第二話
この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。
「……全く貴様は…。」
「なっ、ばっ、俺だって好きでこんなことやってんじゃねーよっ!!!」
「ふむ?余の体にこれほどにも触れておりながら不本意と申すのかえ?」
「ちょっとグリンさんっ!!!」
好きでこんなことやってんじゃねーよっ!!!何度でも言うよちくしょう。
まあ、とりあえず現状を報告せねばなるまい。
草原を駆ける、三つの騎馬の影。戦闘を駆ける馬を操るのは、エンラ。憎らしい事に片手で軽々と手綱を操り、もう片方の手では地図とコンパスを見ながら進路を取っていやがる。本人曰く「…片手で操れんと騎馬兵としての戦闘ができんだろう」らしい。その後ろに追随していくのは、エスナ。エンラのような変態的 (俺的に)な騎乗とはいかずとも、危なげなく馬を乗りこなして、さらにはちらちらとこちらを振り返っている。いや、前向けよあぶねーし。しんがりを務めるのは、正確に言やー騎馬じゃない。グリンの駆る大狼グレンが、馬にも負けないほどの速度で疾走している。上下動は馬よりもかなり激しいものの、流石に慣れたもので簡単に乗りこなしている。
そして。
騎馬の影が三つしかないということは、俺は。
「ホレ、もっとしっかりと掴まらぬか。振り落とされてしまうぞえ?」
「……わざと言ってんだろロ……いや、グリン。」
「なに、いつも余を無礼に呼ぶ返礼よ。ふふっ、かように余の体を堪能する機会も稀ゆえ、良く味わうがよい!」
……好き放題言いやがっているこのロリガキの後ろに揺られながら座っていた。
所謂、ニケツの状態で。
にやにや笑ってやがる (後ろに座る俺には見えんが絶対そうだ)ロリガキは憎らしいが、ここで文句の一つでも言おうもんなら即座に振り落とされるだろし、命を駆けて反論するほど俺は阿呆では無い。ちらちらこちらをみるエスナの視線が痛い、痛すぎる。
「……この年の戦士が、軍馬はおろか移動用の馬にも乗れんとは…。」
「うるせー!こっちと違って馬なんか乗らねーんだよ!ましてや戦士でもねえ!」
原付だったら乗れるんだよ、俺は!
湖から数日進んだ後、森林地帯を抜けたところにあった貸し馬屋 (仮名)で馬に乗って、一路北を目指した。半日もすれば見える、と言われて、数時間。
漆黒の眼帯を外した、俺の見えすぎる『左眼』は、彼方に聳え立つ城を既に捕えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
聖都グロヴ・サファイア。『神学と慈愛の国』と称される大陸最北端のこの国は、霊峰テロラを頂く山岳地帯近くに造られた宗教国家である。元々は諸々の理由にて迫害されたモノたちが集まり、神を祀って造った小さな国家だったが、建国から月日がたつにつれてその神殿は巨大で荘厳なモノとなって、今では四大陸でも最大規模の人口と、最高と評される神殿をもった「聖都」にまで発展している。
そして何より、この国家には、四色世界最高の『医療部隊』が存在している。人体に対する高い知識や『治癒』の異能によって成り立つこの部隊は、竜族の討伐隊や戦争負傷者の治療などに引っ張りだこである。これこそが、マナコがここを訪れた真の理由である。
―――まあ、あなたの幼馴染さんに何か異常が起こっているのであれば、治療法を用意してから向かうべきでしょう。エスナさんのいい勉強にもなるとか思いますし。
(ま、半魚人の言う事も一理あるしな。)
軍事的に協力を依頼するだけならほかにもいろいろな国があるが、彼の目的は別に敵の国を滅ぼすことではないのだから、これが最善手。街を発つ際にブルーが教えてくれた内容は、たしかにマナコの意図をこの上なく汲んでくれているのだが、完全に思考を読まれているのが気に食わないのか、素直に礼を言う気にはならなかった。
「……とりあえず、到着したら俺の方から国王の方に提言を行う。…三人は適当に街でもぶらついていてくれ。」
「なんでオメーが隊長みたいになってんだ?」
「……貴様が代わるなら代わってもいいが。」
「なんでもねーよ、頑張れよ。」
前から聞こえる「めんどくさがりな奴よの。」の呟きを黙殺し、溜息をつく。マナコにだってその自覚はあるのだが、人間自覚していることを指摘されるとえてして苛立つものである。
「街の人たちにも色々聞き込みをしてみましょう!もしかしたら何か分かることがあるかもしれませんし!」
「おーエスナ、がんばってなー。」
「マナコさんも手伝うんですよ!」
「…えー…。」
「かっはっは!若いうちの苦労は買ってでもしておくものじゃ。のう、マナ?」
「グリンさんもです!密かに自分だけ逃げようとしないでください!」
いつの間にか横に来ていたエスナが、いつもより若干テンション高めにマナコとグリンを説得 (?)する。まだ怒ってんのかな、いや誤解は分かってもらえた (はず)だし…などとらしくなくマナコは悩んだりもしていたのだが、別にこれは「少しでも皆の役に立ちたい」という彼女の純粋な熱意の表れである。彼が思うよりエスナはずっと人間が出来ているのだった。
「……貴様。『左眼』で先を視てくれ。恐らく数名の部隊を迎えに出してくれているはずだ。この距離なら探しやすいだろう。」
三人の寸劇を完全に無視してのエンラの指示にしたがって、マナコがゆっくりと眼帯を外す。別にこれ以上話したところで自分が聞き込みから逃れられはしないと諦めたからではない。
『異能』の力によるその危険な輝きが、真っ直ぐに前を見つめる。ちなみに、エスナがちょっと顔を赤くして身を縮こまらせたのは、見ないふりをする。間違っても左眼は向けない。
「ああ。んー、多分アレか、数人が城壁の外に出てきているのが見えるな。向こうは、なんか、馬車みたいだぞ。このままいけばあと30分、ってとこ。」
双眼鏡、というものがまだ存在しないこの世界において彼の左眼は意外と便利だ。
当然、使う機会も多く、マナコ本人もここ数日の間どんどん使用頻度が上がってきているのを感じてはいる。だが、数秒使う程度なら疲労も無いため、その事を気にかけてはいなかった。
だから。
「……っ?」
「?どうかしましたか?マナコさん?」
「いや、なんでもね。」
ほんの少しの違和感には気付いていながら。
それが左眼のせいだとまでは考えつくことができなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一瞬、だった。
街に向かう途中の、ほんの一瞬。
突然走った、左眼の灼け付くような激痛。
同時に脳内に直接響く、なにかの絶叫。
―――コロセ。
―――オレニハ…オマエニハソノチカラガアル。
眼帯の下の、左眼が疼く。いや、嗤う。
操られるかのように、右手が持ち上がる。
「マナコさん、どうしたんですか?」
こちらを振り返って、不思議そうに小首をかしげるエスナの顔が、妙に遠くに見える。ヤバイ。何かが、何かが起こっている。ヤバイ。でも、俺の体は動かない。いや、動いているのに、俺の意思とは違うようにしか動かない。
いや。
これも、俺の意思なのか…?
右手が、乱暴に眼帯を毟り取る。
解放された『左眼』に呼応するように、頭に響くノイズが一層激しくなる。同時に、目の前の景色が、フィルターをかけたように変化する。エスナの、グリンの、話している男の、道を歩く女の体に宿る白い光……『魂』の光が見える。
その光が、やけに目に痛い。
―――コワセヨ。
なぜ?理由がない。いや、違う。そんなの、理由があっても許されない。許されない?誰に許してもらうんだ?いや、許されれば、していいのか?いや、いや、いや……
―――ドウグダッテアル!
眼帯を投げ捨てた右手が、ポケットを探りだす。ポケットの中で鞘を抜き、そのままゆっくりと目元まで持ち上げる。ああ、いつ見てもいい輝きだ。
そこでようやく周りの『魂』達が、異常に気付き始めたようだった。気付いてくれ、と叫ばないと。このままじゃヤバイ、助けを呼ばないと。そう喚く俺の傍らで、もう遅い、と嘲笑う俺がいる。
―――サア、イケ!
俺が動かされる直前、真っ先に動いた影は、グレン。流石は狼、野生の本能というか、真っ先に危険を感じたのだろう、霞むほどの速さで俺に向かって突進してくる。英断だ。そっちから来なければ、こっちから向かっていただろうな。
だが、視えてるぜ。
牛ほどもある巨大な狼の動きが、まるでスローモーションのようにはっきりと見える。いや、それだけでなく、目が最高性能の魚眼レンズにでもなったみたいに、驚いた顔のグリンや悲鳴を上げた口の形をしたエスナ、慌てて逃げようとする通行人の一人一人まで、全部が見える。
刹那、景色が変わる。『左眼』のフィルターが変わったのだろう。
周囲の景色は普段の視力のそれだが、向かってくるグレンの牙や爪先が、薄い紅色に光っている。今の俺には分かる。アレは、危険なトコロだ。アレを避ければいい。一番強い光を放つ、右の爪。恐らく人間をぼろ屑のように引き裂くだろうその一撃だったが、これだけ視えていれば避けるのは造作も無い。
次の攻撃を狼が放つ前に、逆手に持ったナイフを振るう。直後フィルターが切り替わり、狼の体に無数のラインが浮かび上がる。これを断ち切るようにナイフを突き刺せば、終わりだ。
特に濃いラインの走る脇腹に、ナイフを根元まで突き入れた。
まずは一匹。
……?
狼が悲鳴をあげながら、突っ込んできた勢いのまま向こうの壁に激突する。だが、動かなくなるはずのその体は、首を捩って恨めしげに此方を睨みつける。
……何故生きてやがる。
舌打ちしながら自分の獲物を視ると、答えがそこにあった。また切り替わった視界に映るのは、ナイフを取り巻く白い光。それが、右腕をまるで締め付けるように取り巻いている。コイツが狙いを狂わしたせいか。
………じゃまを
―――スルナ。
一睨みすると、光はまるで怯えたようにナイフの刃の方へと引っ込んでいった。そうだ、それでいい。武器は武器らしく、ただ持ち主の意に従えばいい。左から飛んできた何かを、ナイフで弾き飛ばす。よし、今度は『視た』通りの軌道だ。
―――コロセ。マダ、ヒトリモコロシテイナイ。
そうだ。まだ、一人も、殺していない。
ほら見ろ、騒ぎを聞きつけた兵隊どもが群がってきている。これなら不自由しないじゃないか。まずは先頭にいるあの男からか…。
既に俺は、その男の顔さえ判別できなくなっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「グレンっ!!!」
何が起こったのか、エスナにはさっぱり分からなかった。
突然くぐもった声を上げたマナコを気遣って振り返ると、彼は乱暴に眼帯を外していた。
直後、前触れなくナイフを抜き取ったマナコに、グレンが飛び掛かったのだ。
グレンの体は、大きい。体当たりだけでも半端な猪を圧倒するだろうし、牙と爪の鋭さは一級の刀剣に勝るとも劣らない。しかし彼は自分のその力を良く理解しており、グリンの指令なしに動きはしない、はずだ。
そのグレンが。
慌てて止めようとするグリンを振り切り、一気にマナコに飛び掛かる。
「マナコさんっ!!!」
悲鳴を上げたエスナの顔が、直後に硬直する。
風のように飛び掛かったグレンの爪を、紙一重で避けたマナコが、無造作にその横腹にナイフを突き立てたのだ。一寸の躊躇も無くそれを引き抜く。急所を貫かれたグレンが苦悶の声を上げ、壁に激突する。
「き、きゃああああっ!!!」
通行人から悲鳴が上がると同時に、
「エスナっ!!!」
「はいっ!!!」
二人が一斉に動き出す。グリンが背中の弓を引き抜き、一瞬で矢を番える。その先は、マナコを油断なく捉えている…が、その顔は真っ青だ。パートナーのグレンが一瞬で倒される…いや、一歩間違わなければ殺されるのを見て、震えるなと言うほうが無理な話だ。
エスナはマナコの視界から隠れるようにして、倒されたグレンの元へと駆け寄り、その体に両手をかざす。白い光が宿り、彼女の異能『治癒』が発動する。
「大丈夫です、ギリギリで急所は外れてます!!!」
震える声を抑えて必死で叫び、傷口を塞ぎながら『治癒』を放ち続ける。
「……じゃまを…」
マナコの…いや、彼であって、彼で無い、何者かの声が低く響く。
強烈な殺気を感じると同時に、グリンが番えた矢を放つ。だが、
「……っ、だめじゃっ!!!」
かなりの速さで放たれたそれを、マナコはナイフで弾き飛ばした。あのグレンの突進さえ避けたのだ。ただの弓矢ごときで太刀打ちできる相手では無い。ましてや、護身程度の四色魔法しか使えないエスナなど、論外だ。だから。
「マナコさんっ!どうしたんですか、マナコさんっ!!!」
叫ぶ。何が起こったのか、あるいは何が起こっているのかは分からない。ただ、マナコはそんな事をするような人間では無い。だから、何かが起こっているのは、確かなのだ。彼の正気を戻させれば。
だが、彼はまるで耳を貸さない。まるで視覚以外の機能が無いかのように、眼だけを…『左眼』だけを、嗤うように巡らす。
「マナコさんっ!!!」
「伏せろエスナっ、グリンっ!!!」
再度の叫び声を、野太い男の声が遮った。
反射的に狼を庇うように顔を伏せたエスナの横を、灼熱の炎が駆け抜けた。
「エンラさんっ!!!マナコさんが、マナコさんがっ!!!」
「話は後、アイツを正気に戻してからだっ!」
極大の火炎放射を放った後も、連続の火球を次々と放ちながら、通りの向こうからエンラが走ってきている。マナコには届かなかったが、彼女の叫びでは無駄ではなかったのだろう、他の警備の兵士たちも集まってきているようだ。
「相手は異能者、接近戦の専門だ、遠距離からの射撃で仕留めるっ!」
「エンラさん、仕留めるって、マナコさんはっ!」
「分かってる、アイツは遠距離射撃なんかじゃ死なない!正気になるまでの足止めだ!」
涙声で叫ぶエスナを押しとどめ、エンラが魔法を紡ぐ。グリンや集まった警備兵も、次々と得意の攻撃を放って押しとどめる。だが、その全てが軽々と右手のナイフに消し飛ばされていく。まるで攻撃がどこにどう来るのか、「視え」ているかのような動き。
だめだ、時間稼ぎにしかならない…
爆音と喧噪のなかでエスナがそんなことを考えた時、とうとうマナコが動いた。
「っ!!!」
一瞬の隙をついて猛然と突進したマナコが、兵隊の一団に斬りかかる。
エンラの指示も、グリンの射撃も、エスナの悲鳴も届かぬまま。
―――なんや、たのしそーなことしとるのー!
突如空から降ってきた男が、マナコと交錯した。
日常パートが上手く書けない理由が、ついに判明しました。
俺、普段まともな日常会話してねえっ!経験値不足だっ!
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