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光と闇の交叉点








 青天の霹靂、ということわざをご存じでしょうか。

 古文書に曰く、晴れ渡った青空に雷が落ちることを意味するそうです。


「――(そも)、二千年の久しき歳月。世を脅かし人心を悩ましき強大なる魔族、今や忽然と顕現し、国土を乱さんとす」


 葺岡城。その御殿。大広間。 


 僕らはそこで正座し、頭を下げてお言葉を拝聴していた。


 まだ身体がずきり、と痛む。

 <回帰原理(イニラ・イム)>で内部の傷は癒やしたけど、表面の怪我はまだ癒えてない。


 まあ、動けないレベルじゃない。

 全身を包帯ぐるぐる巻きにされてるから、少し動きづらいんだよな……。

 

 あたり一面が仕立ての畳が敷かれている。

 扉の代わりにふすまでしきられ、松の描かれた掛け軸がしかれていた。


「然るを、エディン・イラ・リステリア。リリア・ヴェセル・アガレイド。アルター=I・アヌマティの三名、勇を奮い義を先にして、命を賭してこれを迎え撃ち、ついに退けし功。比類なきものなり」


 読み上げているのは狩衣を纏い、烏帽子を着けた人物。


 ――鎮西(ちんぜい)探題守護大名。島津大納言義長。


 要するに、この【伯方】から南まで統べているど偉い領主。

 その人に僕らは今、感状を読み上げられているのである。


 こ、こんなことある??

 ギルド本部から直々にお賃金貰える、とかそんなもんだと思ってたんだよ。

 

 いや思わんじゃん。

 まさか御殿様が出てきて、その人からも諸々貰えるとかさあ……。


「また、死地に陥りし二名の冒険者を救出し、命脈を繋がしめたるは仁の至りにして、軍功これに勝るとも劣らず」


 まず何言ってるか全然わからん。

 これは褒められているのか? ……褒められてはいるんだろうな。

 語り口があまりに古すぎる。


『アルター、アルター! これ今なんて言われてる? 何を褒められてる?』


 こそこそとアルターに耳打ちを立てる。

 仕方ないじゃん、だって全く分からんのだもの。

 

『ええと、イルゲルム倒して偉いね。冒険者二名を救出したのも凄いね、ってかんじなのです』

『なるほど……。ふつうの言葉でいいじゃん?』

『そういう儀礼とか名誉を重んじる国なのですよ、ここは』

『ほむ。リリアはどう思う?』

『ふふっ、慣れよ』


 リリアの口元も僅かに緩んでいた。

 ちくしょう。リリアもわかってることが僕には全く理解できてない。教える気もないと見た。

 

「加えて、迷宮に群れ跋扈せし【豚鬼】の徒輩、尽く打ち滅ぼし、乱を根より断ちたるは、民を安んじ郷土を護る大功と申すべし」

 

『アルターっ!』 

『【豚鬼】ぶち殺してくれてありがとね、これもとんでもなく偉いよってことなのですよ』


 アルターが隣ですらすらと翻訳してくれる。

 

 ほんとこの人優秀過ぎない? なんで今まで行商人で収まってたの??

 僕とリリアふたりだったら雁首揃えてバカ面を曝して終わるところだったんだけど。


「右の如き忠勇、永く国史に刻まるべきものなり。よってここに感状を与え、後世に伝えしむ」


『これはめっちゃ凄いことだから感状を与えて後世に伝えるよ、ってことなのです』


 アルターがめちゃくちゃざっくりとした感じでまとめてくれている。


「あわせて、特別の階級を授け、永らくその忠勇を顕彰すべし。さらに、褒賞として金子若干を賜い、加えて清水絶ゆることなく湧き出ずる茶器一口を贈る。これを以て、汝らの功を顕彰し、子孫に伝えんと欲す」


 アルターが驚いたような顔で御殿様を見ている。

 え、なんだ。そんな凄いことが起きたのか?


 そんなこんな驚き、リリアが完全お嬢様(置き物)モードに入っているうちに傍仕えみたいな人が感状と高そうな箱と包みを持ってきた。


 アルターの方を見る。

 目が合った。

 

 くそ、押し付けてぇ!

 知らん、こういう時の礼法とかまるで知らん。この国の礼儀作法特殊過ぎて全く分からん!


 やばい、やばいぞ。

 褒賞やら感状持ったちょんまげの武士がこっちまで歩いてきてる!


『こういう時に前に出るのがリーダーの仕事なのですよ』


 アルターがニヤニヤと笑いながら、仰々しく下がって深深と頭を下げ直した。


 ――ぬぎぎぎぎ、受け取るしか、ないのかぁ……。


 カチンコチンに固まった仕草で、頭を地面につけたまま感状と褒賞を受け取る。


「ありがたく、頂戴します」

 

 お盆がずっしり重い。

 変な態勢でお盆を受け取ってるから、かなり肩に負担がかかる。


 《蒼眼》で自分の姿を視てみれば、まるで蛙の命乞いのようだ。


 ……ん? なんで傍仕えの人、お盆離さないんだ?

 あ、あれ? ぐい、と引っ張っても離れないぞ?


 ぐい、ぐいと僕は畳に頭つけたまま、傍仕えの人とお盆を引っ張り合っていた。

 

 しばらく、時がたって。


其処許(そこもと)其処許(そこもと)


 傍仕えの人が、困ったように言う。


「受取るときは、面を上げてよいのですよ……?」


 

 ……………………………………。


 義長が堪えきれぬように肩を揺らした。

 それを合図に、大広間の緊張が解け、武士たちからも笑い声が上がった。


「ぷわはははははっっ、あはははははっっ!」


 後ろで腹を抱えて笑っている、アルターがひとり。


「エディン、こういうのはね。慣れよ」


 にっこりとお嬢様スマイルのままのリリアが、すまし顔のまま正座している。一切の動揺も淀みもなく、場に溶け込んでいる。


 一切溶け込んでいない僕の顔は、まっかになっていた。








 ※※※








「ア~ル~タ~?」

「い、痛い! 痛いのですよ、エディン! ぐりぐり、ぐりぐりはめちゃくちゃやば……っ、やばいのですよ……っ!」


 大広間から解放され、【伯方】のギルドへ向かう駕籠の道中。

 僕は思い切り、アルターのこめかみにツイストをかけていた。


 今度ばかりは許さん。

 とんでもない大恥をかいてしまった。


 感状という名誉の場において、馬鹿程醜態を曝してしまった。


『まあ、まあ。エディン殿。失敗と言うのは常なるもの。こ、これを機に学んでいかれ……くくっ』

『そ、そうとも。エディン殿。まだ齢13と聞く。失敗は誰にでもあるものぞ……』


 周囲の武士の皆皆さんから注がれる生暖かい視線や言葉の数、忘れまい……!


「アァルターが受け取ってくれればよかったじゃあないか!! この、この、このぅ!」


 容赦なくぐりぐりの制裁をかまし、続ける。

 いたずらには罰を。制っ裁してやる……っ。


 物言わぬ屍になったアルターを壁際に放り投げ、刑を終了する。


 びくん、びくんと震えながら血文字で「えでぃん」と書いていた。

 あとで掃除しとけよな。


「ふー……」


 疲れた。イルゲルムとの戦いより遥かに疲れた。


「お疲れ様、エディン」

「ほんとに疲れたよ、も~……」


 全く、散々な目に遭った。


 金子(きんす)……。お金が結構もらえたのは嬉しいけどさ。


「にしても、この高そうな箱に入った茶器はなんなんだろ」


 箱を見聞する。

 ほむ……。黒漆のヒノキに、金細工があしらわれている。


 中を覗……。いや、やめておこう。

 さっきの戦いの影響で、頭がズキンズキンしてるんだ。

 

「やい、アルター。お殿様はこれについてなんて言っていたんだい」


「児童虐待反対ぃ……」などとほざいているアルターの首根っこを掴み、箱の前に持ってきた。

 

「うぅ……。ちょっと何も言わずに遊んでただけなのに、酷い目にあったのです」

「全面的にアルターが悪いわよ。わらいすぎだったもの。きりきり働きなさいな」


 リリアがアルターに辛辣に語る。

 こうなるとアルターは何も反論しない。


 涙目になりながらこめかみを抑え、涙を拭いながら箱を手に取った。


「これは飲み水が、魔力を通せばたくさん出てくる茶器らしいのです。迷宮探索においてかなり役立つものだと思うのですよ」


 アルターは懐から取り出した治癒の符を頭に当て、痛みを取っぱらいながら語る。


「それと、お殿様がくれたのは『金猿の割符』。

 つまり、顔パスの身分証明なのです。これがあれば、入国審査をすべてやらなくていい最高の代物ですねー」


 想定の数倍すごいもの貰っちゃったのですよ、アルターたちと付け加えた。


 ほむ、なるほど。


「つまり、他国でも入国審査をやらなくても大丈夫な代物ってこと?」

「その通りなのです。冒険者証(ツルハシ)があるだけどもだいぶ簡略化できるのですがね。

 割符があれば提示するだけでどこでも入国できる、とってもすごい代物なのですよ」


 アルターが噛み砕いて説明してくれる。


 どこでも入国、か。



『――怯えるがいい。五つ目の本体が。今の影御體(かげみたい)とは比にならぬ強敵が、お前を逃がしはしない』




 ふと、イルゲルムの分身体。その最期の言葉を思い出す。


「なあ、アルター。リリア」


 駕籠の中で揺られながら、僕はふたりに問う。


「イルゲルムの目的って、何だったと思う?」


 ふたりはきょとん、と顔を見合わせた。


「目的……。考えてもいなかったわ」


 リリアが形のいい顎に手を当て、考えながら言った。

 アルターは腕を組み、唸りながら考えていた。


「考えられるのは、無差別テロなのです。迷宮の瘴気と、魔族の魔力を利用したテロ騒ぎ。イルゲルムは魔族の中でも最古参。

 【勇者】アルフェウスと鎬を削った、二千年前の魔族将軍の1人なのですよ」


「つまり、怨恨による犯行だったってこと?」

「そう……としか今のところは思えないのです。エディンはどう思うのです?」


 アルターがじっとこちらを見てくる。


「わかんない。ただ、あれだけ知性のある男が、なぜこんな辺鄙な。しかも銅級なんて中途半端な階級で百鬼夜行(スタンピード)を引き起こしたのか。それがわからない」


 僕は手を擦り合わせ、思考を巡らせる。


「アルフェウスが建国した、迷宮都市国家に復讐する。やり方は他にも色々あったあっただろうに。なぜ、一都市の銅級の迷宮を狙ったのか」


 腕を組み、地図を見ながら考える。

 【豚鬼宮】の近くにあるものを探り、水源や武装施設、諸々の重要箇所や指で辿りながら目を光らせる。


「気になって、ね」


 【豚鬼宮】の近くにあったもの。

 それは――。


 冒険者ギルド本部であった。









 ※※※








 【伯方】の旅籠。

 名もなき旅籠だ。どこにでもある、何の変哲もない。

 一般の客も使用する、旅の宿。


 その一室。


「――いやぁ。申し訳ないね。ミーの不手際で、貴方にご足労願うことになったなんてサ。面目次第もないよー」


 青髪赤目。仕立ての良い貴族服に身を包んだ軽薄な男。

 

 一人、机の向かい側に向かって喋りかけていた。

 向かいには誰もいない。


 ただ、座布団が1つ敷かれているのみ。


「ねえ」


「魔族大将軍。イルゲルム閣下」


 ぬるり、と座布団の上にあった影から一人の魔族が伸びる。

 執事服に身を包んだ、魔族。


 特徴的な角を生やし、白手袋に包まれた指先で机を叩きながら、イルゲルムは三つ目を軽薄な男へ向けた。


「――その汚い口を閉じよ、ニンゲン。貴様の軽慮な謝罪など、我が耳に入れる価値もない」


 イルゲルム――。

 その本体たる彼は、ゆらりと影を揺らして目の前の青年を睨む。


「いやはや、お手厳しい。だが、ミーにも言い訳くらいはあるんだよ? まさか、【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 男はやれやれだ、とばかりに肩をすくめた。


「おかげでこちらのプランは全部オシャカ。いやさ、下手人の少年をあの場でうまく処理してもよかったんだよ? だけどさあ」


 男はすぅ、と目を細めた。


「――まさか、アイネイアス家の処刑人が。魔界の番人たるフレドリクス・アイネイアスが保護者とは、思わないじゃないですか?」


 イルゲルムは茶を啜り、男の口ぶりを無視する。


「おかげで全く作戦がパーになっちゃいまして。

 サブプランである、イルゲルム閣下にお越しいただくほか無くなったってわけなんですよ」


「そう」


「ギルド本部、最下層にある、『門』を覆う大結界。<五陵の墓印(ごりょうのぼいん)>の封印の解除たる、封印の要石の回収がミー自身ではできなくなったので。

 封印の要石の回収に、サブプランであるあなたを使わざるを得なくなってしまったのですよ、ね?」


 軽薄な男――。リューリュ・ヴェティは語る。


 エディン達が討伐した<至絶領域>。

 【吸盤山】タ=コオ。


 本来、【伯方】ほどの大都市に近寄ることもないほどの戦力を向かわせ、ギルドの本部戦力も含めた討伐隊を組織させるのが目的であった。


 しかし、描いていた絵図はすべて潰れた。

  

「案ずるな。既に回収済みだ」


 イルゲルムは箱の包を解いた。

 それは、黒い枯れ枝のようであった。


 禍々しい力を放つ、凶悪なナニカ。

 イルゲルムが影で抑えていてもなお、漏れ出す凶暴極まる力の物体。


 彼はそれを箱に戻し、彼は茶請けの菓子を口に運んだ。

 

 イルゲルムの影御體。

 分身体を【伯方】へ向かわせていたのは、全てこのため。


 即ち、冒険者ギルドの戦力の分散。


「さしもの我とて、あの警備の中を忍び込むのは骨だ。突破するのは容易いが、超越者を呼ばれてはな。面倒になりかねん」


「だが、これでピースは揃ったってわけですよォ!」


 リューリュが被せるようにイルゲルムに語る。


「いやあ、楽しくなってきましたね! イルゲルムさんは恩讐を果たし、我々は大目標を達する! そう!」


 リューリュはパチン、と指を鳴らし、その指先をイルゲルムへと向けた。


「我らが教団。<アリウスの梯子>の大目標の一つ」


「――【迷宮都市国家 メーヴェ・ジ・パン】の滅亡。それにようやく、一歩踏み出せたってわけですよ!」

  

 


 


 

   

 

 

 

  


 

 

 

 

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