第五章 お殿さま昔のことを語る 2
「浅賀谷と遠森は、もともと霊や魔を退けることを生業としていた一族だったのです」
初めて過ごす「我が家」で、道明は静かに語り始めた。
霊や魔とは、要するに妖怪のことらしい。
ただ日本古来から伝わる種類のものとは違うようで、そのあたりは三月ももっとしっかり聞きたかったが今は後回しである。
が、その最初の浅賀谷家のルーツを表わす道明の一言に、三月は驚いた。
「え? そうだったんですか!?」
「さようですか、三月どのたちこの時代の御仁たちには伝わってなかったですか。では隠してきた我らの祖先の意図は完遂されていたのですな」
三月の様子に道明は、やや複雑そうながら納得したようにうなずいた。
「隠してたんですか」
「ええ。浅賀谷家の祖は貴族の時代にまでさかのぼり、その頃に奈良や京で朝廷の依頼や命令の元にそれら人外の存在を退治することから始まったのです。その後、様々な土地の魔を退治するために派遣されることでその地に溶け込み、その地の人間となってしまう者も少なくありませんでした。この土地へやってきた我らの祖、浅賀谷利明もその一人です。ですが時代を経るに従って、魔を退けるだけではこの世は救えぬと感じ始めた浅賀谷家は、徐々に表舞台に立ち、力を付けて世を正そうと考えるようになったのです」
自家の歴史を語る道明は、背筋を伸ばした姿勢を崩すことがない。
先祖に対する礼を守っているのだろう。
「足利家の世の頃からそのように考え、元々この土地を治めていた土橋家に仕えるようになったのです。正確には退魔の家として陰に仕えていたのを、少しずつ陽の世界にも出て仕えるようになりました。浅賀谷家は陰と陽と両面から土橋家と土地の民のために尽力するようになったのです。そして時代はさらに旧り、足利幕府の力が弱まった頃、すでにこの地方第二の勢力となっていた浅賀谷家は、跡継ぎがいなかった土橋家から家督を譲……いや、言葉を飾っても仕方ありますまいな。家督を奪ったのでございます。形はもちろん禅譲ではございましたが、表面をつくろってもみっともないだけでしょうから」
さすがにわずかに言いよどんだ道明だったが、実状を包み隠さず話した。
浅賀谷家が土橋家から家督を奪ったことは、現代の人にとっては自明のことであると感じ取っていたためであるし、また道明としてもこれから様々に世話になるであろう三月に、いらぬ格好をつけるのは失礼だと感じたためでもあった。
腹を割るからにはすべてを割る。
これは君主時代の道明の対人作法の一つであった。
「大丈夫です、その辺りは下克上で世の風潮でもありましたし、土橋家が悪い政治をして藩内もひどいことになっていたって聞いてますし、浅賀谷家じゃなかったら藩も戦国時代を生き残れなかっただろうってことですし、みんなちゃんとわかってますから」
三月も道明の言いよどんだ理由を察し、そんな風に弁護した。
これは特に歴史が好きというわけではない三月でも知っていることで、ある意味、浅賀谷家の統治のもと生きてきた藩民と、その子孫である浅賀谷市民は「共犯」とも言える。
特に道明の治世で幸福に暮らしてきた民と、その恩恵を受けている子孫である自分たちに、えらそうに言うつもりはなかった。
「…感謝します」
三月の思いやりを感じ取った道明は、姿勢を正して深く一礼し、返って三月をあわてさせた。
「ここから先については三月どのもよくご存じのようですな」
頭を上げた道明は三月に確認する。
今話した段階も、表面的なことなら浅賀谷市の人間は知っているようだが、ここから先、戦国から江戸にかけての知識は、浅賀谷に住むからには必須である。
そのような印象も三月から受けていたのだ。
「はい。そこから先は戦国時代で浅賀谷智明公が尽力して徳川幕府内でも有力な藩として浅賀谷藩を生まれ変わらせ、そして道明公がさらに強化して日本有数の豊かな藩にしたって…」
自分に話が及ぶと道明は軽く咳払いをして三月を止め、話を最初に戻す。
「ああ、まあ、ご存じであればそれで。さて、そしてここからは三月どのたちこの時代の方たちもご存じないことのようですな。表の世界へ出ると決めた浅賀谷家は、退魔の家系であることを隠すようになったと。これはやはり、人は魔を恐れるものであり、そこに関わる人間をいかがわしい、そこまで考えずとも未知の存在であると感じやすいという点を考慮してのことでございます」
「なるほど…確かに言われてみれば…」
道明が自分の功績を誉められると、途端に挙動不審になることに、三月はいささかのおもしろさと彼に対する親しみを覚えているが、とりあえずそれは抑え、道明の言うことを咀嚼する。
考えてみれば確かにそうで、自分たちの支配者が人外の存在と関わりがあるとなれば、気味悪さを覚えるに違いない。
それが現代よりよほど未知の世界を信じていた戦国や近世の人たちであればなおさら。
だがここで三月は一つの引っかかりを覚えた。
「あれ? でもそれじゃ春乃ちゃんは?」
断りもなく、家賃も払わず自分の中に住み着いて、それどころか宿主に「ああしろこうしろ」と好き勝手命令してくる傍若無人でワガママな店子は、確かその退魔の人だったはずである。
しかも鞘香が言うにはその道の天才ですらあると。
浅賀谷家が退魔の仕事を辞めたのであれば、おかしな話である。
その三月の疑問に、道明は穏やかに答えた。
「私は『隠した』としか言っていませんよ、三月どの。浅賀谷家は退魔の仕事を捨て去ったわけではありません」
「え? でも…」
「いくら浅賀谷の人間が退魔の仕事から離れたいと言っても、魔がこちらの都合にあわせていなくなってくれるわけではありません。浅賀谷は道を変え、世に出てゆくことを選びましたが、元々歩いていた道での人助けも放棄したわけではないのです。代々浅賀谷の血を受け継ぐ者たちの中で、特に退魔の力に優れる者は、陰に隠れ、魔を退ける仕事を続けたのです。我らの代では、それは春乃を含めた三名の者が請け負ったのです」
道明の言うことに三月はうなずいた。
「なるほど、そういう理由だったんですか」
「ええ。ですからそういった意味では、春乃たちの方が浅賀谷の本流と言えるかもしれません」
「なるほど…… で、遠森さんの方は、どうなんでしょう」
三月は、郷土の歴史家たちが知れば驚愕と驚喜を同時に覚えたであろう浅賀谷家の隠れた歴史を知らされたわけだが、彼女にそこまでの自覚はなく、今度は同年齢の少女が属する一族について尋ねた。
彼女にとってはこちらの方が火急のことなのである。
「遠森は、彼らの祖先が私たちの祖先と同じ師の元で学んだ兄弟弟子であり、私たちと同じ退魔の家系になります。そしてその力は、私たち浅賀谷より強い」
道明は三月の問いにすらりと答えるが、最後の一言だけは語気を強めた。
が、そこに意外なところから反論があった。
「…わっ! な、なに春乃ちゃん。え? あ、うん、わかった、わかったからそんなに怒鳴らないで」
突然三月が両耳を抑え、「中の人」である春乃の怒鳴り声に辟易しながら応じ、それを見た道明は、少々おもしろそうに小さく笑った。
「春乃は『あんなの目じゃない』とでも言っているのでしょう?」
「は、はい、その通りで… え? あ、うん。その、『私、あんなのに遅れを取ったことも負けたことも、一度もないです! 全部余裕で倒してきたもの!』だそうです」
「ええ、確かにそうでしょう。ですがそれは春乃だけの話なのです。春乃は、いわゆる天才という存在でしたからな。ですが大まかに見て、遠森の力は浅賀谷を上回ります。戦えないほどの差ではありませんが、おそらく六と四ほどの差はありましょう」
笑いながら事実を語ることで妹を賞賛し、同時に基礎となる部分を明確にする。
それは三月にもなんとなくわかった。
なにしろ鞘香の「光の竜」を目にしているのだ。
「剛力」も強力な力ではあったが、パッと見の印象や、ほんのわずかながら関わった人間としての感触では、やはり遠森の力の方が上のように感じる。
が、それはそれとして、三月は首を傾げた。
「でも…それだったら、遠森家と浅賀谷家って仲間じゃないんんですか? 同じ退魔の家系で、しかも同じ師匠に学んだっていうのなら…」
三月の疑問はもっともだが、道明としては深刻な苦笑をせざるを得なかった。
「確かに三月どののおっしゃる通りなのですが、困ったことが一つありまして」
「? なにがですか?」
「私どもの祖先たちに退魔の法を教えるにあたって、師となる方がおっしゃったそうなのです。『教えるのは構わぬがわしの法はちとやっかいでの。そなたたちそれぞれに違う法を教えることになるが、その場合、遠い将来そなたたちは互いの一族を滅ぼさねば、自分たちが滅びることになる』と」




