第二章 第一話
この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。
「おおおっ!!!」
「はぁっ!!!」
咆哮を上げて交錯する二人の男。一人の右手には、赤々と燃える炎の渦、一人の右手には鋭い魔鉱の輝きを放つ小ぶりなナイフが握られている。
「くっ!?」
「うおおっ!?」
一瞬の交錯の間に三つに分裂して襲いかかってきた炎を、ナイフがあやまたず的確に分断し、消滅させていく。常識では普通はナイフで切ったくらいでは炎が消失する事はないのだが、この世界……『四色』では、彼の操る『魔鉱』の刃は、魔法でもたらされるあらゆるモノを破壊する、というかなりの高性能を誇る。
炎を操る青年……大柄で、普段から鍛錬を怠らない彼の性格が良く表れている立派な体格をした男の名は、エンラ。まだ実施研修中の学生という身ではあるが、操る炎の魔法も、全身動作を補佐する風の魔法もそんな未熟さを感じさせない洗練されたものだ。交錯の後も油断なく構え、相手に隙を見せない。
一方、ナイフを振るう青年の名は、マナコ。体格的にも動作的にもエンラに比べればどうにも貧弱だが、唯一……『左眼』だけは、異常なまでの存在感と威圧感を放っている。赤黒く濁った白目に、凄惨な輝きを放つ異常な色の虹彩、危険に見開かれた瞳孔……どれをとってもまごう事無い危険人物の眼が、彼の印象から「弱弱しさ」を消し去っている。ただ、その動きはどこかぎこちなく、今もまるでナイフに振り回されているような感じに見える。
「てめえ、いきなり分裂なんかさせんじゃねえよ!『視て』無かったら丸焦げだぞっ!」
「模擬戦闘だ、意表をつくのは当然。貴様はもっと『四色魔法』に馴染むべきだ。」
「反省してねえなコイツ…。」
「…貴様こそ、ナイフは峰打ちでは無かったのか?さっきは刃の方で切りかかっていたろう?」
ぎゃあぎゃあと喧しく喚きながら (もっとも喚いていたのはマナコで、エンラは相変わらず冷静な声で罵るだけなのだが)、二度、三度…と二人が交錯する。その動きは、普通の人の限界の向こう側のスピードに達しつつある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二人がいるのは、とある森林地帯…の、湖畔にほど近い、少々広さのある、開けた場所。日も傾き始めるこの時間、普段の移動のペースからすればやや早めではあるがここをキャンプと定めて、いつも通りの「模擬戦」を行っているのだ。普段から訓練を欠かさないストイックなエンラと、幼き日の幼馴染の地獄の特訓の反動か、ぐうたらしたくてしょうがないマナコの二人の訓練は、同行者をして「足して二つに分ければ丁度いいのじゃから、よくバランスがとれとるようじゃの。」と評されている。
そこそこに急ぐ旅ではあるものの、ここで早くに休憩を取るのはとりあえずの理由がある。同行者の二人が、女性なのだ。既にバリアイーストの街を出て一週間を超えている。そろそろ身体をゆっくり洗いたいと考えるのは、年頃の女性であればまあ当然の欲求だろう。そんな二人 (正確にはその内の一人とその相方たる一匹)の圧力に、移動を主張したマナコはあっさりと屈して。降って湧いた「模擬戦闘」に不満と怒りをぶつける形になっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅぃ~…。もう動けねえ…。」
「……。」
「なんか言えよちくしょー。」
無言。ふふん、どうせ疲れ果てて喋れねーんだろ、俺はまだ喋る気力はあるぜ……はは、強がるのがなんか空しくなるな。
ともあれ、反応しない相手に永遠と話しかけ続けてもしょうがない。世の中には人形を渡したら永遠と自分のことをしゃべり続けるという、怪人ヨッパライなる人種もいるらしいが、俺はそんなものではない。横に倒れた男の横顔を見限り、首を真正面に向ける…すなわち、空を見上げる。木々の隙間から映る空は青く澄み、所々にはまるで綿飴みてーな雲が浮かぶ。
「はぁ~……。」
もうお分かりだろうが、正面向いたら空が見える、っつーことは俺は今仰向けに寝転がっていた。もっと正しく言うなら、大の字にぶっ倒れていた。三十分を超える時間の『左眼』の使用の反動だ。…まぁ、これでも以前から比べたら、かなり体が鍛えられている…いや、寧ろ、どっかがイカれてきてるんだろう。
人間とは一線を画する化物の力を、当たり前の様に使える存在に。
「……なぁ。」
「なんだ。」
ちょっと青空の中でブルーになりかけた思考を、隣から響く低い声が引きとめる。
脊椎反射で答え
「もう貴様と訓練し始めて随分経つが、やはり理解出来ん。貴様のその眼には、いったい何が見えているのだ?」
られない様な質問をしやがるなクソ。
正直、良く聞く質問だし、幼馴染にも聞かれたことがある。いつもはめんどくさい事極まりないのでテキトーにはぐらかしてるんだが、今回はそうもいかないだろう。
ただまあ、正直、やりずらい。
―――一番分かりやすく言うなら、デジカメのモード変更をイメージしてもらえばいいかなー。暗視、サーモグラフィー、反転、白黒、様々なモードにレンズが切り替えられるみてーに、俺の『左眼』も変なモノが見えたり見えなかったりする。ある時は遥か彼方がまるで望遠鏡みたいに見えたりするし、俺にしか見えない、所謂ユーレイが見えたりもすんだよ。
これが幼馴染にした説明なんだが。
(こいつら、デジカメなんて言っても分かんねえよなあ…。)
いや、デジカメはおろか銀板写真もない世界でどーやって説明しろと。
「……言いたくない気持ちは、分からんではない。だが、これから先共に過ごす上で、お互いの能力を知らないことは、良くないだろう。」
いや、別にこんな剣と魔法のファンタジーの世界でなら邪気眼の一つや二つばらすことには抵抗ない。どうやって言おうか考えてんだ。
「『異能』に関してなら、俺は全く抵抗はない。寧ろ異能者に敬意を持っている、といっていい。」
それもまあ、わりかしどうでもいい。ちょっとしみじみ嫌な気分になるくらいだ。いや、元の世界なら化物扱いだろうが、ここならねえ。テメーは人の心中を察するのが下手だな。
「……。」
「…あー、まあ、色々と見えんだよ。まあ、自分の思うように見えることばっかりじゃあ無いんで使いにくいがな。他の奴に見えるモンも、見えないモンも。まあ説明しやすいのは、スッゲー遠くが見える遠視とか、なんとなく木々の向こうが見える透視とかか。」
ちなみに、自分の意思でこのモード切り替えは出来ないから、テストでのカンニング無双は不可だ。いや、やろうと思ったことはねえよ?ほんとに。
「……ほう。」
「あとはまあ、見えないモンは、説明しにくいな。なんつーか、えっと、ここでは『魂』?って言うのか?あれはなんか、真っ白い霧…の塊、みたいに見える。で、それに色が付いたりしてうねうねと形変えて…とかまあ、あんまり見えても気持ちいいもんじゃねーし、無理してみるのは身体の負荷的に割にあわねーよ。この眼ならすげーモン見れると思ってたんなら、わりーが期待はずれだなー…。」
なんともまあ、あいまいな台詞だ。
でも、こんなもんだろ。他の…例えば、そう、『灼熱地獄』とかいう奴と戦った時とかのは、説明したってどうなるもんでもねえ。
これで終わりだとばかりに、ごろりと寝がえりを打ってエンラから顔を逸らす。
流石の心中不読男もこれは分かってくれたらしく、特に声はかけられなかった。
エンラ、は。
「ほほぅ?何を話しておるのかと思えば。」
代わりに声をかけてきやがったのは、ロリガキ。
俺の胸までしかない童顔のガキが、牛ほどもあろうかという大狼、グレンを従えて闊歩する姿は何ともアンバランスで何度見ても慣れない。もの○け姫も吃驚だ。
湖での湯浴みは随分いい気分だったのか、ほかほかと湯気を纏いながら (この世界では魔法で水を一部一時的に温めるのは簡単らしい。『発熱系』、というそうだ。)歩いてくるグリンは、薄着のまま豊かなライムグリーンの髪を無造作にタオルでぬぐっている。その表情には、何故かニヤニヤ笑い。口元の八重歯が、妖しく光る。
あ、なんかやな予感。
「ふむ。普段は気にもかけぬが、やはり主らも若人よの。余は然程気にせぬ故、不問に処すが、以後は留意しておくが良い。ふふん、そして…。」
いっそう笑いが深まる。なんだなんだ、俺が何をした。
「…エスナは、何と言うかのぅ?ふふっ。」
言葉と同時に、ロリガキの (正確にはその従えたグレン)の横に、一人の少女が進み出る。
湯上りでもきちんと夜用の旅衣を身にまとい、手には1メートルほどの杖を持つ少女は、エスナ。小柄な体 (それでもグリンよりは高いのだが)によく似合うそのピンク色の髪は、久しぶりに洗ったせいかいつもよりもきれいに見える。
だが、その下に見えるいつもは下がった目尻が、なぜかつりあがっている。普段は慈しみの光を湛えた瞳が、今はやけに冷たい。何と言うか、アレだ、はは、汚いものを視るような目。
気のせいか、顔も若干赤い。
(湯上りだ、きっとそうだ、そうにちがいない!)
思考が、なんか自分でもしらじらしい。
その唇が、ゆっくりと動き。
「……エッチ。」
…。
「……俺が何をしたよっ!!!?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少し話は遡る。
「あ゛あ゛~。いい湯よのぅ。」
ゆっくりと肩まで泉につかり、その童女のような外見に似合わない声を上げるのは、グリン。手ぬぐいサイズの布で頬を拭う姿が、知る人が見ればどう見てもオヤヂのそれである事は言うまでも無い。
「この湯の快感だけで暫く生きて行ける様な気さえしおる。感謝しとるぞよ?エスナ。」
そう言ってにっこりとほほ笑む、その先で、
「い、いえ、そんな!全然、大したことじゃ、エンラさんならもっと上手でしょうし、」
「いやいや。女子でなければ共に湯浴みが出来まい?エスナじゃからこそ、じゃ。」
ぱたぱたと謙遜するのは、エスナ。こちらは髪が痛まない様に手ぬぐいは頭に巻いているが、頬がほんのりと染まっているのは、湯のせいだけではないだろう。
「お主は、『異能』を使う者でありながら、四色魔法も使えるのじゃの。」
「ええ。珍しいタイプらしいですけど、見た事無い、って程じゃないらしいですよ。確率で言うなら異世界人のグリンさんや、『先祖転換』のタイチョ…じゃ無かった、ブルーさんの方がよっぽど珍しいし。」
「かっはっはっ!!!隊長も今頃苦労しておるじゃろうの!特殊遊撃小隊の3人をマナに引き抜かれた形なんじゃからの!」
「ですよね…。でも、バリアイーストの街はきっと大丈夫ですよ。ブルーさんご本人は残ってらっしゃいますし、プレジド翁様も現場に戻られたそうです。他の皆さんもきっと頑張ってくださってます。」
豪快に笑うグリンと、しみじみと遠くを見つめるエスナ。
現在旅しているのは、エスナ、グリン、エンラ、そしてマナコの四人。今回の「異世界人大量召喚事件」の件を知らせるためという名目での旅である以上、自衛団の三人にとっては立派な任務であり、断じてサボりではない。
ただ、それでも自警団一の殲滅力・突破力を持つ剣としての部隊の全員が街を離れるわけにもいかず、隊長であるブルーが残ることになったのだ。本人曰く「なんで左目の君のカノジョを助けるための旅に私が?」だそうだ。
そんなこんなで、二人の覚悟していた形とは少々違うものの、予想通り街を離れることになったのだ。
(まぁ、余とは違い、エスナは物心ついた頃からあの街暮らしなのじゃ。感慨深くもあろうのぅ……。)
遠い目のまま固まってしまったエスナを、一笑いしたグリンがちらりと見やる。その横顔を、見た目に反した慈しみの眼差しでみつめる。
「さて、と余はそろそろ上がるとするかの。」
「え?あっ、わ、私も上がりますよ!」
思い出を邪魔せぬよう先に失礼しようとしたのだが、グリンのそういった思い遣りを受け取るにはエスナは周囲に気を遣いすぎる娘であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふう…ん?」
「ん?さっきまで叫んでたのに、二人とも静かですね?」
夜着を身にまといながら、エスナがふと尋ねる。
入浴中は五月蠅いくらいに聞こえていた二人…マナコとエンラの模擬戦闘の声がぱったりとやんでいた。もう終了してしまったのか…
―――貴様のその眼には、いったい何が見えているのだ?
「!」
「!」
突然聞こえてきた声に、思わず二人が息をのむ。
同時にグリンがニヤリと笑い、立てた人差し指を口元に持っていく。静かに、のサイン。
(い、いやいや!盗み聞きなんて良くないですよ!)
(ひひっ、そんな事言っても、そなたも興味津々ではないか!)
(///っ!!!)
口だけをパクパクと動かした会話に、エスナが真っ赤になる。
確かにそうだ。旅を始めてもう一週間以上たつというのに、能力はおろかマナコの事に関しては殆ど何も知らないことに……所謂「壁を作られている」ことに、彼女は気付いている。そして、なんとかしてその壁を取り除きたいのだ。
ちなみに、エスナがそんな思いを抱いていることなど、グリンからは一目瞭然だったのだが。
口ごもったエスナを置き去りに、エンラの声にこたえるマナコの声。が、思ったよりも聞きとりにくい。ぼそぼそと喋っているせいか、断片的にしか聞こえないのだ。
―――…まあ、色々と見えんだよ。……見えないモンも……説明しやすい……遠くが見える…とか…木の向こうが見える…とか……
ピタッと、二人の動きが止まる。
断片的な言葉。
見えない者が見える。遠く。木の向こう。
この時、木の向こう、が差すのは。
(ほぅ。)
(///っ!!!?)
グリンが実年齢相当にニヤリと笑い、エスナが一気にゆでダコの様に真っ赤になる。
(ふうむ、やはりあやつも男よのぅ…。)
(そ、そんな、マナコさんがそんなことするわけ、)
―――…まあ、あんまり見えても気持ちいいもんじゃ……無理してみるのは………割にあわねー……すげー…思ってたん……期待はずれだなー……
断片的に聞こえてきた声が、エスナの顔からスイッチが切るように表情を吹き飛ばした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とまあ、そんな一幕をはさみながら、四人は……正確には四人と一匹は旅を続けていた。
目指す先は、北。
第二章、突入です。
更新が遅くなって、心配してくださった方 (もしいれば)、申し訳ありませんでした。自分は実家が九州なので、地震に関しては特に被害はありませんでしたが、他人ごとではない状況です。一刻も早い復興と、皆さんの無事をお祈りしています。
さて、ここから第二章突入です。こっちはほのぼの→シリアスでいこうかと。更新ペースは以前と同じペース…で、いければいいな。頑張ります。
ご評価、ご意見、ご感想等お待ちしています。