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第十三話

 この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。

 ぎりり、と、唇をかみしめる。

 そこから流れ落ちる一筋の血が、彼の唯一の流血だった。


 それもそのはず、彼…コウの異能は『硬化』。あらゆる物理攻撃を皮膚で防ぎ、特に刺突、斬撃に関しては絶対的な防御力を誇る。彼に血を流させるということは、彼の異能を破うということであり、そんな事が出来る人間はそうそういない。


 けれども、血は流れずとも、少なくないダメージが彼の身を蝕んでいた。


 「止まれや…。ジュウ……。」

 「ひ、ヒヒ…。分かってんだろォ、親父ィ…。もう、無理だぜェ…。」


 絞り出すようなコウの声に答えるのは、殺人鬼に墜ちたジュウの、狂った笑いだった。


 降り始めた小雨の中、二人は窪地で対峙していた。

 窪地自体を作ったのも、ジュウの『超重』を用いた打ち下ろしの一撃で作り上げたものだ。周囲に人の…いや、生きた人間の影は無い。必死の形相でジュウを抑えていたエンラとグリン・グレンは後ろへと引いて、怪我人の運送に奔走している。


 ジュウは、それを追おうとはしなかった。


 目の前に現れたコウを見て、笑いながら対峙した。

 まるで夕暮れ時、迎えに来た親を見つけた子供のように、にっこりと。


 「クソが…。」


 コウは、分かっていた。ジュウが、必死に自分の中の『殺人衝動』に抵抗していた事を。


 辺りに張り巡らされた、重力の結界。ジュウ本人の体にも相当の負荷を強いるこの技は、周囲に飛び込んでくる兵士を少しでも減らすために。徹底的に、原型も留めないほどに砕かれた死体は、その一つで出来るだけ『殺人衝動』を発散して、少しでも殺す人数を減らすことを願って。今自分と、互角に戦えるほどの体術を身につけたのは、自分の中の『殺人衝動』に負けない様に、自分自身を必死に鍛えたから。


 「ド畜生が……。」


 ずっと、苦しんでいた。

 誰よりも強い『殺人衝動』を抱えながら、それでもその強さのせいで今まで生き延びてしまった、ジュウ。そしてとうとう、その衝動は、超えてはいけない一線を越えてしまった。


 「ハハハッハハッハッハッハア!!!!」


 跳び込んできた一撃を、『硬化』した右手で受け止める。まるで隕石でも落ちてきたかのような衝撃が体を貫き、足が地面にめり込む。だが、それさえ受け止めてしまえば重量を増したジュウは回避行動を取る余裕はない。がら空きとなった胴体にカウンターの右拳を叩き込む。


 「くっ!」


 いつもなら、この一撃でケリが付いていた。だが、今のジュウは、『殺人衝動』を剥き出しにして、完全に殺人鬼と化したこの男はそれを無理矢理に動かした腕で受け止め、ギリギリのタイミングで致命傷を防ぐ。


 「とまれやジュウ!!!止まれるやろ、お前なら!!!」


 叫ぶコウの声に、答えは無い。


 超えてはならない一線。それは、『家族に対しては絶対に牙をむけないこと』。

 殺人鬼である『姓無』が、家族として生きていくためにどうしても必要な、ただ一つの制限。

 それを、彼はもう超えてしまった。

 もう、家族を家族として、認識できなくなってしまった。


 だから。


 「コウ…親父イ…認めろよォ…俺はもう手遅れなんだよォ……。さっさと。殺してみろよォ…。まぁアンタでも、簡単に、殺されるツもりハァ、ねえケどなァ…。」

 「……。」


 そんな者の最期を看取るのは。

 そんな者に引導を渡すのは。


 「……ワイの、役目や。」


 心が、ガチリと決まった。

 コウが、睨みつける。

 目の前の、一人の殺人鬼を。ここまで共に闘ってきた、自分と同じ殺人鬼を。


 殺す。

 自分が、この男を殺す。


 それが、『姓無』の父親としての役目であり。

 それが、殺人鬼…、『姓無の終末』に到達した者への礼儀だ。


 「……やるで、勝負や、ジュウ。」


 殺人鬼が、殺人鬼となる。

 解放される、コウ自身の『殺人衝動』。

 その眼が、『戦闘者』のモノから『殺人鬼』のモノへと変貌していく。


 「そォだァ……こい、オヤジィ…。俺も、アンタを、ずっと殺したかったァ…。」


 二人の殺人鬼が、ぬかるみ始めた大地を蹴る。

 人間を超えた領域での、『異能』者同士が、全力で衝突した。





 「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 図書館に響き渡る絶叫。獣のように叫びながらの俺の攻撃が、目の前の幼馴染に降り注ぐ。そこには、手加減や容赦といったものは皆無だ。だって、そんなものは必要ない事を、俺は嫌というほど知っているのだから。


 「あははははっ!すごいすごい!ナコ、本気だとこんなに速いんだ!」


 彼女の体が軽やかに動き、その全てを捌いていく。まるであらかじめ形の決められた組み手の様に。その動きは、俺が知っている天才少女、天霞才の、更に上をいく速さ。まともな人間の、限界を超えた速さ。


 「これは、向こう・・・にいた頃のアタシじゃあ、勝てなかったかもね!」


 ムコウニイタコロノ。


 その言葉に、また俺の視界が明滅する。


 同時に、拍動する『左眼』が、俺の首筋を刈り取るように放たれる蹴りのイメージを映しだす。反射的に腕を交差させると同時にイメージ通りの蹴りが信じられない速さで放たれ、ガードの上からでも俺を吹き飛ばす。


 ほんの少しだけおさまった頭痛にこらえながら言う。


 「サイ…。お前、やっぱり…。」

 「うん。なんか、アタシの、魂?みたいなのをいじったんだって。無我夢中で逃げてる途中に気付いたんだ。いつものアタシよりずっと体が軽いな、って。」


 分かっていた。

 『左眼』で見る、彼女の体の、中央。

 人間の体の、丁度心臓に位置する部分に存在する、美しい光。


 その、『魂』の光が、今は歪に歪んでいた。

 それは、彼女が『異能』者…少なくとも、それに近い者になってしまった事を示していた。


 サイの顔が、楽しくて堪らないというように歪む。


 「すごいね、この力。ナコ、こんな力をずっと持ってたんだ。アタシに内緒で、ねえ?組み手も稽古も、この力隠して、さ。ねえ、ナコ…。」


 歪んだ笑顔が、唐突に消え。

 その顔が、泣きそうに歪む。最後にいつ見たかも思い出せない、弱弱しい表情。


 「こわいよ、ナコ…。アタシが、どんどんアタシじゃなくなっていくの…。人を見るだけで、頭の中で声がして。殺せ、殺せ、って。アタシ、アタシ、それが……。」

 「ッッ!!!」

 「それが…、つ、っぅ…。快感で。気持ちよくって、あは、あはっははははははは!!!ねえ、ねえ、ナコ、分かる!?すっごいんだ、もう、何にも考えられなくなって、さ!!!ねえ、ナコ!」


 泣き顔と笑い顔、涙声と哄笑が、まともでは無い色合いを帯びる。

 俺の理性を、意識を、思いをこそぎ取っていく。


 「ナコぉ…。こわいよぉ……。」

 「っ!!!」


 最後の一言で、俺の体が再び彼女に突進する。

 もう、だめだ。

 これ以上彼女を苦しめれば、もう彼女は元には戻れない。

 いやそれ以前に、これ以上彼女が苦しむ様子を、俺は直視できない。

 そんな事をするくらいなら、俺が。


 俺が。


 俺が、この場所で。


 「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 『左眼』が、彼女の動きを的確に先読みする。そして浮かび上がる、彼女の「急所」。首に浮かび上がる頸動脈。胸元には、丁度肋骨の隙間に光るのは大動脈か。ここを。ここを、切れば、突けば。


 俺は右手で、腰のナイフを抜き放った。






 全員が、疲労困憊していた。


 グリンが、しがみつく様に必死にグレンの体を撫でる。超重の空間を駆けまわり、コウが到着した後は倒れて動けない兵士を運ぶのにここまでを何度も走り続けたのだ。降り始めた雨も相まって、かなり疲労がたまっているようだ。グリン自身の体も、先の戦いでいくつもの打撲痕がある。


 エンラの方も、決死の覚悟で突撃する直前にコウが到着したために傷自体は少ないが、それでも疲労は蓄積し、魔力の残りも殆どない。戦いは、できてあと一回というところだろう。


 「……グレンは、どうだ?まだ動けそうか?」

 「うむ。少々休ませてやれば、問題ないじゃろ。お主こそ、少し休め。動きっぱなしじゃぞ。」

 「……俺には、これくらいしか出来ない。」


 エンラは、走りまわる『治癒』の『異能』者達を手伝い続けていた。強まっていく雨を避けるための氷の傘作りやら道具の運搬やら転げ回る兵士を抑える役やらを買って出て、休みなく動きまわっている。相変わらず無表情だが、その中に宿る疲労に、グリンは気付いていた。


 「休めるうちに、休んでいた方が良いのではないかの?」

 「……グリンも、そう思うか?」

 「うむ。余のカンが、まだこのままでは終わらんと告げておる。グレンもそれが分かるから、今のうちに休んでおるのじゃ。お主も分かっておるのではないかの?」


 エンラの顔が、ピクリと動く。

 それをみて、グリンが笑う。やはりこの男には、才能が有る。普通はいくつもの戦場をくぐりぬけ、何度も命を危険にさらしてこそ身につくカンが、天性のものとして備わっている。だからこそ、ここで死なない様に、今は休まなくてはならない。


 「分かっておるならよい。後は、自分の判断じゃ。」

 「……すまない。心配、かける。」

 「かっかっ!勝手に余がしとるだけじゃ!気にするでないわ!杞憂かもしれんしの!」


 だがそれは、杞憂には終わらなかった。

 それが飛来したのは、その会話から五分も経たないうちの出来事だった。





 「あらぁ?思ったより怪我人がすくないのねん。予定ではあの『殺人鬼』の彼のお陰で相手は怪我人、半死人だらけのはずだったのにねん。まあ、思ったより雨も強そうだし、問題はないけどねん。」


 既に軍が殆どが前線から遠くへと撤退した、『白銀の国』の軍隊。

 だがそれは、敗戦の為では無かった。


 もともと軍が陣を引いていた平原に、不自然に佇立した氷の塔。

 その上に座って、パタパタと足を振る、一人の少女。


 治療部隊の駐屯地からはギリギリで見えるほどの距離が有るため、気付く者はいない。アーロの目や、グレンの鼻が有れば見えたかもしれないが、そんな力を持つ者はそうそういるわけではない。


 少女が、ゆっくりと立ち上がる。

 その周囲に漂う蒼い霧は、周囲が霞むほどの氷の魔力。


 降り注ぐ雨が磁石の様に吸い込まれ、集まり、固まって、無数の氷の矢を形成していく。

 その数が百を超えようかというところで、彼女の纏う魔力が変質する。

 次に纏う魔力は、緑…風の魔法。


 例の狙撃手などとは比べ物にならない巨大な魔力が、氷を打ち出そうと激しく蠢く。


 「さぁ、いくわよん。いったい何人が、生き残れるかしらん?」


 少女が笑う。その眼には、堪え切れない愉悦と、抑えきれない狂気。

 狂おしく死を求める、殺人鬼の目。


 「ふふ、はは、はははっ、あーっはっはっはっは!!!!」


 その外見と年に似合わぬ、異常な哄笑を周囲に響かせて。

 『白銀の国』の誇る四人の将軍、その中でも最悪と謳われる、『血風童女』が牙を剥いた。



 唐突に音信不通になるのに定評のあるKTです。

 なんだこの一番いいとこでの失踪、と自分でも分かってるんです。待っていてくださった方、もしいれば、ですが、お待たせしました。

 まだ書いてないから分からないですが、恐らく次、長くても後二話で今章が終わる予定です。よろしければお付き合いを…。


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