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錬金術師マリア・ミオヴェルの再婚  作者: ミカン♬


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13/19

13 幸福と不幸

 緑がきらめく初夏だった。

 風は柔らかく、木々は祝福するようにざわめいていた。


 マリアとカリスは、もう一度、誓いの前に立つ。


 今度こそ。


 本当の愛の誓いを交わす。

 本当の運命の人と。

 本当の生活が、ここから始まる。


 二人は、ただただ、幸せだった。

 それは派手でも劇的でもない、静かな確信のような幸福だった。


 その後すぐに、二人は帝国へ向かった。


 皇帝への謁見と、ご令孫様の目の具合を窺うために。


 まだ十歳の少年は、マリアの前で喜びを伝えた。


「お会いできてうれしいです!」


 その瞳は光を失っているのに、希望は消えていない。


「ミオヴェルの錬金術師様、どうか私の目に光を与えて下さい」


 信じている声だった。


 手を握られた瞬間、マリアは決心する。


「光を取り戻せますよう、最善を尽くします」と。


 それは約束とともに、彼女自身への誓いでもあった。


 *****



 ポートマン家の屋敷には、空いた部屋がいくつもあった。


 その一室を研究室に変え、マリアは再び錬金釜の前に立つ。


 帝国からは惜しみない資金と材料が届いた。

 ガラス器具が光を受けてきらめき、薬品の匂いが部屋に満ちる。


 何度も失敗し、何度もやり直す。

 繰り返しの毎日。


 けれど――結婚の失敗は、もう繰り返したくない。


 研究に没頭する一方で、彼女はカリスや妹たちと過ごす時間を大切にした。

 食卓を囲み、他愛のない会話に笑い、時にはただ同じ部屋で好きに過ごす。


 家族は見返りを求めない。

 ただ、見守り、支えてくれる。


 マリアに儲けようとする気など、もちろんない。

 ただ一刻も早く、あの少年に“見える喜び”を届けたい。


 それだけだった。


 ***



 一方その頃。


 スウィントン男爵家では、ソレーヌに男子が誕生していた。


 屋敷には祝福の声が満ちている。

 ライアンは嬉しくて、急いで弟に会いに行く。


 小さなベッドに寝かされた赤子。

 柔らかそうな頬に、そっと触れようとした瞬間――


 ピシャリ!


 乾いた音とともに、手を叩き落とされた。


 顔を上げると、ソレーヌの兄、ジャックが睨みつけている。


 その目は、子どもに向けるものではなかった。


「おい、汚い手で触るな!」


 ライアンの目に怯えが走る。


「手は洗ったよ?」


「うるせえ! あっちに行け」


 大きな体で怒鳴られ、ライアンは後退る。

 足がもつれ、声も出ない。


 ドアを閉めかけた、その隙間から。


「アイツ、じゃまだな」


「イーサンに、この子を店の跡取りにしてもらうわ」


「俺の子が継いだら、店は俺のものだ」


「シー! まだまだ秘密、先の話よ」


 笑い声と、抱き合う影。


 ライアンは、すべてを理解したわけではない。

 けれど一つだけ分かった。


 ──あの赤子は、自分の弟ではない。


 *


 新しい家に引っ越した途端、ソレーヌの家族が転がり込んできた。

 それがライアンの不幸の始まりだった。


 家は急に狭くなり、空気は重くなった。

 祖父母もジャックも、なぜかライアンを嫌った。

 特にジャックは、理由もなく怒鳴り、殴る。

 まるでライアンを仇のように。


 ソレーヌも、最初の優しさは消えた。

 両親が離婚して間もなく、それはすぐだった。


『ねえねえ、エミリアは? エミリアを連れてきてよ!』


『うるさいわね。あんたのママのせいでエミリアとは会えなくなったわよ。恨むならママを恨みなさい』


 その言葉を、彼は信じた。

 ママが悪いのだと。全部、ママのせいなのだと。


『ねえ、外のお店でご馳走が食べたい』


『贅沢言わないの。あんたのママは、もうお金を儲けないんですって。引き取って損したわ』


 ライアンの心は、毎日削れていった。



 彼は昨日まで、何も知らなかった。

 今日、父が帰ったら言わなければならない。

「弟じゃない」と。



 けれど裁判後、忙しいイーサンはなかなか帰らなかった。


 やっと帰ってきたと思ったら、


「パパは疲れているから、おじさんと遊ぼうか」


 ジャックが肩に手を置く。

 その手は重く、逃げ道を塞ぐ。


 部屋に連れ戻されると、ナイフが喉元に当てられた。


「余計なこと言うなよ? お前もパパも──グサリ! だぞ?」


 冗談ではないと、子どもでも分かった。


 力が抜け、膝が崩れる。

 視界が滲み、体が震える。


 ヘナヘナと床に座り込み、ライアンは失禁した。


「汚いガキめ!」


 その頭を強く小突くと、ジャックは部屋を出て行った。


 誰にも聞こえない声で一人、ただ思う。


 ――どうして。


 どうして、こんなことになったの。



読んでいただいて、ありがとうございました。

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