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第十三話

 この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。

 ―― な、なんだぁ!?

 ―― 狼だ、バカでかい狼がぁッ!

 ―― うわああっ!


 「ガオオオッグルアアアッ!!!」


 その逞しい四肢で突進し、軍隊を引き裂く大きな緑の影。

 グレンだ。

 轟き渡る咆哮で敵を怯ませ、果敢に立ち塞がるものはその体躯から繰り出される突進で蹴散らし、一直線に戦場を駆け抜ける。


 ―― くそっ、遠隔魔法で吹き飛ばせ!

 ―― 駄目です、スピードが速く、当たりません!

 ―― ええい、小隊で囲め、囲んでから一斉射撃で、

 ―― う、うわああっ!


 「させんぞよ!」

 「ぐあっ!?」


 強力な遠隔魔法を使おうと、両手に魔力を集中させていた若い兵士が、突然肩をおさえて蹲る。そこに刺さるのは、一本の矢。

 勿論、放ったのは、グリン。

 狩猟の民としての経験の長い彼女にとって、走る狼の上から弓を射るのは大して難しいことでは無い。


 「く、まだまだ、」

 「ははははっ!甘いわっ!余にそのような攻撃が当たるとでも思っているのかえ!?」


 緑髪の少女が、高笑いをしながら次々と弓を引き絞る。だが、その表情には台詞ほどの余裕はない。確かに当たるとは思わない。思わない、が、自分の身体が他の者たちに比べて格段に脆い事を、彼女は知っている。もし何かの間違いで、一発でも喰らえば、もう弓を引くことは出来ないだろう。


 (っ。その為には、早々にエンラを見つけねばのう…。)


 目まぐるしく動き回る視界の中で、必死にエンラの姿を探す。彼の大柄な体躯なら、自分の視力で見逃すことはないだろう。


 勿論。


 (立っていれば、じゃがのう…。)


 エンラが突入していることを知ったのは、戦場に向かう道中でのことだ。犬と先祖を同じくするグレンだけあって、その嗅覚は抜群に良い。戦場が近づくにつれて、その匂いが強まるのを感じて、知らせられたのだ。


 (早く見つけんと、エスナ達が心配じゃ。)


 戦場に到着するまでの間の作戦としては、エスナが、一番傷ついているだろうマナコを回復、安全な場所まで誘導し、その間にグリンがエンラと合流してエスナ達の元に行き、逃走する、というもの。

 マナコが敵陣の真っただ中にいる、という最悪の事態は避けられたものの、早くエンラを見つけ出さなければ結局はジリ貧だ。


 「おおっ!」

 「くうっ!?おのれ、まだまだじゃあ!」


 飛来した氷柱をかろうじてかわす。掠った頬が裂け、血が飛び散るが、それをぬぐいはせず、氷柱の出所を睨む。再び狙いを定めていた男にめがけて、弓を速射して牽制する。


 (エンラ、どこじゃ…っ!?なにか、なにか目印でもあれば…!)


 においを頼りに走り回るものの、なかなか見つからない。それはそうだ、向こうだって移動しているのだから。


 半ば絶望しかけたその時。


 …ウワアア………


 遠くで、巨大な爆音が聞こえた。


 (あれじゃ!)


 同時に、グリンの手綱を引き絞る。

 長年の相棒である大狼は、その指示を受けて素早く走り出す。


 (間に合えっ!!!)


 一人の少女の、願いを乗せて。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「う、うわああっ!!!」

 「ば、バケモノぉ!!!」


 前線を構成する兵士たちが、悲鳴を上げる。

 前衛を構成するだけあって、いずれも戦場に慣れた、古参の兵士たちだが、戦闘が始まって以来、既に脱落者が続出している。

 負傷者が出たわけではない。いや、あえて言えば、一人。


 敵兵。


 単騎、自分に突っ込んでくる、黒尽くめの男。


 「ま、また来たぁ!?」

 「ひ、ひいいぃっ!!!」

 「ば、バカ者、うろたえるな!敵の攻撃は槍をしっかり構えていれば届かん!」


 前衛司令官の男がわめくが、もはや前線の者たちは完全にパニックだった。

 その理由は。


 「っ!!!」


 裂帛の気合を込めてゼツが放つ、薙ぎ払い・・・・

 横一列に並んだ鎗が、四、五本まとめて砕かれる。ゼツ本人の、腕が、十字槍に切り裂かれながら。


 「うわああっ!!!」


 薙ぎ払われた槍の破片が飛び散る。そこにべったりと付着する、おびただしい鮮血。それは命を奪った際のものであるのなら、兵士たちはそこまで困惑はしなかっただろう。だがそれは、その血の持ち主は、なお自分たちに肉薄して来る。腕とは言え、間違いなく激痛である傷を負いながらも。


 …まるで、死神のように。


 死神。


 シニガミ。


 「も、もういやだぁぁっ!!!」


 一人がとうとう耐えきれず、その場に座り込んでしまう。手にした十字槍が魔力を失い、バシャ、と水となって崩れる。隙間無く並んでいた前衛に、一瞬の、隙。


 当然、ゼツがその隙を逃すはずがない。


 間隙に素早く入り込み、必殺の掌底を放つ。

 傷だらけの右腕であろうと、普段と全く変わらない動作で、機械のように。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「はぁ、はぁ、もう、少しです…!もう少しで、植林地帯に、そこまで行けばっ、」

 「うう……すまん…。」


 なっさけねー、俺。


 エスナが助けに来てくれた時、俺の意識はほとんどトビかけてた。というか、何を口走ったかはもう覚えて無い。あ、それを人は意識がトンだ、というのか?


 今現在の俺は、二人に両肩を支えて貰い、なんとか運んでもらっている状況だった。ゼツとの戦いで限界まで行使した『左眼』のせいか頭が割れるように痛み、出血の影響か身体は鉛のように重い。ちなみに支えてくれるのはどちらも自分よりも小さく、(俺ほどではないにせよ)かなり疲労困憊した少女たちだ。


 …なっさけねー、俺。


 「す、すまん……」

 「いいです。マナコさんは、これ以上ないくらい頑張りましたから。ゆっくり休んで、体力を…っ!ゼツさん!?」


 使いすぎた『左眼』を休めるために眼帯をまた付けたため、右目一つで前を見る。そこに立つのは、変わらない不動の立ち姿の、ゼツ。

 ゼツ、なんだが……。


 「お前…それ…」

 「なんですかその右腕!?ど、どうなって!?」


 エスナが悲鳴を上げる。

 黒尽くめのコートの裂けた部分。右の腕は、まるで別の生き物のように異常な拍動を放って…ぶっちゃけて言やあ、おぞましく蠢いていた。


 「この外見は、問題無い。数か所の裂傷を治癒してくれ。」

 「も、問題無いって!」

 「ずっと、こうなのだ。今は時間が惜しい。早く治療してくれ。前線は崩したが、そこまで時間は、稼げまい。」

 「で、でも!」


 エスナが必死に食い下がる、が、ゼツは全く意に介さない。てゆーか、お前一人でも出来んじゃねーか、最初からやれよ。右腕一本で済むなら!


 「もう一度、敵の本陣を叩く。君の言うくらいの距離の森林まで逃げるのなら、それで十分だろう。」

 「も、もう一度って!」

 「早く。」

 「っ……!分かりました…。」


 そう言って俺から肩を外し、エスナがゼツへと駆け寄る。行って来い、さっさともう一回行って頑張ってこーい。なるべく俺のところまで敵が来ない様になー…。


 ヤバイ、片方支えを失っただけで意識がまた遠のく…。


 再びのブラックアウトの直前、懐かし (そんなに日が経ってる訳でも無いはずだが)の幼馴染の顔が浮かんだ。


 記憶の中の彼女は。


 『人に苦労を押しつけるなんて何事だっ、ナコーっ!!!』


 ……ご立腹だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「エンラっ!探したぞよ!」

 「ハぁっ、はぁっ!ハァッ!」

 「よい、しゃべるで無い!乗れ、直ぐに連れて行く!」


 爆発の方向に駆け出してすぐに、エンラを見つけることが出来たのは僥倖だった。弓矢、という、消耗するタイプの武器を用いている関係上、そうそう長時間の戦闘には耐えられない。


 「す、スマン、グリン…」

 「礼ならば後でいくらでも聞いてやるわ!お主はまだ、魔法を使えるかえ!?」


 半ば叫ぶように、目線だけを後ろに向ける。倒れこむように自分にもたれかかりながら、微かに、しかし確かにエンラが頷く。


 …よし。


 「出来る限り、お主の得意な華美な魔法で相手を威嚇するのじゃ!前は余とグレンで抉じ開ける!」


 再び、エンラが力無く頷く。


 その腕が、震えながら持ち上がって、後ろに向けて翳され、


 ―― や、ヤバイ!!!

 ―― 伏せろぉっ!


 追撃しようとした小隊の中央で、極大の爆炎が巻き起こった。


 (ここまで疲労困憊しながら、魔力はまだ残してある…。良く考えているのだな、エンラよ。)


 交戦において、特に支援のない戦闘で、魔力が尽きれば死は免れない。恐らく直感的にそれを感じ取り、魔法を放つのを極力控え、体術中心の戦闘を続けたのだろう。


 (はじめてココに来た時は、まだまだ尻の青い若造だったが…成長しておるのう…。)


 この若い力を、まだまだ潰すわけにはいかない。


 「さあゆくぞ、グレン!きついとは思うが、あと少しじゃ!」


 大きく身を乗り出し、前方の敵に続けざまに矢を放つ。同時にグレンが大きく跳躍し、倒れた兵士を飛び越える。長時間の疾走で疲れているだろうに、それでも相棒は速度を落とさない。


 戦場を駆ける一陣の緑の風は、何物にも触れることを許しはせず、一直線にエスナ達のにおいのする方へと駆け抜けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 鬱蒼とした、とまでは言わないが、そこそこの数の木々の生い茂る、森林地帯。植林を元にしてあるのだろう、木々の間は人が通るのには何の問題もなさそうだ。


 そんな中に。


 「すげーな…。」


 座りこんだ、数人の集団。


 成し遂げた。

 いや、これは。


 奇跡だよな。


 「全員、…生きてるなんてな……」


 喉まで出かかった「全員無事なんてな」の言葉を飲み込む。だってどう見ても無事じゃないヤツいるしな。俺とか、ゼツとか、エンラとか、俺とか。俺とか。他の連中も外傷がないってだけで、疲労は半端ないだろう。


 「はぁ…はぁ…、でも、ここまでくれば、あの戦法は使えません。」


 そうだ、あの長槍の密集戦法。これだけ木だの草だのの多い地形なら、なんとかなるだろう。そうすればうまく回り込んだり、戦略に幅が出来る。さっきよりは楽だろう。……え?俺が?違う違う、ゼツが、だよ。もう俺動けねーし。無理無理。


 「うむ…。余も、流石に疲れたぞよ……。」

 「すまない…。」


 あっちで転がるのは、グリンと…アイツ。ほら、アイツだよ、名前忘れたけど。デカ狼も疲れているらしく、力無く伏せている。なんか俺達よりも更に奥の方で戦ってたらしい。

 指揮系統が曖昧だったのは、そこらへんのおかげだったのかもしれない。


 「……サッチ。お前は、コウとチユのところへ行け。シンは別行動をしている。ジュウは、自分で何とかするだろう。出来るな?」

 「…うん。」

 「よし。」


 こっちには、木にもたれて座り込む、『姓無』の女の子と、ゼツ。ゼツは相変わらず直立不動だ。コイツは人造人間か、強すぎだろ。精神も肉体も。


 「では、一休みしたら、一度バリアイーストに戻りましょう。流石に国一つに攻め込みまではしないでしょうし、」


 立ち上がりかけたエスナが、



 「それはさせられない。」



 固まった。

 発せられたその声は、一本の大木の裏から。


 その声は。

 俺の聞き覚えのある、その声は。


 「お前たちは。特に『邪眼の男』、お前には、ここで死んでもらおう。」


 ゆっくりと出てきた、その男 ―― 燃えるように逆立った真っ赤な髪に、無表情な燈赤色の瞳。そして、忘れようのない、ルビーの色合いに輝く鎧。


 「あ、ああ……っ」

 「し、『灼熱地獄』……っ」


 あの時。

 サイと真っ向からぶつかった、あの男。

 記憶が蘇って、俺が飛び起きるとともに。


 世界が、真っ赤に染まり。


 周囲が、炎の地獄と化した。


 さて、佳境です。よし、あと一話で終わらせてやるっ!……第一章を、ですよ?

 いや、正直打ち切りも考えたんですが、自分の思ったように書けないし、読み直してもあんまりおもしろい!って笑えないし。一章終了後、修正をしようと考えているのはそのせいです。

 ですが、なんとこんな作品でも、PVが一万を超え、お気に入りにもいくつも登録していただいています。そんな人たちがいる以上、頑張って書こうかな、と。感想とかもらうと、もっと頑張らなきゃ!って思いますし。


 またまたあとがきが長々です(笑)では、佳境、なるべく早めに投稿する予定です。ご意見、ご感想等いつでもお願いします。

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