第七話
この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。
「……なあ。」
「なんじゃ?余に何ぞ聞きたいことでもあるのかえ?」
「……。」
「用も無いのに人に呼び掛けるのかえ?そなたの世界では?」
言えなかった。、ただ一言。
お前なんだよっ!!!
俺の隣を歩く、案内の狼少女。失礼、狼と少女。
時代錯誤お嬢様口調を全否定するかのような、ボサボサの髪を後ろで束ねた少女。エスナよりももう一回り小さく、見上げるようにこちらを見る顔が、ニヤリとこちらを見る。その口元には、ハッキリとした八重歯が光る。
がまあ、目下の問題はそこでは無い。
コイツ、狼連れてんじゃないかよ。
少女のライムグリーンの髪よりも、やや濃い色の緑の毛並みの、バカでかい狼。俺も生の狼を見るのは初めてだが、こいつはでかいだろう。体重的には馬とかに匹敵するんじゃないかってくらいだ。少女の脇に控え (このデカさの比率をそう呼ぶのかは疑問だが)、油断なく俺を睨みつけている ―― ように見える。
「…あんたは?」
「うむ?隊長から聞いておるのではないのか?ならば名乗ろう。余の名は、グリングラン=ライムライン。所属はエスナや隊長と同じ、特殊遊撃小隊だ。皆はグリンと呼んでおるゆえ、そなたもそう呼ぶとよい。で、こやつはグレン。我の親愛なるパートナーだ。」
そう言って、脇の狼を撫でる。いや、撫でる首がコイツの肩の高さなんだが。こえーよおい。パクッとやられるんじゃねーのか。
「…おい。」
「は?」
「余が名乗ったのじゃ。そなたも名乗るのが礼儀ではないか?」
「あ、ああ。俺は、マナコ。シンエイジ・マナコだ。よろしく。」
俺が名乗ったのを聞いて満足げにうなずく少女 ―― グリン。その目が、ふと微笑んだようにすっと細められる。
「なんだよ?」
「いや、すまぬな。少し、故郷のことを思い出してしまったのだ。そなたの名前、マナ、と聞いてな。」
いや俺の名前はマナコだ、と突っ込めるほど俺は空気読めなくはない。そんな事をしようものなら問答無用で幼馴染の鉄拳制裁だからな。こういうときは黙って聞くに限る。
「余のいた世界では、この世界で言う、『エナジア』、所謂人間のもつ魂の力を、『マナ』と呼ぶ。そなたの名前と同じだ。…いい名だな。」
そんな事を話してるうちに、目的地についてしまった。
俺の名前の誤解を解く機会は、終ぞ無かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこは、まるで城と見まがう様な壮大な豪邸…とは、似ても似つかない、よく言えば質素、悪くいえばお粗末な家だった。
「ここが、その『老子』とやらの、家…?」
「そうだ。余は警備の仕事があるゆえ、失礼する。夕方には迎えに来るゆえ、ゆるりと過ごしていくがよい。家主では無い余が言うのも、おかしなものだがな。」
コロコロとその体型に似つかわしく、胸を張って笑う。
いや、チョイ待ち。何で俺単独特攻の空気作ってんだよ。俺そんなにアクティブではないよ?RPGの主人公みたいに一人で他人の家にずかずか上がってはいけないよ?
「おい、ちょっt」
「お客人。どうぞお入りになってくださいな。」
家の中からの、老人の呼び声。
逃げ道は、無くなった。
ちっくしょー。
心の中で呟いて、去りゆくグリンを一睨み (狼に乗って去ってゆく後ろ姿だったが)して、ドアを開ける。
はたして。
そこにいたのは、今にも倒れそうなご老人では無く、中肉中背、しっかりと背筋の伸びた、逞しい壮年男子だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふむ。では、なんでもお聞きください。」
「は、はあ…」
「といっても、難しいですかな?あなたのような異世界からの旅人には、「なにを問うか」も問いたいことの一つでしょうしな。」
壮年の男…プレジドがそう言って笑う。
一応、頭は総白髪、蓄えた口髭も真っ白。ただその背筋はしっかりと伸び、テーブルに立てかけたステッキも、飾り以上のものではないようだ。
にこやかな笑顔からすっと真顔に戻り、青い瞳で俺をじっと見つめる。
「では、説明いたしましょう。何分、年寄りの話ですから、少し長くありますがね。
世界 ―― 我らが今いるこの世界は、『シシキ』、と名づけられております。四つの色、と書いて、『四色』。この由来は、我らの使う『魔法』の分類によるものですが…それは置いておきましょう。重要なのは、この世界はあなたの住む世界とは異なる、という点ですからな。」
そういって、少し息をつくプレジド。
うん、いきなりぶっ飛んでるね。
「あなたはその服装、『機工と電子の世界』、『地球』ですかな?あの世界の方からすると、この世界の建物や武具は、随分古びて見えるでしょう?」
「そういやそうですね。基本的に木造、でっかいところで石造り。鉄骨とかの金属が使われている感じは無かったかな。」
「はい。あなたのいう金属、ですか、それはこの世界では、『魔鉱』と呼ばれており、とても貴重な品です。武具や、家などを作るのに用いれるのは、本当に限られた人のみですな。ほとんどは富豪の装飾品になるそうですな。『魔石』…ああ、あなたの世界で言う、宝石、ですな、これとは違う独特の輝きが、一部の者に好まれているのですよ。」
「金属が、貴重品……。」
「左様。金属が豊富にとれるのは、あなた方の『地球』の特色の一つなのですよ。」
ああ、なるほど。通りで銃が異常に効果的だったわけだ。何も知らずにアレに出会うと、まるで手品でも見ているように殺されていくだろうな。こんな時、弾が視認できない、というのは厄介だ。
俺の『左目』なら見えるが、いつもいつも見開いているわけじゃない。当然今も、きっちり眼帯で隠してある。その眼帯が、黒革製の中二病バリバリなのは、仕方ない。背に腹は代えられないし。
「ふむ。『地球』の、銃、と呼ばれるあの兵器は、この世界でもかなりの脅威ですな。他にも、『自然と幻獣の世界』、『リーファ』の者は、自身よりはるかに強力な獣を使役出来る、などの特技があるのです。もう会われましたかな?グリングラン嬢は、リーファの出身ですぞ。」
なるほど、アレもまーた、異世界の力だったのか。異世界なら仕方ない。
「そして、この世界、『四色』は別名、『種族と魔法の世界』。この世界では、所謂『魔法』が戦闘の主役なのですよ。」
…。
……。
いや、分かってたよ?でもさ、やっぱあれだね。魔法ってこんな老人に真顔で言われると、なんかシュール通り越して泣きたくなってくるね。さようなら現実、こんにちは二次元。
「魔法、ですかねえ…。」
「はい、魔法です。」
胡散臭さ全開の俺の言葉 (流石に隠せなかった)に、朗らかな笑顔で頷くプレジド翁。
くっそー分かってやってんのかコイツ。
そんな俺を見てか、プレジドがそのまま続ける。ついでにささやかなあてつけを込めて、自分の中でタメ口を決定する。
「魔法は、大別して二系統がそれぞれ四種類。簡単に説明しますと、物質的な効果を持つ黒魔法と、精神的な効果を持つ白魔法ですな。白魔法の方は非常に微細な魔力の操作が必要故、使える方はかなり限られております。その頂点の一人が、白銀の国の女王、『操心女帝』。今回の敵兵がそれらによって操られていたのは、明白でしょうな。」
操心女帝。あいつか。一瞬見ただけでも、くっきりと脳に焼きつく強烈なプレッシャーを持つ、漆黒の女王。
「本来は四色それぞれで『興奮』『恐慌』『錯乱』『陶酔』を僅かに起こさせる程度の白魔法を、極限まで追求した力。それによる催眠術。それが『操心女帝』の『操心魔法』。その膨大な魔力によって操られる人間は千人とも二千人ともいわれております。」
なるほど。逆に言えば、そいつを何とかすれば、サイが操られたとしても、助けられる。
「まあ、白魔法は使える者自体が少なく、まだまだ実験領域の魔法ですのう。用いられるのは、専ら黒魔法、物質を司る魔法ですな。」
ああ、あれだな。ブルーがやってた、氷柱ドーン、ってやつ。
「まあ、簡単に言ってしまいましょうかの。赤が炎、青が氷、黄が雷、緑が風。それらを用いて、あるいは氷の場合はそれによって武器を生みだし、相手を制する。これがこの世界の、主要な戦闘となりますな。」
「……質量保存則もエネルギー保存則も全力で無視だな。」
「それがそうでもないのですよ。」
またやっぱり朗らかに微笑むプレジド翁。なんか俺おかしなこと言ったか?
「お客人は…」
「あ、マナコ。シンエイジ・マナコと言う。」
「おお、すみませんな。ワシは、プレジドと言います。本来は名無しの傭兵だったのですが、いつからかそう呼ばれるようになりましてな。よろしくお願いしますぞ……っと、どこまで話したか…。ああ、保存則でしたな。お詳しいですな、いや、『地球』ではそれが普通なのでしょうかな。まあ、それはいいでしょう。
ではマナコ殿、質問です。魂とは、なんだと思いますかな?」
…。
……。
………は?
「はぁ?」
思っただけじゃなく声にも出た。ここまで来て心霊相談?
いや、わざわざ異世界まで来て壺でも買わすのか?
「……ふむ。マナコ殿の世界では「魂」という概念はないのですかな?」
「いや、あるっちゃああるが…。霊とか、神とか?正直漠然としてるって言うか、胡散臭さの極みだぞ?」
「ふぅむ。そうなると、説明が難しいですかな…。では質問を変えましょうかの。
マナコ殿。人間とは、なんでしょうかな?他の動物とは、何が違うのですかな?」
…。うん、根本的に分かりあえていないね、俺達。
いや俺だって一応大学生(元)だし、進化論とかは理解してるよ?でも、ここで言われているのは、そういうこっちゃないんだろうしな。
「…我々の、この『四色』での定義。それは、「魂」をもつということです。この「魂」は、霊や思考といった曖昧なものでは、ありません。純然たるエネルギーです。人間は誰もが、生まれながらに「魂」という、エネルギーを蓄える容器を持っているのです。」
容器。「魂」。そして、人間。
「この「魂」に詰まっているエネルギー。我らの世界では『エナジア』と呼んでおります。我らは魔法を用いる際、このエナジアを取り出して、魔力に変換、エネルギーとして用いるのです。それによって、『魔法』を引き起こす。」
エナジア。
悔しい事に、納得してしまいそうになる。そうだ、俺はいつも見ていたんじゃないか?人間の中に、淡く輝く純白の光を。幽霊退治の時にみた、光る霧を。
あれが。
あれが、魂。人間の証。
「例えば風であれば、そのエナジアを緑の魔力に変換し、運動エネルギーとして風の力とする。それが、この世界の、魔法。質量保存も、エネルギー保存も保ったままですな。そして、魔力を持つ獣、『魔獣』やその頂点たる『竜』は存在しますが、『魂』を持つのは、人間だけ。これが、この世界の、人間の定義。
最も、魂は目えに見えないですしな。我らには変換された魔力しか見えませぬ。」
いや。
いや、俺には、見える。いや、見えたところでどうというわけでもないか。
「それが。それが、人間…。」
呟くように言う俺の声に、プレジド翁がにっこりと笑い、頷く。
「そうです。どうせですしな。もうひとつ、面白い話をして差し上げましょう。いや、年寄りの長話で申し訳ない。
マナコ殿。あなたは、なぜ私と会話できるんでしょうかな?」
は?
…ああ、そういえばそうだ。異国どころか、異世界にきて、なんで言葉が通じてるんだ俺。
いや、決してそれが異世界召喚の王道だし、とか考えてたわけじゃないよ?ほんとだよ?
「我らは、この世界は、神によって作られたものだ、と考えて…いや、信じております。確か『地球』では、主流ではないにせよ存在するのでしたな、天地創造の神話です。あれが真実であると、信じております。」
「…へえ。まあ、天地創造も知らない訳じゃないが。」
「はい。我らは、神がこの世界を作った。そしてそれは、この『四色』だけではない。恐らく、神々の遊びの一種なのだ、と。子供が砂の城を作るように、神が世界を作った。そしてその神は当然、世界を作るときに自らの世界をある程度のモチーフにする。それは言語であり、生物の姿形であり、魂であった。だから、それらが全ての世界で共通しているのでしょうな。」
「なるほどね。元々のモデルがその『神々の世界』なら、全ての世界はそのコピー、似ていて当然、ってわけか。」
「左様。そして、神々の『遊び』と称したのは、それらの世界が完全な世界の複製ではなく、それぞれに、個性と思われる特徴があるからですな。この世界の『魔法』、マナコ殿の『地球』の『機械』。他にも『リーファ』の『獣技』や『陰陽界』の『付術』など、様々な世界の違いが見られるのです。あたかも、子供の塗り絵のように、ですなあ。」
なるほどな…。
まあ、それを信じるかどうかはさておいて、こちらに損はない。とりあえず世界の根本的なところやら言語やらが何とかなるのは、朗報だろう。まあ知らないうちに分かってはいたんだろうが。
「それにしても…。神様はなんで、こんなにバカみたいに沢山世界を作ったんだろうな。」
「さあ?そればっかりは、神のみぞ知る、ですなあ。」
プレジド翁は、最期まで笑みを崩すことはなかった。
やっぱ、亀の甲より年の功、ってやつなのかもしれん。
とりあえず分かったのは、俺はその『四色』という異世界に迷い込んで、この先どうなるかなんて、全く分からない、という事だった。
お先真っ暗、とはこういうことを言うのかもしれない。
唐突に音信不通になることに定評のある (友人談)、KTです。更新が大幅に遅れてしまいました。待っていてくださった方がいらっしゃったなら、本当に申し訳ありません。
さて、今回は、所謂チュートリアルですね。RPG風には、プレジド翁との会話は、「この世界は何か?」「魔法とは何か?」「敵は何者か?」とかの選択肢があって…みたいなノリですね。ようは、面倒くさいかたは飛ばしてください!という感じです。
また、一応これが僕の考えてるSF考証ですね。細かい魔法の考証は、もう少し先、あるいは同時進行の『隔絶』のほうで書くかもですね。「ここがアマイ!」とか「ココはコウしたら?」とかは、いつでも感想、メールにどうぞ!よろしくお願いします!
では、今回も駄文をここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。もしよろしければ、次回もよろしくお願いします!