街の影、そして門へ
転生してから、どれほど歩き続けただろう。
森を抜け、街道へ出た頃には、太陽はもう大きく傾き始めていた。
空はオレンジ色に染まり、影が長く伸びている。
「……日はもう落ちかけてるな」
体感では、ここに来てからすでに半日以上が経っている。
腹も減ってきたし、喉の奥にはまだ、さっき飲んだ“微妙な水味”がわずかに残っていた。
街道を歩き続けるうち、
前方の地平線に、小さな石の輪郭がぽつりと浮かび上がる。
最初は岩山かと思った。
だが、近づくにつれ、その形は整っていく。
低めの石壁。
簡素だが、補修の跡が幾重にも重なった木の門。
見張り台らしき小さな櫓が、街道を見下ろしている。
──どう見ても“大都市”ではない。
だが、長く使われてきた街であることは、嫌でも伝わってくる。
旅人を迎えるだけの設備。
そして、通すべきものと拒むべきものを見分けるだけの目。
「……助かった。あれなら、夜になる前に入れそうだ」
胸の奥で、緊張がふっと緩む。
初めての異世界の夜を、森で迎えることだけは避けたかった。
夕陽が門の上縁を照らし、
行き交う人影と荷馬車の影が、石畳に長く伸びている。
外套を整え、歩みを少し速めた。
「まずは……休む場所だな」
街は、ゆっくりと夕闇に沈みつつある。
だがその中に、人の気配は消えていなかった。
門が近づくにつれ、街の輪郭がはっきりしてくる。
高くはない石壁が街を囲み、
その内側に、生活と交易が折り重なった気配がある。
門前には、槍を持った二人の門番。
装備は派手ではないが、立ち方に隙はなかった。
――辺境の街、ラドニア。
門前には、槍を手にした二人の門番が立っていた。
どちらも年季の入った革鎧を身につけ、夕刻の光を背にしている。
「よう。旅人か?」
声をかけてきたのは、日に焼けた壮年の男だった。
口調は穏やかだが、視線だけは装備と足取りを手早く見ている。
「はい。森を抜けて街道を歩いてきました。ここは……」
「辺境の街ラドニアだ。
派手な所じゃねぇが、夜を越すには悪くない」
「助かります。日が沈む前に着けてよかった……」
門番は一度うなずき、事務的な声に切り替えた。
「入街目的は?」
「休息と、できれば職探しを。数日、滞在するつもりです」
「ふむ……冒険者か?」
「いえ。今のところは」
一瞬だけ視線が鋭くなるが、すぐに戻る。
「なら、簡単な身元確認だけだ。
初めて来た者には仮登録をしてもらう」
門番は木箱から、手のひらほどの木板を取り出した。
角は丸く削られ、使い込まれている。
「名前、出身地、目的。
税は滞在三日以内なら免除だ。長居するなら街会堂で手続きをしろ」
「わかりました」
ルーファウスは木板を受け取り、迷いなく記す。
──名前:ルーファス
──出身地:リフィス
──目的:休息および職探し
門番は目を走らせ、短く息を吐いた。
「問題なし。
冒険者証は持ってないな?」
「今は」
「なら、仕事は街会堂の掲示を当たれ。
護衛や雑役なら、身分がなくても回ってくる」
もう一人の門番が、念押しするように口を挟む。
「武器の持ち込みは構わねぇ。
だが街中で抜くな。揉め事は全部、損になる」
「承知しました」
「よし。通っていい」
門の向こうには、緩やかな坂道と灯り始めた家々。
煙突からは夕餉の匂いが漂ってくる。
「……やっと、人のいる場所だ」
足を踏み入れた瞬間、
森で張り詰めていた空気が、ようやくほどけた。




