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機甲猟竜DF

新人飼育員・篭目希人の問題

作者: 結日時生

※こちらの小説は、連載小説である『機甲猟竜DF』(N1819BP )の番外編にあたります。

ただ、内容としては本編をお読みでなくても理解できる内容になっているかと思われます。


ちなみに時系列としては、

第二話「遺伝子恐竜とやさしい飼い主」〈3〉と

第三話「“いただきます”の意味」〈1〉

の間の話になります。


 ――正直俺は疲れている。


 新しい仕事が決まったと同時に住む事になったこの部屋。それなりに広いし、家具家電も備え付けられていて不自由はない。

 今寝転がっているベッドだって、フカフカしていて気持ちいい。まるで雲の上……とまではいかないが、マシュマロくらいには例えてもいいだろう。

 まぁ環境に不満はないとは言え、急な転居ってのいうは負担がある。魚だって幾ら理想的な数値の水質を用意されていても、急に新しい環境に放り込まれればpHペーハーショック起こすものだ。

 でも、そこじゃない。


 ……問題なのは仕事の内容だ。

 覚える事が本当に多いんだよ、ここの仕事。まぁ勉強自体は好きだけどさ、やっぱ大変だわ。見た目はまんま爬虫類だけど、色々違うみたいだしね、“アレ”。


「はふぅ……」

 小さく息を吐き、仰向けにしていた体をうつ伏せにする。枕に口を埋めて、目線を横にずらした。そしたら目に入っちゃったね、テーブルの上の書類が。


「名前ねぇ……」

 それは三日前に渡された【命名登録書】という書類だ。

 なんでも一週間以内に名前を決めて提出しなければならないとの事だった。つまり、正味あと四日以内の提出が義務である。まぁ役所に出す出生届けみたいなものだ…………その前に俺の場合は、相手を見つけないといけませんけど。

 ちなみに出生届けとか言っておりますが、人間の子供どころか、哺乳類でもない。強いて言えば爬虫類とか鳥類に近いはず……まぁそれは原形になった動物に関してですが。


「あんまり変な名前は付けられないしなぁ……」

 俺が名前を付けるその動物は、最終的には他人に譲渡され、公務に携わることになる。だから『たまみ』とか『ドラ』とか『マミタス』みたいに、あんまり可愛らしい名前を付ける訳にもいかない。公の場所で名前を呼ばれる事も考えないといけないからだ。

 だから書類の記入欄は、【担当ブリーダー:篭目希人かごめ きひと】しか埋められていない。テストもそうだけど、まず自分の名前を書くところから始めるのが俺の考える普通。

 自分が担当する事になった奴の名前に関して、全くいいアイディアが浮かばない。少し目を閉じて考えを集中させてみよう……。



 …………それが罠だった。


 疲れている時に目を閉じれば、体はどうなるか?答えは“安らかな眠りに着く”である。


「やっべ、寝ちゃってたよ!!」

 かわいいカメさん型目覚まし時計の針が、何時の間にか午前零時四十三分を指し示していた。

 まだ風呂にも入っていない。寝巻きに着替えてもいない。きちんと寝る前に頭を洗わないと将来ハゲるって聞いた事があります。ハゲは嫌です。きちんとお風呂に入らねば!

 ……でもその前に忘れてはいけない事がもうひとつありました。


「ごめん今日の分遅れたわ……」

 三段式メタルラックの二段目の水槽から皿を取り出し、最上段から取ったアルミパックの中身を皿に移す。水槽の主は既にお目覚めのご様子で、ペレットの入った皿を水槽に戻すと、トボトボと小さな四本足を使って歩いてきた。


「どうだ、美味しいか?」

 ……ガン無視である。まぁ『わぁおいしい~♪ きひと、だぁいすき(はぁと)』みたいな事を期待する動物でもないから別に構わないけど。上から見るとウニだかイガ栗だかにそっくり体をモソモソ動かしながら、ペレットフードを貪っている俺の相方。まぁ顔はめっちゃ可愛いんですけどね。

 でもやっぱりネズミには似ている様に見えない。それなのになんで“ハリネズミ”って言うんだろう?

 そんな事を考えながら眺めていたら目が合った。黒豆にみたいにウルウルで真っ黒な瞳がマジキュート! 本当ね、こいつマジ可愛い。


「イガジロー……もうかわよすぎ!」

 今、俺の目をまっすぐに見つめていてくれているヨツユビハリネズミのキュートボーイ、名前は『イガジロー』と言う。名前の由来は見たまんま、イガ栗に似ているからである。女の子なら“マロンちゃん”とかも考えましたが。


 ……そう言えば今俺は、自分が担当する事になった“ある動物”の名前付けで悩んでいた。

 俺の部屋にはイガジロー以外にも、二匹の動物が暮らしている。


 まず一番付き合いが長いのが、イガジロー宅お隣りの水槽にお住まいである、アズマヒキガエルの『ぶふぉ太』だ。その威厳のある面構えでこちらを凝視していますよ。


 イメージが先行してあまり女性受けがよろしくない彼ですが、鋭い目つきとキュッを結ばれた大きい口元は、もはやイケメンと言っても差し支えないような気がするのだがダメなんだろうか? まぁ苦手な人は顔じゃなくて、体のイボイボが苦手みたいですけど。

 ちなみにこのぶふぉ太という名前は、天敵に襲われた際、ヒキガエルが分泌する毒物質『ブフォトキシン』から取ったものである。ちなみにブフォ(Bufo)とはヒキガエル属の属名です。

 このぶふぉ太との付き合いは小一からである。しかしブフォトキシンって単語を知っている小学生って、今思い起こすとなかなか濃いキャラだったよな、俺。そりゃクラスでも浮きますわ……。



 さて、ここで本題に戻ろう。俺は飼育を担当する事になったある動物の名前を考えていた。

 そいつは育成と調教を施した後、人手に渡り、公務に携わる。

 そう考えるとやはり、『イガジロー』や『ぶふぉ太』のような感覚で名付けるのは問題だろう。一応仕事としては、猟犬や警察犬に近い仕事をするわけだし。


 だから、今飼っている動物の中で、今回の名づけの参考に出来そうなのは彼女だけである。


 二つの水槽が置かれたメタルラックから少し離れた位置にあるカラーボックス。その上に彼女の住まいはある。

 水槽の中の彼女は、そのスリムで美しい体を気まぐれに這わせていた。

 ルビーレッドの瞳に、橙と赤の斑紋が綺麗なコーンスネークの『マリア』である。

 ぶっちゃけマリアと言う名前は、名前の響きを重視して適当につけたものだ。でもまぁ、自分としては結構気に入っている。なんかいい女風な名前だし。


 こう考えると、“名前の持つ響き”と言うのも結構重要な要素な気がするな。


 ……しかし、今日はやっぱりいい名前が思い浮かばない。

 今日はお風呂に入ってもう寝よう。


* * * * *  


「ふあぁ……ねみぃ……」


 やはり睡眠と言うものは、連続して取らなければ意味がないのだと寝不足の朝は実感する。うたた寝なんかせずにちゃんとお風呂に入って、お布団に潜り込んでから「お休みなさい」を言わないとダメだな。

 寝不足な俺の顔色同様、今日の空模様はどんよりしている。まぁ太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぐ中、この運動場で仕事するよりはいいですけどね。その分、紫外線も降り注ぎますから。

 しかし、だだっ広い屋外運動場である。聞くに東京ドームと同じ位の広さがあるらしい。まぁ主に使うのが“人間より遥かに大きい生き物”なのだから、当然と言えば当然だ。


 これだけの敷地が確保できるのも、海の上に建造された人工島だからこそだろう。

 今俺が勤務し、また生活しているのは、東京湾の上に浮かぶ人工島『白海亀』である。東京都の中央区がすっぽり入るくらい広い。

 この人工島が作られた、本来の目的である国際組織の一員として、俺はこの場に居る。


「おーし、行くぞ!」

 遠くで何やら騒がしい声がする。その方向に目を向けると、視線の先には声の主である木野修大きの しゅうだいが居た。


 彼は俺と同期で入り、同じ仕事をしている。年齢も俺と同じ二十一歳らしい。

 しかしまぁ……何と言うか子供っぽい。もっと言えばやかましい。うるさい。

 だが、同時に明るい奴だとも思う。顔立ちだって、大きくて綺麗な目とハッキリした眉を持つ童顔系イケメンだ。ちなみに運動神経もいいらしい。まぁちょっとばかし背は低いけどね。

 ちなみに俺も“見た目だけなら割と”イケ●ンとか言われます。ぶっちゃけこれ、遠回しに人間性否定してるよね……生き物好きの男子はダメですか、そうですか。


 しかしなんでまぁ、あぁ言う爽やかスポーツマン君はお肌も綺麗なんでしょう?

 紫外線を沢山浴びているはずなのに、お肌がピチピチしているのはなぜ?

 スポーツマンの特殊体質かと思えば、ブサイクの体育会系はお肌もボロボロだよね。しかしイケメンの場合は肌も綺麗と言う不思議。某水泳アニメよろしく、俺とあなたの違いを教えていただきたい。……まぁ俺は産まれてこの方、スポーツに打ち込んだこととかないですけど。


「よし来い、レモン!」

 木野が声をかけると、小型犬くらいの大きさをした動物が走りよってきた。滑らかな質感の鱗に覆われた表皮と牙のびっしり生えた大きな口を持つが、その体色は名前に相応しく可愛らしいレモンイエローに染められている。

 更に特徴的なのは、頭部にある雄牛のような一対の角と寸詰まりの鼻先、そして二足歩行であるが故に退化していったと思われるとても小さな前足。

 ただ前足が退化した分、後ろ足の脚力は非常に強く、長い尻尾でバランスを取りながら疾走している。レモンは直ぐに木野へ追い付いた。一生懸命走ってきたレモンを彼は労う。


 今、木野が頭を撫で回してるのは、『カルノタウルス』という肉食恐竜の子供である。

 少し補足を加えると、それは恐竜をベースに様々な脊椎動物の遺伝子を組み込み、改造を施した“人造恐竜”である。


 彼と同じく、俺もまた一頭の人造恐竜を受け持ち、育てている。……しかしまぁアレだ、『レモン』って名前、少し可愛すぎないか? 一応それなりに真面目な仕事に就くんだけどね、コイツら。「はじける○○○の香り!」とか言いだすのか、お前の恐竜は。因みに俺は「煌めく銀の翼」って言ってる娘が好きです。


「……グゥン」

「んっ? どうした?」

 鼻を鳴らして出しただろう小さな音の方へ振り向くと、自分を見上げる深緑色の瞳と目が合った。その瞳の持ち主こそ、俺の受け持つことになった人造恐竜である。


 属名『アルバートサウルス』

 白亜紀の北アメリカ大陸に分布していたティラノサウルス科の肉食恐竜である(まぁこれはベースになった恐竜に関する情報なのだが)。

 ティラノサウルス同様に、直立した二本足と長い尻尾を持ち、地面に対して平行になる形で体を支えている。ほんの五日前に産まれたばかりのコイツは、地面に腰を下ろした俺でも見上げなければいけない程、小さな体をした仔竜だ。

 しかし鋸歯きょし状の牙が密に生えた大きな口を持つ顔つきは、既に捕食者のそれと言っても過言ではない。


 だが、なんと言うか……コイツの出す雰囲気は非常に愛らしい。

 白地に赤い斑紋を乗せた体色もそうなのだが、全体的にゆったりのんびりと動き、癒される。ちなみにコイツやレモンの体色に関しては、これも遺伝子改造の賜物ではあるものの、偶発的にこの様な鮮やかで美しい体色になっただけとの事だった。一体、何の遺伝子がこんなカラフルな体色にしたんだ?



「バウ♪」

「あっコラ!」


 余計な事を考えていたのがまずかったらしい。俺の注意がどこかに逸れているのを感じたアルバートサウルスは、俺が肩からぶら下げていたタオルを咥えて走り去って行った。

 小さな足でありながら、太古の大陸の覇者であるソイツの脚力は馬鹿にならない。

 先程は『のんびりゆったりとしていて癒される』と言ったかもしれない……だがそれは、種族としての特徴ではなく、今俺が育てている個体の性格的特徴だ。

 現にアルバートサウルスという種類は、ティラノサウルスよりも細身である分、足が速い。現に今も長い吻で風を切って走っていっている。

 向こうとしてはふざけ半分のつもりなのだろうが、全速力で走られてしまうと追いつくのは非常に辛い。なんとか息を切らしながら、立ち止まっていたアルバートに追いついた。

 ここまで走り続けるのに体力を使い果たした俺は地面に腰を下ろす。


 ……そんな俺を心配そうに見上げてますよ、この紅白模様の仔竜ちゃんは。こういう時、「待て○○!!」って指示出せたら楽なんだろうな。


「大丈夫か、篭目くん? ……ってかそろそろ名前決めないとヤバくね?」


 ゼェゼェと口呼吸で天を仰ぐ俺を、木野が上から見下ろしてきた。レモンとか言う女々しい名前を付けちゃうお前には言われたくねぇよ……。


* * * * *


 四月十四日。今日は休みである。

 休みを利用して、俺は本土のペットショップに来ている。通販という選択肢もあるし、大抵の物はそれで用意も出来てしまうのが今の世の中だ。

 だがしかし、目の前で動く動物というのは生で接しなければ拝む事はできない。今日は家にいる連中の飼育用品を買いに来ただけなのだが、目的の品の会計だけして店を後にするのも味気ないものだ。

 外は生憎の雨だが、どの道今俺が居るエリアは『観賞魚・爬虫類コーナー』である為、湿度は気にならない(もともとジメジメしてるしね)。……と言うか観賞魚・爬虫類コーナーってどうなんだ? プリンカップに入ったベルツノガエルさんが何か言いたそうですよ?


 まぁでもこの店の生体管理は概ね悪くはないようだ。俺も生き物の飼育歴だけは長いし、もっと言えばつい三ヶ月ほど前まで同業者だった。

 だからあまり雑な扱いをしている店には、飼育用品分の金だって落としたくはない。同じ金額を払うなら、きちんと生体を大切にしている店に還元したいと考えるからだ。


 通路に沿って歩きながら水槽を眺めていると、ある一角にたどり着いた。

 熱帯魚が展示されているの区画を抜けた先にあったのは、様々な品種を集めた金魚コーナーだ。


 四段式の水槽棚は、最上段から最下段まで水槽が四つずつ無駄なく並べられ、一槽ごとに一品種から三品種ほどの金魚が水槽の中を泳いでいる。三ツ尾和金、丹頂、コメット、琉金、ピンポンパール。更には黒らんちゅう、玉サバ、パンダ出目金、青文魚…………メジャーな定番品種から少し珍しい種類までこの店の品揃えは充実していた。

 まぁ一匹だけ、オランダシシガシラの水槽で間違い探しの様に泳ぐセルフィンプレコを見たが、アレは一体なんだったんだろうか?



 兎にも角にも、金魚という種類の観賞魚は形態・色彩ともに様々な品種が存在している。

 だが驚くべき点は単なる品種の多さではない。これらの品種すべてが生物種としての括りでは同種であり、交配し、更には次の世代まで子孫を残していくことが可能だという点だ。


 突出した目を持つものや、フレアスカートの様な尾ひれを持つもの。

 全身が緋色に染まったものに、黒や浅葱のまだら模様を持つもの。

 実に様々な特質を持つが、これらは別に金魚自らの意思で選び、会得したものではない。

 これらの姿は全て、人が人の為に作り出し、選別してきたものだ。


 別に俺はそれが悪い事だとは思ってはいない。

 人の手で作り出されたんだ。その需要が人の元にあって当然だし、それを糾弾するほど俺は子供じゃない。現に俺もその需要を飯の種にしてきた。


 ……ただ、【人の手で人の為に作り出された命】というのは、本質的には凄く儚いものである気がする。

 例えば、どんなに劣悪な環境に耐える適応能力を持ち合わせていたとしても、その命が本来の意味で“野生に帰る”事は出来ない。もし人の手を離れても自然の中で生きていく事が出来たとしたら、それはもう愛玩動物ではなく、人為的移入種だ。


 だから人が作り、生み出した命が生を許される場所は、人が作った囲いや価値基準の中にしかない。

 そういう意味でこの金魚たちは、一生を俺達人間に囚われ続ける事になる。本質的な意味で自由に泳ぎまわる事なんて出来るはずもないんだ。


「そう言えばアイツの色に少し似ているな……」


 ふと紅白の更紗琉金が俺の目の前を通り過ぎた。

 金魚も可愛いなと思う。だけど今の部屋に、これ以上水槽を置くのは少し難しい。

 ……でも、機会があったら考えてみよう。俺はコオロギの缶詰と冷凍ピンクマウスの会計を済ませて店を後にした。


* * * * *


 ……今日も一日疲れた。

 俺が受け持つアルバートサウルスは人懐っこいんだが、イマイチ人の言う事を聞かない。……まぁまだ、本格的な訓練は始まってないんだけどね。


 取り敢えず昨日買ってきたコオロギ缶を開け、割り箸で摘まんだ半生コオロギをぶふぉ太の前に下ろし揺ら……す必要もなく、直ぐに食いつきました。「パクッ」とかいう可愛らしい効果音とかもなく、一切の慈悲もなしにコオロギさんは丸呑みにされ、今はもう胃袋の中です(まぁ缶詰にされた時点で死んでますが)。

 コイツの食餌しょくじ風景を眺めながらゆっくり恐竜につける名前を考えたかったんだが、そう旨くいくはいかなかったか。まぁ長年の付き合いだから、そんな事は百も承知だったけど。


 既に人造恐竜のブリーダーとして書かなければいけない【命名登録書】の提出期限は明日に迫っている。まさかここまで引っ張るとは、自分でも思っていませんでしたよ。


「本当にどうすっかなぁ~……」

 ここまで何も浮かばなかったわけではない。……ただ、適当な名前をつける訳にはいかないと思ったんだ。


 今、俺が育てている人造恐竜が産み出された訳はひとつだ。

 それは今世界中で繁殖し続けている出現した巨大生物に、人間と協力して立ち向かい、これを退治すること――その為“だけ”にアイツは生み出された。

 その巨大生物が何なのか、俺にはイマイチ良く判らない。それは俺だけでなく、著名な先生方でも頭を抱える問題らしい。まぁ体の構造は、脊椎動物に近い事で間違いないらしいが。


 そう言えばさっき『人間と協力して』という表現をした。

 正直これはかなり人間の側に偏った見方だ。なぜなら、その戦いに置いて、負荷も犠牲も、痛みも危険も、殆どが恐竜の方に集中する。どちらかといえば協力ではなく、【利用・使役】と言った類の単語の方がしっくり来るかと思う。

 巨大生物への対抗手段として、訓練を積み武装を施した人造恐竜を戦わせる事が有効なのだから、それは仕方ないことだと理解はできる。



 ……だけど人の為に戦うアイツは、いつか人の為に死ぬ運命にあると思った方がいい。

 人造恐竜に個別の墓標は作られない。死亡した場合、状況に応じて解剖や検死をされ、【合同葬】という名目で焼却処分される。


 ただ名前だけは、組織のデータベースに残り続ける。

 それはたった一行かもしれないけど、確かに生きた証だ。

 他の人はどう思うか分からないけど、俺にとってはそれが【篭目希人という人間が携わった証明】に成りえる。



 しかしそう真面目に考えてしまうと、ますます決められなくなる。


「う~ん……どうしたものかなぁ。」


 足りない知恵を絞り出そうと、首を捻ってみる。顔を傾けた時、不意にマリアの水槽が目に入った。

 ……そう言えば、マリアの飲み水を交換してなかったな。

 一先ずアルバートサウルスの命名会議は中止して、水皿を取り出すために水槽のふたを上げる。その時マリアと目が合った。


「なに? お前も一緒に考えてくれてるの?」


 もちろん、そんなはずはない。

 だが、表情筋のない爬虫類や両生類は、時として豊かな表情よりも心を励ましてくれる。

 誰もが見て取れる表情が無い分、こちらが勝手に思い描く擬人化した表情を受け入れてくれるからだ。まぁたまには、本当に“動物の気持ち”みたいなものを感じる時もあるけどね。


「そう言えばマリアの名前は適当に決めたんだったな……」


 マリアを初めて見たのは、俺が以前勤めていたペットショップだ(もう閉店しちゃったけどね……)。入荷した時から尻尾の先が欠損している姿だったマリアは、当然B品という扱いになり、定価よりも安値で販売されていた。

 だけどアメラニスティックのコーンスネークなんて、そんな珍しい品種でもない。結局買い手はつかず、そのまま店が閉店するまで売れ残ってしまった。

 正直、不憫で仕方がなかった。だから今こうして、一つ屋根の下で暮らしている。


 そんな経緯でマリアはうちに来た。だからこの『マリア』という名前も、インスピレーションで適当につけたし、深い意味なんかもない。

 だけどこの名前、名付け親としては結構気に入っている。『ぶふぉ太』も『イガジロー』もそんな感じだ。そしてやっぱり、この二匹の名前も気に入っている。


 こう言うと語弊があるかもしれないけど、飼育されている動物の愛称なんて、深く考えなくたっていい気がする。

 もちろん、いい加減で変な名前をつけていいとは思っていない。

 ただ、深く考え込んで付けた名前よりも、直感で浮かんだ名前の方が、自身の動物的な感性も出て、結果的に馴染み易い気がするだけだ。



 ……アレ? 俺今、自分自身で悩んでいる事に関して、答えを出した様な気がするぞ。



 そう言えば昨日、なんか綺麗なものを見た気がするな……。


* * * * *


 飼育員の朝は早い。

 時刻は未だ七時手前。人造恐竜用ケージの前で、餌の支度をしている。

 このケージの内装は全面コンクリートで、上部に天窓があるだけの無機質なものだ。そこに排泄をするための砂場と飲み水を入れた水皿、あとは寝床用の干し藁が敷かれただけのシンプルな設備である。

 些か殺風景ではあるが、運動の為の広々としたスペースや日中の殆どを過ごす自然環境環境に近いビバリウムは別にあるので、ストレスもそれほど溜まらないだろう。


 春先に浴びる朝の日射しというのは気持ちがいい。清澄な朝の空気と柔らかい陽光の相乗効果で、頭の中がスッキリと晴れやかになっていく。

 だから春の朝陽というのは好きだ……ちゃんと日焼け止めも塗ってるしね!


 アルバートサウルスとカルノタウルス、二頭分のペレットフードをそれぞれ皿によそおい、各々のケージに入れた。

 天窓から優しげなパスエルイエローの光がケージの全面に降り注いだ。光の梯子が瞼の上に下ろされると、朝を告げる使者の訪れを感知したアルバートはゆっくりと起き上がる。


「おはよ!」

 目覚めた愛竜に一応呼びかけてみる。残念ながら反応は薄いが、朝陽を浴びて輝く緋色と白の鱗は今日も綺麗だ。その輝きが健康状態の良さを量る上で、一つのバロメーターになる。

 本日も俺の愛竜は、すこぶる快調のようだ。


「どうだ? おいしいか……サラ」

 ペレットフードを貪るアルバートサウルスに呼びかけてみる。


 『サラ』と言うのは、俺がコイツに付けた名前だ。

 紅白の更紗模様が美しいコイツにはピッタリの名だと、我ながら感心する。


「がうぅん♪」

「そうか、おいしいか!」


 俺の呼びかけが通じたのかは、定かではない。

 だが、鼻笛を鳴らすサラの姿は今日も愛らしかった。


挿絵(By みてみん)

ご高覧ありがとうございます。


【単体の短編小説としてお読みになった方へ】

お目通しありがとうございます。一応、この小説単体でも楽しめるよう書いたつもりですが、いかがでしたでしょうか?

もしも、篭目くんの活躍(?)やサラのその後が気になるようでしたら、『機甲猟竜DF』もご覧いただけたら幸いです。


【機甲猟竜DFの番外編としてご覧になった方へ】

いつもご愛読いただきありがとうございます。

初めての一人称に挑戦しましたが、いかがでしたでしょうか?

実はこのエピソード、全体を通しての構成を練る時に、

「特に大きな変化もないし、切ってもいいかな」と考え、カットした話です。

この選択は実に愚かだったと現在反省しております。

大きなイベントこそないものの、この話があるのとないのとでは、希人に対する読者の方からの理解度が違いますもんね。この話はカットせずに、本編へ組み込むべきでした。

まだまだ未熟ではありますが、結日時生ならびに『機甲猟竜DF』を、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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