警告の先、想定外③
触手が来る。
右、低い。
剣で受け、弾き、返す。
硬い感触が腕に残る。
間髪入れず、左上。
身体強化を一瞬だけ噛ませ、半歩でかわす。
多いが少しだけ慣れた。何とか対処できている。
だが、相変わらず数が多すぎる。
処理しても、次が来る。
かわしても、別方向から来る。
(剣だけじゃ――追いつかない)
「《エアスラッシュ》」
不可視の刃が走る。
正面一帯、空間ごと薙ぐように。
三本。
同時に、触手が断ち切られ、地面に叩き落とされた。
だが――
すぐには、次が来ない。
(……来ない?)
呼吸の合間に、違和感が差し込む。
(今までなら、もう次の波が来てる)
視線を走らせる。
地面が、蠢かない。
(間引いた分……制御が遅れてる?)
理解が、点で繋がる。
特徴的な長い触手。
「ひょっとして、同時制御の本数には、限界があるのか
現状3~5本の触手が連続で繰り返し攻撃してきてる」
(全部を、同時には動かせない)
だから、剣で一本。
エアスラッシュで複数。
処理された分だけ――
一瞬の空白が生まれる。
その瞬間を、逃さない。
剣を引いたまま距離を保ち、腰のポーションを抜く。
触手が、来ない。
(今だ)
栓を噛み切り、一気に流し込む。
熱が腹から広がる。
削られていた感覚が、わずかに戻る。
(……助かった)
だが、長くはもたない。
次の瞬間、地面がざわりと動く。
触手が再び現れ始める。
(回復してきてる……)
数は、まだ戻りきっていない。
だが、このまま続ければ――
(消耗戦は、負ける)
逃走ルートを思考する。
背後、横、上。
どこも“地面”が生きている。
(無理だ)
距離を取れば、数で削られる。
留まれば、囲まれる。
剣で一本、弾く。
次の触手をかわしながら、確信が生まれる。
(隙は……制御分散と長い触手)
エアスラッシュで間引いた今、
制御は一時的に破綻している。
(今なら――行ける)
選択肢は、一つ。
剣を構え、地面を蹴る。
触手の“来ない空白”へ、一直線。
地面が揺れる。
反応が、遅い。
(間に合ってない……!)
ルーファウスは、さらに踏み込んだ。
ここから先は、
本体を叩くか、死ぬか。
退路は、もう存在しなかった。
踏み込んだ瞬間、地面が――唸った。
(来る……!)
横一文字。
これまでとは明らかに違う、質量と速度を乗せた一本。
避けきれない。
判断より先に、身体強化を瞬間的に引き上げる。
前ではなく、斜め内側へ転がり込む。
触手が、視界の端を薙いだ。
風圧。
衝撃。
背後で、地面が抉れる音。
(……今のは、直撃したら終わってた)
喉が鳴る。
だが、足は止まらない。
転がりながら体勢を立て直し、
触手の根が集中している地点へ、距離を詰める。
距離を詰めたことで、ようやく――全体が視界に収まった。
最初に浮かんだ言葉は、
木の化け物。
それ以上でも、それ以下でもない。
太い根が、幾重にも絡み合い、
地面から盛り上がるようにして胴体を形作っている。
だが、それは「生えている」ではなかった。
地面を引きずり上げて、自分の身体にしているように見える。
土と樹皮の境目は曖昧で、
どこまでが地面で、どこからが“そいつ”なのか判別しづらい。
(……でかい)
思わず、そう思った瞬間。
胸の奥が、じわりと冷えた。
怒気でも、殺意でもない。
ただ存在しているだけで、空気を支配している圧。
息を吸うと、
湿った土と、樹脂の匂いが肺にまとわりつく。
空気が、重い。
足元の地面が、わずかに震える。
それだけで、体の奥がざわついた。
(……近づいただけで、これか)
これまで戦ってきた魔物とは、明らかに違う。
速いとか、硬いとか、
一撃が重いとか――そういう比較が成り立たない。
ここにいるだけで、場を塗り替えている。
そう感じさせる“何か”。
根が、ゆっくりとうねる。
その動きは、まだ攻撃とは呼べない。
それでも、反射的に剣を強く握り直していた。
(気を抜いたら……飲み込まれる)
知性があるのかは分からない。
感情があるのかも分からない。
だが――
(長く、生き残ってきた存在だ)
この森で、
侵入者を退け、追い払い、
あるいは――消してきたもの。
ここに在り続けた結果が、これだ。
怖い。
正直に言えば、それは否定できない。
それでも、視線は逸らさなかった。
目の前にあるのは、
名も分からない“木の化け物”。
ルーファウスは、
その圧を全身で受け止めながら――
どう生き延びるかだけを、必死に考え始めた。




