未来からの客
その春、海辺の小さな町に、見なれない人びとがやってきた。
服はつるりとした銀色で、ぬい目がどこにもない。彼らは駅をおりると、まず空を見あげた。それから、口をぽかんとあけたまま、長いあいだ動かなかった。
やがて役所から発表があった。
「あのかたがたは、三百年後の未来から来た観光客です。時間旅行の会社が、この町を見学先に選んだのです。なお、歴史が変わるといけないので、観光客は未来のことを話してはいけない規則になっております。町のみなさんも、たずねないようにしてください」
町の人びとは、おどろくより先に、首をかしげた。こんな何もない町の、いったい何を見に来たのだろう。
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観光客たちの行動は、じつに奇妙だった。
彼らは海岸に立って、波の音を何時間も聞いていた。中には、しくしく泣きだす者もいた。裏山へのぼり、木の幹に手をあて、ほおずりをした。魚屋の店先では、ならんだアジやサバを、まるで宝石のようにながめた。そして焼き魚定食を注文すると、骨までしゃぶるように食べ、目をうるませて言った。
「本物だ……これが本物の魚なのか」
町の人びとは、はじめは笑っていた。しかし、すぐに笑っている場合ではないと気がついた。観光客は、とにかくお金をよく使うのだ。
民宿を営むエヌ氏の家も、毎晩満員になった。魚屋は行列ができ、土産物屋は品切れになった。さびれていた町は、たちまち活気をとりもどした。
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そのうち、町にうわさが広まった。
「あの人たちが青い空や魚にあれほど感激するということは、つまり、未来にはそういうものがないのではないか」
「森もないのだろう。木にほおずりしていたもの」
だれも観光客にはたしかめなかった。規則だからである。しかし、だれもがそう信じるようになった。
町の集会で、ひとりの老人が立ちあがった。
「それならば、わしらで森や海を守ろうではないか。未来の人たちのために」
すると、魚屋の主人が言いかえした。
「待ってください。未来に魚がないことは、もう決まっているのでしょう。だったら、なくなる前に、いまのうちにとっておくほうがいい。どうせ消えるものを、だまって消えさせるのはもったいない」
この意見のほうが、ずっと多くの拍手を受けた。
それから町は変わった。漁船がふえ、網の目は細かくなった。裏山の木は切られ、観光客のための大きなホテルが建った。砂浜はうめたてられ、展望台と駐車場になった。
観光客はますます増えた。そして、ますますよく泣くようになった。町の人びとは、それを見て満足した。
「ほら、やっぱり未来には何もないのだ。泣くほどめずらしいのだから」
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エヌ氏の民宿には、毎年かならず来る客がひとりいた。品のいい老紳士で、いつも同じ部屋にとまり、窓から海をながめていた。
ある晩、エヌ氏は酒をすすめながら、つい口をすべらせた。
「規則なのはわかっていますが、ひとつだけ教えてください。未来には、本当に森も魚もないのですか」
老紳士は、しばらくだまって海を見ていた。それから、低い声で言った。
「わたしが初めてこの町へ来たとき、わたしの時代にも、森も魚もありました。少しへってはいましたが、ちゃんとありました」
「それでは、なぜ泣いていたのです」
「来るたびに、帰ると少しずつ消えているのです。きのうまであった公園が、帰ると空き地になっている。行きつけの店から、魚料理がなくなっている。だれも、ふしぎに思わない。最初からそうだったように、みんなが暮らしている。おぼえているのは、ここへ通っているわたしたちだけなのです」
エヌ氏は、何と答えていいかわからなかった。
老紳士は、ほほえんだ。
「お世話になりました。でも、来年は、たぶん来られないでしょう」
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つぎの春、観光客はひとりも来なかった。
町の人びとは駅前に集まり、歓迎の横断幕をかかげて待った。一日待ち、一週間待ち、ひと月待った。銀色の服の客は、とうとうあらわれなかった。
ホテルは空き部屋ばかりになった。土産物屋は店をしめた。
町の集会がひらかれた。
「きっと、未来で流行が変わったのだ」と、魚屋の主人が言った。「もっと大きくて立派なホテルがあれば、また来てくれるにちがいない」
人びとは、うなずきあった。
そして、裏山にわずかに残っていた最後の森を切りひらいて、町いちばんのホテルを建てることにした。
工事は、いまも順調に進んでいる。




