価値を量る
ギルドを出て、少し歩いた先に《グラッド雑貨》はあった。
木の扉を押すと、革と金属の匂いが混じった空気が鼻をつく。
店内には、冒険者向けと思しき品が無造作に並んでいた。
「塩を入れる容器を探してるんだが」
店主は一瞬だけルーファウスの装備を見ると、奥から小筒をいくつか出す。
「湿気を嫌うなら、これだな。
錫張りで、内側は滑らかに仕上げてある」
手に取ると、ずしりと重みがある。
蓋も固く、簡単には外れそうにない。
「どれくらい入りますか?」
「塩で詰めて、百グラム前後だ。
持ち歩くにはちょうどいい」
悪くない。
持ち運びにも、取引にも都合がいい。
「値段はいくらです?」
「一本、銅貨三枚」
……安くはない。
だが、壊れたり湿気たりすれば意味がない。
頭の中で、自然と計算が走る。
(十本で銅貨三十枚……銀貨三枚)
塩が一本、銀貨一枚で捌けるなら――
十分、元は取れる。
「十本、下さい」
店主は眉をわずかに上げたが、何も言わずに包み始めた。
「いい買い物だと思うぜ。
商売するなら、容器はケチらない方がいい」
それには、同意だった。
商業ギルドは、冒険者ギルドよりも空気が静かだった。
声は低く、動きは速い。
金の匂いだけが、はっきりしている。
受付に容器を並べると、職員の視線が自然と集まった。
「塩の持ち込みをお願いしたい」
「用途は?」
「食用で」
人目のない場所で、売る分だけを取り分けた。
カウンターに並べたのは、七本。
職員は数を数え、視線を上げる。
「……こちらで全部、ですか?」
「……ああそうだ。」
一本ずつ、手早く確認が進む。
職員は一つ蓋を開け、指先で少量を摘む。
匂いを確かめ、舌先でわずかに触れた。
「……精度が高いですね」
「品質に問題なし。
一本、銀貨一枚。
七本で、銀貨七枚です」
異論はない。
銀貨が机に並ぶ。
容器代を差し引いても、
銀貨四枚が残る計算だ。
「継続して持ち込めますか?」
「わからない」
「では、次があれば優先的に見ます」
淡々としたやり取り。
だが、悪くない。
宿に戻る頃には、街の空気が少しだけ変わっていた。
夕餉を終えた匂いが、路地に滲んでいる。
焼いた肉、煮込み、安い酒。
昼間の喧騒とは違う、生活の音だ。
辺境の街らしく、夜は早い。
だが、完全に眠るわけでもない。
酒場の笑い声。
馬のいななき。
遠くで、門を閉める金属音。
昨日世話になった宿は、相変わらず落ち着いていた。
豪華ではない。
だが、清掃は行き届いている。
冒険者と商人が、無理なく泊まれる――そんな宿だ。
床板は少し軋むが、壁は厚い。
夜に騒げば、苦情が来る程度には静かさが保たれている。
カウンターに声をかける。
「少し、水を張れる容器をお借りしたいのですが」
「湯桶でいいかい?」
「助かります。水魔法を使うので」
宿主は一瞬考え、頷いた。
「床を濡らすなよ。
下に染みると面倒だ」
「気をつけます」
「床を濡らさなきゃ、好きに使いな」
部屋に戻り、扉を閉める。
外の音が、ふっと遠ざかった。
背負い袋を下ろし、机の上に中身を並べる。
銀貨と銅貨。
地図。
塩の容器。
量は多くない。
だが、どれも今日、自分で得たものだ。
(金は当面足りる)
(寝床も確保した)
(街の様子も、だいたい掴めた)
今日は、もう一つ試すつもりだった。
それは、魔力が尽きると、どうなるのか。
森での検証では、これはできない。
危険な場所で、リスクを背負うつもりはないからだ。
だが、今は違う。
安全な場所。
――今が、ちょうどいい。
湯桶に視線を落とし、息を整える。
魔力の巡りを意識すると、
体の奥が、かすかに冷えていくのが分かった。
まだ、いける。
そう判断して、水を生み出す。
「《ウォーター》」
水は安定して生成される。
だが、十回を超えたあたりで、感覚が変わった。
――重い。
魔力を引き出すたび、
腕ではなく、内側が引きつる。
最後の一回。
水は出た。
だが、同時に視界が一瞬だけ白くなる。
足元が、わずかに揺れた。
……これ以上は、危ない。
そう判断した瞬間、
魔力の流れが、ぷつりと途切れた。
胸の奥が空洞になったような感覚。
息はできるが、深く吸えない。
立っていられなくなり、
ベッドに腰を下ろす。
魔力枯渇――
命に関わるほどではないが、
動く気力は、残っていなかった。
窓の外から、通りの音がかすかに届く。
酒の匂い。
焼いた肉の匂い。
遠くで笑う声。
街は、まだ生きている。
その音を聞きながら、
いつの間にか、意識が沈んでいった。




