【伯方】港の死闘
――“それ”は怒りに満ちていた。
己の番を殺された恨み。
己の縄張りを荒らされた怒り。己の眷属をゴミのように焼かれた怒り。己の棲家を破壊された怒り。
そして――。
『へえ。ユーは素質があるね』
無様に捕まり、生き恥を晒している己への怒り。
ヒト如きに、陸で生きるエサ風情に捕まり、こうして泳がされている事実に。
『――今のユーじゃミーには勝てない。教団の中核たるミーにはね。
勝ちたいのなら人を食らい、成長するんだ。迷宮都市国家にいる精強な人間を、ね』
怨敵の言葉に、従うしかない己の無力さに。
強くなりたくば、喰らえ。
魔獣の本能のままに。
生命を、より多く食らうために。
魔獣の肌が焦げ付く。
魔獣・魔物殺しの結界に肌を焼かれながらも怪獣は海の底から這い上がっていく。
目指すは【伯方】。食らうは人。
振るわれるのは復讐の鉄槌。
獣の理を侵犯したのならば、その代償は無作為に振るわれる。
【吸盤山 タ=コオ】。
かくして怪獣は、【伯方】の海底に放たれた。
※※※
「――?」
海中に、違和感を覚えた。
巨大な何かが、いきなり足元に生えたような……。下り終えたと思った段差が、まだ足元にあった時のような……。
瞬間。
「うわぁぁぁぁぁ……っ!」
目の前にあった大型船が弾けとんだ。
同時に現れる赤く、巨大な柱――。
「あれは……。触手!?」
イルクが目を見開いていた。
普段はヘラヘラと細められていた目が大きく開かれ、真剣な口調で叫んだ。
船が柱と見紛う巨大な触手に包まれ、バキバキと音を立てて砕かれていく。
海水が捌けていく。
膨大な量の海水が海を吐き出し、バチバチと雷光に塗れながら赤黒い顔を顕にする。
あれは――。
「バカなっ!? なんでこんな近郊にタコ型の魔獣が……!」
「くそ、逃げろ! 巻き込まれるぞっ!」
「全船舵を切れ! 大型のタコから逃げるんだぁっ!」
巨大な触手の主、40メテルはある魔獣から一目散に船が旋回し、離れていく。
「いやだ、いやだ……っ! せっかく、国に帰ってこれたのにぃ……!」
「ちくしょう、来るな、来るなよ、バケモノぉ!」
「くそ、なんで、こんな目に……!」
………………。
大型の船が音を立てて砕かれ、《蒼眼》に彼らの悲鳴が映る。
音は聞こえない。ただ、その唇で何を言っているのか。大気を震わせる音の中身は、しっかりと視えていた。
「――っすう」
体内に魔力を循環させる。足元に力をため、跪くように地面を手に置く。
前傾姿勢――。
「――援護砲撃には少し船が近す……、ちょ、エディン!?」
――跳躍。
最大まで貯めた足は僕の意図通りの力を解放し、僕の身を高く、大空へと飛ばした。
宙で身体をひねる。
目に映るのは唖然としたイルクの顔。
ごめん、イルク。
「先に行くね」
一回の宙返り。
飛距離を稼ぎ、身体を風と勢いに任せ、滑空して近場の船に着地。
どすん、と中型船が揺れた。
揺れた衝撃で海水の一部が船に流入し、船のバランスが大きく崩れた。
「な、おい――」
船員さんが何かを話しかけてきた。
問答無用。
問答なんてしてる暇はない。再度足に力をため、再跳躍。
マストへ、瓦礫へ、甲板へ。
船から船を飛び移りつつ、ベルトに括り付けていた木剣を引き抜く。
タコは目と鼻の先。
ここは海上。魔法は使えない。使ったところで蒸発した海水に魔力を奪い取られて不発になるのは目に見えた話。
選ぶ択は白兵戦のみ。
海に漂うマストの上に着地し、迷わず跳躍。
海上を這うように跳び、態勢を整えつつ直線で大タコへ向かう。
「くたば――」
全身に魔力を溜める。
横転した船底を足場に、靴底を削って滑るように移動しながら、木剣を逆手に握る。
魔力だけでなく、《流月》で気魄もまとめて総身に回し、木剣を大きく振りかぶり。
「――れぇっ!!」
投擲した。
凄まじい速度で飛ぶ木剣は直線にかっとび、狙い過たず大タコの眼球に突き刺さった。
「OoOoo………!」
タコの栓のような口から苦悶の声。
目から青黒い血を吐き出し、身悶えし、船の拘束がゆるくなった。船の先端、衝角へと着地し、海面へと滑り降りる。
そこには、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった益荒男たちがいた。
「手を!」
衝角に手をかけ、もう片方の手で益荒男たちに手を伸ばす。
「早く!!」
喉を張り、怒鳴る。
「——いいや、俺達はまだいい! この娘を先に救出してやってくれ!」
水夫が震える足を堪え、怒鳴るように言い返してきた。
彼らの視線の先には白髪と金のメッシュの髪に、金の目を持つ少女がいる。
「い、いいのです! アルターは、頑丈なのです! だから――」
大きい鞄を背負った少女は不安に震えており、怖がる視線で僕の先のタコを見ていた。
「わかった!」
アルター、と言う少女の言葉をかぶせ、大声で返事する。
喉がむせそうになるのを気合で我慢し、恐る恐る取った手を引き上げる。
「ぐ、ん……、っしょい!!」
少女の身体を引っ張り上げ、【赤戦神艦】の方を見る。
「イルク――ッ!」
頼りの兄貴分の名を呼ぶ。
要件を伝えてる暇はない。イルクなら、<蒼仙法>の達人であるイルクなら、きっと意図を理解してくれる。
イルクを見る。《統巡》で海に沈んだ人たちを回収して、近場の船に対比させている。
彼の目と、僕の目が合った。
「おう、りゃあああああっ!!」
引っ張り上げた水夫の身体を渾身の力で振り上げ、思い切り【赤戦神艦】の方へ向かって投げた。
「おあああああ――!?」
悲鳴が遠ざかり、遥か彼方でイルクが水夫の男性を回収したのが視えた。
よし。《統巡》で上手く回収してくれた。
「次々次々!!」
二人同時に引っ張り上げ、急いでイルクの方へと放り投げていく。
軋む骨、痛む筋肉の感覚を歯を食いしばって無視し、強化に任せて仕分け作業のように素早く放っていった。
「……さて」
全員投げ終わり、首を回してタコの方を見る。
「OoooO……!」
未だにタコの触手は揺らぎ、痛みに喘いでいる。
しかし、残った片目であらん限りの憎悪と怒りを燃料に僕を見つめていた。
「第二回戦、って感じか」
※※※
先に動き出したのは僕。
「疾ぃ――っ!」
呼気を短く切り、足へ溜めに溜めた力を込めて駆け出す。
「OOoO!」
タコの触手が鞭のように振るわれる。
船すら容易く砕き、マストすら軽々とへし折れる力と質量の触手。
上段から迫るそれを半身になって避ける。
甲板が砕かれる。轟音が響き、木片が周囲に散らばる。
大きく跳ね上がった大振りの木片を拾い上げ、構える。
——うん。悪くない。魔力の通りも金属よりはいい。
強化を巡らせ、即席の木剣として構える。
「そお、いっ!」
巨体に見合わない速度で振るわれる触手。
それを木剣で受け流し、続く第二撃を跳躍して躱す。
槍のように繰り出される触手の突きを身を捻って躱し、片足で着地して後方へ跳ぶ。
遅れて叩き付けられる第四の触手が僕のいた船の足場を粉砕し、木片が飛び散った。
怖気。
触手に囲まれ、逃げ場がない状態で高らかに掲げられた触手。
剛速を纏い、しなりながら迫る強烈な触手。
受ければ確実に木剣をへし折る。船体すらも破断する一撃の先端は音速を超えている。
「ぬんっ!」
それを、蹴りで迎撃した。
「……っくぅ、痛……!」
《流月》と強化を最大までかけても効くな……っ!
靴底がすり減らし、勢いを殺しながら後退する。
痺れるような痛みが足裏から膝にかけて走っている。
ビリビリ痺れるような痛みがあるけど、走るのにはギリッギリ支障をきたさないくらい。
巻き上げる迫る触手の群れを躱し、舞い上がった木片の中を駆ける。
(イルクの剣戟よりかは威力がだいぶマシだと思って受けたけど、こりゃキツイ。何発も受けてらんない)
イルクの剣を足で受けていたら複雑骨折どころじゃすまない。
艦砲射撃のような威力が木剣から叩きつけられるんだ。
相当な身体強化を載せて、魔力強化までかけた武器で受け止めなきゃ脳天ごとカチ割られる!
ビュン、と音を立てて振るわれる触手を鼻先三寸で回避。
(だけどっ、タコの触手はっ、受けても態勢が崩れるっ、ぐらいっ! なんもせずにっ、受けたらっ、即死……っ!)
ぶんぶんと振り回される触手の隙間をくぐり抜け、どうにか活路を見出す。
とは言え、このままだとジリ貧だ。触手が振るわれる度に 足場は削り取られていく。
頼みの木剣はあのタコの眼球に突き刺さったまま。
打撃で決めるか、イルクが助成に来るのを待つしかない。
いや――。
「勝手に助けに入っといて、イルクの助けを待つ? ないな」
触手を避ける。
ミシ、と船の一部に亀裂が入った。もう、後などない。
なら、ここでキメるしかない。
「いつかイルクが魅せてくれた<蒼仙法>の奥義、《蒼霆》を」
練習回数、なし。
感覚、不明。
しかし僕の魂は、矜持は、ここで極めろと言っていた。
※※※
――《統巡》で作った力の流れで大気中の魔力を掴み、体内に取り込む。
駆ける。
《蒼眼》は全開。迫る触手全てを捉え、最小限の動きでその尽くを躱す。
そして、脳内では全く別の思考をイメージする。
辿るはイルクが教えてくれた《蒼霆》、そのイメージ。
大気中の魔力は海水に尽くを奪われ、心許ない。
だが、皆無ではない。
大上段に叩きつけられた巨木のような触手を跳んで躱し、右手を空へ。
気魄を空へ枝葉のように伸ばし、力強く固定する。
力の流れ――。気魄で大気にある自然魔力の流れを統御し、己の裡。体内へと流し込む。
――取り込んだ魔力を循環して精製する。
取り込み、体内で荒れ狂う魔力を体内で整え、再度空へ放出。
空に放たれた自然魔力を更に伸ばして空で循環させ、自然魔力から余分な原素を削ぎ落とし、体内にまた流し込む。
海水の影響で減った僕の魔力が僅かながら回復し、宙で一転。
――《流月》で操作する気魄と練り合わせ、法力を生成。
イルクの教え通り。
体内で練った気魄と余分を削ぎ落とした魔力を練り合わせる。
バチリ、と体内で青い稲妻の力が宿――。
――る、刹那だった。
「っ、しまっ……!」
背中に触手の一撃が叩きつけられた。
「かっ、は――ぁっ」
体内のあらゆる統御が霧散し、肺と臓腑の奥の奥にまで衝撃が強く響いた。
体内の酸素、ほぼすべてが口から漏れ出て、触手が僕の身体に巻き付いた。
「OooooO!」
触手が、海水に叩きつけられる。
僕の跳躍の何倍もの速度で身体が海水に叩きつけられ、海の中へと引きずり込まれた。
――息が、できない。
魔力が急速に体内から奪われていく。
身体が冷めて、鼻から喉の奥、肺にまで海水が入り込んでくる。
触手の勢いは止まらない。
僕を掴んだまま、猛烈な勢いで海中を引きずり回す。
抜け出す魔力。
痺れる舌。
ミシミシ、と嫌な音を立てる拘束された腕と背中。
酩酊する視界。
溢れる嘔吐感。途切れそうになる意識。
急速浮上。
無数の泡と共に海上へ引きずり上げられ、意識が戻る。
息は吸えず。
触手は天高く振り下ろされ、さっきの倍の速度で、僕の身体は船の残骸の上に叩きつけられた。
「が――、はっ……」
蹴り飛ばされた小石の様に宙を舞い、衝角の上に背中から不時着した。
「は、ぁ、は……っ」
息が漏れる。
痛くないところがない。
肋骨が逝った。右腕は脱臼。魔力の八割は体内からかき消え、肺の奥には海水がまだ残っている。
視界の半分が生暖かい赤で覆われ、顔面からぽたぽたと血の雫が垂れている。
せり上がる嘔吐感は変わらず。吐くに吐けず、嘔吐感だけが腹の中でぐるぐるしている。
「は、はは……!」
だけど、まだだ。
まだ立てる。まだ走れる。まだ、跳べる。
《流月》で体を固定し、肋骨の周辺を覆えば、痛みだってへっちゃらだ。
この程度の痛みならなれたもの。東塔にいたころはこれ以上の傷を負ったこともある。
喉を広げ、一気に胃の中のものを吐き捨てる。
嘔吐感はこれにて解消。
まだ吐きそうな気がするが、そんなことはどうでもいい。重要なのは眼前の戦いだ。
木材の一部を杖代わりにして立ち上がり、震える足に活を入れる。
目に血が入った。
額が切れたんだ。どくどくと派手に血が流れだし、僕の片目を赤く染めた。
それがなんだ。我が《蒼眼》、その視界に一切の曇りなし。
勝負はここからだろ。
頭から血が出たことで、昇っていた血が抜けて頭がスーッと冴えていく。
「――来いよ」
タコに笑いかけ、タコの顔に怯みが見える。しかし、触手の動きは機敏。尽くが僕の身体目掛けて殺到してきて――。
「――へえ! いい根性してるじゃない!」
深紅が空から降ってきた。
赤色一閃。
迫ってきた触手の尽くを切って落とし、僕の目の前に赤い少女が着地する。
剣を鞘へ納めた。
遅れて吸盤の塊が数個、バラバラと落ちてきた。
どれもこれもが燃え上がり、灰となりながら海面へ散らばっていった。
赤く、燃えるような深紅の太陽のような長い髪。
凛とした紺碧の瞳。海のような青さと、燃え盛るような意志の強さが垣間見える勝ち気な瞳。
砂浜のような白い肌に、青と白を貴重とした上品な旅装。
「赤」の象徴のような彼女は不敵に笑い、タコへ名乗りを上げる。
「――西方諸国の護教国アガレイドが巫女。
現在、アイテールが客将にして、アガレイド家が一子。リリア・ヴェセル・アガレイド」
すらり、と腰に佩いた剣が抜かれる。
劫火のような、濃すぎた赤。
赤よりもなお濃い赫の剣。
大気が揺らめくほどの熱が刃には載せられており、地上の太陽のような強い神秘を宿す刃を宙を撫で斬る。
「――押して参るわ」
リリア、と名乗った少女は心底楽しそうに笑い、一歩を踏み出した。
※※※
触手の色が変わった。
赤から黒へ。
触手に魔力強化による威力の向上が発生したのが《蒼眼》で視て取れた。
膨大な質量、長大な吸盤を有する触手が大木のように振り上げられ、リリアへと振り下ろされる。
「――ふっ!」
深紅が煌めいた。
赤剣と黒触が花火のような火花を散らし、鍔競り合った。
「くっ――!」
リリアが剣を構えたまま大きく後退した。
力負けした……。リリアという少女が肉体にかけている強化も相当なものだ。なのに、巨大タコの一撃を防ぎきれていない。
「ちぃっ!」
リリアが短く舌打ちし、両の脚を交錯させる。
豪の雨のように叩き付けられる触手の一撃を回転するように躱し、斬撃を叩き込んでいく。
凄絶な剣技だ。リリアの剣は防御を考えない、攻撃一点の燃えるような苛烈な剣戟。
剣技を支えるのは踊るような足運びと、不安定な足場でも保たれる柔らかく、それでいて頑強な体幹。
踊るような足運びに、殺意に特化した剣。
そういう剣もあるのか……。
「燃やせ――」
――信じられないものを見た。
リリアの瞳が青から薄い金へ。
刃にリリアの『気魄』が溢れ、刃に纏わせていた魔力そのものが『燃え』始めた。
魔力は燃えない。燃える物質に変化するだけ。
それが、今、目の前で燃え盛っている。
「――源流能力、【八炎鼓】!」
灼熱の華が海に咲いた。
触れるものすべてを焼き尽くす劫火が剣に纏わりつき、炎の花束のように熱が刃に収束し。
「熾ィ――ッ」
向かう触手の尽くを焼き切った。
炎の刃を片手に踊る、赤髪の剣士。
戦意に濡れた壮絶な笑みを浮かべ、リリアは跳ぶ。
灼熱の刃が触手の尽くを切り裂き、再生する触手の尽くを焼き切り、宙を踊りながらタコと相対している。
……ぎゅ、と無意識に僕の掌が強く、握りしめられていた。
無力感を握り潰すように、強く。掌が潰れるほど強く握りしめられていた。
「貴方――!」
リリアが僕の方を見た。
「ここは危険よ! 貴方は十分やったわ! あとは、わたしに任せて――!」
リリアは触手を足場に飛び回りながら僕に避難を勧めてくる。
「――はは」
思わず乾いた笑みが溢れる。
避難? 退避のことかな? 女の子一人に任せて、ほいほいと逃げ出すと?
「――馬鹿にすんな」
ふざけろ。
タコは僕の獲物だ。僕が狩り、僕が倒すと決めた怪物だ。
助けてもらったのはとても嬉しい。
危うく死んじゃうかもしれないところだった。
だけど、それを横から掻っ攫われ、あまつさえ逃げろだなんてのはない。できるわけがない。
そんな情けない真似をしたら、今もずっとこっちを見てくれている兄貴分のイルクや、育てのアレアに合わせる顔がない。
――生まれたてでも、僕には『矜持』ってもんがある。
「――ぺっ」
口に残る血を吐き捨てる。
体内の魔力を過剰に循環させ、《蒼眼》で負傷を検診する。
魔力の不足――。問題なし。リリアがバカバカ吐き出している魔力を《統巡》でかき集め、全体の三割ほどまで回復した。
肋骨の骨折――。問題なし。折れていても痛いのと、多少の動作不良があるだけ。
右腕の脱臼――。問題なし。折れてる訳じゃなく、外れてるだけ。上手く嵌められるか――。成功。問題なし。
なんでか、今は痛みには気が入らない。
臍の底から燃え上がるような衝動と、燃えるような感情だけが痛覚のことごとくを遮っていた。
想起する。
狙いは一つ。あのタコの刺さった目。
狙うは一つ。イルクがあの日魅せてくれた、青い稲妻。《蒼霆》の再現。
タコは僕を見向きもしていない。
目の前を跳び回るリリアと、灼熱の刃にのみ意識を傾けていた。
――問題ない。
僕も、リリアも、タコも同じ。
僕らの一心は、眼前の撃滅にのみ傾けられていた。
「はあっ!」
灼熱の一閃がタコの触手、その二本を断ち切った。
――今だ。
瞬間、駆け出す。
音も立てない。リリアの歩法を【旧流法】の歩法に混ぜ、つま先だけで駆け抜ける。
タコは気づかない。宙で一転し、断頭台の刃の如く迫るリリアの剣を防ぐことで意識がいっぱいのようだ。
その隙が、僕の駆け抜ける瞬間だ。
衝角に脚を掛け、一気に跳ぶ。
タコの死角――。
木剣が刺さり、潰れた目の方へと飛び、半身になって拳を隠すように空中で構えを取る。
早送りのように僕の視界がタコのすぐ側まで迫るのを認識しながら、<蒼仙法>を意識する。
体内を気魄が駆け抜ける。――《流月》。
掌の上から先に気魄の脈が生まれ、周囲に浮かぶ魔力を統御。体内へと流し込み、循環。
不純物たる原素を取り除く。――《統巡》。
体内で自然魔力と気魄を同調させ、混じり合うはずのない両者を混ぜ合わせる。
バチリ、と右腕に青い稲妻が宿った。
タコがこちらに目を向けるが、もう遅い。
正拳突きの要領で拳を振り抜き、打効と共に青い稲妻をタコの体内へと叩き込む――!
「――《蒼霆》」
青い稲妻が疾走した。
自然現象の稲妻や、魔法の雷霆とは異なる稲妻の形をした超級の高エネルギー……。『法力』がタコの体内の器官を駆け抜けるように燼滅していき。
「――《斬骨》!」
遅れてリリアの灼刃が、海面もろともタコの胴体を唐竹割りに焼き斬った。
※※※
海が、爆発した。
膨大な熱に当てられ、冬の寒さを保っていた海水がリリアの源流能力――。【八炎鼓】によって瞬時に蒸発し、強烈な衝撃を生み出した。
《統巡》で衝撃をいなし、今尚来る衝撃を魔力で身を固め、爆風をやり過ごした。
雨。
急激に舞い上がった水蒸気が上空で冷やされ、熱い霧の中にしとどに降り注いだ。
そこへ、ひらりと赤が舞い降りた。
「――貴方」
リリアだ。
濡れた赤く、長い髪をかき上げ、リリアは楽しそうな笑みを浮かべたまま僕に話しかけてきた。
「名前は?」
――そういえば、僕は名乗っていなかったや。
「エディン」
「エディン・イラ・リステリアだよ。よろしく、リリア」
僕はリリアに手を差し出す。
きょとん、とした顔をリリアは浮かべるも、華のような笑顔を浮かべてリリアは僕の手を取った。
「――ええ! よろしく! わたしはリリア! リリア・ヴェセル・アガレイド!」
リリアはハキハキとした声で喋り、心底楽しそうに微笑んでいた。
剣を握っていた彼女の手は、白魚のように細く、女性らしい柔らかさがあった。




