表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

第二話

 この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。


 追記5月25日、誤字訂正、改訂


 覚醒して最初に聞きとったのは、聞きなれた幼馴染の声だった。


 「起きろ、ナコ。早く起きるのよ。」


 聞きとったのはサイの声だったが、起きたこと自体はその声でじゃない。


 「痛…。なんだよこれは……。」


 五月蠅いほどのざわめき。うめき声や奇声、悪態の混じった混濁。


 …なるほどこれだけ五月蠅きゃ黙ってても目は覚めるだろうな。


 見渡しゃあそこは、広々としたホールのような大部屋だった。天井からは怪しげな篝火が部屋を照らし、壁からはバチバチと電光が走っている。周囲の壁は石造りで、100人くらいは軽々と整列できそうな部屋に、まさに100人ほどがごろごろと横たわっている。


 「わかんないわよそんなの。とりあえずさっさと起きてた方がいいのは確か。」


 そう呟くサイの顔は、近年稀に見る真剣さだ。肩までの艶やかな黒髪が本人の緊張を示すようにぴたりと固まって、短めの前髪の下から覗く瞳はいつもの三割増しの鋭さだ。恐らく天才の嗅覚が何かを警告しているのだろう。

 俺も警戒をするべく周囲を見渡す………とまあ、天才であるサイが周囲に気を配っている以上俺がそれをしたところで何の役にも立たんのだが。


 萎えそうになったやる気をなんとか奮い立たせ、周囲を見回す。


 …うん、こいつがいかに天才かが分かる。


 起きている人間は、横たわるの十分の一にも満たない。かろうじて起きている他の奴らも、パニックになって正気を失っているように見える。

 うん、この状況なら誰だってそーなる。俺だってそーなる。こいつが、サイが天才なだけだ。

 この状況でも冷静でいられるのは、格闘技の経験とか生活習慣とか何とかより、明らかに才能の産物だろう。


 だが、当の本人はそれだけでなく、さらに次の手を考えていた。


 「…ねえ、ナコ。『左眼ヒダリメ』、使ってくれない?なんかあるはずだから。」

 「は?」


 ……俺の、『左眼』。

 それはこういうと平穏、平凡、平和がモットーの俺としては誠に不本意なのだが、この『左眼』は、所謂『普通の人には見えないもの』が見えちまうのだ。


 まあ、それは置いといて、だ。


 この状況で、コレを使え、と。

 それは、なにか見えざるもの、俺達の常識ではありえないものがここにある、あるいはそれを警戒している、ということだ。


 「……えー。」

 「≪私に逆らわない≫。忘れた?」

 「…ハイ。」


 非暴力絶対服従。ジャイアニズム万歳。

 様々な言葉が脳内を一瞬飛び交ったが、口に出すと寿命を縮めるだけなので堪える。


 「しゃーないな…。くそ。」


 呟いて、『左眼』の眼帯を外す。

 明順応に応じて徐々に戻るその視力で周囲の景色を見回して、


 「っ!!!なんだよこれ!?」


 俺は思わず声を荒げてしまった。


 分かりやすく端的に言えば、見た事の無い景色。いや、風景?モノ?

 とにかく、この目で見えるいわゆる常識の範囲外のもの。ちなみに普通の目としての機能はこうなった時に既に死んでしまっているため、右目の景色と重ね合わせてどこにソレがあるのか判断しないとならないが、今日ばっかりはその必要があるのかも疑わしかった。


 「サイ、ここ、ヤバい。なんか分かんないけど、そこら中にヤバいもんが浮かんでやがる…。」

 「……やっぱり。なーんか嫌な感じしたのよ…。今まで見た事あるやつ?異常磁場とか、竜巻の中心とかユーレイとか。」


 黙って首を振る。今まで見てきたものはまあそんなものばかりで、うすぼんやりした地面に広がってたり一点に集まってたりしていたのだが、今回のは…。


 んー説明が難しいが、なんつうか、ヘビ?みたいな。うすぼんやりした光なのは変わらないが、いつもと違って色が付いておる。それが細長く伸びて、ウネウネ漂ってる感じ。それがそこらじゅうに浮かびまくってるのだ。以前テレビでみた、ジャイアントケルプの森みたいに見える。


 我ながら貧弱な語彙で、それでも何とか天才様にお伝えする。


 「ふーん。なるほど。」


 自分でもよく分からないものを説明したのにも関わらず、「なるほど」で片付けるサイ。こいつにはコレも見えてるんじゃなかろうかと疑いたくなる。

 しばらく目を細めた後、ぼそぼそと次なる指示を出してくる。


 「ナコ、次は、壁見て。いちばん薄そうなトコぶち破るから。」

 「はあ?」


 はあ?に凝縮してしまったが、ここ一応石壁っぽいんですが?いま武器になりそうなもの何にも持ってないですよね?そして俺の目はドラ○もんの道具じゃないんだが、見えるのか?

 はあ?の口調のまま固まってしまった俺に、正確には俺のボディーにちょっと遊びでは済まないレベルのレバー打ちが入る。


 「さっさとする!急ぐのよ。私が出来るって言ってんだから出来るのよ!」


 やっぱり脳内で「暴君」の二文字を飛びまわらせながら、『左眼』で周囲を見回す。


 ……。


 見えるよ。びっくりだよ。


 壁の一か所にやたらとフォーカスが合うみたいな錯覚、いや、錯覚でも無いか、感覚がする。おそらくそこの壁が脆いのだろう。

 ……俺が人間を卒業する日も近いのかもしれない。甚だ迷惑だが。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「うわああああっ、あっ、ああ、ああああ!!!」


 マナコ達二人が丁度段取りを終えた時、事態は動き始めた。


 口火を切ったのは、起き上がった者たちの一人で、周囲を不安そうに見回していた男。完全に脅えきった目で、けれども油断なく周囲を警戒していた。

 その男が、突然狂ったように、あるいは何かに取り憑かれたかのような奇声をあげたのだ。


 起きていた別の人間たちは何事かと様子を窺うが、誰の目にもその男の周囲におかしなものは見当たらない。


 ただひとつ。


 マナコの『左眼』を除いては。


 「っ!?サイ、すぐ逃げよう!あのヘビたちが襲ってきてるんだ!!!」


 彼が見たのは、警戒する男を締め付けるように巻きついた、不可視のヘビ。赤、青、黄、緑の妖しく輝く四本の光が、絡みつくように男を包み ―― 男を狂わせた。


 ―――ヤバい。あれにつかまったら、終わりだ。


 直感的にそう感じたマナコの判断は、正解だったと言えるだろう。同時にその感覚を正確に読み取ったサイが、マナコの示した壁に向かって一直線に疾走し始める。

 桁外れの加速で飛び出し、その勢いが頂点に達したところで床を蹴り、跳躍する。


 ガゴゴッ!といういい音が響き、石壁に人一人分ほどの大きさの穴が空く。迷わず飛び込むサイと、それに続くマナコ。マナコの普段の運動神経では彼女の全力疾走について行くことなどう可能だが、『左眼』を開いた今ならそれは可能だ。

 ―― 尤も、マナコ自身、自分の運動能力が上がる理屈を理解はしていないのだが。


 「う、うううわわわわわ、あ、ああ、ああぁ…」

 「な、なん、ぐ、ぎゃあああ、ああああああ!!!」

 「ひっ、ひ、ひいぃっ、い、いいい!!!」


 後ろから次々と上がる悲鳴を意識から排除し、全力で壁の向こうを抜けた廊下を駆け抜ける。


 「な、なんだ貴様らあぐあッ!!!」

 「ひ、だ、誰かあげッ!!!」


 廊下を曲がったところで出くわした二人の男は、まともな会話をする事も出来ずに一瞬でサイに叩きのめされる。走る速度を利用した掌底と流れるような回し蹴りは、意識を刈り取るには十分だった様で、倒れた二人はそのまま動かなくなる。


 「おい、いいのかよ!?」

 「ヤバイの!早くこっから逃げるのよ!」


 あまりの容赦なさにマナコが若干慄くが、倒した張本人は全く容赦なく、足も止めずに怒鳴り返す。


 「さっきの奴らの服装見たでしょ!見たこと無いものだった!ここは私達のいたとことは違う、異世界なの!んで、召喚された先にかわいい女の子が待ってくれてるんじゃ無く、悪の組織か何かが私達を何かの理由で狂わそうとしてる!」


 あのたった一瞬でそこまで、とマナコは息を呑むが、サイの推測はそれだけでは留まらない。


 「それなら、今は逃げるべき!もっと情報を得て、態勢を立て直すべきなの!!!いい!?」

 「え、あ……」

 「返事!!!」

 「は、はい!」


 半ば強引に納得されたマナコだが、サイの推測は率直に言ってかなりの精度だった。


 それを、認めた。


 「あらあら…。すごい音がしたから来てみましたが…。随分賢いのね、お嬢さん?」


 廊下の向こうに立つ、一人の女が。


 一言で言うなら、まさしく『女王』。漆黒の髪が緩やかに波打ち、床まで届こうかという所まで伸びている。同じく長めの前髪から覗く目は妖しく輝く闇の色。女性らしい体つきとそれを強調するかのように胸襟の大きく開いたドレスと、白銀のショール。美しさの中に秘めた妖艶さが、『魔女』の雰囲気を醸し出す。薔薇のように鮮やかな紅の唇が、唄うように言葉を紡ぐ。


 「それに随分とお強いようだけれど…。出来れば大人しくしておいてくださらない?」

 「断るッ!!!」

 「あらあら。悪いようにはしませんよ?」

 「嘘だッ!!!」


 甘い誘いを声を荒げて否定する。直感的に感じ取ったのだろう。彼女の危険さを。重ねて言うが、彼女の第六感には脱帽するしかない。

 勧誘、いや、誘惑が無理と判断するや、サイからすぐに目をそらし、そのままもう一人の男 ―― マナコを見つめる。魔女の瞳が、嗤うように顰められる。


 「お兄さんは、どう?私達と一緒に、来ない?」

 「……。」

 「あら?怖がらせてしまったかしら?ごめんなさいね?」

 「……あ、あ……。」


 マナコは、返事をすることすら出来なかった。

 魔女の美しさに見惚れていたから、では無い。


 彼は、見えていたから。


 彼女の全身から、出ているものが。


 あのヘビのような。

 妖気、と言われるのがしっくりくるような、帯状の揺らぎが、無数に伸びているのが。

 その半分ほどは、別の通路に向かって伸びている。恐らく先のような部屋につながって、そこで人を狂わせているのだろう。


 そして残りの半分。

 魔女の周りで揺らめいているヘビ達は。


 ―――俺達を、狙っている。


 「あらあら…。おばさん困ってしまいます。大丈夫ですか?」

 「ナコに気安く話しかけるなッ!!!」


 サイが鋭く叫ぶ。

 と同時に、魔女に向かって弾丸のように飛びかかる。


 「ッ!!!」

 「女王には、指一本触れさせない。」


 突然割り込んだ影が放った一撃が、サイを吹き飛ばす。かろうじてガードは間に合ったようだが、交差した両腕の、突かれた部分に ―― 焦げ跡。


 影がのっそりと起き上がる。

 ―― 赤。その一言に尽きる男。燃えるように逆立った真っ赤な髪に、無表情な燈赤色の瞳。世界史の教科書や映画で見るような鎧も、ルビーのような赤い輝きを基調としている。


 「さ、サイ…。」


 狼狽のまま話しかけるマナコに、サイが唇を動かさずに呟くように諭す。


 「ナコ。よく聞いて。今から二人で突っ込む。私の二歩分後ろを全力で走って。私があの赤男と交錯した瞬間に、私の背中を駆けあがって、跳んで。」

 「な、何言って……。」

 「そしたら私は、二人を全力で引きつける。ナコの方には目線も向けさせない。だからそのまま、全力で走って逃げて。いい?」

 「いいわけあるかバカ!何考えてんだおま」

 「≪私に逆らわない≫。いい?私が負けるとでも思ってんの?それこそ馬鹿よ。」

 「でも、」

 「ナコは、私が守るから。」


 言葉に詰まる。強い決意と、有無を言わさない意思を秘めた瞳。二人の視線がほんの一瞬だけ、真っ直ぐに見つめ合う。

 不意に涙がこみ上げてくる。

 今生の別れ、という言葉が、不意に二人の心をよぎる。


 その予感を振り払うように、マナコが口を開く。


 「……絶対、助けに来るから。お前が狂っても、どうなってても、絶対、助けに、来るから。強くなって、今度はお前を、俺が、俺が守るから。」


 声が震えていたのは、二人とも気付いていただろう。

 マナコの瞳が濡れていたのも。


 それでも。


 それでも。


 「うん。まってる。」


 サイは、嬉しそうに笑った。

 多才な神童少女でも、傍若無人の女王でもなく、一人の、女の子として。


 サイはすぐに表情を引き締め、向こうに見えない角度で指を三本立てる。


 三―――


 二―――


 一―――


 再び弾丸のように駆け出したサイ。

 赤の男との交錯直前に急停止し、相手の掌底を左手で払い、必殺の正拳突きを放つ。

 元の世界では防御不可能と言われたその拳を、男はかろうじて、しかし確実に手の平で受け止める。


 そして。


 その一瞬の交錯の間に。


 一足で跳躍してサイの肩まで跳びあがり。


 二足でそれを蹴って三人を飛び越え。


 着地と同時に全力で通路を駆け抜ける。


 「アアアアアアアッッッ!!!!!」


 サイの裂帛の気合を込めた咆哮が轟く。

 だが、赤い男と黒の女王の悲鳴は聞こえない。慌てた声さえ聞こえない。


 代わりに聞こえたのは。


 「あら。逃がしませんよ?」


 唄う様な妖艶な声。

 弾かれたように後ろを振り返る。


 と同時に、襲いかかってきた不可視の、ただし『左眼』で捉えた四匹のヘビを転がるようにしてかわす。さらに襲いかかるそれらを必死でかわし、それでも足を止めずに外を目指して駆抜ける。


 「う、うおおおおおおッッッ!!!」


 マナコは知らずに、叫んでいた。

 それは、襲い来る怪物への怖れか、魔女への恐慌か。


 それとも。


 サイを助けられない自分への苛立ちだったのか。


 それは、本人にしか分からない。いや、本人にさえも、分からないのかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 倒れていた。

 何が起こったのか分からなかった。

 とにかく、走って、走って、転がって、逃げた。


 いつの間にか外に出ていて、城 ―― 文字通り城が小さく見えていた。


 「は、ははは……。」


 力無く笑った。

 だってそうだろ?普通に生きてて、普通に下校してただけだろ?なんでこんな事になってんだよ?どうにもならないと、人間ただ笑いが出るものなのなのかもしれない。


 「は、ははは……。」


 寝転がったまま、空を見上げる。どうやら夜らしい、満天の星空、ってやつだった。辺りは広い平原、城の他には灯りの一つすら見当たらないだけあって、本当に星がきれいだった。

 ただ残念なのは、その中に見知った星座がひとつもなかったこと。


 ―――ああ。ここは、本当に異世界なのかよ…。


 ああ。溜息しか出ねえよな…。まあ、来ちまったもんはしょうがない、のかもしれない。


 だが。


 「≪どんな時でも打開策を探せ≫ってのが、スパルタ幼馴染の洗脳方針だしな。」


 ぼそりと呟く。


 そして。


 もうひとつ。


 「サイを助け出す、って。宣言したからなぁ!」


 高らかに宣言する。


 めんどくさい、やってらんねえ、くだらねえ。

 心によぎった無限の言葉を黙殺する。


 そうだ。

 ≪約束は守る≫。これも言われてたしな。


 疲労困憊の体に鞭打って、俺は立ち上がった。


 生きるため。

 そして、約束を、果たすために。


 そうやって、俺の異世界生活は始まったのだった。


 二話、連続投稿。ほんとはもう一話同時の予定だったのですが、作者のトロさゆえにできませんでした。

 さて、感想の長さに定評のあるこのKT。

 ヘタレストでも書いたのですが、始まりのボーイミーツガールをどうするか。今回は、召喚された先から逃げ出す、という形をとってみました。やっぱり王道は召喚してくれた美少女とお知り合いに、なので、そこからあえてずらしてみましたが…。どうでしょう?

 しばらくはのんびり投稿していけると思いますのでよろしくです~。

 ご意見、ご感想、ご指摘お待ちしています!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ