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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

虚言ゲェム

作者: 一六波 奏

表現としてはあっさりですが、首が飛んでたりします。グロ、ゴアが苦手な方は注意。

「さあ、始めようか、アリスゲェムを!」


   ♤♡♧♢


 見上げた青空は、動きのない絵でした。森かと思ったその場所は、しかし、ハリボテだらけの世界でした。木は板に描かれた絵で、草もまた絵。まるでお芝居のセットのようなその場所で、集められた人たちは、皆一様に首を傾げました。

 ――どうしてこんな奇妙な場所に居るのだろう。昨日は確かに、ベッドに入って眠ったのに。

 たくさんの人が疑問を抱いているこの場所に、異質な影が現れます。それは奇妙な人でした。

 赤い髪に覆われた頭の上に、ちょこんと小さなシルクハットが留められています。真っ直ぐに切り揃えられた前髪から覗くのは、大きな赤い瞳。けれど、右側の顔は白い仮面に隠れていてわかりません。仮面には、目と、耳まで裂けた口と、ペイントが描かれています。袖が大きく開いたブラウスに、リボンタイ、それからバルーンパンツ。横縞の入ったブーツタイツは、爪先が尖がっていて、つんと上を向いています。少女にも少年にも見える、中性的なその人のその出で立ちは、まるでピエロのよう。

 道化のようなその人は、薄い唇を開きました。

「ようこそアリスたち! ここは私の世界(アンダァグラウンド)不思議の国(ワンダァランド)。帰りたかったら、私を捜し出してごらん。私がアリスと認めた者を帰してあげるよ。もっとも、アリスは一人きりと決まっているけれどね」

 アリスと呼ばれた人たちは、それを聞いてざわめきました。帰れるのは一人だけと言ったようなものだからです。ここには五十人は居るでしょう。もしかしたら、もっと居るのかもしれません。それなのに、たった一人だけしか帰れないなんて!

 一人のアリスが、道化のようなその人を捕まえようとしました。けれど触れもしないうちに消えてしまったのです。あたかも幻だったかのように。笑い声ばかりが(こだま)して、やがてそれも消えました。

 残されたアリスたちは途方に暮れました。探し出そうにも、周りはハリボテの木だらけ。どこへ向かえばいいのやら、まったくもってわかりません。

「帰れるのは一人だけ。けれどアリスはたくさん居る。競争相手は、少ない方が有利だよな」

 少し経った頃、一人のアリスが言いました。それに賛成するアリス、反対するアリス、どちらでもないアリスに分かれました。賛同するアリスたちは、ぎらぎらと妖しい光を目に灯します。

「競争相手は、少ない方が、有利だよな」

 さっきのアリスが繰り返します。それを皮切りに、アリスたちは殺し合いを始めました。

 刺して、捻じって、切って、締めて。見るに耐えない惨劇に、逃げ出すアリスも居ました。けれど捕まって殺されてしまうアリスも居ました。何とか逃げ切れたアリスたちは、てんでばらばらに森の中を走りました。


   ♤♡♧♢


 一番目のアリスは、臆病な少女でした。命からがら逃げ出してきた彼女は、茂みに隠れ、木の傍で(うずくま)りました。一番目のアリスにとって、この世界は怖くて怖くて堪りません。早く帰りたいけれど、それよりも他のアリスに殺されてしまいそうなことの方が重要で、怖くて怖くて動けませんでした。

「大変、大変! 遅れちゃう、遅れちゃう!」

 そんなアリスの前を、一人の少年が走っていきました。もう後ろ姿しか見えませんが、どうやら一番目のアリスよりも小さそうです。真っ白いふわふわの髪から、白い長い耳が上に伸びています。その後ろを、他のアリスたちが追っているようでした。一番目のアリスは気になりましたが、けれど、ここから出たら、他のアリスに見つかって、殺されてしまうかもしれません。縮こまって息を殺していると、不意に、背を預けていた木がぎしりと鳴きました。

「おや、おや、そこのアリス。君は白ウサギを追わないのか?」

 突然上から降ってきた声に、一番目のアリスははっとして振り返りました。枝に器用に座っていたのは、奇妙な男でした。ピンクと紫のボーダーのパーカーを羽織った、紫の髪の男。その顔は、幼稚園児が描いたような、口の大きく裂けた、歪な猫の顔が描かれたお面で隠れています。

「あなたは誰?」

 消え入りそうな声で一番目のアリスは聞きましたが、猫の男は首を傾げただけ。

「追わないのか?」

 再度問いかけてきたことに、彼女は頭を振りました。

「追わないのか?」

「嫌よ、だって――」

「追わないのか?」

 同じ質問を繰り返す猫の男に、一番目のアリスはむっとしました。否定しているのに、どうして同じことを聞くのだろう、人の話をちゃんと聞いているの?

「追わないのか?」

「追わないわ!」

 同じことの繰り返しに、彼女はとうとう声を荒げました。

「私は追わない、他のアリスが追っていったんだもの、あったら殺されてしまうかもしれない。それなのに、どうして追わなければならないの? それから私はアリスじゃ――」

「追わないのか」

 納得がいかないような声で、猫の男は言いました。その時、ばきりと音が鳴りました。猫の男が乗っていた枝が、音を立てて折れたのです。

「アリスは必ず白ウサギを追う。追わない君が、アリスなわけがない」

 けれど猫の男はくるりと一回転して軽々と着地しました。まるで本物の猫のよう。お面の奥から見える黄色い瞳が、ぎらぎらと鋭く光ります。一番目のアリスは怖くて逃げ出したくなりましたが、身体が動いてくれません。

「アリスじゃないならどうしてここに? ここはアリスのための国だ」

 長く鋭い爪が光を受けて、ぎらりと輝きました。ナイフよりも鋭利そうなそれに、一番目のアリスはよくない想像をします。ああきっと、私はあの爪に切り裂かれてしまうんだわ。けれどそのとき、また声が聞こえてきました。

「およしよ、チェシャ猫。アリスが泣いてしまうだろう?」

 それは道化のような人でした。フリルの付いた、先端が尖がった傘を差して、こちらへ向かって歩いています。一番目のアリスは思わずその人の下へ走り寄りました。

「お願い、私を帰らせて! もうこりごりよこんな場所!」

 道化のようなその人は、けれど、笑ってこう言ったのです。

「アリスじゃないなら帰れない。不思議の国の住民に、否定された君はアリスじゃない」

 それを聞いた一番目のアリスは、その場で泣き崩れてしまいました。それを冷めた目で一瞥したチェシャ猫が、爪を輝かせながら言います。

「どうする、始末する?」

「およしよ、チェシャ猫。アリスが泣いてしまうだろう? 君から血の匂いなんてしたら」

 にっこりと。笑ったその人は言いながら、泣いている一番目のアリスの頭に手を乗せました。するとどうしたことでしょう! 途端に彼女は消えてしまったのです。

「アリスじゃないものはいらない」

 チェシャ猫の呟きに、道化のようなその人は、ただただ笑っていただけでした。


   ♤♡♧♢


 二番目のアリスは、楽観的な少女でした。殺し合いの場からそっと逃げ出して、なんとなく白ウサギを追ってきたのはいいものの、ウサギは足が速くて、すっかり見失ってしまいました。見渡す限り、キノコ、キノコ、キノコだらけ。足元に生えている小さなキノコから、自分の背丈と変わらないくらいの巨大なキノコまで、様々な大きさのキノコが、森を作っています。まあなんとかなるだろう、と彼女はキノコに腰掛けました。

「やあアリス」

 突然聞こえてきた声に、二番目のアリスはきょろきょろと辺りを見渡します。こっちだこっち、と再び聞こえた声を頼りに、その音源を捜しました。彼女の前のキノコの上に、ごろんと人が横たわっています。着物姿の女の人が、ごろりと転がってうつ伏せになりました。

「こんなところでどうしたんだい?」

 長い煙管を(くゆ)らせて、女が聞いてきました。丁度いいと思って、道化のようなあの人のことを尋ねようとしたとき、別のアリスたちが現れました。少女と少年、それから二番目のアリス。三人を見比べて、女は首を傾げます。

「あれあれ、アリスが三人? どれが本物のアリスだい?」

「私がアリスよ!」

「俺がアリスだ!」

 後から来たアリスが名乗りを上げます。二番目のアリスは、どうしたものかとその成り行きを見守っていました。すると二人はどこからかナイフを取り出して、なんとその場で殺し合いを始めたのです。少年が倒れ、生き残った少女の目が、次は二番目のアリスを捉えます。これはマズいと、逃げ出そうとした彼女の胸に、少女のナイフが突き刺さりました。

「さあ、私よ、私が本物の――」

 言い終わる前に、少年のナイフが少女の喉を切り裂きました。ぼたぼたと血を流しながら、少年がイモムシに近寄ります。

「俺が、本物の、アリス、だ」

 頬杖をついて観戦していたイモムシに触れる前に、少年もまた、ばたりと倒れてしまいました。三つの死体が、キノコの森に赤い水溜りを作っていきます。

 ふうっとイモムシが吐き出した煙の向こうから、道化のような人が現れました。イモムシの下まで歩いてきて、差していた傘をくるりと回しました。 

「やあイモムシ。殺さないよう忠告に来たけれど、遅かったようだね」

「あたしじゃないよ。彼らが勝手にやったのさ」

 ごろりと転がって、イモムシが仰向けに寝転がります。はあっと溜息を一つ吐き、物憂げに言いました。

「そもそも、殺し合いなんかする彼らが、アリスなわけがない」

「そうだね。不思議の国の住民に、否定された彼らはアリスじゃない」

 イモムシは煙管に口をつけて、ふうっと紫煙を吐き出しました。するとどうしたことでしょう! その瞬間に、三人の姿は消えてしまったのです。

「アリスじゃないものはいらない」

 イモムシの呟きに、道化のようなその人は、ただただ笑っていただけでした。


   ♤♡♧♢


 三番目のアリスは、マイペースな少年でした。森を彷徨(さまよ)い歩んでいると、奥の方から何やら騒がしい声が聞こえてきました。興味を惹かれた彼は、好奇心の赴くままに、声がする方へと向かいます。

「ようこそ……アリス……」

「遅ェぞアリス! どンだけ待たされたと思ってンだ!」

「アリス、こちらへどうぞ」

 拓けた場所に、長テーブルが置かれており、その上にはティーセットやお菓子が沢山あります。それを囲むのは三人だけ。一人はネズミのお面を付けた少年でした。幼稚園児が描いたような、歪な顔が描かれたお面を付けて、テーブルに突っ伏しています。今にも眠ってしまいそうな声に、こちらまで眠くなりそう。もう一人は耳が垂れたウサギのお面を付けた青年。これまた幼稚園児が描いたような、歪な顔のお面を付けていました。フォークを咥え、テーブルを人差し指でとんとんと小刻みに叩いて、苛々としています。最後の一人は、シルクハットを被った壮年の男でした。スーツ姿のその人は、椅子を引いて、三番目のアリスが座るのを待っています。彼は喉が渇いていたので、誘われるままその椅子に座りました。

「これでようやくお茶会が開けますね」

「アリス……お茶を……どうぞ……」

「熱ィ! コラ眠りネズミ! テメェは手ェ出すなっての!」

 眠りネズミがお茶を注ごうとして、ウサギの男にぶちまけて、ばたばたと取っ組み合いを始めてしまいます。そんな二人を見かねた帽子の男が、三番目のアリスの前にあるティーカップに、紅茶を注ぎました。

「まったく、あの二人は仲がいいのか悪いのか。アリス、砂糖は三つでしたよね。貴方の好きなチェリータルトもご用意しましたよ」

「ああ、いや、砂糖はいらない。甘いものは嫌いなんだ」

 三番目のアリスのその言葉に、三人の動きがぴたりと止まりました。取っ組み合いをしていた二人ですら、三番目のアリスのことをじっと見つめています。

「甘いものが、嫌い?」

 刺々しい空気に、彼は慌てて弁解します。

「い、いや、嫌いというか、苦手というか――」

「アリスは甘ェもン好きだ」

「嫌いな貴方が」

「アリスなわけが……ない……」

 三人の目が、ぎらぎらと鋭く光ります。三番目のアリスは逃げ出したくなりましたが、体が動いてくれません。

「アリスじゃねェならどうしてここに? ここはアリスの為の国だ」

 ウサギの男が持つフォークの先が光を受けて、ギラリと輝きました。鋭いそれに、三番目のアリスはよくない想像をします。ああきっと、僕はあのフォークに刺されてしまうんだ。けれどそのとき、また声が聞こえてきました。

「およしよ、三月ウサギ。眠りネズミに帽子屋も。アリスが泣いてしまうだろう?」

 それは道化のような人でした。フリルの付いた傘を差して、こちらへ向かって歩いています。三番目のアリスは立つ勢いで椅子を倒して、急いでその人の下へと寄りました。

「お願いだ、僕を帰らせてくれ! もうこりごりだこんな場所!」

 道化のようなその人は、けれど、笑ってこう言ったのです。

「アリスじゃないなら帰れない。不思議の国の住民に、否定された君はアリスじゃない」

 それを聞いた三番目のアリスは、愕然としてその場に座り込みました。それを冷めた目で見ていた帽子屋が、ナイフを輝かせながら言います。

「どうします、始末いたしましょうか?」

「およしよ、帽子屋。三月ウサギに眠りネズミも。アリスが泣いてしまうだろう? 君たちから血の匂いなんてしたら」

 にっこりと。笑ったその人はいいながら、座り込んだ三番目のアリスの頭に手を乗せました。するとどうしたことでしょう! 途端に彼は消えてしまったのです。

「アリスじゃないものは……いらない……」

 眠りネズミの呟きに、道化のようなその人は、ただただ笑っていただけでした。


   ♤♡♧♢


 四番目のアリスは、ずる賢い少年でした。彼は他のアリスを、時には盾にして、時には味方にして、森を抜けて辿り着いたのです。彼の目の前には、巨大な城が(そび)えてました。ハリボテだらけのこの国で、ようやくまともな建物を見つけて、彼はほっと息を吐きました。

 その城から、一人の少女が現れました。髪も、瞳も、ワンピースも、真っ赤に染まった少女でした。彼女は四番目のアリスを見つけると、満面の笑みを浮かべて彼に抱き着きました。可愛い少女に抱き着かれて、彼は内心どぎまぎです。

「だ、誰だ?」

 思わず口をついて出たその言葉が引き金でした。

「私を知らぬのか?」

 ぞっとするほどおぞましい(しゃが)れ声が聞こえてきました。それは少女の口から発せられています。赤い少女は、彼から離れて言いました。

「私の名を言え。(たが)えばその首、切り落とすぞ」

 いつの間に持っていたのでしょう。赤い少女の手には、巨大な(はさみ)がありました。宣言した通り、首の一つくらい簡単に落としてしまえそうなほど、大きな鋏です。

「さあ、アリス」

「ッ、し、知らねえよ!」

 嗄れ声の催促に、思わず本当のことを言ってしまいました。彼がマズいと思った時には、もうすでに遅かったのです。

「アリスは私を呼べる。呼べぬお前が、アリスなわけがない」

 赤い瞳が、ぎらぎらと鋭く光ります。四番目のアリスは逃げ出したくなりましたが、身体が動いてくれません。

「アリスでないならどうしてここに? ここはアリスの為の国だ」

 鋏の刃が光を受けて、ギラリと輝きました。幾度も血を吸ったかのように赤黒く染まっているそれに、四番目のアリスはよくない想像をします。ああきっと、俺はあの鋏で首を切られてしまうんだ。けれどそのとき、また声が聞こえてきました。

「およしよ、赤の女王。アリスが泣いてしまうだろう?」

 それは道化のような人でした。フリルの付いた真っ赤な傘を差して、こちらへ向かって歩いています。四番目のアリスは思わずその人に掴みかかりました。

「頼む、俺を帰らせてくれ! もうこりごりだこんな場――」

 四番目のアリスの首元に、鋭い刃が添えられます。それは女王の持つ鋏でした。

「Behead!」

 しょきんと音を立てて、鋏が閉じられました。ごろりと頭が転がって、ばたりと体が倒れます。噴き出した血飛沫がかかった道化のようなその人は、けれど、笑ってこう言ったのです。

「アリスじゃないなら帰れない。不思議の国の住民に、否定された君はアリスじゃない」

 それからちょっと困り顔になって、掴まれた胸倉を整えます。目元に飛んだ血飛沫が、まるで赤い涙のよう。

「国を否定するアリスなど、アリスでない」

 苛々した様子で鋏を振り回すのは女王。血に塗れた刃が、てらてらと怪しく光っています。

「次はおよしよ、赤の女王。アリスが泣いてしまうだろう? 君から血の匂いなんてしたら」

 にっこりと。笑ったその人は言いながら、女王の頭を撫でました。

 二人の前には四番目のアリスの頭と体。それがどうしたことでしょう! 二人が見ている間に、ぱっと消えてしまったのです。

「アリスでないものなどいらぬ」

 女王の呟きに、道化のようなその人は、ただただ笑っていただけでした。


   ♤♡♧♢


 五番目のアリスは、


 六番目のアリスは、


 七番目のアリスは、


 八番目の、九番目の、十番目の、…………


   ♤♡♧♢


 最後に残ったのは、真っ赤な少女でした。彼女は他のアリスを殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺した、最後のアリスでした。水色だったエプロンドレスも、金色だった長い髪も、今では見る影もありません。空の青だった目を血走らせ、少女は言います。

「わたしが最後。アリスはわたしだけ。わたしがアリスよ。だからお願い、帰らせて!」

 道化のようなその人は、けれど、笑ってこう言ったのです。

「アリスは無垢だ。さんざん殺してきた君が、アリスなわけがない」

 それを聞いた最後のアリスは、狂ったように叫びました。赤の女王から奪った鋏で、道化のようなその人の首をちょん切ってしまいました。

「アリスは一人だけなんでしょう、わたし以外にアリスは居ないわ、わたし以外に選べないわ! それなのに、わたしをアリスと認めないの? 認めて! わたしがアリスよ、アリスと認めて! 帰らせて! 私を現実に帰して!」

 帰して、帰して、帰して、と、壊れた機械のように、最後のアリスは繰り返します。ごろりと転がった道化のようなその人の頭は、にっこり笑って言いました。

「馬鹿だねえ、インクで綴ったキャラクタァに、戻るべき現実なんて。――ある筈がないじゃないか」

 帰して、帰して、帰して、と。繰り返す最後のアリスは気づきません。空が黒く塗り潰されていくことに気づきません。周りが黒く塗り潰されていくことに気づきません。自分が黒く塗り潰されていくことに


 ――「今回も駄目だったか」


 溜息を吐いたその人は、持っていた本を閉じると、立ち上がった。ギシリ、アンティーク調の華奢な椅子が、重みから解放されて鳴く。その人が向かっていた机には、羽ペンとインク瓶、それから何かが書かれた小さな紙たち。そしてその傍には、同じ本がずらりと積まれている。その部屋の床の上には、本や紙が所狭しと投げ出されていた。そのすべてに文字が書き込まれている。それらには気にも留めず、その人は平然と踏み歩く。

 赤い髪に覆われた頭の上に、ちょこんと小さなシルクハットが留められている。真っ直ぐに切り揃えられた前髪から覗くのは、大きな赤い瞳。しかし、右側の顔は白い仮面に隠れていてわからない。仮面には、目と、耳まで裂けた口と、ペイントが描かれていて。袖が大きく開いたブラウスに、リボンタイ、それからバルーンパンツ。横縞の入ったブーツタイツは、爪先が尖がっていて、つんと上を向いている。少女にも少年にも見える、中性的なその人のその出で立ちは、まるでピエロのよう。道化のようなその人は、不思議の国にいた本人――ルイスという名の、魔道士その人だ。

 ルイスは暖炉の前で立ち止まる。ごうごうと燃え盛る炎の中に、持っていた本を投げ込んだ。途端、上がった悲鳴たち。それらはすべて、暖炉の中で焼ける本から聞こえてくる。そんなことには目も暮れず、机に戻ったルイスは、積まれた本から天辺の一冊を手に取った。

「ああ、アリス、私のアリス。一体どこへ行ってしまったんだ」

 ルイスは嘆く。居なくなってしまったアリスを捜してアリスゲームを行うものの、未だアリスは見つからない。不思議の国から、自らの意思で逃げ出すとは思えなかった。なぜならあの国は、アリスの為の世界だからだ。アリスの理想で作られた、アリスの為の楽園。ルイスが作った夢の中の、けれど実在する、アリスに優しい世界。それなのに、何故逃げ出す必要があるのか。

 ルイスは本の表紙を撫でる。優しく、愛しむように。見つからないのなら、見つかるまで繰り返すだけだ。国の住民も皆、それを了承している。だから。

「アリス、私だけのアリス。必ず君を、捜し出すよ」

 腕に抱いた本に、そうっと口づけを落とした。

 ちょっと設定をば。

 ルイスは童話魔法「不思議の国のアリス」を作った魔道士。男か女かはご想像にお任せします。アリスの為に国を作ったはいいが、失踪されたので只今絶賛捜索中。彼女は恐らく多分鏡の国にでも行ったんじゃないでしょうかね。

 ちなみに、この世界ではどうやら、物語が魔法になるようです。

 国はアリスに都合がいいようにできているので、住民はアリス大好き、そしてアリスが望むものは何でも出てくる。作中アリスがナイフをどこからともなく出していたのはそういうことということにしましょう。うん。

 それから今更ですが、タイトルはソラゴトと読みます。決してキョゲンではないのです、と言い張ります。意味はどちらにせよ同じですがね。


 それでは、お粗末様でした。

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