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魔力の残滓

 意識が浮上するまでに、少し時間がかかった。

 深く眠っていたはずなのに、身体の奥に鈍い重さが残っている。


 ルーファウスはゆっくりと目を開け、天井を見つめた。


(……回復は、してるな)


 魔力の循環を確かめる。

 空白だった感覚は戻っている。量も、普段通りだ。

 数値上は問題ない――それはすぐに分かった。


 だが、起き上がる動作にわずかな抵抗があった。

 痛みではない。怠さとも少し違う。

 芯に残る疲労。


 完全に使い切った代償だ。


 ベッドの端に腰掛け、ステータスを開く。


 数字だけ見れば、全回復。

 ルーファウスは静かに息を吐き、頭の中で整理する。


「完全枯渇は――」


 一つずつ、言葉にして確認する。


「一晩で魔力は戻る。

 でも、疲労は残る。

 判断力はなんとも言えないが、余裕が削れる」


 指を軽く握る。力は入る。

 だが、無意識動作のキレは戻りきっていない。


「……連日やったら、確実に鈍る」


 これは訓練だ。

 だが、常用していい手段じゃない。


「安全圏で、単発。

 それ以外は――自殺行為だな。

 ん?ウォーターの熟練度があがっているな。」


 数値は一段階。

 だが、こういう差は使ってみないと分からない。


 ルーファウスは洗面桶の前に立ち、掌をかざす。


「《ウォーター》」


 魔力を流す。


 ――違和感がなかった。


 水は静かに生まれ、狙った位置に落ちる。

 昨日まで感じていた、発動直前の引っかかりがない。


(……素直だ)


 魔力が、無駄なく通っている感覚。

 消費量が劇的に減ったわけじゃない。

 威力も変わらない。


 だが――


「安定してる」


 それだけで、十分だった。


 もう一度、意識的に魔力を流す。

 今度は最小限。

 それでも魔法は問題なく成立した。


(これが……回路が覚えた、ってやつか)


 完全に使い切ったことで、

 魔力の流し切り方を身体が理解した――

 そんな感覚があった。


 桶の水面を見つめ、静かに頷く。


「……収穫は、あったな」


 代償は軽くない。

 だが、意味はあった。


 次は無理をしない。

 だが――必要なら、またやる。


 身支度を終え、部屋を出る直前。

 ルーファウスはふと、昨日の感覚を思い出した。


(……《道具融合》)


 意識を向ける。

 スキル名を思い浮かべると、自然とアイテムボックスの感触が立ち上がる。


 箱の中に、手を伸ばす――

 というより、出口を意識する。


 ――その瞬間。


(……来た)


 指先に、わずかな抵抗。

 何かが“形を取る”直前の、引っ掛かるような感覚。


 次の瞬間、

 生成が完了したと、直感で分かった。


 手を引き抜くと、小さな箱が現れる。

 薄い紙製のケース。

 中には、寸法の揃った釘が整然と収まっていた。


「……釘、か」


 一本取り出す。

 真っ直ぐで、表面処理も均一。

 おそらくこの世界の鍛冶屋の打った釘とは、工程そのものが違う。


 収納から出したというより、

 作って、出した。


 道具融合――

 名前負けはしていないらしい。


 試すように、ルーファウスは再び意識を集中させた。


(もう一度、生成……)


 同じように、スキル名を思い浮かべる。

 アイテムボックスの出口を意識する。


 ――だが。


(……?)


 何も起きない。

 引っ掛かりが、発生しない。


 もう一度、少し強く意識を込める。

 生成をイメージする。


 それでも、反応はなかった。


「……生成、できない?」


 アイテムボックスは感じ取れる。

 だが、中に出てくる気配がない。


(素材が足りない?

 条件が違う?)


 分からない。

 だが一つだけ、はっきりしている。


 さっきの生成で、

 今日は何かを使い切った。


 ルーファウスは釘の箱を見下ろし、静かに息を吐く。


「……万能じゃない、か」


 生成できる。

 加工もできそうだ。

 だが、好きなだけ、というわけではない。


 だが今日の分は――

 もう、終わったらしい。


 釘の箱をアイテムボックスにしまう。


(使うタイミングは……覚えておかないとな)


 そう心に留め、朝の光の差す部屋を後にした。

 宿屋を出る時、ルーファウスは一度、外の空を見上げた。


 雲は薄く、日差しは柔らかい。

 空気に、冷えすぎない春特有の匂いがある。

(……春だな)


 暦。

 一年は十二の月に変わりなしとルーファウスの記憶が教えてくれた。


 森で倒れ、目を覚ましたとき。

 寒さに震えることも、暑さに体力を奪われることもなかった。

 あれは――この季節だったからだ。


 ギルドの朝は静かだった。

 人はいるが、騒がしくはない。

 掲示板の前に立つと、ルーファウスは自然と一番下の段を見る。


 Fランク。

 森の外縁部、安全確認。


 初依頼として、これ以上は望まない。


 依頼書を持ち そこにいたのは、昨日見かけた受付嬢だった。


 整った顔立ち。

 派手ではないが、目を引く。

 声を掛けられるたび、周囲の冒険者の反応が少し柔らぐ――

 そんなタイプの美人だ。、受付へ向かう。


受付に立つ女性――ミレーネは、今日も周囲の視線を集めていた。

 整った顔立ち。

 柔らかな物腰。

 だが、仕事の手は止まらない。


「初依頼ですね」


 視線を合わせ、静かに言う。


「場所は森の外縁部。

 日が高いうちに戻ってください」


「……どの辺りまでを“高い”と?」


 そう問うと、ミレーネは少しだけ目を細めた。


「南門の城壁を基準にしてください。

 影が門の半分を超えたら、戻り時です」


 なるほど、と思う。


 この街では、城門と影が時を示す。

 鐘楼が鳴るのは、一日に二度だけ。

 朝は門の解放を告げ、

 夕刻は街を夜へ移し、

 そして非常時のみ、例外がある。

 細かい時間は、誰も数えない。


 必要なのは――

 戻れるかどうかだけだ。


「承知した」


 短く答えると、ミレーネは頷いた。


「森は春でも油断は禁物です。

 ……ですが、今日は問題ないでしょう」


 その言葉に、余計な感情は乗っていない。

 それでいて、突き放してもいない。


 ちょうどいい距離感だった。


 城門へ向かう道すがら、

 ルーファウスは自然と、自分の足運びを確かめていた。


 身体の動き。

 呼吸の乱れ。

 地面の感触。


(……そうだ)


 不意に、記憶が蘇る。


 この世界に来て、

 森で倒れたあの日。


 混乱し、

 戦闘経験もない。


 魔物が現れ

 それでも――

 生きていた。


(身体強化……5)


 毎日積み上げた5だった。


 朝、起きて。

 短時間でも、欠かさず。

 走り、踏み込み、身体を使い切る。

 ルーファウスは狩人として生きる上での努力を怠らず

 日課としていた。 

 

 広い世界を見る為の目標をかなえるために

 

 あのとき――


 ルーファウスの日々の積み重ねが、命を繋いでくれた。

 考えるより自然と体が動いた。


 あの日の自分は、

 たまたま助かったんじゃない。


 胸の奥に、静かな熱が灯る。


(……やめる理由は、ないな)


 これから先も。


 訓練は――

 続けていこう。


 城門前で、兵士に声をかける。


「すみません。

 朝と夕方の開閉の目安を確認したく」


 年長の兵――ガイウスが答える。


「朝は、城壁に影が落ちなくなった頃。

 夕方は、影が門を覆い始めたら閉める」


 若い兵、エルンが補足する。


「今は春だ。

 日が長い。だが油断すると帰れなくなる」


「ありがとうございます」


 兵たちは頷いた。


 時間は、刻まない。

 だが、街は時間を知っている。


 城門。

 影。

 太陽。


 それで、十分だった。

門を抜け、森へ続く道に出る。


 芽吹いたばかりの葉が、風に揺れている。

 春の森は、まだ優しい。


(初依頼は……確認だけ)


 だが、気を抜く理由にはならない。


 ルーファウスは一歩、森へ踏み出した。


(明日からは、朝の訓練だ)


 そう心に刻みながら。


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