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「一年目」~

「……赤子か」

 濃緑の木々が生い茂る森。そこに流れる小川に、古びたタライが浮かんでいた。タライは川に渡してあった棒に引っ掛かり、男がそれを拾い上げた。タライの中にはボロ布に包まれた赤子が入っており、男はそれを興味深そうに眺めている。

「……エルフか。エルフは子供を大事にする種族だと思っていたが、そうでもないんだな」

 赤子は生後数日程度か。まだ髪も殆ど生えていないが、一つだけ大きな特徴がある。それは、頭の両側についた三角形―――耳だ。ただしそれは人間のものと違い、傘の先端が尖っている。エルフという種族に特有のものだ。

「……さて、どうするか」

 男は、別に赤子を拾いたくてここにいたわけではない。川に棒を渡しておいて、上流にある人里から流れてくるゴミを集めて拾っているのだ。タライのほうはその目的に適ったものだが、さすがに赤子は想定していない。

「……連れて帰るか」

 男は一瞬、赤子を捨てようかと思った。だが、それは止めた。それは、赤子が可哀想だから―――などということはなく、とても自己中心的で、保身的な理由だったが。



「さて、どうするか」

 川から少し歩いたところに、男の棲家はあった。木の板を繋げただけの粗末な小屋だが、人一人が住むには十分すぎるくらいには広かった。彼はそこに赤子を運んで、それからどうするか悩んでいる。

「子供なんか、育てられないんだが……」

 まず、この森には食料がない。木々や草花は沢山あるが、どれも有毒だ。摂取してすぐ死ぬものではないのだが、それでも食用にはならない。また、男は森から出られない。ついでに、森の外に知り合いもいない。だから、誰かに世話を一任することも出来ない。

「……とはいえ、また捨てるわけにもいかない」

 男が赤子を捨てられないのは、それが罪だからだ。捨て子とはいえ、一度拾ったのだから、再度捨てることは許されない。男は、ある事情から、これ以上罪を重ねられないのである。

「……方法がないわけではないが」

 赤子を救う方法は確かにあった。それは、男と赤子の間に魔力のパイプを作ること。魔力は魔術を行使する力として知られているが、その正体は生命力そのものである。幸い、男の魔力は無尽蔵だ。その魔力を赤子に直接与えてやれば、赤子は栄養を取らずとも生きていける。

「しかし、その後はどうする?」

 男にはやることがある。時間はたっぷりあるし、その片手間で子供を育てるなどは造作もない。だが、ある程度育った後はどうするか。特に自我を持たれると、色々と面倒なことになりそうだ。成長の遅いエルフであっても、数十年で自我を持つ。子供の我侭に付き合えるほど、男は暇でも寛容でもなかった。

「……まあ、奴隷にするのが一番だろう」

 となれば、自分の手駒として使ってやるのが一番だ。男のすることには雑用も含まれている。いくら時間が有り余っているとはいえ、そういうことに手を煩わせなくて済むのはありがたい。エルフなら、最初の数十年で仕事を仕込めば、残りの千年近くはしっかり働いてくれるだろう。もっと言うなら、他者を使役するのは罪にならない。それは男にとっても好都合だった。

「さて、ではやるか」

 男はそう決めると、机の上を片付け始めた。



  ◇



 ……机の上から物を退かせて、男は赤子を机に置いた。申し訳程度に纏っていたボロ布を剥ぎ取ると(言うまでもなく、これは男の趣味ではなくて、儀式に必要だからだ)、この赤子が女であると分かった。エルフの女は美人が多く、奴隷市場では高値がつくのだが、男にとってはどうでもいいことだった。男は金より、実用的な労働力のほうが有用だったのだ。


「消耗する生命力―――つまり食事の代わりに、俺の魔力を消費するように設定。範囲は森の中。期限はどちらかが死ぬまで。老化は通常通り。……条件はこんなものか」

 机の上、赤子を囲むように魔法陣を描くと、男は儀式の条件を決めた。それから男は呪文を唱え、本格的に儀式を執り行う。

「……」

 儀式自体は、男が何度も―――ここに来る前に、だが―――行ってきたものだ。それほど難しいものでもない。だが、それを自分自身に使うのは初めてだった。とはいえ、男はその程度で緊張するほど、可愛げのある人物ではなかったが。



  ◇



「……こんなものか」

 それから暫くして。男は儀式を終え、深く溜息を吐いた。儀式を行うと精神的疲労が溜まるので、溜息でそれを紛らわせているのだ。

「……おぎゃ」

 儀式が終わった途端、赤子が泣き出した。……どうやら、今までは衰弱していて、泣く気力もなかったようだ。それが、男と魔力のパイプが出来たことで、元気になったのだろう。

「……うるさいな」

 しかし、男にとっては、騒音が増えただけだった。男は赤子にもう一度ボロ布を纏わせ、そのまま奥の部屋に連れて行く。

「……俺のベッドでいいか」

 そして自分のベッドに赤子を寝かせて、ついでに簡易な結界を張って防音する。赤子の鳴き声は完全に聞こえなくなり、それを確認して、男は部屋を出た。



「……さて、これからどうするか」

 赤子の処置を終えて、男は今後のことを考えていた。まず、赤子に名前をつけるかどうか。この森には男以外にも住人がいる。そういう意味では、他人と区別するために名前を必要とするかもしれない。だが、男は他の住人と交流を持たない。そうなると、男にとって、この森の住人は自分と赤子の二人だけになる。果たして、この世でただ一人の他人に、名前が必要なのか。そんな哲学的なことを考えていた。

「……それより、歳のほうか?」

 或いは年齢。男は今まで、色々な場所で生きてきた。それ故に、時間の数え方も沢山知っている。今問題にしているのは、あの赤子を育てる上で、彼女の年齢をどういう風に数えるか、だ。太陽が三百六十五回昇ったら一年とするか、三百回にするか、それとも木の年輪で数えるか。

「……まあ、エルフだからな。あれでいいか」

 しかし、こちらの問題は簡単に解決した。男が昔いた土地では、エルフは千年生きるとされていた。そこでは日が三百回昇ったら一年としていたので、その方式でカウントすることにした。

「名前も保留だ。必要になったらつければいい。それより、物の調達だな」

 赤子を暫く名無しにすることにして、男は赤子を育てるのに必要な物資―――食料はいらないので、主に衣服―――を手に入れる算段をつけ始めた。

「……ったく、初期投資が面倒だな、奴隷っていうのも」

 男はそう言いながらも、満更ではなさそうだった。

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