課題
空が白み始めたのを見て、身体を起こした。
鐘も鳴っていない。
だが、この色なら――もうすぐ門が開く。
宿を出て、城の内側を走り始める。
石畳を踏む感触が、足裏に返ってくる。
最初は魔力を使わない。
呼吸の回数を数えながら、一定の速さを保つ。
息が三十、六十、百と重なるころ、
身体が温まり始めた。
次に、瞬間的な身体強化。
段差を越えるとき。
曲がり角で踏み込むとき。
一瞬だけ、薄く重ねる。
使った回数は、十ほど。
感覚的にも、消耗はほとんどない。
「……これくらいなら、問題ないな」
常に流す必要はない。
必要な場面で、必要な分だけ。
城内では、それで十分だ。
門が開く頃合いを見て、外へ出る。
朝の光が、森の縁を照らしていた。
能力確認を行った、あの小さな空き地へ向かう。
道順は、身体が覚えている。
到着して、まず気配察知。
広げる。
留める。
魔物の反応なし。
人の気配もない。
「……ここなら、大丈夫だな」
ここで、ステータスを開く。
魔力量は、問題なし。
走行と瞬間強化分の消費は、想定内だ。
剣を抜く。
まずは、魔力を使わない素振り。
呼吸を基準に、回数を刻む。
息が百を越えたあたりで止める。
次に、身体強化。
今度は、体感で三分を越えないを目安に。
薄く強化をかけると、
踏み込みの深さと剣速が変わる。
だが――
動きの感覚も、わずかに変わる。
「……これを、ずらさない」
強化ありでも、なしでも、
同じ動きができるように。
三分以内で切り上げる。
魔力の消費は、五ほど。
問題なし。
最後に、魔法。
水属性――ウォーターボルト。
倒木を的に定め、魔力を集める。
一発。
水の塊が直線を描き、木肌を抉る。
「……消費は、八」
威力も、感触も、想定通りだ。
二発目、三発目。
狙いは安定している。
消費も、合計二十四。
魔力量は、まだ余裕がある。
ここで止める。
深く息を吐き、魔力の流れが落ち着くのを待つ。
ステータスを閉じた。
訓練を終え、ひと息ついてから、もう一度周囲を確認した。
気配察知――反応なし。
「……じゃあ、最後だな」
道具融合スキルを意識する。
アイテムボックスの奥へ、手を伸ばす感覚。
――引っかかる。
「……あるな」
引き出したのは、細長い革袋だった。
中身を確認する。
「……これは……?」
銀色の金属製の道具。
中央に可動部があり、目盛りが刻まれている。
開く。
閉じる。
動きは、驚くほど滑らかだ。
「……測る、道具か」
木の枝を挟む。
刃の厚みを測る。
寸分違わず、数値が出る。
「……いや、これ……」
息を、飲んだ。
精密すぎる。
鍛冶屋の勘や経験とは、完全に別次元だ。
――これがあれば、
同じものを、何本でも、何十本でも作れる。
「……金になるな」
即座に、そう判断できた。
だが――
「……いや、危ない」
これを理解できる人間に見せた瞬間、
“ただの冒険者”ではいられなくなる。
工房。
貴族。
あるいは、もっと面倒な相手。
「今は、しまっておく」
迷いはなかった。
革袋ごと、アイテムボックスへ戻す。
これは金策になる。
だが、危険だ。
使うのは――
今ではない。
森を後にする。
太陽は、ちょうど木々の上に顔を出したところだ。
依頼に向かうには、いい頃合いだ。
無理はしない。
そう決めて、ギルドへ足を向けた。
ギルドの掲示板は、朝の時間帯らしく静かだった。
人はいるが、ざわつきはない。依頼を吟味する冒険者と、ただ眺めて立ち去る者が半々といったところだ。
ルーファウスはまず、採集系の依頼に視線を走らせる。
魔力草、薬草、樹脂――
どれも安定しているが、見慣れた内容だった。
次に、掲示板の一角。
常に貼り出されている、紙の色が少し違う列に目を向ける。
「常設:魔物討伐依頼(Fランク以上)」
討伐対象は森に生息する小型魔物。
数は少なく、危険度も低い。だが――
(ランクアップ条件に含まれる、か)
ルーファウスはそこで足を止めた。
討伐数、依頼達成率、生還率。
ギルドが冒険者を評価するための、最低限の“実績”。
採集だけでは、いずれ頭打ちになる。
(まずは……確認からだな)
「Fランクの常設討伐依頼を受けたい」
ミレーネは一瞬だけ視線を上げ、すぐに書類へ戻す。
「対象はグレイウッド森林の安全域に出没する小型魔物です。
討伐対象は指定なし。鑑定の上で討伐、証明部位の提出が条件になります。
あと常設なので、特に申告も必要ないです。」
「採集依頼と併用は?」
「可能です。魔力草の納品依頼は別枠扱いになりますが、
討伐実績はランク評価に加算されます」
(問題ないな)
「それで頼む」
「了解しました。
魔力草の納品ですね」
書類が処理され、木札が一枚差し出される。
「討伐対象は現地判断になります。
無理はなさらずに」
「承知している」
ルーファウスは依頼を受けギルドを出て、ギルド前の通りを歩いていたときだった。
「――朝は、早い方だな」
不意にかけられた声に、ルーファウスは足を止める。
振り向くと、少し距離を取って立つ男が一人。
年の頃は四十前後。
「……誰だ?」
警戒を隠さず問い返すと、男は気にした様子もなく肩をすくめた。
「名乗るのが先か。
ヴァルド・エル=クローヴ。灰暁のクランの長だ」
「俺が、君を知っている理由を考えてる顔だな」
ヴァルドはそう言って、片目を細める。
「朝だ。
城門が開くより前から、身体強化を“瞬間で切って”走ってた」
ルーファウスの指先が、わずかに緊張する。
「城内じゃ、魔力はほとんど使わなかったな。
それでも動きが軽かった」
――見られていた。
「ああ、後、鑑定で名前も出てた。
確かルーファウス、だったな」
わざとらしくない口調。
だからこそ、油断ならない。
「クラン?勧誘か?」
短く聞く。
「違う」
即答だった。
「新人だな。無理はするな。
伸びる前に潰れる奴を、何人も見てきた」
ヴァルドは一歩も踏み込まず、ただ告げる。
「灰暁は、若いのが多い。
それで気になって声をかけた。もし、興味ができたら場所はギルドに聞け」
一瞬の沈黙。
それで終わりだった。
男は人混みに紛れていく。
ルーファウスは、その背中をしばらく見送ってから、
静かに歩き出した。




