第三夜
室内は薄暗く、わたしは所在なげに佇んでいた。先生は部屋の電気を点けると、わたしに振り返った。
「さあ、こっちだよ」
微笑んで、明かりの届かない奥を示した。
板張りの廊下の突き当たりに木製の扉がある。そこからピアノの音が聞こえてきた。
素人耳でもわかる、卓越した旋律。
これから会える相手にわくわくと心が躍った。
「少し驚くかもしれないな。悲鳴を上げないようにね」
冗談とも本気ともつかない口調で言われ、わたしは彼の横顔を盗み見た。
いつもの穏やかな微笑。
わたしは再び廊下の奥に視線を戻した。先生は廊下の電気を点けず、背後の居間の明かりを頼りに進んでいった。
―――コンコンッ
先生が扉を叩くと、
「はい、どうぞ」
くぐもった少年の声が応えた。
ドアノブを回し、先に室内に足を踏み入れる先生。わたしはその背後から覗き込むように室内に視線を走らせた。
鉄格子のはまった窓から夜の明かりが射し込み、ぼんやりと闇を照らす。
部屋の中央には黒いグランドピアノが置かれ、椅子に学生服姿の少年が腰を下ろしている。
「先生、今日は早いですね」
「いや、君に紹介したい人がいてね。僕の塾生なんだ」
「……どうも」
会釈して見せるわたし。
少年は鍵盤から視線を外し「どうも、初めまして」とふんわりと笑んだ。
その瞬間、音が止んだ。
………不自然な終わり方だった。
彼はピアノの鍵盤に触れておらず、わたしはてっきり自動ピアノだと思っていた。
旋律の終わりは、丁度少年が挨拶するために、彼自らが止めたかのようだ。
だが少年はこちらに振り返っただけで、他の動作は一切していない。
多少疑問が浮かんだものの、わたしはそれを放り投げた。
先生が言葉をかけてきたからだ。
「彼は、僕の親戚の生島くん」
少年―――生島くんはわたしに軽く頭を下げた。
先生は言葉を続ける。
「実は彼、少し訳ありでね。彼の事は口外しないでほしい」
そう言って、人差し指を口元に当てた。
「だから、僕と君、そして生島くんと。三人の秘密だ」
文章が安定してないです……。
ちょっと書き直すかも。
11月9日、書き直しました。
更新遅くなります。