないらしく、興味を持って尋ねてきた。
「あにめやとくさつというのは、どんなものでござる?」
「え? ええまあなんというか…基本は子供向けの物が多いですが、最近はそうでもないというか…」
三月も人並みにはそういうものを観て育ってきたし、今も観ないわけではないが、さすがにどう説明していいか戸惑う。
下手なことを言うと春乃に怒られそうではあるし… とはいえ春乃はアニメや特撮が、現代日本でどういう立ち位置にあるかを実感していないので、無邪気に喜んで観ているだけだが。
「でもその、いかがわしいものではないので、後で一緒に観てみましょう」
と、三月は笑ってごまかした。中にはいかがわしいものもあるが、今それを言ってはややこしくなる。
「ふむ、さようですか。では楽しみにしておくとして、とりあえずは今日は町中を案内していただけないでしょうか、三月どの、雪菜……ではない、紗夜」
どうも三月が言いにくそうにしているのを見て、あまり深く掘り下げない方が無難だと感じた道明は話を切り上げ、今日の予定と希望を二人に告げた。




