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第29話 特級の口座残高と、おやっさんのヤサ

 ――時間は少し遡る。


 ふゆが奇跡の目覚めを果たし、本格的なリハビリを経て退院の日を迎えるまでの数週間のことだ。


 結羽とドレイクは、もはや儀式のように野田ダンジョンの深層へと通い詰めていた。


 目的は、ふゆの霊穴を完全に安定させるための予備の霊薬素材の確保。


 そして、あの『機人化されたミノタウロス』が再び現れるのかという検証と、結羽自身の戦士としての実地鍛錬。


 結羽はもはや深層の魔獣相手にも油断なく立ち回り、大きな傷を負うこともなく、ミノタウロスを単独で安定して制圧できるようになっていた。


 ……そして結局のところ、あのサイボーグ個体が再び姿を現すことはなかった。


「……ふぅ。今日も、普通のミノタウロスでしたね、おやっさん」


 石室に転がるミノタウロスの死骸を前に、結羽は『牛角の闘魂棒』を肩に担いで一息ついた。隠形を解いて現れたドレイクが、死骸を検分して満足げに鼻を鳴らす。


「まだ検証は必要だろうが、よっぽどの変異体(イレギュラー)ってとこか……さて、今日の牛っころは受肉体だ。さっさと捌いちまうぞ。左の角と背肉だけもらうぜ。残りの素材も魔石も、お前さんが協会に卸しな」


 言うが早いか、ドレイクは手慣れた様子でミノタウロスの解体を始めた。


 受肉した個体の素材価値は高い。


 角や魔石だけでなく、解体した腕や足の大きな骨も、現代では防具や武器の貴重な素材となる。


 慌てて結羽も自身のナイフを取り出して、解体を手伝い始めた。


「おやっさん、本当に角と背肉だけでいいんですか? なんか毎回申し訳ないです。骨とかも結構なお金になるのに」


「人の身に押し込められちゃいるが、俺は龍だからな。ダンジョンで魔素吸ってりゃあ、根本的には飯も睡眠もいらねえ。この極上の背肉にしたって酒やヤニと同じ嗜好品よ。小遣い程度ありゃあそれでいい」


 ドレイクは手際よく自分の取り分――最高品質の背肉を回収用の袋に放り込んで口を縛ると、一本の角と一緒に自分のリュックへ放り込んだ。



◆◆◆



 その日の夕方。

 マンションへと帰還した結羽は、シャワーを浴びてリビングのソファに深く腰掛けた。


 キッチンからは、ドレイクが夕飯の支度をしている美味そうな匂いが漂ってくる。


 結羽はふと、自身のスマートフォンを取り出し、ダンジョン協会の専用アプリを開いた。


 『特級ライセンス保持者・前山田結羽』。


 その肩書きになってから、協会の対応は劇的に変わった。


 個人での持ち込みでも素材は正当な市場価格で買い取られ、しかも特級保持者への「素材確保奨励ボーナス」まで上乗せされる。


「えーっと、最近の買取額の合計は……っと」


 結羽は軽い気持ちで、残高画面をタップした。


「……え?」


 表示された数字を見て、結羽は固まった。


 そこには、一十百千万……と、数えるのも嫌になるほどの途方もない桁数の数字が羅列されていた。


「えぇえっ!?」


 結羽は思わず変な声を出して、スマートフォンをソファの上に放り投げた。


『どうなさいました、結羽殿。端末から不審なアクセスでも検知しましたか?』


 ドレイクのポケットから浮かび上がった黄龍が、風雅な声で不思議そうに念話を飛ばす。


「こ、黄龍さん! 口座の数字が……なんか、バグってます! 一般人が遊んで暮らせるくらいのお金が入ってるんですけど!?」


「カッカッカ! 特級価格で毎日深層ボスを卸してりゃ、それくらいにはなるだろ。ビビるんじゃねえよ」


 キッチンからエプロン姿のドレイクが笑い声を上げる。


「いやいやいや! 多すぎます! これ、おやっさんにも自分のために使ってほしいんですけど! でも、おやっさん、本当にお金使わないし……。あ、そうだ!」


 結羽はパンッと手を叩き、キッチンに立つドレイクをビシッと指差した。


「おやっさん、自分専用の城……『ヤサ』を持ちましょうよ! いつかお父さんとお母さんがダンジョンの奥から帰ってきた時に、リビングが工房みたいになってて、おやっさんがソファで寝てたら、二人が絶対ショック受けますから!」


 その言葉に、ドレイクは目を丸くした後、肩を揺らして苦笑した。


「……なるほどな。確かに家主の親御さんに不審者扱いされるのは、おっさんとしても心外だぜ。だが、俺が不動産を契約するってのも、この世界の『戸籍』じゃ色々面倒だからな」


『心外な。私の作った師父の戸籍情報は完璧ですよ?』


「お前さんの腕を信用していねえわけじゃねえよ黄龍。だが戸籍一つ、口座一つ、カードだなんだの契約一つでも、(しがらみ)が増える。柵が増えるほどにどこぞの誰かに嗅ぎつけられる可能性もゼロじゃねえって話さ。俺は『ここ』じゃ異邦人だ。まぁ人でもねぇわけだが……なるったけ身軽でいてえって話よ」


「難しいんですねえ……」


 眉を下げる結羽に向かって、ドレイクはにやりと笑って続けた。


「まぁヤサに関しちゃ考えていねえわけじゃねえから安心しとけ。ふゆが退院するまでにゃなんとかなるさ」


「なんとかなるって、そんなおやっさん。家が生えてくるわけじゃないんですから……あ、私が買っておやっさんに住んでもらう……とか……? 野田の不動産っていくらくらいなんだろう……?」


「まぁまぁ、慌てんじゃねえよ結羽」


 ピンポーン。


 絶妙なタイミングで、マンションのインターホンが鳴った。


「おう、来たな。……開いてるぜ」


 ドレイクが声をかけると、リビングに姿を現したのは、佐修院家の執事・黒田だった。


 黒田は恭しく一礼をした後、テーブルの上に一通の厚い封筒と、鍵のついた書類ケースを置いた。


「前山田様、夜分に失礼いたします。ドレイク様。……お話しされていた『拠点』の件、手配が完了いたしました」


「えっ?」


 結羽が目を丸くすると、黒田は穏やかに説明を始めた。


「はい。実はこのマンション、前山田様と同じフロアの角部屋が、ちょうどオーナーから売りに出されまして。……勝手をして恐縮ですが、買い上げの際、佐修院家がスポンサードしている『特級ライセンス保持者』の縁者が住むということで、前山田様の肩書きを少しお借りいたしました。おかげで非常にスムーズに話がまとまりました」


 黒田は書類の一枚を指し示す。


「物件は一度、佐修院家が即金で買い上げ、その後ドレイク様への資産譲渡という形で処理しております。もちろん、購入資金は……ドレイク様からお預かりしていた素材を私が適切に市場へ卸し、現金化したものを充てさせていただきました。前山田様の資産には一切手を付けておりませんので、ご安心を」


「か、買い上げ……お隣を、本当におやっさんの持ち物に……」


 結羽はあまりのトントン拍子な展開に、あいた口が塞がらない。


「言ったろう? 考えていねえわけじゃねえって」


「これで、前山田様のプライバシーも守られ、ドレイク様も誰に気兼ねすることなく鉄を打ち、素材を加工できる『専用の拠点』を持つことができます。……防音、防振、そして黄龍様の隠蔽を補助する魔力遮断システムも完備いたしました」


 黒田が会心の笑みで告げる。


 こうして、結羽の家の目と鼻の先に、よろず屋『ドレイク』の本店が、佐修院家の力と結羽の「特級ブランド」という最強の布陣によって爆誕したのだった。

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