第九話
この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。
結論から言えば、実験は先送りになった。まあ常識で考えればそうだろう、現在の最高戦力かつ傭兵団に対する抑止力でもある『姓無』が、その力の源泉たる『異能』を失ってしまうかもしれないとなれば、騎士団の総団長二人が不在で戦争真っ最中の今試すわけにはいかんだろ。
とりあえず現状変わったのは、エスナを街中のとある書庫に避難 (ぶっちゃけ監禁的な勢いだ)させ、俺がその護衛として張り付けられたくらいだ。チユ曰く「『姓無』の宿命的恐怖を消せるかもしれない可能性が目の前にある以上、それを戦場で失うなんて真似は絶対に許されない」だそうだ。
エスナの『治癒』は怪我人の治療に大きなアドバンテージを持つが、ここは聖都グロヴ・サファイア。四色世界最高の『医療部隊』のある国だ。戦場に半数が駆り出されている現在でも、二桁に達する異能者とそれを支える衛生兵達がいる。その陣頭指揮を取るのは、俺の世界での現代医療の経験まであるチユだ。
結論。
「まー、のんびりしてていーってこったな。」
「あ、あの…私達、ホントにここにいていいんでしょうか…。」
俺はかわいい女の子と二人きりで、倉庫でぐうたらしていていいというわけだ。
だが、そんなだらけになれていないエスナの方は、不安そうな顔で本を捲っている。
「……マナコさんは、きっとこの都を守る助けになります。そ、それに、私も、なんの役にも立たないかもだけど、傷ついた人を助けたいです…。」
いや、そこまで卑屈にならんでも。エスナがいないと死んでたと思う場面って結構多いし。チユやコウも、お前さんが憎くて閉じ込めてるわけじゃあないんだし。顔めっちゃ思いつめてるが。
「ま、待ってやるのも仕事のうち、ってな。エスナみたいな性格だと、待つのは辛いかもしれねーけど。今は、研究するのがエスナのするべきことだろ。」
アイツみてーに動き出したら閉じ込めようが縛ろうが止まらないのよりは百倍ましだが、際限なく陰鬱ムードに落ちていかれるのも、倉庫に二人きりの身としては気まずい。慣れない励ましの言葉を言いながら、適当にカーテンの隙間から外を見る。
異常は全くない。そりゃそうだ、ここから戦場まではかなり距離が有る。たとえエンラの奴が大爆発を起こそうと、ここまで聞こえはしないだろう。
「そう…ですね。」
「おーよ。まだここで調べたり、俺の手伝いが有れば色々あるんだろ?」
振り返ると、エスナはちょっとはにかんだような、申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。ここの倉庫はかなり広く、『異能』に関する書物も多い。それに、なんでも『魂』の形それ自体が見える俺の『左眼』を使えば、魂の再建をするときの場所が分かるかも、だとか。
「ええ!マナコさんの助けが有れば、ホントに百人力ですっ!きっと直ぐに完成しますよっ!」
「そいつはいいこと聞いたぜ。姓無の連中が帰って来た時、ばっちり成功率百パーセントにしといてやろーぜ。」
熱心になんか俺を(正確には俺の『左眼』を)褒めるエスナに、おだてすぎだろとは思いながらも何を手伝うか尋ねる。俺だっていい年こいた男だ。こんなかわいい子に頼られて、悪い気はしない。
まあ、例の幼馴染にどう思われるかは知らんが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この世界での戦争には、明文化されているものでこそないが厳然としたルールが存在する。開戦の日時が指定され、角笛の合図によって交戦、一定時間の後、再度角笛の合図によっての撤退、再編成の時間がとられる…というのが一日数回繰り返される。
この戦闘では、魔法の飛び交う集団戦とはいえ、一度の交戦での死者は数十人から百人弱。圧倒的な数の差で戦線が一気に崩壊すればそのまま進行という事態も有りうるが、これだけ戦力が拮抗していれば、そんな事が起こる前に劣勢の部隊が撤退命令を下す。
普通の場合は。
「くっ…なにが起こっているんです…っ!?先程の交戦で、出陣した15の小隊のうち5部隊の隊長が死に、3部隊の隊長が戦闘不能…っ!?」
連戦の戦闘の総指揮をとって、今日最後となるだろう夕刻の戦闘を、あす以降の戦闘に赴く部隊の編成を考えていたガラルドは、いらだたしげに机を叩いていた。
だが、どんな場合でも、例外と言うものが存在する。
その例外の一つが、「交戦の際に指揮官が倒れる」というもの。だが、この時代戦闘の先陣を切って駆け抜けていく指揮官などそうそういるものではない。必然、こんな自体はほとんど起こらない。
「これは…、明らかに、作戦、でしょうね…。部隊長の死の大半が、氷矢による狙撃…恐らくこれを専門とする何者かがいる…。」
作戦としては、新しいものではない。寧ろ双方に無駄な犠牲を出すことなく戦闘を終結させることが出来るため、古来より積極的にとられている手段だ。だが、言うは易し、行うは難し。対策もしっかり取られているため、今ではほぼ見ない戦法だ。
「流石は『血風童女』…。なかなか厳しい…。」
明日以降は、部隊長の護衛に戦力を割かなければならないだろう。それ以前に、この調子で隊長格の人材を殺されてしまえば、この戦の勝利すら危うい。
「この戦闘…アーロは、大丈夫でしょうか…。」
今日最後の交戦の総指揮は、アーロに任せてある。彼女の直属部隊は、弓兵部隊。遠距離からの攻撃になる分、敵の遠距離攻撃には敏感だ。特に彼女は、『遠視』の異能と見間違うばかりの視力と動体視力を誇る。
日没は、近い。太陽はその体を大きく揺らがせ、じきに地平線へと消えていくだろう。彼女に限って、遠距離からの狙撃をかわせないということはあるまい。それに、今回は特に編成の時間も無かったが、彼女には特別の護衛も付けている。
それでも。
(彼女は。私が死んだ後、間違いなくこの国の要となるでしょうしな…。)
国を想う彼の心配は、杞憂とはならなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヴォおおオォぉォ!!!」
絶叫と共に、棍棒が周囲の空間を大きく薙ぎ払う。後方へと退こうとしていた部隊に、斬り込むように単身突入してきた大男の奮戦に、アーロの部隊は大混乱に陥っていた。
「弓兵部隊は更に後方へっ!怪我人に手を貸してやれっ!第3槍兵団、一定の距離を置いて取り囲んで仕留めろっ!」
「だ、駄目ですっ!相手のリーチが長く、突進を止められませんっ!」
「くっ、重装大盾兵団っ、守りを固めろっ!前線騎兵っ、乱戦になる前に退いて、歩兵団の前線構築を助けろっ!」
自分の部隊が襲われている間にも、前線への指令を怠るわけにはいかない。かといって、このまま放置しておけば、自分の部隊への損害は無視しえないものになってしまう。前線を持ち前の視力で馬上から見渡しながら、本部隊への対策を考える。
携えた弓を引き絞って三連の矢を放つが、部隊を単身で荒らす大男の背中には刺さりすらしない。
「『硬化』の異能…っ。厄介な…。魔道兵団っ!集合、集団魔法の展開を急げっ!!!」
「それでは間に合うまいっ!エンラ、行けるなっ!?」
言うが早いか、乱戦を一陣の風が吹き抜けた。濃緑の巨大な影の上に、黄緑の風。ニヤリと笑う口から八重歯の覗く少女…グリンが一発の矢を放ち、巨大な狼、グレンを駆って大男へと突進した。
後頭部にあたった矢はさしたるダメージは無かったようだが、多少の衝撃はあったようで、大男がゆっくりと振り返り。
突進した狼と正面から組み合った。
天を突く大男と、牛ほどもあろうかという巨体の狼。跳ね飛ばされこそしなかったものの、その突進はやはり完全には止め切れなかったようで、土ぼこりをあげて後ろへとずり下がっていく。そこに、ようやく現れた魔道兵団が、狙いを定め始める。
と。
「ぐぁっ!!?」
魔道兵団の指揮を取っていた男が、くぐもった悲鳴をあげて倒れた。胸には、氷で出来た鋭い矢。胸の中心を深々と貫いていて、慌てて救護部隊が駆け寄るが、重症なのは明らかだ。動揺が走り、魔力の収束が失敗する。
「ヴ、ヴォおオオぉっっ!!!」
チャンスとみたのか、大男がグレンを押し返そうと一歩踏み出す。だが、その為に両手を要しているため、背中の金棒を振り回すことはできない。混乱を巻き起こすアレを封じるためには、ここで押し負けるわけにはいかない。
「くっ、グリン殿っ!もう少しだけ耐えてくれっ!重装大盾兵団、準備を整え」
叫んでいたアーロの声が、唐突に途切れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「準備を整え、っ、」
指示の声は、最後までは続かなかった。彼女の肩口を、深々と一本の氷矢が貫き、彼女を馬上から突き落としたから。
「……っ!」
間一髪で地面に叩きつけられる前に受け止め、その氷矢ごと貫かれた部分を氷で止血したのは、エンラ。放っておけば当然凍傷だが、この部隊の直ぐ後ろには医療部隊が控えていたはずだ。衛生兵に直ぐに彼女を引き渡し、同時に彼女の馬が暴れないように飛び乗って手綱を取る。
(……自分の、失点だ。)
誰にも分からない様に、エンラがほぞを噛む。最初の魔道兵団の団長を狙った一撃から、相手方に狙撃手の類が何処かに潜んでいるのは分かっていた。だからこそグリンの呼びかけに答えず、アーロのそばに控えていたのだ。次に狙われるのは、分かっていたから。
(……だが、止められなかった。しかし…)
場所は分かった。
そのまま馬の腹を蹴って、走りだす。流石に総司令官の乗るだけあって、俊敏な反応で駆抜け、目的の場所に一直線に走りだす。と同時に、魔力を収束。放つのは、自分の得意魔法たる、赤の『炎熱系』。
「はああぁっ!!!」
裂帛の気合と共に左手から迸った真紅の火炎が、大男の上半身を一気に包みこむ。一撃で倒すほどの攻撃とはなりえなかったが、弓矢や剣戟よりはよほど効果が有ったようだ、此方をちらりと見やった後、形勢不利と見たのか、グレンをうっちゃるように投げてそのまま後方へと退避していく。
「エンラっ!アーロはどうしたのじゃっ!?」
「敵方の狙撃手にやられたようだ。幸い、肩だったからしばらくおけば戦場にまた来るだろう。狙撃手の居場所は、平原の東の森の中。」
エンラの端的な説明を、その意図をグリンは直ぐに理解する。
「なるほどのう。これだけの距離をピンポイントで射抜く相手。しかも森林地帯で、狙撃手である以上逃げ足も速い。追うつもりなら、余以上の適任はなかろうて。グレンっ!」
グリンの指示に、一声大きく吠えたグレンが森に向かって一直線に疾走する。
あれだけの狙撃手、自分に追手がかかったとなれば、それに気付かない事はないだろう。掴まるリスクを冒してまで狙撃を続けるとは思えない。
(とはいえ、念には念を入れておく。)
「……前線部隊っ!アーロの治療まで俺が指揮をとるっ!第三騎兵隊っ、前線の乱戦地帯に斬り込むっ、一撃離脱を心がけ、後詰めは友軍に任せよっ!」
普段めったに出さない様な大声で、高らかに指示を出す。ついでに、氷の剣を青の魔法で具現化しておく。これなら、何処から見ても司令官だろう。
「弓兵部隊、騎兵隊の撤退の直後、一斉射撃を見舞うっ!合図を見逃さぬようにっ!では、騎兵部隊300、行くぞっ、っ!」
大きく前線を剣で指示し。
同時に飛来した氷矢を、右手での『爆発系』で吹き飛ばした。
(よし。これで、もう敵は今日の狙撃は諦めるだろう。)
囮として自分が司令官のフリをすれば、敵はそこを狙う。それをきっちり防いでさえしまえば、これ以上の狙撃は意味なしと判断して、撤退するはずだ。もしそれでも狙い続けるつもりなら、グリンとグレンがその隙をついて仕留めてくれる。あとは。
(問題は自分が、司令官の真似事などができるかどうかだけか。)
こんなことなら、戦闘訓練の講義だけでなくて戦術講義も真面目に受けるんだった、と舌打ちする。だが、これは自分の問題だ。
(これ以上の失点は、許されない。)
騎兵部隊の先陣を駆けながら、エンラの手から再びの炎が迸った。
とうとう戦闘開始ですっ!今回は、とある小説を読んで刺激された、「集団戦」に臨んでみました。む、むずかしい…。やっぱり作家さんはすごいですね。いまいち緊張感と言うか、切迫感がない…。
こちらはまだまだ長引きそうです。伏線山積みだしな…。残りの『姓無』、暗殺組二人 (名前どうしよう)、脱走した幼馴染、『血風童女』…。他にもなんかあったかな…。回収できるように頭捻らんとな…。
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もっとこうしたほうがいい!誰それの出番がもっとほしい、なんでもこいです!いえ、感想とかは本当に自分の力になるので。お待ちしています。