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~「百九十年目」~「二百年目」~


  ◇◇◇



 ……それから二十年後。


「……えいっ!」

 エルフの少女は、前方にある丸太に向かって魔術を発動した。詠唱も魔法陣もない、ただ掛け声を出しただけだったが、それでも魔術は風を起こして、遠く離れた丸太を押し倒す。

「……やった。ようやくここまで出来た」

 ここ二十年の成果が現れて、少女は思わずガッツポーズした。……当初は全然駄目だった少女だが、魔術の簡略化を目指し始めた辺りから急成長したのだ。

「やっとだな」

「あ、ご主人様」

 するとそこへ、男が様子を見にやって来た。そして、彼にしては珍しく、僅かに感情の篭った声でこう言った。

「最初に教えたときは、そもそもお前に魔術が使えるわけないと諦めたものだが……ようやくここまで来たんだな」

「ちょ、ちょっとご主人様!? いくらなんでも、それは酷いですよ!」

 男の台詞に、少女は必死で抗議する。しかしながら、適性がなくて二十年も無駄にしたのは事実なのだ。

「とはいえ、どうにか様になってきたんだ。これでようやく、研究を進められるな」

「はい」

 そう。少女が魔術を習得したのは、男の研究を手伝うため。やっと、当初の目的を果たすことが出来るのだ。それは、少女にとって大きな意味を持つ。男の研究をサポートするのは、彼女の悲願であったのだから。

「よし、それじゃあ早速始めよう。―――まずは、これを読め」

「これは?」

 少女が手渡されたのは、男が書いたメモ。質の悪い紙にびっしりと書かれていたのは、ある魔術の術式だった。

「お前は四苦八苦している間に求めた、魔術の簡略術式だ。実際にこの手順で発動した際の、理論値と実測値の差が知りたい。試しに発動してみろ」

「はいっ!」

 指示を受けて、少女はメモを一気に読み込んだ。彼女は魔術の実践訓練だけでなく、座学もきっちりとこなしていた。それ故に、今では術式を読み解くくらいは造作もなくなった。

「……では、行きます」

 メモを読み終え、少女は魔術を発動する。術式から余計な部分を取り除き、極限まで簡略化された魔術を、少女は軽々と使って見せた。……本来、術式の簡略化は容易でない。「術式から余計な部分を取り除く」という行為は、ただ無駄な部分を削ぎ落とすわけではないからだ。発動を補助している記述も省くので、難易度は極端に上がる。しかし、少女はそれをいとも簡単にやってのけた。寧ろ、そのほうがずっとやりやすいと言わんばかりに。

「……ふむ」

 その様子を見て、男は感心したように唸った。……少女が使ったのは、祝福の魔術。ただし、前に使っていた祝福の唄とは比べ物にならない規模だった。

「どうやら、理論値とほぼ同等の出力みたいだな」

 どうやら少女は、男の期待通りの結果を出したらしい。……彼女、初めて役に立ったんじゃないか? 今までのは雑用ばかりだったからな。

「……これからは、簡略化した魔術のテストをしてもらうぞ」

「……はいっ!」

 男の指示に、少女は嬉しそうに頷いた。彼女としては、男の研究を手伝えることが最上の喜びなのだから。



  ◇◇◇



 ……十年後。


「今日はこれな」

「はい、ご主人様」

 それからというもの、少女は男の研究を手伝い続けた。男が考案した簡略方法に従って、少女が魔術を発動させていく。少女が担当するのは、主に祝福と破壊の魔術。祝福は勿論、罪を犯せない男は破壊の魔術も使えないので、少女が彼の代わりに発動するのだ。そんな感じで、今日も魔術の試運転を頼まれたのだが―――

「……ご主人様、これは?」

「ん? ただの空間転移術式だが?」

「く、空間転移……!」

 男が何気なく口にしたのは、「空間転移」という単語。それは、「死者蘇生」、「時間転移」に並び、魔術の三大難問と呼ばれている術式のことだ。特に、「空間転移」を除いた二つは禁忌と呼ばれる、研究自体が罪になる魔術である。

「安心しろ。空間転移は禁忌じゃない。この研究が原因で消されることはないさ」

「そうですか……」

 少女が驚いていたのは空間転移そのものであって、別に男のことを心配していたわけではない。だが、そう言われてしまえば、彼女は逆らうことなど出来なかった。そもそも、逆らう意思などなかったが。

「……では、いきます」

 そういうわけで、少女は空間転移魔術を発動することにした。渡されたメモの通りに術式を組み立て、本来よりもずっと簡単な形で空間転移を実行する。それにより、少女の姿は、まるで霧が晴れるように消えてしまった。……どうやら、無事に空間転移できたらしいな。

「……はわわっ!」

 すると、今度はかなり遠くのほうから、少女の叫び声が聞こえてきた。空間転移した先で、何かトラブルでもあったのか。

「どうした?」

 何か重大なトラブルが起こったのだと思い、男は急いで声のしたほうへと駆けつける。

「ご、ご主人様ぁ~!」

 幸い、少女はすぐに見つかった。だが、彼女は想像以上に酷い状態であった。何せ、体が木の幹を貫通していたのだ。……恐らく、転移した座標に木があって、幹を貫くように転移してしまったのだろう。

「……お前はあほか」

「うわぁ~ん……!」

 主に罵られ、身動きも取れず、少女は年甲斐もなく泣き叫んだ。気の毒に……。

「まあ、また空間転移すれば抜け出せるだろう」

「うぅ……了解しました~」

 脱出するため、少女はもう一度空間転移魔術を起動した。魔術の効力によって、少女の姿が霧散する。これで一安心―――

「はぅっ……!」

 ―――と思ったが、そうでもなかったようだ。また、木の中に入ったのか?

「……おい」

 男が駆けつけてみると、今度は少女が地面に埋まっていた。見たところ、首より下が地面に埋もれている。

「ご主人様……ぐすん」

 鼻を啜りながら、主を見上げる少女。……どんくさいにも程があるだろ。

「……言っておくが、俺は助けられないからな。破壊魔術使えないし」

「そ、そんなぁ~……!」

「自力で何とかしろ。うまくいくまで、空間転移を繰り返すんだな」

「うぅ……」

 しかも見放されてしまい、少女はしくしくと泣き始めた。……不憫だ。

「じゃあな」

 そんな少女を尻目に、男はその場から立ち去った。……うん、こいつもこいつで冷たいな。

「うぅ……ご主人様の冷血漢」

 少女は愚痴りながら、空間転移を実行する。……しかし、今度もまた木の幹に刺さってしまう。

「……」

 最早泣く気力すら失せた少女。結局彼女は、丸一日掛けてどうにか脱出したのだった。……空間転移は、ドジには使わせないほうがいいのだな。

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