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第27話 重力の大剣と、一本背負いの理

 ふゆの退院が済み、安全を完全に確保した数日後。


 ダンジョン協会本部の、広大な地下コロシアム。


 観客席には、噂を聞きつけた多くの探索者や協会関係者が詰めかけていた。


「おい、あそこに立ってるの、元『青銀の翼』のハズレ枠じゃねえか?」


「レベル1の小間使いが、特級昇格試験だと? 協会もどうかしてるぜ」


 周囲からの嘲笑と疑問の声が渦巻く中、結羽はコロシアムの中央に静かに立っていた。


 彼女の手には、新しい相棒である『牛角の闘魂棒』が握られている。


「……貴様が、佐修院(さじゅういん)家の推薦を受けたという生意気な小娘か」


 結羽の前に立ち塞がったのは、全身を分厚い漆黒のフルプレートアーマーで覆い、身の丈ほどもある大剣を担いだ巨漢――特級審査官の轟だった。


 彼から放たれるのは、数字の暴力を体現したような、圧倒的なステータスの威圧感だ。


 だが、結羽の心は驚くほど静かだった。


(……甲冑が重すぎる。大剣の重さに振られないように、右足に極端に体重が乗っている。初撃は、間違いなく大振りな振り下ろし)


 彼女の目に映っているのは、轟の足元の重心の偏りと、筋肉の緊張という、純粋な『物理の理』だけだった。


「シェェェッ!!」


 轟が『重力剣』のスキルを発動させ、大剣に凄まじい質量の魔力を纏わせる。


 そして、戦車のような恐ろしい勢いで結羽めがけて突進を開始した。


 空間そのものを押し潰すような大剣が、結羽の脳天めがけて一直線に振り下ろされる。


 結羽は一歩も引かなかった。


 逆に、彼女は重心を極限まで低く落とし、自らその死の軌道の内側へと滑るように踏み込んだ。


「なっ……!?」


 結羽は、牛角の闘魂棒を斜め上段へと柔らかく構えた。


 真っ向から受け止めるのではない。相手の力を利用し、流すのだ。


 ガキィィィンッ!!


 轟の重力の大剣は、闘魂棒の腹を滑るようにして軌道を逸らされ、空しく床の石畳へと激突した。


 ドガァァァン! という轟音と共に、重力で圧縮された衝撃波が爆発し、闘技場の床に巨大なクレーターが穿たれる。


 自らの放った絶大な質量に引っ張られ、轟の巨体が完全に前のめりへと崩れた。


(……ここッ!)


 結羽は逸らした遠心力をそのまま自身の身体の回転へと変換し、轟の伸びきった右腕へと背中を預けるようにして密着した。


 右腕を闘魂棒と自らの腕で深く絡め取り、がっちりとクラッチを組む。


 そして、轟の巨体の『重心』の下へ自らの腰を潜り込ませた。


「はぁぁぁぁッ!!」


 丹田から練り上げた仙気の熱を一気に両足へと流し込み、大地を蹴る。


 大剣の異常な重力と、轟自身の突進の勢い、そのすべてのベクトルを『テコの原理』の支点へと集中させたのだ。


 極限まで研ぎ澄ませた完璧な『一本背負い』の理。


「うぉッ!?」


 重装甲に身を包んだ巨漢が、自らが作り出した重力の勢いもろとも、空中で完全に天地をひっくり返された。


 そして、自らが穿ったクレーターの底へと、背中から凄まじい勢いで叩きつけられた。


 ズドォォォォォンッ!!!


 全身の空気を強制的に吐き出させられた轟は、大剣を手放し、白目を剥いて完全に意識を刈り取られた。


 魔法も、派手なスキルも一切ない。


 ただの『理』による、完全な制圧。


「……そ、そこまでッ!! 勝者、前山田結羽!!」


 審判の震える宣言が、闘技場に響き渡る。


 一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声と驚愕のどよめきがコロシアムを完全に支配した。


 結羽は、観客席の最上段――隠形を解いて立っていたドレイクの方を向き、誇らしげに拳を突き上げた。

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