第十一話
この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。
風切り音が、間断なく耳を打つ。
草原を、荒野を、あるいは飛び石を駆けながら、大狼の速度は微塵も鈍らない。二人の少女をその背に乗せて、霞んで見えるほどの疾走で、グレンは駆抜ける。野生の力を存分に発揮し、人間を遥かに超えたスピード。
「間に、合うでしょうか…。」
呟く声は、エスナ。前に座るグリンにしっかりと掴まりながら、不安げな声を漏らす。治癒の『異能』を持つとはいえ、当然、治せないものは治せないのだから。
「間に合わせる、であろう?」
返答を求めた呟きでは無かったが、前に座る少女は律義に応える。
「心配無かろう。余の狼を侮るでないぞよ。」
苦笑交じりのそれに、気負いはない。いや、本来はあるのかもしれないが、外見に似合わず年相応の気遣いの出来るこの少女は、自分に不安を見せないために、それを隠しているのかもしれない。
「ふむ。あと一刻もすれば着くぞよ。速度を上げる、しっかり掴まっておるのじゃ!」
気合の一声とともに、首輪から伸びた手綱を引き絞るグリン。呼応するように、グレンの体躯が躍動し、力強く疾駆する。
だが。
後ろに座るエスナには見えなかったグリンのその表情は、焦りと不安に歪んでいた。既に日は頂点を過ぎている。朝方から出ていたのであれば、とうに敵と接触しているだろう。
実際にマナコ自身の戦闘を見ていないグリンには、どれくらいの時間彼が耐えうるのかが、まったく予想できない。
焦りは、嫌な予感しか生まない。
それでも、出来ることはない。
(今は、ただ急ぐことしか……ッ!)
唇をかみしめて、相棒たる大狼を急がせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
おかしい。
「はあっ!はあっ!はっ!」
何がおかしいって?
「くそぉっ……!」
俺が、生きていることだ。
もう、誤魔化せはしない。何故俺は生きているんだ。勘違いでは無く、何時間か経ってるハズだ。そんなことは特に問題では無いとか言ってたが、訂正だ。問題だ。
なぜ、コイツは俺を殺していないんだ。
殺す気が無い?違う。コイツの攻撃は、本物だ。かろうじて避けているが、喰らえば即死は間違いない。殺す気が無いならもう少し手加減してくれているはずだ。俺の『左眼』が視る、攻撃の速さ自体は、あの男…あの雨の中での男に放ったそれと全く変わらない。
遊んでいる?これも違う。目的が、見えない。遊ぶにしても、流石に時間をかけ過ぎだろう。ここまで引っ張る理由がない。現に離れた場所の数人 ―― 黒尽くめの仲間かどうかは微妙なラインだが ―― は、焦れてきているように見える。
殺せない?近いかもしれない。殺しては困る?何故?
「うおっ!!!」
嵌りかけた思考から、慌てて抜け出して緊急回避。先程までと全く同じ薙ぎ払いが俺に襲いかかり、慌てて下に転がる。
一瞬目線を向こうの奴らに向けただけの、ほんの一瞬の隙を突く一撃。
慌てて見上げるも、そこには相変わらず表情の見えない黒尽くめの、見下ろす眼光。疲労は全く見られない。俺も、あの天才幼馴染程ではないにせよ、そこそこに鍛えているが、コイツとは比べるべくもない。先に動けなくなるのは、俺。
とにかく跳び退って離脱しながら、考える。
瞬間移動でもしてきたかのように鼻先に現れた影に、反射的に真横に跳ぶ。
続けて繰り出される、真正面からの掌底。
空気の避ける音が響き、既に破れた服の下の肌を擦る。
後ろからの、敵の視線がざわめく。まだ仕留められないことに焦れているのだろう。
―――ん?
後ろからの、視線。真正面からの、掌底。
何かが、脳に引っかかる。
その引っかかりに、混乱した思考が水を打ったように静まる。
≪どんなときでも打開策を探せ≫。幼馴染の声。
必死の思考の果てに、一つだけ、たった一つだけ仮説が生まれる。仮説と言うのも馬鹿馬鹿しい、むしろ希望という程度の考え。
だが。
試す価値は、ある。
どうせこのままジリ貧なら、やるしかない。
心を決めて……腰のナイフに手を伸ばす。抜き取ったそれを、漫画の見様見真似で眼前に構える。妖しげな鉄の光と、それに纏わりつく俺だけに見える白い光。
「戦って、勝てると思うのか?」
そんな俺に、黒尽くめが無表情に問う。
この質問。仮説の証明と、言えなくもない。
「勝つんじゃねー…。生き残るためだ。アイツと約束しちまったからな、『助けに来る』って。だから、ココで死ぬわけにゃいかねーんだ。俺は、助けるために、このナイフを抜いたんだ。」
さあ、どう応える。
俺の意思は、伝わっているか。
ナイフは抜き放たれたのが嬉しいのか、一層その魂の白煙を強く揺るがす。
黒尽くめの答えは、一言。
「ならば、いくぞ。」
瞬間、二人の距離がゼロになる。
急接近からの、先程までと全く同じ掌底。
それに合わせて、俺は。
「うおおオオオおぉぉぉッッ!!!」
全力で後ろに跳んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おおおおおっっ!!!」
爆音。
マナコとゼツが戦っている丁度その時、その丘一つ向こうは、騒然としていた。
マナコの位置から視覚になる場所に陣取った部隊、その数500。一国を攻め落とす、とは言わずとも、十分な戦力を備えたそれは、たった一人を殺すために揃えられた部隊だった。
その中で、
「喰らえっ!!!」
野太い大声に呼応するように、巨大な火柱が上がる。巻き込まれた数人が大火傷に悲鳴を上げる。火柱は周囲に現れた氷塊の連弾で消しとめられるが、また違う場所で轟音と爆発が起こる。
その中心に居るのは。
「はぁっ、はぁっ…」
エンラだった。
エスナ、グリンの二人が示し合わせ、出発の準備を整えている間、既にエンラは戦地へと向けて出発していたのだ。帰る場所のあるエスナや自衛団勤務のグリンと違い、留学生であるエンラには大した準備など必要ない。
良く言えば一番槍、悪く言えば先走って一人で騎馬で駆けつけ、マナコ達二人の戦いを見張る様な位置に陣取るこの部隊を強襲したのだ。
(くそっ…。一体多数、というレベルではない。こんなことなら学舎の大規模訓練くらい真面目にしとくべきだったか。)
学舎時代は『変幻の炎』の二つ名を得たことだってあるエンラだが、流石に千人を超えるような敵に単騎で突撃するような経験はない。とりあえず射程ギリギリからの攻撃で敵の目を逸らして小部隊から奇襲してみたものの、既に敵部隊全体にモロバレである。
(くそ…。赤の魔法じゃなくて、青とかもっと目立たない魔法で行くべきだったか…。)
迫りくる氷の矢を火炎で蒸発させ、風をまとって突っ込んでくる男を回避がてらに蹴り飛ばす。直後頭上から落ちる雷撃は、転がるようにしてかわす。
(一人一人は、そこまで強くはない、が…。)
―――何処まで持つか。
条件反射と作戦思考を組み合わせ、大人数が絡む流動的な戦場を駆ける。『先祖転還』のような敵を一掃するほどの強大な魔法は持たないが、それを必死に戦術でカバーする。
戦う彼の脳裏によぎるのは、その理由。
自分のため。ここでの戦いは、間違いなく得難い経験となる。学舎に残った『雷光小町』や、あのシルバに対して比較され続け、劣るとされ続けてきた、劣等感にまみれた自分を捨て去るために。
仲間のため。事情は分からないが、エスナとグリンの二人は、あの男が死ねば、悲しむ。この留学で出会ったかけがえのない仲間である二人を悲しませないためなら、命くらいかけていい。仲間の笑顔を、守るために。
国のため。あの男一人が死んだくらいで、ロングヤードが軍を収めるとは思えない。ならば、ここで敵の力を出来る限り削ぐ、あるいは潰しておくべきだろう。あの素晴らしい国を、守るために。
様々な理由を抱える彼の、答えは一つ。
負けられない。エスナとグリンが来るまで、倒れるわけにはいかない。
「おおおっ!」
裂帛の気合を込めた掌底から、赤々と輝く炎が迸った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
跳んだ。
次の瞬間、全力で腕を交差し、ガードの姿勢を取る。
「っっっ!!!」
瞬間、とんでもない衝撃が重ねた腕の中心を襲う。直接掌底に突き当たった左腕が、ぐしゃ、と音を立てて砕ける。とんでもない痛みに意識が一気に遠のくが、そこは根性でカバーする。
全力でバックステップしたものの、黒尽くめの男の掌底はそんな速度など全く問題にせず、俺を激しく突き飛ばす。
だが。
(っっ…ッ!計画、通り!)
交差した腕の、丁度中心。それはさっきまで掌底と、全く同じ高さ。
この男は。
この黒尽くめの死神は。
これしか、出来ないのだ。
この数時間、戦い続けた間で見せた攻撃は、薙ぎ払い、打ち下ろし、掌底の三種類。たった、三種類。そして更に言うなら、あの消えて見えるような歩法を除けば、それ以外の動作を、一切していない。
(動かないんじゃねー。動けねー。)
あの三つの攻撃動作に一切の手加減が無かったのも。
(手加減しないんじゃねー。手加減出来ねー。)
思えば、普段立っている時さえ、ゼツは不自然なほど身動きしなかった。恐らく、その程度の微動さえ、彼の身体に何かの負担をかけるのだろう。
(だから。)
くるりと、空中で身体を反転させ、飛ばされる先を視る。バックステップで勢いを殺したことで、一撃で粉砕されることこそなかったが、左腕は砕け、右腕は悲鳴をあげている。
掌底の威力はそのまま移動速度となり、俺の体がまるで弾丸のように飛翔する。本来ならこのスピードなら流れる景色は何も見えないのだろうが、俺の出来過ぎた『左眼』は、しっかりと前方を見据える。
磔になった、小女。その丸太の十字架に巻きついた、麻縄。
そんな弱い束縛さえ。
(ゼツには、外せねー!)
突っ込んでくる俺に、指揮官らしく着飾った男の顔が歪む。
だが、俺は止まらない。いや、これもか、はは、止まれねー。
十字架の横に控える二人の兵士が慌てて手に持った槍を構える、その一人に手痛く激突し、
その間に、
「うおらああッッ!!!」
右手のナイフを振るい、十字架の束縛を断ち切った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
右腕は、思った以上に滑らかに…っておい。
びっくりするほどスムーズに麻縄を切り裂く(両腕、足、胴体合計四か所。すれ違い一瞬。)なーと思ったらおい、右腕。
いや、幽霊。
ナイフから立ち上る煙のようだった白い光が、いつの間にかタコが絡みつくように俺の右腕にまとわりついてやがる。どうやらナイフなんか使ったことがない俺が、ここまで見事に使いこなせたのはコイツのおかげらしい。
まあ、この際だ、そんなことは
「う、うわああああッ!」
俺じゃねーよ。
突然上がった咆哮は…おい、さっきまで張り付けられてた女じゃねーか。
というか、
「おいおいおい…目ぇイっちまってるぞコイツ!」
助ける相手を間違えたかもしれん。いや、ゼツの言ってた、家族、ってのだよな、コイツ。アイツの勘違いじゃねえよな。とか言ってる場合じゃね、この下敷きにしちまってる兵士が起きる前に逃げ
「あああっ!!!」
「う、うわああああああああ!!!」
る前に、悲鳴が上がった。
兵士の。
磔から放たれた小女は、正しく枷からとかれた獣のようにもう一人の兵士に飛び掛かった。徒手空拳にもかかわらず、鬼の形相で鎧の隙間に爪を刺し入れる。
「ひ、ひいいぃ!?」
完全に気押された兵士は、その迫力に怯んで、手にした槍を落とす。その隙を、少女が見逃すはずがなかった。鎗が地面に着く前に、片手でそれを拾い上げ、
そのまま喉笛を貫いた。
「うおっ…」
「どけ。」
「っ!!!」
その光景に息をのみかけた俺だったが、直後後ろから響いた声に、慌てて跳び退る。と同時に、まっ黒な影が動き、俺の下敷きになっていた兵士に打ち下ろしを放つ。
鎧などあって無いかの様な衝撃に、兵士が悲鳴すら上げられずに粉砕される。
黒い影…ゼツは、すぐにいつもの立ち姿に戻る。
「礼を言う。神映司、君のおかげで家族…サッチを助けられた。さて、後は、アレを潰すだけだな。」
アレ、とやらを指差すこともせず、に前を見つめるゼツ。
その先には。
もう一人、指揮官らしき男が逃げていっており。
百や二百ではきかない大軍が、こちらに向かって突進してきていた。
あけまして、おめでとうございます。この作品も、あっという間にユニークが2000も達してしまいました。毎度読んでくださる皆さん、どうもありがとうございます。
さて、佳境です。盛り上がりどころです。盛りあが…り…ってますよね?……ごめんなさい。一章、もうちょっと!頑張って書きあげます。