拠点としての街
森を抜けて街に戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
まだ陽は高いが、足の重さは隠せない。
――先に寝床を確保する。
昨日と同じ宿で三泊分の部屋を押さえ、荷を置くとすぐに外へ出た。
背負い袋の中身を思い返す。
塩袋が湿っていた。容器を替える必要がある。
ギルドへ向かう途中、雑貨屋を見つけて足を止めた。
「塩を入れられる容器はありますか?」
「錫張りの小筒だ。腰にも下げられる」
「いくらですか」
「銅貨三枚」
悪くないが、保留だ。
先に売却額を確定させる。
店の名前だけを覚え、ギルドへ向かう。
昼下がりのギルドは、冒険者で程よく混み合っていた。
「魔法書の返却を」
「問題ありません。……森に?」
「浅いところだけですよ」
続けて魔石を出す。
「バウンドウルフが一つ、E。
ゴブリンが二つ、F。
ボーンラビットが一つ、F」
「合計で、銀貨一枚と銅貨二十一枚です」
金を受け取り、ルーファウスは頷いた。
今日の収穫としては、悪くない。
受付嬢はそこで、ちらりと彼のギルドカードを見る。
「……Fランクで、この内訳は悪くありません」
評価は控えめだが、否定はない。
「ランクを上げる条件って何です?」
「FからEへは単純です」
彼女は指を一本立てた。
「Eランク相当以上の魔物を複数討伐し、
それが実績として認められること。
もしくは――」
一拍置いて、続ける。
「Fランク依頼を十件達成することですね」
「採取依頼も含まれますか?」
「依頼として受けたものなら。
ただし、自由採取は実績にはなりません」
――金にはなるが、評価にはならない。
「試験とかは?」
「Eランクまではありません。
それ以上になると、実技確認が入ります」
つまり――
今は数を積め、ということだ。
「わかりました」
精算が終わったところで、ルーファウスは自然な調子で続けた。
「あと、魔力草も少し見つけたんですが。買取をお願いしても?」
受付嬢は頷いた。
「生のままで状態が良ければ、買取できます。
今は需要がありますから」
「いくらですか?」
「量にもよりますが……この分なら、銅貨四枚ですね」
悪くない。
ランク実績にはならないが、当面の資金にはなる。
「それでお願いします」
銅貨を受け取り、ルーファウスは革袋を結び直した。
「ところで……この辺りの地図は、ギルドで扱ってますか?」
受付嬢は驚いた様子もなく、頷く。
「はい。
街と主要街道、周辺地域までをまとめた簡易地図があります」
机の下から一枚の紙束を取り出し、示した。
「こちらで――銀貨一枚です」
即答だった。
値段に迷いはないらしい。
「詳細な地形や未踏域までは載っていませんが、
移動には十分だと思います」
「……それでお願いします」
ルーファウスは銀貨を一枚差し出した。
地図を受け取ったものの、
どこをどう見ればいいのか、正直まだ掴めない。
受付嬢がそれを察したのか、自然に説明を添える。
「今いるのが、この街――ラドニアです」
受付嬢の指は、地図の端に近い場所をなぞる。
「国境線に近い位置ですが、
周辺地域をまとめる拠点都市で、
いくつかの街道がここを経由します」
「この街は、国境防衛の要でもあります。
騎士団と冒険者が常駐していて、
森やダンジョンへの対応も任されています」
「ですから、依頼は途切れにくいですね」
「周辺の小国や未整備地域との境でもありますから」
魔物の出る森と、確認済みのダンジョン。
仕事に困る要素が見当たらない。
地図の端に、
小さく書き添えられた村名があった。
「この地図は、主要街道と、
その沿いの村だけを載せています。
冒険者が通る可能性のある場所、ですね」
街道沿いの村の一つ。
生まれた村だ。
詳しい位置や距離までは分からない。
だが、方向だけは把握できる。
――今の生活圏からは外れている。
顔見知りに会う可能性も低くなる。
願わくば余計な過去を持ち込まずに済むのが望ましい。
もともと向かうつもりだった街より、
今の自分には都合がいい。
人物、仕事、情報。
どれを取っても、ここは使える街だ。
精算が一段落したところで、
ルーファウスは思い出したように口を開いた。
「……塩を売りたいんですが」
受付嬢は少しだけ視線を上げる。
「食用の塩でしたら高くつきます。
銀貨単位ですね。
ですが、魔物処理用や保存用でしたら、
銅貨十枚前後が相場です」
ルーファウスは短く考え、頷いた。
「でしたら、冒険者ギルドではなく、
商業ギルド経由の方がいいですね」
「相場とかは?」
受付嬢は少し考えるようにしてから、口を開く。
「品質次第ですが……」
指先で帳簿を軽く叩く。
「未加工で不純物が少ないなら、
街の相場で銅貨数枚から十枚前後。
需要は安定しています」
安すぎもしない。
だが、雑に売るには惜しい。
「容器が必要ですよね」
「ええ。
湿気を防げるものが望ましいです」
受付嬢は少し間を置いてから続けた。
「この近くでしたら、《グラッド雑貨》。
冒険者向けの保存容器を扱っています」
「理由は?」
「丈夫で、値段も現実的です。
商業ギルドに持ち込む前の準備には向いています」
押し売りの気配はない。
事実だけを並べている。
「分かりました。ありがとう。」
判断材料は、揃った。




