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第十話

 この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国名および作者の中二病とは一切関係ありません。



 「うおオおぉぉぉぉっ!!?」


 絶叫と同時に、地面に全力で飛び込む。さながらモン●ンの緊急回避だ。

 次の瞬間、頭上から響くのは、「ヒュゴッ」という嫌な音。


 いや。


 もっと正確に言えば、その風切り音を何倍にも増幅し、そして圧縮した音。


 ―――ヤバイ。

 ―――これ喰らったら、一発で死ぬ。いや、跡形も無く粉々だ。


 振り返った姿勢のまま、一瞬前まで俺が立っていた空間を薙ぎ払った、黒尽くめの男を見る。人を殺すことに、何の躊躇いも無い一撃を放ちながら、そしてそれをかわされても一切の感情の揺らぎが見えない。


 ―――ヤバイ。


 さっきよりもさらに激しく感じる。


 ―――コイツは、ヤバイ!


 その姿が、一瞬のうちにブれて消滅する。俺の『左眼』だけが微かにその姿を捕える。さっきと同じ、凄まじいスピードで回り込んでの背後からの攻撃。そして、今度は、打ち下ろし!


 もつれた足で立ち上がるのを諦め、必死で横に転がる。


 「うわあああぁっ!」


 頭の横50センチ。

 なんとか直撃はかわした、だが、それだけでは済まなかった。


 地面に叩きつけられた拳は大地を砕いた。爆発するように吹き飛んだ地面と共に、10メートル近く吹き飛ばされる。背中を強かに打つが、感覚的には骨や内臓に異常はない。なんとか、だが。


 「はあっ!はぁっ、はっ、はぁ…!」


 距離が離れてほんの少し足の震えが収まる。

 慌てて立ち上がり、ゼツの方を見やる。


 抉れた地面、クレータの中心。


 漆黒のコートをはためかせたまま、男は何も変わらず、微動だにせず佇んでいた。高い襟とニット帽は、かたくななまでに男の表情を隠している。


 濃厚な死の気配を、その身に纏ったまま。


 俺の脳裏に、名前も知らないチンピラの、最期の恐怖の表情がよぎった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「隊長ッ!!!」

 「怒鳴らなくたって聞こえますよエスナさん。こんな至近距離なんですから。」


 バリアイースト自衛団詰め所。基本的には、隊員の武器や装備の保管庫で、単なる更衣室以上のものではない。そして、戦闘装備が普段と変わらない特殊遊撃小隊の面々が、ココに来ることは少ない。

 ましてや、今日のように4人全員が集合することなど、まず無い。


 「誤魔化さないでください。なんですかあの手紙は。」

 「…んー。まさか置きっぱなしで出かけるとは…。彼も何と言うか…。なかなかやりますね…。一本取られましたよ。」


 部屋の中央の机。めったに見ない作業机に座った姿 (普段の書類仕事はエスナの仕事だ)のブルー。普段着のまま、椅子にもたれるようにしながら目をしかめる。


 しかめる理由は、目と鼻の先につきだされた羊皮紙。机に身を乗り出すようにしてエスナが突きつけるそれに書かれているのは、


 『お世話になった。ちょっと出かけてこいって言われたんで行ってくる。詳しくは裏に。行ってきます。  神映司シンエイジ マナコ


 あろうことかあの男、依頼書の裏に置手紙をして行っていたのだ。

 それを見たエスナは当然のように激怒し、朝早くからブルーを呼び出し、こうして詰問しているのだ。


 普段はいつも満面の笑顔である反動か、怒ると結構な迫力がある。


 「…俺も、説明を願う。俺とエスナ、二人仲間はずれか。何があった?」


 本棚にもたれかかっていたエンラも口を開く。その声に、ビク、と震えるグリン。大狼をブラッシングしていた手が止まり、唇を噛んで俯く。その様子を見れば、彼女がこの事を知っていたのは明白だ。


 「さて、と…どうしましょうか。ああ、グリンさんは私が伝言にお願いしたんです。口止めしたのも私ですから責めないであげてください。」

 「だがっ!」


 異論を唱えようとしたグリンを、手を挙げて制する。そのまま、ゆっくりと立ち上がり、窓の外を見やる。詰め所に一匹支給される伝書鳩が、籠の中でパタパタと羽ばたく音だけが、シンとした部屋に響く。


 「まあ、簡単に説明いたしましょう。白銀の国ロングヤードから、伝書鳩が届きました。どうやら『操心女皇』が、彼の『左眼』を危険視しているらしいのです。彼のあの『左眼』はどうやら、彼女の秘術『操心魔法』の徴候が見えるらしいのですよ。それを危険視した為の、降伏勧告。そしてハッキリしたこ

とに、例の『ニュータイドランドの死神』は、ロングヤードが戦力として持っている。少なくとも、関わってはいるのでしょう。あの強兵国家を一夜で滅ぼすような相手とは戦えません。国の民の命を預かるものとしては、たった一人のためにあの国の二の舞をさせるわけにはいかないんです。」


 そう、国の民の命を預かっているのだ。特殊遊撃小隊、という小さな部隊の隊長だが、実務的には国防の頭脳として働いているのだ。ニュータイドランドのような人口10万を超えるほどではないにしても、5万以上の人が暮らしているのだ。

 トップとして、その全てを危険にさらすわけにはいかない。


 「……分かりました。」


 言いたい事を、ぐっと飲み込んで言うのは、エスナ。彼女は、人の事を思いやれる人間だ。彼が本心ではマナコを見捨てたくなどない事を、それでも悩みぬいてこの決断を下した事を、くみ取る。


 ちなみに内緒だが、実際は悩んだのは数秒だ。そういう所はブルーはクールである。


 「その事については、分かりました。では、私が一人そこに行く分には、何の問題もありませんね?防衛上、問題無いはずです。」

 「余もじゃ。引き渡せばよいのなら、もう事は済んでおろう。まだあやつは死んでいると決まったわけではないのじゃ。」


 きっぱりと宣言するエスナと、それに同調するグリン。

 それを見て、しきりに嫌そうな顔をするブルー。


 「んー…。問題は、彼の…捕縛、に向こうの誰が来ているのか、ということなんですよねー。」


 もう少しで「処刑」と言いかけた台詞を寸前で言いなおし、続けるブルー。


 「兵士数人、というのはまず無いでしょうね。『道士』を相手にするんですから。まずいのは向こうの主力の『将軍』クラスの誰かが来ている場合。最悪は『死神』そのものが来ている場合。後者二つの可能性がある…いや、その可能性が高い以上、二人をむざむざ殺させるわけにはいきません。」


 そうして、一度、ほんの一瞬だけ口ごもり。


 「ですから、許可出せません。いいですね。」


 そうして、エスナ達を…心底嫌そうな、面倒臭さとやり切れなさの混じり合った表情で見つめる。


 意味は、明白だった。


 「分かりました、隊長。…私は、今日は休みを頂きます。」

 「余もじゃ。エスナ、少し用事があるから、農地側の街の外のまで来てもらってよいかの?」


 エスナが、続いてグリンとグレンが出て行く。しばらくして、無言のまま本棚にもたれていたエンラも、無言のまま退出する。一人残されたブルーは、しばらく立ちつくした後、大きな溜息をついた。


 「どうしてうちの部隊は、こんなにお人よしばかりなんでしょうね…。」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 何時間経ったのだろう。


 いや、もしかしたらほんの数分なのかもしれん。まあそんなことは特に問題では無い。問題なのは。


 「うおっ!?」


 ほんの数瞬前には10m以上離れていたはずの黒尽くめが、瞬きするその一瞬に眼前まで迫り、次の瞬きの間に、文字通り目にも止まらぬ速さの掌底を繰り出す。全力で横に跳んだにも関わらず、服がとんでもない風圧に嫌な音を立てる。


 そう、問題なのは、俺が何回死にかけているか分からないほど、死にそうだってことだ。


 そのまま勢いで転がるように距離を取る。


 掌底を突き出したままの姿勢だが、俺の『左眼』が視る。

 隠れた顔の目線は、油断無く俺を捕え続けているのが見える。


 ……いやなもん見せんじゃねーちくしょー。


 どうにもならない絶望を見せつけてくれるのは、正直全く嬉しくない。同時に、何度目かの打ち下ろしの気配を感じ、斜め前に跳ぶ。


 爆音が地を割り、礫が身体を打ちすえる。


 ≪どんなときでも打開策を探せ≫。脳に響く幼馴染の声が、もう何年も前のもののように感じる。それに後押しされるように、軋む身体に鞭打ち、息を嫌な具合に切らしながら、立ち上がる。


 立ち上がる、が。


 正直、限界だった。


 「ちっくしょー……。」


 身体では無く、心が。


 八方ふさがり、希望の見えないこの状況。逃げ切れそうもない。交渉が出来そうでもない。勝てそうもない。国一つが人質で、要求は俺の命。相手はただ命令されているだけで、取引が出来る相手でもない。


 そんな状況で、自分を殺す拳を、黒い革手袋に包まれた拳を避け続ける。


 ―――もう、駄目だ。

 ―――もう、やめたい。


 そして何より。


 ―――死ねば、もういいじゃないか。


 その思考に、意思を挫かれそうになりながら。ただその『左眼』の映し出す数瞬後の攻撃を反射的にかわし続け、風圧や轢弾に身体を痛めながら。



 満身創痍の彼には、遠くに聞こえる爆音すらも届かなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 主街区を離れ、農道を行った先。

 古めかしい木製立て看板に、『この先、バリアイースト国農耕地。盗難、破壊行為を禁ず。』の文字。


 そこに居るのは、一人の少女と一頭の大狼。狼の腹にもたれかかるようにして、佇む少女の、ライムグリーンのぼさぼさ髪が、頂点を過ぎた太陽に輝く。

 どのくらい待っただろう。

 一人分の駆け足の足音が、彼女らのもとにたどり着く。


 「思ったよりも随分と早かったではないか。もっと時間がかかると思っておったぞよ。大変だったのではないか?」

 「大丈夫です!えへ、私としては、もう少し早く来れると思ってたんですが。」


 呼ばれた少女が、少し息を整えながら笑う。

 …大丈夫、では無いだろう、グリンは心の中で呟く。この若さにして名実ともに孤児院の院長を務めるエスナが、突然出て行くとなれば、その引き継ぎ作業は生半可なものではなかったはずだ。


 「年長さん達にはもう教えることは無いですし、頼れる人たちやプレジド老子さんのことも伝えてきましたし。大丈夫ですよ~!」


 そういって、にこやかに笑う。その笑顔の裏に、その心に、寂しさや切なさは無いのだろうか。あるいは、もしかしたら。


 「……重ねて、おるのかえ?」

 「……まさか。そんな事ありませんよ。兄さんは、もっとしっかり色々教えてくれてましたし。まあ、急にいなくなってしまった、という所では、ちょっと似てるかも知れませんけどね。」


 そういって、その笑顔が少しだけ困ったような笑みになる。いなくなる、という言葉に、少しだけグリンが眉を顰める。

 エスナは、覚悟を決めている。死んでもいいように。勿論すすんで死ぬつもりはないのだろうが、少なくとも死んでもいいように準備をしている。

 その覚悟はいったい、どれほどのものだったのだろう。守るべき教え子が、帰るべき孤児院がある者が、その覚悟を決めるのは。この世界に「巻き込まれた」だけの者である、グリンよりも、遥かに重かったのだろう。


 そんな思いにふけるグリンに、元の微笑みを戻して、エスナが優しく言う。


 「でも…。やっぱり重なりますよね。グリンさんも、そうでしょう?」

 「……悔しいが、その通りよのう。あれは反則であろう。あの人を食った様な態度、あの飄々とした姿。……正直生まれ変わりかとおもったわ。」


 そういって、豪快に笑う。


 「あはっ、やっぱり、そうですよね。だから、行くんですか?」

 「うむ。ただ、それは理由の半分じゃ。たとえあやつがお主の兄上の生き写しでなくとも、余は助けにいくぞよ?三年前のあの日、余は決めたのじゃ。もう誰も、『犠牲』という言葉で見捨てたりはせぬ、と。だから、助けに行くのじゃ。」


 そしてまた、満足げにグリンが笑う。ひとしきり笑うと同時に、狼の背中に飛び乗る。流石に、慣れた動作である。ひとしきりその濃緑の毛並みをなでた後、手を差し出す。


 「ゆくぞ、エスナ。グレンなら、直ぐに着くじゃろう。」


 その手をとってエスナが大狼の背にまたがると同時に、狼が疾駆する。


 力強い四本の足が地面をけり、緑の風となって草原を駆ける。

 二人の少女を、死地へと向けて。



 お待たせしました、第十話です。この作品も、あっという間に1600ユニーク…。多くの方に読んでいただいて、大変恐縮です。佳境…だけど、果たしてうまく書けているのか?自分。

 さて、もう一話か二話で、第一章は終わりです。まあ、第一章が終わったからといってしばらく休む必要もなさそう (むしろ第二章の題材が早く書きたくてしょうがない)なので、まだまだ続きますが。よろしければ末永くお付き合いください…。

 あ、ご意見、ご感想はいつでもおまちしていますよ~!

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