森を抜けて──街道への一歩
ゴブリンとの初めての戦闘を終え、
ルーファウスは肩で荒い息をしながら、深く一度だけ空気を吐いた。
(……死ぬかと思った)
剣先がわずかに震えている。
風間の精神とルーファウスの身体の勘がまだ噛み合わず、
思う通りに動けなかったことが疲労より重くのしかかる。
とはいえ、この森で立ち止まるわけにはいかない。
ルーファウスは周囲を見回し、
木々の形、生えているコケの向き、風の流れ、獣道の角度――
“狩猟者としての日常感覚”を頼りに方角を推測する。
「太陽の位置からして……あっちが北、かな」
ぼそりとつぶやき、足を動かし始めた。
◆ ◆ ◆
【時間経過:一刻(約1〜2時間)】
歩き続けていると、少しずつ森の密度が薄くなっていく。
木の太さもまばらになり、地面は徐々に歩きやすくなっていく。
風が通り抜ける方向が変わったことにも気づいた。
(森の外が近い……かもしれない)
汗は乾き、代わりに疲労の重みが脚へたまってくる。
ゴブリンとの戦闘での緊張がまだ抜けきらず、
それが身体の芯に残っていた。
途中、小鳥の鳴き声や遠くの獣の気配がするたび、
ルーファウスは無意識に手を剣の柄へ伸ばしてしまう。
本能的な警戒が抜けない。
それが狩猟者としての習性なのか、
転生直後の不安定さから来るものかは、まだ自分でも判断できなかった。
◆ ◆ ◆
【さらに半刻:森の出口へ】
やがて、木々の奥にわずかに明るい空がのぞいた。
「……あれは――」
足が自然と速まる。
草の丈は低くなり、地面には踏み固められた痕がある。
もう少しだ。
ルーファウスは深呼吸を一度して、最後の数十歩を踏み出した。
――ぱっと視界がひらける。
重苦しい森の天蓋が途切れ、
広い空と風が前方に広がった。
そこに通っていたのは、
馬車の車輪跡が無数に刻まれた一本の道。
「……街道、だ」
喉の奥で小さくつぶやく。
自分がこの世界でどこにいるのかすら分からない状態だった。
だからこそ、人の通る道に出られたことは決して小さくない安心だった。
風が少し冷たくなってきている。
夕暮れが近い。
ルーファウスは街道を見つめながら、
ようやく胸の奥に少しだけ安堵を覚えた。
「よし……まずは、この街道を北へ行こう。
人のいる場所に辿り着くはずだ」
独り言は小さい。
けれど、その声には確かな前向きさがあった。
不安もある。疲労もある。
戦闘の衝撃もまだ心に残っている。
だが、それでも――歩き出すしかない。
ルーファウスは剣の柄を握り直し、北へ向けて一歩踏み出した。




