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第五章 お殿さま昔のことを語る 3

 それを聞いた三月は唖然として小さく口を開けてしまった。

「……なんですかそれ」

「どのようなことか、細かいことはわかりませぬが、我ら浅賀谷に伝えられた『滅法』と、遠森に伝えられた『雷法』は、互いに互いを浸食するものであるそうです。ゆえに互いが存続する限り、双方徐々に自分たちが削られてゆく。体が溶けてゆくのか、子孫が絶えてゆくのか、どのような形を持つのかはわかりませぬが、とにかく相手がいる限り、双方共倒れの末路しかないということなのです。ゆえに自分たちが生き残るためには、相手を滅ぼさなければならない。こういうことなのです」

「なんでそんな馬鹿げた法を、道明公や遠森さんのご先祖さまは受け入れちゃったんですか!? どっちも滅んじゃうか、相手を滅ぼさないと生き残れない法なんて、滅茶苦茶以外の何物でもないじゃないですか!」

 三月が大声を挙げるのも無理はない。

それでは自殺行為そのものである。

しかも自分たちだけでなく、子孫を巻き込んでの自殺。

そしてそれを避けるには、両家による泥沼の闘争しかありえない。

 三月にしてみれば、正気の沙汰とは思えなかった。

 彼女の非難するような詰問に、道明は少し悲しげに、困った風に、しかし誇りをにじませながら答えた。

「当時はそれほどに魔による被害が大きかったのですよ。女子供も関係なく、魔に害される者ばかりだった。浅賀谷と遠森の祖先は、彼らを守らねばという義憤に駆られ、己や子孫たちの運命は省みず、退魔の道に入ったのです」

「あ……」

 そう言われて、三月はぴたりと黙った。

遠森家の祖先は知らないが、子孫である道明を見ていると、浅賀谷の祖先が真にそのような気持ちで退魔の道に入ったと信じることができる。

道明は退魔の世界ではなくまつりごとの世界で他者のために心身を使いきって死んでいったのだ。

それを浅賀谷市に住む者たちはほとんど全員が知っている。

「……ごめんなさい、変に責めるみたいなこと言っちゃって」

 浅賀谷の祖先に対してもだが、考えてみれば道明にはなんの責任もないことで怒鳴ってしまった。

それに少し冷静になってみれば、道明たちこそが最大の被害者なのである。

それを部外者の自分が憤慨して責めるなど筋が違う。

そう思い至り、しゅんとして謝る三月に道明は笑って首を横に振る。

「いやいや、謝られる必要はありませんよ三月どの。我らや遠森の祖先は確かに立派でしたが、子孫の中には不肖の者も多うございましたから」

 道明の声に自嘲めいた苦笑も混じる。

 彼の言うように両家の祖先は立派だったが、彼らの子孫全員が彼らに似て強い意志を持っていたわけではない。

中には自分たちが生き残るために、相手の家を根絶やしにしようとした者も大勢いたのだ。

それは遠森だけでなく浅賀谷からも出ていた。

 彼らを一方的に責めるのは酷であろうが、道明としてはやはり忸怩たるものがあるのだ。

「浅賀谷と遠森の祖先が師より法を受け継いだのは、伝承によれば奈良にみやこがあった頃のようです。異説には平安の御世というのもありますが、とにかく私たちの時代からしても、千年は昔ということになりましょう。その間にも、魔と戦いつつ、互いの一族を滅ぼそうとする者たちは引きも切らずありました。私たちが政の世界へ打って出たのも、実はそこに一因があることも否めません。表の世界で権力を握れば、遠森も簡単には手出しができないだろうということです」

 いささか自嘲を深めつつ道明が言うことに、三月も少々気まずくなった。

 道明本人が自家を政治の世界へ導いたわけではないが、浅賀谷家、中でも道明という存在は、今の浅賀谷市民にとっても「神君」である。

それはつまり、あまり生臭い事柄に関わってほしくない想いがあるということだった。

大人になるにつれて神君も聖人君子ではないとわかるようになってくるし、またそういうところがより気に入るという事情もあるのだが、三月はまだそこまで成熟していないし、また浅賀谷市民の結構な数の大人は、神君道明=聖人というイメージから脱却できていなかった。

それほどに彼らにとって道明の存在は大きいのである。

 が、道明本人は様々な意味でそれを実感できておらず、またしたいとも思っていないため、三月の心情を理解しつつも話は続けた。

「我々が本来の土地を捨ててこの地までやってきたのも、遠森が理由の一つではあります。こうして離れていれば、互いに殺し合う危険も減るであろうと。事実、私が生きている頃は遠森とのいさかいはなかったのですが…」

 だが今は遠森もまたこの浅賀谷の地におり、浅賀谷家と敵対している。

道明にとって異世界と言っていいほどに変わった浅賀谷の地で、最も変わっていてほしかったことが変わっていなかった。

これは道明にとっても痛恨であった。



「…あの、でも二つばかり疑問があるんですが…」

 少し黙ってしまった道明に、三月は控えめに声をかけ、他称神君は軽く我に返る。

「ああ、失礼しました。なんでしょう三月どの」

「はい、その、浅賀谷家も遠森家も、なんだかそういうイメージが全然湧かないっていうか…奈良時代から今までかけてまだ滅びてないって、相手を滅ぼさないと共倒れっていう話、嘘なんじゃないでしょうか?」

「イメージ」という言葉の意味はわからなかったが、道明にも三月の言いたいことは伝わった。

彼も軽くうなずく。

「ええ、実は今三月どのがおっしゃったような考えは、当時の我らの間でもあったのです。それどころか私たちの世代以前でも、何度も話し合われた事柄でもありました」

「それじゃどうして…」

「決め手がないのです。なにしろどんな風に、どのような仕組みで『共倒れ』が起こるのか、まったくわからないものですから、誰にもはっきり『ない』とは言い切れないのですよ。中には『ない』としてすっきりと生きた者もいるようですが、全体としてはやはり不安を払拭することができずにいたのです」

 そう言われて三月も浅賀谷家や遠森家の人たちの気持ちを想像する。

そして納得した。

たしかに不安が湧き、完全に消すことは難しいだろう。

そしてその不安を消す方法は、相手を滅ぼす以外に存在しない。

「……臆病者と笑ってくださって構いません」

 三月の難しい表情を見て、かすかに自嘲を浮かべながら道明は言う。

が、三月にそんなつもりはまったくなかった。

「いえ、そういうことを考えてたんじゃないんです。自分がそんな状況になったらどうなるかって想像したら、これはきついなあって… だから笑ったりしません」

 三月は優柔不断なところはあるが、自分でわかったことはきちんと自分の中に落とし込める少女だった。

それだけに浅賀谷家の人たちを臆病などとは思わない。

仮に思うのなら自分もそうであるとわかる。

自分も同じでありながら他人を笑う資格などないとわきまえている三月であった。

「ありがとう存じます」

 そんな三月に、道明は真情を込めて頭を下げた。



「それでもう一つなんですけど」

 道明の礼に恐縮しつつ「いえ…」頭を下げ返した三月が、疑問をさらに投げかける。

彼女にとって浅賀谷家と遠森家の関係は初めて聞くことばかりであり、彼らの間ではすでに常識以前となっている事柄でも、いちいち尋ねないとわからないことばかりなのだ。

それは道明にとって、初歩の読み書きや計算を何度も教えるよう頼まれるような退屈さを感じるものかもしれないが、彼自身はそうは思っていなかった。

むしろ三月にすまない気持ちが大である。彼女は彼らの争いに巻き込まれたにすぎないのだ。

彼女にも事細かに事情を知る資格は、充分以上にあるのだから。

「その、遠森さんたちは、どうして道明公が水津くんの中によみがえるって知ったんでしょうか。あたしたちだって道明公だってしなかったことなのに」

 それに鞘香は三月の中に春乃がよみがえったことは知らなかったようだ。

あの驚きようからみれば、それは間違いなさそうである。

とするともしかしたら、雪菜が紗夜の中に生まれ変わったことも知らないかもしれない。

ありえる話だ。

もし知っていたら、これまで法っておいた方がおかしい。

そう思いつつ三月は紗夜を見る。

と、その視線に気づいた紗夜がにこっと笑いかけてくれる。

その表情は初老の女性のものではなく、まごうことなき十代の少女のものだった。

だが、今は彼女は口を開かず、会話を道明と三月の二人にゆだねている。

その意図は三月にははっきりしなかったが、真に十代の少女であるのなら、彼女自身も会話に加わろうとするのが普通だろう。

特に普段の紗夜を知っていれば、こういう時は自分から会話に入り、事情を深く知ろうとすると三月は知っていた。

それだけに紗夜が黙っていること自体が「雪菜」の意図を感じさせるのである。

 そんな三月の一瞬の思考が終わるのを待っていたように、道明が口を開いた。

「さて、実は私にもその理由はわからないのです。ただ遠森の力は概ね浅賀谷より上です。となると、なにか予知のような力がある者が生まれた可能性もあります。それはこの時代の遠森ではなく、我らが死んで三百年が過ぎる間に生まれた遠森の誰かであるかもしれない。その誰かがこの未来を予知し、子孫に伝えていたとすれば、彼らが私の復活を知っていたとしてもおかしくはないでしょう」

「……なんか、なんでもアリって感じですね」

 三月としては、いささか対処に困る気分である。

鞘香の光の竜や剛力、自分たちの中によみがえった浅賀谷家の人々。

これらのことがなければ信じられないような話だが、時折ふと現実感がなくなるのだ。

「やっぱりこれ、夢なんじゃないかな…」

 そんな風に思いつつ、道明たちにわからないように自分の足をつねってみる。

痛かった。

「まあそうだよね…」

 夢の中でつねっても痛いときは痛いだろうが、この痛みはやはり現実で感じるそれである。

なんとか自分の中の許容量を広げて応じるしかないだろう。


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