17 失った光
マリアが懸命に治療している間、カリスも動き続けていた。
妹たちにマリアの世話を頼み、彼は調べ歩いた。
警備隊は、すでに結論を出していた。
火事はライアンの火の不始末。
頭の裂傷も、炎に驚いて転倒したせいだと。
あまりにも簡単で都合のいい話だった。
家は全焼。
夫と新築の家を同時に失ったソレーヌは、人前で美しい涙を流し、同情を一身に集めていた。
けれど生活には困らない。スウィントン商店は無傷で残っている。
悲劇の未亡人でありながら、多額の遺産を受け継ぐのだ。
カリス・ポートマンが最初に目を付けたのは、
ソレーヌの兄だという男――ジャックだった。
調べれば調べるほど、綻びが見えてくる。
出身、足取り、証言。
そして、決定的な事実。
ソレーヌの兄と名乗るジャックは、“別人”だった。
本物の兄は行方不明。
おそらく――生きてはいない。
危険な男だ。
さらに、スウィントン男爵家の使用人達の証言。
「ジャックは躾と言って、いつも怒鳴ってましたよ」
「一度、“お漏らし”したことが有ったんですよ。坊ちゃんは泣いていました」
「坊ちゃんは前のママを恋しがっていました」
そのひとつひとつが、カリスの胸を痛める。
ライアンは孤独だった。
恐怖に震え、部屋に閉じこもり、誰にも助けを求められずにいた。
イーサンは気づかなかったのだろうか。
親権を取れなかったことを、カリスは今になって悔やんだ。
あのとき、もっと強く出ていれば。
──この事実を知れば。
母であるマリアの痛みは、きっと彼の比ではない。
血を吐くような後悔を、彼女は抱えるだろう。
明らかなのはひとつ。
父と子を亡き者にし、店を乗っ取り、財産を奪う。
あの女ならやる。
「暴いてやる、必ず!」
彼にできるのは、真実を引きずり出すこと。
イーサンとライアンの仇を取ることだけだ。
やがて彼は、マリアに向き合う。
「親権を取り戻しましょう」
彼女の視線は彷徨う。
疲労と恐怖と、そして――わずかな希望。
「でも、ライアンは私を……」
「恋しがっていたそうです。マリアのケーキを食べたいと」
その言葉に、彼女の呼吸が止まる。
「本当に?」
何度も拒絶された。
「いらない」と言われ、
「死んじゃえ」とまで。
一度、切れてしまった糸。
それを結び直せるのか。
そんな迷いを、カリス許さなかった。
「彼は命を狙われています! 守れるのはマリアだけです」
そして語った。
ライアンが置かれていた、辛い境遇を──。
「──彼は間違えた。でも受けた罰はあまりにも悲惨だ」
その事実に、マリアは嗚咽を漏らし、カリスの腕の中で泣き崩れた。
*
再びソレーヌが病室を訪れたとき、マリアは穏やかな顔で切り出した。
「ライアンを引き取りたいの。幸い、次男が生まれてスウィントン家は後継者に困らない。イーサンの遺産はライアンに放棄させるわ」
一瞬、ソレーヌの顔が紅潮する。
予想外の申し出。
もしライアンが回復した場合でも、これで、ライアンを“始末する”必要はない。
しかも遺産はすべて自分のもの。
マリアはさらに言葉を重ねる。
「この子はもう意識が戻らず、寝たきりになる可能性だってあります。その場合は、生命維持に医療費は莫大な金額になるでしょう」
不要な金の負担。
ソレーヌの唇がひきつった。
そのわずかな動きを、マリアは見逃さなかった。
「親権を渡して下されば、これまでの入院費も、これからも、すべて私が賄います」
ソレーヌに断る理由など、なかった。
「わ、私としては、残念ですが。でも貴方が『どうしても』と仰るなら構いませんわ」
声は慈悲深い。
けれどその裏で、欲望が舌なめずりをしていた。
「では、主人が書類を用意しますので署名をお願いします」
ポートマン弁護士が嗅ぎ回っているという噂は、ソレーヌの耳にも入っていた。
だが、証拠は、何もない。
親権さえ渡せば終わる。
この厄介なライアンも、面倒な未来も。
(遺産は私とレイモンドのものだわ)
*****
それから、しばらくして。
火事から一か月以上が過ぎた、ある日の午後。
白い病室に、柔らかな光が差し込んでいた。
マリアの食事を届けに、サーラが訪れていた。
疲労の義姉を、サーラは心配していた。
そのとき――
ライアンの指が、かすかに動いた。
ずっと、待ち続けた瞬間だった。
「ライアン?」
その声をライアンは聞いた。
会いたかったママの声だった。
なつかしい、優しい声。
「……ママ?」
かすれた声。
彼の瞼がゆっくりと開いた。
「ああ、神様、ライアンを戻してくれて、ありがとうございます」
その震えた声に向かって、ライアンは指を動かす。
だが体に走った激痛に「うっ……」うめき声をあげた。
体は動かせない。
(ここはどこ?)
真っ暗な部屋。
「ママ……どこ? 暗くて、見えないよ」
その言葉は、マリアの思考を止めた。
カーテンの隙間から、明るい光が差している。
床も、白い壁も、眩しいほどに。
ライアンの目は、光を失っていた。
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