表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術師マリア・ミオヴェルの再婚  作者: ミカン♬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/19

9 裁判の行方 2

 イーサンが求める証拠は――なかった。


 だが、それはマリアにとって予想外ではない。

 むしろ、彼がそう出ることは分かっていた。


 彼女は一度、大きく息を吸うと、一気に話し出した。

 

「証拠はありません。でも……打ち切られたことが、離婚の原因にもなりました。私は音を取り戻したかったのです。家族の声を、もう一度聞きたかった。それを元夫は、“金がかかる”という理由で打ち切ったのです」


 澄んだ声が法廷の空気を震わせる。

 静まり返ったで場内で、その言葉だけが真実の重みを持って響いた。


 イーサンの口元が引きつる。


「元妻の気持ちは、夫として深く理解していた。だから私は研究を支えてきたんだ!」


 ダン! 


 机を叩く音が鈍く響く。


「私は『研究は成功しそうか』と尋ねた。彼女は『いいえ』と答えた。だが、離婚後すぐに研究は完成した。こんな理不尽、認められるものか!」


 理不尽――。

 その言葉に、マリアは目を伏せた。

 理不尽だったのは、どちらだったのか。


 そのとき、カリス・ポートマン子爵が静かに手を上げる。


 彼は怒鳴らない。

 感情に溺れない。

 だが、その声には確かな芯があった。


「実際、補聴器の発明と完成は、マリア・ミオヴェルが成し遂げたものです。名誉は当然、彼女自身に与えられるべきでしょう。しかし、彼女はその名誉すら求めていません。名を伏せたまま、補聴器の事業を国に譲渡したのですから」


 その言葉に、マリアの胸が静かに熱を帯びる。

 彼は、彼女の選択を誰よりも理解している。


 イーサンは待っていたかのように身を乗り出した。


「今後、国の事業として補聴器は他国にも販売されるだろう。その際、補聴器の商品名を、我が商会の『ミオヴェル』としていただきたい」


 野心が、露わになる。


 カリスはわずかに眉を寄せた。


「それが……貴方の求める“名誉”なのですね?」


「そうだ!」


 短く、強欲な肯定。


「それなら、マリアを訴えるのではなく、国に訴えるべきだ。――貴方は、間違っている」


 カリスは淡々と正論を掲げる。


 イーサンの顔がみるみる赤くなる。


「まず、マリアに認めてもらわなければならない。開発は商会の功績なのだと!」



 カリスは一瞬だけマリアを見る。

 “任せてほしい”と告げる、静かな視線。


 そして裁判長へ向き直った。


「では、認めましょう。商会の功績を! ただし、補聴器に『ミオヴェル』という名をつけることは許可できません。なぜなら――『ミオヴェル』は、マリアが受け継いだ錬金術師の称号だからです」


「ミオヴェルは商会の名だ! 私はずっとその名で商売してきたんだ!」


「それはマリアが商会の会長夫人だったからだ。離婚された今、商会名は改めるべきかと。……“ミオベーラ”とか、“ミオレーヌ”など、似た名前にされてはいかがです?」


 挑発でも皮肉でもない。

 事実を、冷静に突きつけただけ。


「貴様……ふざけるなよ!」


「ふざけてなどいません。――商会の名義変更を申請します!」


 木槌の音が響く。


「ここで一旦、休廷とする」


 張り詰めていた糸が、ようやく緩む。


 マリアはそっと息を吐いた。

 隣を見ると、カリスが小さく頷く。


 その目には、揺るぎない信頼があった。

 “あなたは間違っていない”と、無言で伝えている。



 やがて再開の鐘が鳴る。


 そのとき――王太子殿下が姿を現した。


 ざわめきが広がる。


「静粛に!」


 空気が一段、重くなる。


「イーサン。商会の功績を認めれば良いのだな?」


 凛とした声。


「お、おそれながら……王太子殿下、はい! その通りでございます!」


 イーサンの声は、先ほどまでの威勢を失っていた。


「裁判長。ここは王家が決着をつけようと思うが、異論はあるか?」


「両者が納得されるのならば……問題ございません」


「私も異論ございません」


 カリスが深く頭を下げる。

 その背を、マリアは静かに見つめていた。


「イーサンの言う通り、商会は開発に多額の資金を投じた。その功績は称えねばなるまい。

 よって――其方には男爵位を授ける」


「な、なんと……!」


 歓喜が顔に広がる。


「これからはスウィントン男爵と名乗るが良い。叙爵式は後ほど王宮にて行う」


「は! 承知いたしました!」


 だが、殿下は続けた。


「ゆえに、これから商会は『スウィントン商会』と名乗ること。

 ――ミオヴェルは唯一、ポートマン子爵夫人の称号である」


 その瞬間。


 イーサンの表情が崩れた。


「そ、そんな……!」


「それから補聴器の名は、すでに決定している。『ミ・オレイユ』――これは変わらぬ」


「う、うそだろう……」


 膝から崩れ落ちる。


 マリアはその姿を見つめていた。


(孤児院で手を差し伸べたときから、イーサンは私を利用していた。でも……もう終わり)


 もう怒りはなかった。

 ただ、長い物語が閉じる音だけが胸に響く。


 彼女はゆっくりとカリスへ視線を移した。


(不安を取り除き、ミオヴェルの名を取り戻してくれた――貴方がいてくれたから)


「カリス……ありがとう。貴方が夫でいてくれて、本当に良かった」


 その言葉は、素直すぎるほど素直だった。


 彼は柔らかく微笑む。


「お役に立てたのなら何よりです。どうか――この先、貴女が幸福でありますように」


 祝福のはずの言葉。


 けれど。


 まるで、距離を置くための優しさのように聞こえた。


 マリアの胸の奥で、小さな何かが軋む。


 勝ったはずなのに。

 取り戻したはずなのに。


 どうしてこんなにも、心が痛むのだろう。



読んでいただいて、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ