表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術師マリア・ミオヴェルの再婚  作者: ミカン♬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/19

8 裁判の行方 1

 一月後。


 マリアの研究はついに完成する。

 理想通りの、ピアス型“補聴器”。


 手に載せると、まるで宝石のように繊細で、それでいて確かな重みがあった。

 これは、彼女の過去と痛みと願いの結晶だ。


 だが、それを世に出すには慎重さが必要だった。

 イーサンに知られれば、きっと「共有財産だ」と訴える。


「お金儲けをするつもりはないの。多くの難聴の人たちに届けたいわ」


 打ち明けたとき、カリスは真剣に頷いた。


「イーサンが知れば黙っていません。開発には商会の資金が入っていますから」


「彼には儲けさせたくないの」


 その声は静かだった。

 けれど、静かな怒りほど、長く燃えるものはない。


 少し考え、カリスは穏やかに提案する。


「では――寄付という形にしてはどうでしょう。国の事業にすれば、彼も文句は言えません」


「なるほど、やはり貴方は頼りになるわ!」


「王宮に出向き、相談してみましょう。私に任せてくれますか?」


 力強い声だった。



「ええ、お願いするわ」


 ――この人を夫に選んでよかった。

 契約だとしても。きっかけが偽りでも。


 この瞬間、心の底からそう思えた。



 完成した補聴器を、マリアはサーラに手渡す。


 小さな宝石を耳に装着した瞬間――


 サーラの瞳が、大きく見開かれた。


「どう?」


「ああ……聞こえる! 本当に……聞こえる! 夢みたい!」


 その声は震え、涙が頬を伝う。

 彼女はマリアの手を強く握りしめた。


「マリアお姉様、ありがとうございます。どう感謝すればいいか分からないわ!」


「家族だもの。お礼なんていらないわ」


 マリアはそっとサーラを抱きしめる。

 義妹の身体の震えが、彼女の胸を満たしていく。


(この補聴器を、もっと多くの人々へ届けよう)

 


「ありがとうマリア。今後、私はあなたに尽くしましょう。出来ることはなんでも叶えましょう」


 カリスは誓う。


 やがて補聴器は王家へ献上され、国の事業として正式に採用される。

 独占販売はされず、誰もが手に取れる仕組み。

 開発者の名は伏せられ、マリアは陰から支え続けた。


 彼女は名誉を欲しなかった。

 ただ、誰かの「聞こえる」という瞬間を増やしたかっただけ。



 だが、穏やかな日々は長くは続かない。


 ――イーサンが、マリアを訴えた。


「補聴器はミオヴェル商会の開発品であり、マリアが勝手に持ち出した」


 その主張は、彼女の努力も、痛みも、すべてを奪おうとする言葉だった。



「呆れた男だ。王家を訴えたに等しいのが分からないのか……」


 カリスは出向き、説得を試みる。だが。


「マリアのヤツ。とっくに聞こえていたんだ……ふざけやがって! それで離婚訴訟など起こしたんだな」


「先に、離婚を言い出したのは貴方でしたよね?」


「うるさい! 補聴器の開発に、どれだけ資金をつぎ込んだと思ってるんだ!」


 イーサンは唾を飛ばしながら続ける。


「分かってるぞ! マリアは貴様と浮気してた。俺を裏切ってたんだ!」


「馬鹿なことを……」


「ポートマン卿、あんな研究しか脳のない女を妻にするなんて、あんたも計算高い男だな!」


 乾いた音が響く。


 カリスの拳が、イーサンの頬を打った。


「こ、この暴力弁護士! お前も訴えてやる!」


「受けて立とう。妻を侮辱した罪で訴えてやる!」


 カリスの胸は、激しく波打っていた。

 弁護士として、理性的に対処するはずだった。


 だけど。


 “あんな研究しか脳のない女”。


 その言葉が、頭の中で何度も反響する。


 マリアが、どんな気持ちで研究を続けたか。

 この男は何も分かっていない。


 これは契約結婚だ。

 そう言い聞かせてきたはずなのに。


 それでも――彼女を侮辱されることだけは、耐えられなかった。


 気づけば、拳が先に動いていた。


 それは義務でも、打算でもない。

 ただ、守りたいという衝動だった。




 こうして――“マリアと補聴器”を巡る裁判が幕を開ける。


 イーサンの主張はただ一つ。


「補聴器の開発はミオヴェル商会の功績であると認めろ」


 金ではない。

 彼が欲しいのは、名だ。

 だがその奥底には、ポートマン卿への嫉妬と屈辱が渦巻いていた。


 彼は診断書を提出する。

 “打撲により全治一週間”――慰謝料請求を添えて。


 一方、カリスは即座に反訴する。

 訪問時、密かに録画キューブを忍ばせ、暴言を録音していたのだ。


 音声が提出され、和解が勧められる。

 暴力沙汰は、あっけなく片付いた。


 ――そして本題。


 “補聴器の開発権”。


 意見陳述の場で、イーサンは堂々と言い放つ。


「ポートマン子爵夫人は、離婚時すでに補聴器を完成させていた。それを隠していたんだ。開発資金は我が商会が負担している。にもかかわらず、彼女は研究を持ち出し、国に事業を譲渡して名誉を得た。それは、本来、商会が得るべき栄誉だ!」


 ざわめく法廷。

 その中で、マリアはゆっくりと立ち上がる。


 (受けて立つわ)


「開発途中で、商会会長より研究の打ち切りを告げられました。その後の開発費用は、離婚後に私個人の資産で賄い補聴器を完成させました。また、個人で名誉を受け取ってもいません」


 イーサンが笑う。


「開発の打ち切り? そんな話、初耳だ。――証拠でもあるのか?」


 法廷の空気が、ぴんと張り詰める。


 マリアは俯かない。

 胸の奥に、確かな鼓動。


 もう隠さない。

 もう奪わせない。


 その瞬間、彼女の隣にカリスが静かに立った。




読んでいただいて、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ