第十四話
この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。
「ここまでだ。」
現れた、真紅の男。
鎧も髪も、眼さえも赤に染め上げ、炎の中に佇む。
あれは、ヤバイ。
俺の眼が、疼く。
―――見ロ。アレヲ。ミロ。
眼帯を、外せと。
熱に浮かされたように、手が勝手に『左眼』へと伸びる。
―――ソウダ、ツカエ。スベテヲ、ミトオセ。
外した左目に映る世界に。
「っ伏せろぉっ!!!」
俺は血相を変えて叫んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
周囲の火炎が蜃気楼のように空間を歪め、視覚と平衡感覚を狂わす。
『先祖転還』レベルの莫大な魔力要領を以てして初めて可能な、大規模の領域を魔力で埋め尽くして発動する、強力な『領域魔法』。
だが、それは。
『灼熱地獄』の名を持つダイヤにとっては。
単なる目くらましに過ぎなかった。
「っ伏せろぉっ!!!」
叫んだのは、マナコ。
成程、アレが『邪眼』の力か、と、ダイヤが内心で納得する。彼のあの異様な色彩を放つ『左眼』には見えていたのだろう。
赤く燃える世界の中に紛れた、『爆発系』の魔力の収束が。
流石の反応速度で、狙い定めた相手が素早く地面に、転がるように伏せた。直後、エンラの放つものと同等の規模を持つ、巨大な爆発。それも、一発では無く、連続して。
咄嗟に伏せたために直撃を受けた者はいなかった。
だが。
「きゃあっ!?」
「むうっ!」
吹き飛んだ木々が、次々と倒れ、グリンとサッチが巻き込まれる。
燃え盛る木々だ。下敷きになれば、ただでは済まない。
「っ」
「ガウッ!!!」
「はあぁっ!」
サッチに向けて飛来した巨木の破片を、ゼツが薙ぎ払いの一撃で砕く。
グリンの方は、グレンが素早く落下点から引きずり出し、火炎をエンラが青の魔法で凍らせ消止める。
しかし。
「逃げるぞっ!このままじゃいずれ焼け死ぬ!」
こんなことが何度も続けられるはずがない。
一歩間違えば、そこで即火ダルマだ。
いや、間違えば、ではない。
間違いを起こすことができなければ、生きて戻ることなど出来ない。
相手は「地獄」。ひとたび落ちれば、逃れるす術など、本来は無い。その灼熱の業火が消えるまで、止まることは無い、ロングヤード最悪と呼ばれる将軍。その男を相手に、
「いいや。」
逃走を否定するのは。
「倒せばいい。」
コートをたなびかせた、黒尽くめの男、ゼツ。
一番精神を正常に保っていた彼が、一瞬でダイヤの背後に回り込む。一対一であれば、相手の背後を取ってからの必殺の一撃。まるで未来を見通すかのようなマナコの『左眼』でさえ、回避するのが精いっぱいなそれで、必殺を狙う。が、
「っ!?」
掌底を放つ体制に入る直前、慌てて飛び退り、距離を取る。
「おいゼツ!?」
「無理だ。アレは、近づけない。」
「…っ!あの光か!?」
飛び退ったゼツの体…コートが、無残に焼け焦げていた。
あわてて敵を視るマナコの眼に映るのは、ダイヤの周囲を渦巻く赤い魔力。やはり火炎に紛れるように擬態したその光は、先程の『爆発系』とは違う。自分にしか見えないだろう、光は、『発熱系』のもの。
自分の周囲を超高温にして、敵に接近を許さない様にしているのだ。
これでは、接近戦、体術を基盤に戦う者はそもそも近づく事が出来ない。かといって、この灼熱の空間、遠距離で撃ちあったとしてもこちらの体力の消耗が遥かに速い。いやそれ以前に、あれだけの爆炎を早々何度も避けられるとは思えない。
「……逃げるぞ。」
「そうだな。否定して済まない。」
マナコの呼び掛けと、ゼツの謝罪を合図に。
一行が、全力で逃げ出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁっ、はぁっ!」
「ぐ、肺にっ、煤が…」
「グルル…!」
必死に逃げようとするが、思うように進むことができない。
当たり前だ、そこらじゅうが燃えまくっている所為でまともに呼吸できないし、倒れた木々やら燃える下草を必死に避けながらの逃走だ。
いや無理だろー!
だが、それも。
「前方左っ!今度は『熱線系』!」
「っ!」
狙われた木を、戦闘を行くゼツが薙ぎ払う。後ろから赤野郎が、俺達のすすむ先に、ガンガン邪魔な木を倒してきやがるのを防ぎながら、
「今度はエスナの足元に向けて!また熱線!」
「分かった!」
直接の攻撃をエンラが『発熱系』を宿した腕でかき消すようにはじく。
こうやってヤロー三人がかりで防御してやっとなのだ。
「ちくしょー!」
「……悪態をついても、疲労がたまるだけだぞ。」
「うるせー分かってるよ!」
ゼツの正論が耳に痛い。そりゃそうだ。
全員 ―― 少なくとも男三人は、全員が気付いていた。
……このままじゃ、全滅だ。
どうする。どうする。どーする!
あーっ!!!ちくしょー!!!
なんで答えが分かってるんだよ、俺は!!!
そう、これしかない。分かっているけどよ!
「おいゼツっ!」
「…?」
小声でゼツを呼びつける。
流石の体力、こいつだけはまだ余裕がありそうだ。というか、こんなときでも瞬間移動 (に見える移動)しては止まり、また瞬間移動…で逃げるんだなお前は。
「二手、に、分かれるぞっ!」
ゼツが、無言でこっちを見る。
「一人ずつ離脱していく!数が多い方を追うだろ、方々に逃げて誰を追うか迷わ、すゴホゲホッ!」
灰を吸い込んで、盛大に噎せ返る。やっぱりちくしょーと心の中で悪態をつく。
そんな俺を、やっぱ黙ってゼツが見る。
もう赤野郎はすぐそこまで来ている。面倒くせーことに、そんな事まで俺の『左眼』は教えてくれるようだ。未だに新しい発見があるってのはすげーな。別に全く嬉しくねーが。
「アイツが追いついてきたら、まず分かれる!俺が皆と逆方向に逃げる!」
「君一人か?」
「ああ!すまんが一抜けさせて貰うぜ!異論は認めん!」
そして。
「それは、つまり、そういうことだな?」
……ちっくしょー、やっぱり気付きやがった。
だって見てみろよ!?グリンとサッチは負傷してグレンの背中の上、エスナだって二人を守り、治療しながらでボロボロだ!エンラに至っては何でコイツまだ魔法放てるのか、そもそも生きてんのが不思議な状態だぞ!?
真っ先に行くのは、俺しかいねーだろーがっ!?
俺だって、嫌だけどよ!
「そうだよ、じゃあ、行くぞ!!!」
一気に走りだす。
迫りくる『灼熱地獄』とやらに、一直線に向かって。
「おおおっ!」
殺到した赤い光を、右手のナイフで切り裂く。
白い光がとり憑いた右腕が、塊、光線問わずに魔力を正確に掻き消していく。
すまねーな、ナイフの幽霊、多分ココでオダブツになっちまう。
その直後。
「魔鉱のナイフか。少し侮っていたな。」
俺を殺すであろう、赤野郎が俺の眼前に立ち塞がった。
……俺死ぬよな…。
今日何度めだろう、心の中で溜息をついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
皆が立ち止ったのは、もうすぐ森を抜け、バリアイースト領土まで…見張りの目が届く箇所までもう一息と迫ったところ。
敵の攻撃が急におさまったことに、エスナとエンラが不審に思って行軍速度を緩めたのだ。やっと周囲の火炎が無くなり、きれいな空気を肺に補充する。そこで、
「!!!い、いmゲホッ、今、なんてゲホッ!?」
「落ち着け、エスナ。」
「落ち着いていられるわけ無いじゃないですか!?」
エスナが、鬼気迫る形相でゼツに詰め寄る。
―― マナコは一人で、分かれて逃走すると言って走って行った。
ゼツのその一言。
本来なら、仲間を見捨てて一人逃げて行った、という意味の (実際マナコはそういうふうに伝えるよう言っていた)言葉。
だが。
皆わかっていたのだ。彼は、あの『灼熱地獄』は、「特に『邪眼の男』、お前には死んでもらう」と言った。つまり、最優先目標は、マナコ。すなわち、自分が囮になれば、相手はまず間違いなく敵は自分一人を追ってくるという、囮には申し分ない存在だということ。
そして。
彼が、そのことを、一番良く分かっていただろうということ。
「今からでもっ!だずげ、に゛っ!」
涙声でエスナが叫び、後ろを振り返る。
だが。
「無理だ。あの炎の中。例え俺でももう突入は出来ない。」
「っ!?え、エンラさんまでっ!?どう、どう゛じで…っ!っ…。」
堪え切れなくなった涙が、頬を伝う。
だが、助けに行くことはできない。自分たちには、マナコに任された彼女らを助ける責務がある。いやたとえなかったとしても、エンラが言ったようにあの炎の中に突入しても、助けるどころか彼のもとにたどり着くことすらできないだろう。
(……俺は、また。)
唇をかむのは、エンラ。彼の脳裏に浮かぶのは、かつての学舎の同期生。
『雷光小町』なら、あの火炎の間を縫って彼のもとまで悠々と辿りつくだろう。あのシルバなら、あの『灼熱地獄』を倒すことだって、出来るかもしれない。青の魔法で、火炎を消し止めて。だが、自分はそこまで青の魔法に習熟してはいない。
あの二人の様には、出来ない。
(クソっ……!)
全員が沈黙し、エスナの泣き声だけが小さく聞こえる中。
それを破ったのは。
「う~ん、来てみたはいいんですが。ちょっとしんどそうですねコレは。」
唐突に現れ、エスナの方に手を置いて、
「まあ、やってみましょう。私が一番適任でしょうし。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
轟々と燃え盛る火炎の中。
二人の男が対峙する。赤い鎧の男と、異様な左目をした男。
「いい判断だ。これで君が一人死ねば、私に彼らを追う理由はない。」
「そりゃー助かる。助かる、が。」
「なにか、遺言でもあるのか?」
「聞きたいことがあるのさ。テメーに。」
マナコが、ゆっくりと右手を上げた。真っ直ぐにナイフを向け、正面からダイヤを睨みつける。『異能』をもつ『左眼』だけでなく、自らの意思で以て、その右目でも。
「俺と、あの城で一度戦ったな?」
「ああ。私が唯一取り逃した『異能者』だよ。お前は。」
「……っ!てえ事は…。サイは。俺と一緒にいた女は、どうした?」
両目が、一層強力に揺らぐ。
周囲の火炎に、勝るとも劣らない、強い炎を宿して。
その、一般人はおろか並みの兵士すらも凌駕するプレッシャーを受けて、
「城に居る。あの女は貴重な『実験体』だ。随時研究されている。『操心女皇』の目的のために。」
ダイヤは、表情を崩さずに言う。
伊達や酔狂で「地獄」の二つ名を冠しているわけではないのだ。この程度の殺気など、取るに足りない。いや、物足りないと言ってしまってもいい。
だが。
「っ、サイに、何をしたっ!!!?」
それは、マナコの逆鱗に触れた。我を忘れたかのように、死をも恐れぬ勢いで突進する。熱が頬を焼き、肺を焦がす。それでもなお、止まらない。
「答えろっ!!!」
ナイフがきらめき、周囲を守る『発熱系』の魔法を切り裂く。そのまま突き出し、鎧の隙間を狙う。解き放たれた『左眼』が、熱く燃えるのを、感じながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドクン、と。景色が、揺らいだ。
目が、『左眼』が、疼く。
殺せ、と。
――― コロセ。コロセ。ソコジャナイ。
『左眼』に映る景色が、色を変える。
相手の体に、無数の線が走る。大学生のマナコには分かる。心臓を始め、頸動脈、大腿動脈、脊髄、脳。他にも点や線、あるいは立体が、ハッキリと相手の鎧の中に浮かび上がる。
人体急所、と呼ばれる、ありとあらゆる臓器、血管、神経。
それらの走行が、深さが、ハッキリと脳に投影される。
どこをつけば、殺せるのかが。
――― サア。
――― オゼンダテハシタゾ。オモウゾンブン、コロセ。
そこを、切れば。
――― ソウダ。
――― オマエハ、ズットコロシタカッタロウ?オレハ、シタカッタ。
いや、違う。殺したいなんて、
――― デモ、コイツハコロシタイ。ソウダロ?
コイツは…
――― サイヲタスケルタメダ。マア、サイショハリユウガアッテモイイカ。
――― トニカク、コロセヨ?コロシテシマエヨ。
「う、うおおおぉ!!!」
衝動が、身体を突き動かす。
その運動能力は、普段の、いや、『左眼』を解放したときのそれよりもはるかに速い。
それなら、好都合だ。
どうせココで死ぬんだ。
だったら、コイツに一発お見舞いしてやるためなら、正気なんてどうでもいい。
――― ソウダ…
そうだ…
「コロス」
呟いて、俺の意識が闇に落ちた。
さっきまでと同じように、しかし今度は明確な殺意を以て突進する。
狙うは、首筋から鎧の中心にかけて。頸動脈、外れても体幹に傷を与えられる。返す刃で腕を切り裂け。そうだ、さあ。
自分を包む爆発を無視して、右腕を振り回した。
爆発の中に、確かに噴き出す鮮血を見ながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くっ、あ、危なかった…。」
流石のダイヤも、額に汗が噴き出していた。
一瞬、ほんの一瞬反応が遅れていたら、相討ちだった。捨て身で来るとは思わないでもなかったが、まさかここまで明確に殺しに来るとは。
首筋から鎧に走る、大きな切り傷。
咄嗟に身体をずらしていなかったら、頸動脈を正確に切断していただろうそれは、鋭い切れ味で自慢の鎧を両断していた。
「はぁ、はぁ…」
慌てて転がった姿勢から、爆発の後を見る。
倒れこむ男は、黒く焦げていて、ピクリとも動かない。
生死の確認はしない。
そんな事をするまでも無く。
(焼き尽くせばいいのだから。)
右手に宿した魔力をかざして、とどめを刺すべく放った業火。
人一人焼き尽くすには十分すぎるその火炎が。
突然出現した氷の巨壁に阻まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ああ、やっぱり駄目だったか…。
黒焦げで転がりながら、朦朧と意識を泳がす。
(殺す気になっても…だめだったな……)
脳裏にふっとよぎるのは、幼馴染の顔。ああ、思った通りだ。怒ってやがる。≪殺したら、何にもならない≫。言ってたっけな。例え俺が勝ってても、殺しちまったら、あいつは喜ばないだろーとは、思ってた。まー、さんざん人 (主に俺)を半殺しにした奴の台詞なんだが。
(でも、お前を助けるためでも、駄目かなぁ……)
顔は、やっぱり怒ったままだった。でも、長い付き合いだ。その表情の中に、少しだけ、迷いが見える。そーだよな。こんなとこで、こんな事になるなんて、今まで経験ないもんな。
と、顔が一番の表情に変わる。一番、怒った時の表情。
(なんだよ……何怒ってんだよ……)
口が動く。腰に手を当てた、お決まりの説教のポーズ。
その口が言うのは。
――― アタシを、嘘つきにする気?
(ああ……そうだったな……)
――― ナコは、絶対私が守るから。私が強くなって、ナコが死ぬまで守り続けるから。
(勝手に死ぬなんて、許さない……って。言ってたもんな……)
そうだ。俺は、まだ死ねない。
サイの約束だけじゃない。俺の約束だって、あるじゃねーか。
――― 絶対、助けに来るから。お前が狂っても、どうなってても、絶対、助けに、来るから。
――― 強くなって、今度はお前を、俺が守るから。
死ねない。
俺はまだ、死ねない。
ピクリとも体は動かないが、それでも死ねない。
『左眼』が、危険を訴える。自分に向かって、迫りくる巨大な火玉が見える。
俺は、俺はっ!
何も出来なくても、決して諦めない。もう諦めるのは、やめた。
≪どんな時でも打開策を探せ≫。
俺には、サイがついてる。
その願いが、通じたのか。
飛来した火球は、巨大な氷柱に遮られた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……」
「やはりいらっしゃいましたね、『灼熱地獄』ダイヤさん。戦闘に長けた第三学舎、その中でも歴代最強と謳われる『先祖転還』。この規模の森林火災を見た時、予想はしてましたよ。」
饒舌に話す、突如現れた男。
すらりとした長身に、薄手の衣服を着て、その上に水色のマントを纏っている。
そして、その顔は、色白と言うには度を超えた、青みを帯び。波打つ黒髪からのぞくのは、見まごうこと無い、ひれの耳。
『先祖転還』。
強力な魔法を操る、異端の者。
「ぶ、ブルー……。」
バリアイースト特殊遊撃小隊、最後の一人、隊長、ブルーブラック。
二コリと微笑んで、かざした右手を優雅にふるう。
と。
氷柱が融解すると同時に、周囲の温度が急低下する。
氷柱を構成していた水が、一気に霧散し、霧となって氷結したのだ。
空中の水蒸気を凍りつかせる現象…ダイヤモンドダスト。極低温と霧の水分が、周囲の火災を一気に消滅させていく。その勢いは、炎が広がる速度を上回るほどだ。
「第一学舎の青の色帝、音に聞こえた『先祖転還』だ。だが、勝てると思っているのか?」
「いえいえ。そこまで思い上がりはしませんよ?そもそも青の始祖は、水辺か雨で無いと役立たずですし。こんな燃えるものの多い場で、赤の始祖とまともに戦って勝てるはずがない。ただし。」
バサリ、とマントを翻す。薄いマントは大きく広がり、
そのまま長く長く伸びて行く。
「とりあえず必要となるくらいの水は、マント状にして持ってきました。それにあなたも、ここまで派手に魔法を使ったのなら、いくら『先祖転還』とはいえ魔力残量が不安なんじゃありませんか?」
無造作にマント内に入れた腕から、魔法の様に、氷彫刻の巨大な斧が形作られる。かなりの氷を使っているだろうが、マントはまだ広がり続ける。もはや元の五倍程にも達そうとしている。
と、そのうち一部が千切れ、倒れたままのマナコを包み、渦巻く。
火傷の治療は、時間が命だ。エスナがいればそれが一番なのだが、流水で冷やすくらいはしておこう、というブルーの考えの通りに、マントが蠢いていく。
「ここは退いてもらえませんかね?一応後続の部隊も手配しているので。私はそうそう簡単に死ぬつもりはありませんが、あなたとぶつかれば一般兵の数人は死ぬでしょうし。」
ダイヤが、無言で睨みつける。
『操心女皇』の命であれば、ここで刺し違えることに迷いはない。だが、今回は頭の悪い軍師の尻拭いと、自身の失態を取り戻すための独断だ。
そして。
「ここであなたを失えば、白銀の国…『操心女皇』も痛手では無いですか?」
ブルーが、とどめとなる台詞を放った。
両者が数秒だけ睨みあい。
「良かろう。今回は、私の負けだ。」
「んー、どちらかと言えばここまでの被害を受けたこちらの負けの様にも思いますが。バリアイーストの林業も痛手でしょうね。」
最後のブルーの台詞を待たずに、ダイヤが退いていく。
それをゆっくりと見届けて。
「お疲れ様です。左目の君。良く頑張りましたね。」
流水のマントに包まれたマナコを担ぎあげ、ブルーが森林を走り去った。
誰も見ていることはなかったが、マナコの顔にあったのは。
安心。助かった安堵と。
後悔。自分の非力さを悔やむ思いと。
決意。生き抜き、約束を守る決心と。
様々な思いを込めて、一筋の涙が右目から零れた。
さて、これで第一章が終りになります。いや、結構詰め込んだんでいつもより1・5倍増しになっています。すみません。今のところ、第二章で終わらせるか第三章まで続けるか考え中です。
まあ、のんびり行く予定です。
次の更新は、番外編~姓無のコンチェルト~(仮)の予定です。まあ、まだ書いてないけどプロットはあるのですぐできるかと。
一区切りですし、ぜひ皆さんのご意見、ご感想をお待ちしています。