警告の先、想定外②
《フレイム》が弾け、地面が焼ける。
焦げた匂い。
乾いた音。
だが――
「……?」
樹影鬼の反応がない。
火に向かっても来ない。
避けもしない。
代わりに、
地面が、蠢いた。
燃えた地点を中心に、
地表の根が――沈む。
いや、違う。
(……退いている?)
火を嫌がった、というより、
危険と判断して距離を取った。
その動きは、異様なほど滑らかだった。
(速い……)
森狼よりは遅い。
だが――反応は、明らかに上だ。
そして、次の瞬間。
足裏から嫌な感触が這い上がった。
――遅い。
そう思った時には、すでに地面が弾けていた。
黒褐色の根が、まるで獲物を捕らえる蛇の群れのように跳ね上がる。
一本ではない。前後左右、視界の端から端まで。
「っ……!」
剣を抜くより早く、身体を投げ出す。
背中を掠める風圧。叩きつけられた地面が抉れ、土が舞った。
(……完全に、踏み込んでた)
立ち上がる暇もない。
地面を転がりながら、無理やり距離を取る。
だが、追撃は止まらない。
根は地面を伝って移動し、次の瞬間には別の角度から跳ね上がる。
避けても、避けても、逃げ場が狭められていく。
(張ってる……根を、全面に)
この一帯すべてが、攻撃範囲だ。
立ちあがり、剣を振る。
一本、断ち切る。
だが、切断面はすぐに地中へ引き戻され、新たな根が別の位置から現れる。
(数を減らせない……!)
横合いから伸びた根が足を払う。
体勢を崩し、地面に手をつく。
――来る。
直感的にそう理解した瞬間、背後から叩きつける衝撃。
肩口をかすめ、鈍い痛みが走る。
「ぐっ……!」
転がるように距離を取る。
息が荒い。
(掴まれたら終わりだ)
根は“攻撃”だけじゃない。
拘束・圧殺・引きずり込み――用途が多すぎる。
剣を構え直す。
(……冷静になれ。全部は相手できない)
息を整える暇はない。
次の触手が、すでに地面を割っていた。
次の瞬間、地面が弾けた。
左右、ほぼ同時。
逃げ場を潰すように、根が跳ね上がる。
「――っ!」
踏み込み、剣を横薙ぎ。
金属音ではない。
湿った木質を断ち切る、鈍い感触。
一条、斬断。
だが止まらない。
二条、三条。
背後からも来る。
背後からくる触手を身体を捻りかわす、
左右からくる触手を薙ぎ払う。
視界外からくる別の影、反応が遅れた瞬間、別の根が――
「ぐっ……!」
脛をかすめた。
皮が裂ける感触。
遅れて、焼けるような痛みが走る。
(浅い……が)
踏み込めない。
重心が一瞬、遅れた。
そこへ追撃。
鞭のようにしなる根が、さらに肩口を叩く。
鈍打。
骨までは届いていないが、腕が痺れる。
剣を落とさなかったのは、反射だ。
(――まずい)
呼吸が乱れる。
斬っている。生き残るために斬っている。
それでも、減った感触がない。
また来る。
剣を構え直す。
だが、腕が重い。
脛から血が流れ、靴の中が湿る。
肩の痺れで、剣筋がぶれる。
それでも――
剣は振るう。
振らなければ、死ぬ。
(このままじゃ――)
また来る。
右、左、背後。
三方向同時。
剣を横に振る。
一本、斬る。
二本目防ぐ。――遅れる。
「……っ!」
かわす。
紙一重。
(斬っても、終わらない)
剣を振るう。
斬る。防ぐ。
かわす。
――追いつかない。
右を斬れば、左。
前を防げば、足元。
一本、二本なら対応できる。
だが、同時に来る数が多すぎる。
(……処理が、追いつかない)
息が荒い。
腕が重い。
次の瞬間、再び
三方向から触手が跳ね上がった。
剣を構え――
一瞬、判断を切り替える。
「《エアスラッシュ》」
不可視の刃が走る。
狙いは一点ではない。
扇状に。
細い触手がまとめて断ち切られる。
(……減った)
完全に防いだわけじゃない。
だが、“今この瞬間に相手をする数”が減った。
剣を振るう。
残った一本を、確実に斬る。
すぐ次。
「《エアスラッシュ》」
今度は反対側。
剣が届かない距離を――削ぐ。
触手が、途中で落ちる。
勢いを失う。
踏み込む。
斬る。
かわす。
また斬る。
魔法で“間引き”、
剣で“処理”。
その繰り返し。
触手の総数は変わらない。
だが、同時に襲ってくる圧が明確に下がる。
(これなら……回る)
脚は痛む。
肩は痺れている。
余裕なんて、ない。
それでも――
死線は、一段下がった。




