朝靄の中、次の手を打つ
朝靄が、まだ街路に残っている。
宿を出る前に、軽く身体を動かす。
足運び、体重移動、呼吸の確認。
前日と同様のルートを選び、気配察知で森を確認し剣を振った後、魔法で狙いを定め3発使う。
ひと汗かいた後、すぐさま街に戻る。
ギルドに向かう前に追加宿泊費用3日分を払い挨拶する。
「グレタさんまた、3日分追加お願いします。いってきます。」
「あいよ。気いつけてね。あんま無理するんじゃないよ。」
今日は情報を集める日だ。
朝のギルドは静かだった。
依頼掲示板の前に人は少なく、受付も落ち着いている。
「おはようございます」
自然に声が出たことに、自分で少し驚く。
昨日までの緊張が、ようやく少し抜けてきたらしい。
資料室を借りる手続きも、簡単だった。
対応してくれた職員と、必要最低限のやり取りだけ交わす。
「グレイウッド森林での魔物の情報、
植物系魔物と狼について調べたいんですが」
「でしたら、こちらの棚ですね」
案内は簡潔だった。
だが、慣れた手つきだ。
日常的に使われている資料――そんな印象を受ける。
棚から数冊を引き抜き、ページをめくる。
まず目に入ったのは、森狼。
――Eランク魔物。
単体であれば脅威度は低い。
だが、群れで行動する場合、危険度は一段階引き上げられる。
「……群れでD相当、か」
弱点は首元と腹部。
討伐証明は魔石。
ただし、牙・毛皮は素材として価値あり。
(なるほど。三体分、回収しておいて正解だったな)
次に、植物系魔物の項。
樹木型、擬態型、寄生型――
種類は多いが、共通している注意点がある。
素材の鮮度が落ちやすい。
魔力循環が断たれた瞬間から、急速に劣化が始まる。
解体は現地、
もしくは可能な限り早く。
そして、ページを進めた先で。
指が、止まる。
樹影鬼
ランク表記を、二度見した。
「――C……?」
一瞬、理解が追いつかない。
巨大樹に擬態。
根と触手による広域制圧。
再生能力あり。
単独遭遇は非推奨。
推奨対応人数――複数名。
(おそらく昨日遭遇したのはこいつ……C、だったのか)
息を、ひとつ吐く。
生き残れたのは、
判断と、積み重ねと、
――ほんの少しの偶然だ。
ざっとグレイウッド森林の魔物情報について目を通す
特にDランクより上の魔物の配置は街から森林中央部に行くほど
遭遇率が高くなり、危険度が上がる。
そして森でのDランク以上の魔物の生息情報を頭にたたきこませる。
【街】
└ 森外縁:森狼/オーク斥候
└ 森中層:腐牙鹿/樹走兎/腐葉蟲/根喰い猪/魔棕熊
└ 森深部:腐樹喰い/樹影鬼/森影鹿
└ 禁足地:長蛇ミドラス
「なんだよ。この森全体的にやばいな。
特にこの禁足地のミドラスって。」
「なになに、この名は、一定以上に成長した個体に与えられる
また、倒されても、一定周期での再出現を確認している。
……こんなのが森の奥に。」
羅列された情報は以下の通り。
《森喰らいの長蛇》
通称:「ミドラス」
ランク:B
生息:特定の深部のみ
特徴:
体長10m以上
巻き付き拘束=即死圏
魔力感知で獲物を探す
弱点(限定的)
頭部下面(顎下〜喉元)→ 唯一、鱗の重なりが甘い部位
連続攻撃への耐性が低い→ 一撃必殺ではなく、削り続ける戦法が有効
※ただし、接近自体が高リスク
討伐部位
魔石(深緑〜濃翠色)→ 頭部奥、咽喉嚢のさらに内側
牙・鱗(高位装備素材)
蛇皮(防具・呪具向け)
討伐注記(重要)
▼ 個別パーティーでの討伐:非推奨
《樹影鬼》
ランク:C
生息:森深部(大樹密集域)
特徴:
地中に広範な根を張る縄張り型
多数の触手(根)による制圧
再生能力を持つ植物系魔物
弱点:
幹の損傷に弱い
魔力循環が集中する部位への継続ダメージ
討伐部位:
幹の基部付近
内部に形成された魔石(深緑/翡翠系)
状態次第では、上質な魔法杖の芯材になる
《森影鹿》
※正式名:腐角鹿
ランク:C
生息:森深部(薄暗い樹冠下)
特徴:
角が木質化・腐食した魔鹿
気配が極端に薄く、奇襲性が高い
認識阻害・位置錯覚あり
高い敏捷と跳躍力
弱点:
胴体への致命傷
角の破壊で行動力が低下
討伐部位:
胸部の魔石(黒紫)
腐角(加工素材として価値あり)
《腐樹喰い(フジュクイ)》
ランク:C
生息:森深部(倒木・病木周辺)
特徴:
倒木や大樹を内部から侵食
短距離の突進と叩きつけ攻撃
見た目以上に耐久力が高い
弱点:
表皮を破った後の内部組織
火属性に弱い
討伐部位:
胴体中央の魔石(暗緑色)
腐食樹皮(杖・防具素材)
《魔棕熊》
ランク:C(個体差あり/D〜C境界)
生息:森外縁~森中層〜深部
特徴:
巨体と怪力
皮膚が硬く、打撃耐性が高い
単独行動だが縄張り意識が強い
弱点:
関節部
頭部への集中攻撃
討伐部位:
胸部魔石(褐色)
牙・毛皮(高級素材
森深部では、樹影鬼が作る“停滞した魔力環境”を利用し、
腐樹喰いが森を蝕み、森影鹿が影に紛れて生きている。
《森狼》
ランク:E(群れ時は実質D)
生息:森外縁〜森中層
特徴:
群れで連携する知能
追い込み・回り込みが得意
魔力は弱いが統率行動が脅威
弱点:
単体なら脆い
指揮役個体の排除
討伐部位:
魔石(淡緑)
牙・毛皮(常用素材)
《樹走兎/ウッドラン・ラビット》
ランク:D
生息:森中層(下草の多い区域)
特徴:
樹木や根の上を高速移動
危険察知能力が高い
逃走主体だが、角状の前歯で反撃
弱点:
直線的な動き
着地の瞬間
討伐部位:
魔石(薄茶)
肉(食用価値あり)
《根喰い猪/ルート・ボア》
ランク:D
生息:森中層〜深部境界
特徴:
地中の根を砕いて進行
直線突進は致命的威力
知能は低いが耐久力が高い
弱点:
側面・背後
突進後の硬直
討伐部位:
魔石(暗褐)
肉・牙(高需要)
《腐葉蟲/ロットリーフ・ワーム》
ランク:D
生息:森中層(腐葉土地帯)
特徴:
巨大芋虫状
体液に腐食性あり
集団発生すると危険度上昇
弱点:
火属性
頭部の神経節
討伐部位:
魔石(濁緑)
体液・外皮(薬素材)
《オーク》
ランク:D
生息:森外縁〜中層
特徴:
武器使用・簡易罠
知能あり
弱点:
近接戦闘が有効
指揮役不在時の混乱
討伐部位:
魔石(赤褐)
武器・装備(再利用可)
資料を閉じる。
資料室を出た後、ついでに聞いておく。
「あ、ラドニアにある武器とポーションを扱っている店。
できれば、武具を扱っている店は修理もできる腕のいい職人がいる店で
回復ポーション扱っているお店は評判がいいお店ってどのへんにあるか教えてもらえますか?」
一瞬の間。
「ああ、それなら――」
職員は少し考えるように視線を上げ、すぐに頷いた。
「ポーションを扱っているお店自体の数は少ないですが……“評判がいい”となると、
名前が挙がるのは一軒ですね」
言葉を選ぶように、声の調子が落ち着く。
「中層区の南寄り。職人街と居住区の境にある、露滴の薬舗、というエルフの
リュネアさんがやっている薬屋です。効きと安定性で知られてます。」
「それから、武器屋はガルドさんがやっている《黒炉の鍛冶場》が有名ですね。
中層区の東側、職人街の奥にあります。」
「新品を売る店は他にもありますが、修理となると――
冒険者であそこを挙げる人は多いです」
職員は淡々と続ける。
「直せるものと、直すべきでないものをきちんと分ける。
無理な補強もしません。だから……」
一拍置いて、
「命を預ける武具なら、任せられる、と」
職員は念を押すように付け加えた。
短い言葉が、信頼を物語っている。
ギルドを出る頃には、霧も晴れ始めていた。
街は、ゆっくりと動き出している。




