春の森にて
森の外縁部に入り、しばらく進んだところで、ルーファウスは足を止めた。
落ち葉の踏み方が、少しだけ乱れている。
(……獣、だな)
痕跡は浅い。
重さもない。
人のものではないし、魔獣と呼ぶほど荒々しくもない。
森ではよくある――
小動物の移動跡だ。
念のため、意識を落ち着ける。
(気配察知)
魔力を薄く、周囲に広げる。
反応は、複数。
だが、どれも遠い。
小さな生命の揺らぎ。
警戒すべき濃度ではない。
(問題なし)
それ以上は踏み込まない。
安全確認の依頼であり、追跡は不要だ。
歩を進めながら、視線を低く保つ。
枝葉だけでなく、地面。
日当たり。
湿り気。
(……あった)
木の根元、日陰と日向の境目。
淡い緑色の葉が、群れている。
魔力草。
踏み込まず、周囲を確認する。
再度、気配察知。
近くに動く気配はない。
(採れるな)
しゃがみ込み、根を傷めないように指で土を崩す。
一株ずつ、丁寧に。
数は多くない。
三株。
だが――
この時期、この状態なら十分だ。
革袋にしまい、立ち上がる。
それ以上は探さない。
欲張らない。
初依頼だ。
無理をする理由はない。
太陽の位置を確認する。
まだ高いが、戻るにはちょうどいい。
(安全確認、異常なし。
採取、小成果あり)
頭の中で報告内容をまとめ、来た道を戻る。
森は静かだ。
春の森らしい、穏やかな静けさ。
――今日は、それでいい。
森を出た時点で、日はまだ高かった。
城門をくぐり、そのままギルドへ向かう。
初依頼としては、極力余計なことをせず、予定どおりだ。
ギルド内は昼下がり特有の落ち着きがあった。
「森の調査依頼ですね?」
受付の女性が顔を上げる。
「ああ。外縁部を中心に確認した。
獣はいたが、動きは自然。魔物の兆候はなし」
「了解しました。問題なし、で完了ですね」
淡々と処理が進む。
書類に視線を落としたまま、ミレーネは続けた。
「今回確認されたのは、グレイウッド森林の南側外縁部です」
ルーファウスは、わずかに頷く。
「あの辺りは静かだな」
「ええ。
魔物はほとんど出ません。獣が中心です」
経験を積みたい人は、
同じ森でも中央部以北に向かいます」
「ランクは?」
「中央部で E〜D。
北側は C以上 が混じりますね」
ルーファウスは内心で線を引く。
「それに、最近は――」
彼女は言葉を切り、指で机を軽く叩いた。
「多くの冒険者は、東のダンジョンに流れています」
「ダンジョン……」
「ええ。
素材も経験値も、効率がいいですから」
なるほど、と納得する。
だからグレイウッド森林の南側は、
新人と調査依頼だけが残っている。
短いやりとりだったが、十分だった。
森の構造。
冒険者の流れ。
自分の立ち位置。
(今は南側でいい)
そう判断し、ルーファウスは金を受け取った。
「採取品はありますか?」
「魔力草を三株」
革袋を開けると、彼女は中身を確認した。
「春物ですね。状態は普通。
一株 銅貨5枚 で買い取れます」
(ん?昨日より単価があがっている)
「……分かった」
頷き、続けて依頼報酬が提示される。
「Fランク調査依頼、報酬は 銅貨20枚。
合わせて 銅貨35枚 になります」
依頼報酬:銅貨20枚
魔力草:銅貨15枚
合計:銅貨35枚
金額としては控えめだが、不満はない。
金を受け取ろうとしたところで、
ルーファウスは一拍置いて口を開いた。
「ひとつ、聞いてもいいか」
「はい?」
「一般的な魔法職についてだ」
ミレーネは少しだけ姿勢を正した。
事務的だが、質問には慣れている様子だ。
「ソロじゃなく、仮にパーティーを組む場合。
魔法を専門にしている冒険者は――」
一瞬考え、言葉を選ぶ。
「どれくらいの魔法を、何種類使えるのが普通だ?」
彼女は即答した。
「F〜Eランク帯なら、
攻撃魔法を2〜3系統、
各系統で2〜3種類が一般的ですね」
「属性は?」
「火か風が多いです。
系統のイメージとしては
水は補助寄り、土は防御向けですね」
「……回数は?」
「魔力量にもよりますが、
戦闘向け魔法なら10発前後で息切れする人がほとんどです」
ルーファウスは内心で計算する。
(魔力量と熟練度頼み、か)
「回復魔法は?」
「Fランクだと使えない人も多いです。
使えても、軽い治療止まりですね」
「Cランクの魔法職、というと?」
「上級魔法を扱える層ですね」
受付嬢は迷いなく答えた。
「得意な系統で、二つか三つほど」
「それが普通なのか?」
「ええ。
生まれ持った属性の範囲で、ですが」
「複数属性も?」
「三つくらいまでは珍しくありません」
淡々とした口調だったが、内容は重い。
「それより上は?」
軽い問いだった。
受付嬢は肩をすくめる。
「B以上になると、正確な情報は出回りません。
噂話ばかりです」
それでいい、とルーファウスは思った。
(今の自分が気にする領域じゃない)
「なるほど」
それだけ言って、話を切り上げる。
深追いはしない。
必要な情報は得た。
「参考になった」
「いえ。お気をつけて」
ギルドを出る。
(……普通、か)
自分の立ち位置を、静かに確認しながら。




