静かな始まり
柔らかな朝日が差し込み、ルーファウスはゆっくりと目を覚ました。
転生してからの慌ただしい一日を終え、ようやく迎えた“街での朝”。
窓を開けると、白い朝靄の向こうに、
城壁に囲まれた街──ラドニアの穏やかな気配が広がっていた。
パンの香り、馬の鳴き声、荷車のきしむ音。
街が静かに動き始めているのがわかる。
(……今日はギルド登録、だな)
眠気を払うように軽く伸びをし、階下へ向かう。
◆カモミール亭の朝──簡素な朝食
宿の食堂では、女将の グレタ がすでに朝食を整えていた。
「おはようさん。朝食はそこの席で食べていっておくれ」
ルーファウスは軽く礼をして席につく。
用意されていたのは、素朴な黒パンと温かいスープ。
派手さはないが、旅の身体には十分ありがたい。
「ギルドへ行くなら、広場の横だよ。すぐ分かるさ」
「助かります」
短いやり取りを交わしながら、朝食を静かに終える。
食べ終えて宿を出ると、ラドニアの街は
ちょうど朝の活気が満ち始める時間帯だった。
石造りの重厚な建物。その中央に吊るされた巨大な木製の看板には、二振りの交差した剣の紋章。
朝の静けさの残るラドニアの街で、ここだけは早くも数名の冒険者が行き交っている。
ルーファウスが扉を押し開くと、室内に漂う革と鉄の匂い、話し声、武具の擦れる音が一気に押し寄せた。
受付には三つ並んだ窓口。その一番左で、茶色の髪をすっきり束ねた中年の受付嬢が書類整理をしていた。
気さくそうな雰囲気だが、どこか冒険者慣れした落ち着きがある。
「おはようございます。登録の方ですか?」
柔らかく声をかけてくる彼女の名札には──
《受付:マリナ》
とある。
「はい、ルーファウスといいます。登録をお願いしたくて」
「はい、ではまず身元確認のために名前と年齢。それから読み取り式の魔力反応測定をお願いしますね」
手際よく説明しながら、マリナは机の下から一枚の薄い金属板を取り出した。
手のひら大で、魔法陣が微かに光を帯びている。
「こちらに手を置いていただくと、魔力反応に応じて基礎枠が生成されます。
……あ、大丈夫ですよ。あなたの魔力内容までは読み取りません」
促されるまま手を置くと、板の魔法陣が淡い青光を放ち、数秒後、カード状の薄板が浮かび上がった。
それをマリナが受け取り、確認しつつ説明を続ける。
「こちらがあなたのギルドカードです。
まず階級の説明ですが──」
彼女はカウンター横に掲示されている階級表を指さした。
【ギルドカード色階級(下位 → 上位)】
灰ランク:登録直後の一般新人 危険度の低い依頼しか受けられない。
銅ランク:最低限の実績がある冒険者 世間では Eランク相当 と認識される。
銀ランク:単独行動を認められる熟練 世間的には D〜Cランク と見なされる。
金ランク:大規模依頼を任される実力者 世間的イメージは B〜Aランク。
白金ランク:国家級クエストを受けられる英雄格 国とギルドの双方から保護対象になる。
黒ランク:特殊任務専門・非公開階級 世間には正式に公表されない。
「新規登録の方は一律で灰ランクからの開始です。
冒険者のランクとして一般的に“Fランク”と呼ばれているのは、この灰ランクのことですね」
ルーファスは心の中でうなずく。
いわゆる最底辺スタート、というやつだ。
マリナがカード裏面を指で軽く叩く。
「こちら、裏側に刻まれた線が見えますか? これが遮断刻印といって、
“鑑定による情報読み取りをどこまで許可するか”を制御する魔法式です」
微細な線が組み合わさり、魔術回路のように刻まれている。
「ギルドカードを媒介として、対象者の魔力層と連動しているので──
カードが“非公開”と設定している情報は、外部から鑑定しても読み取れなくなる仕組みです」
「つまり……ステータスを隠せる、ということですか?」
「ええ。スキルやレベル、保有魔法など……公開したくない項目は全て“遮断”されます」
「ちなみに……悪党の連中は抜け道を探したりしますが、
この遮断刻印は“魔力署名”と紐づいていますので、
カードを持つ本人以外が書き換えるのはほぼ不可能ですね」
「……じゃあ、その刻印を使わずに
身分を誤魔化す人間も、いるんですか?」
マリナは苦笑し、少し声を落とした。
「います。
そういう連中は、私たちは“闇ギルド関係者”と呼んでいます」
「闇……」
「正式なギルドに属さず、
偽造カードや魔力署名のない簡易証を使う者たちです。
本ギルドのカードとは、そもそも別物ですね」
「鑑定しても、何も出ない……?」
「ええ。
だからこそ、街ではすぐに怪しまれます。
宿も借りづらいですし、
仕事も回ってきません」
「ルーファスさんの現在のカードは──」
【名前】
【年齢】
【種族】
「この程度が他人から見える“公開領域”ですね。
レベルやスキルは非公開のままで問題ありません」
ルーファスはほっと胸をなでおろす。
彼のスキルはあまりにも特殊だ。軽々しく他人に知られたくはなかった。
受付はルーファスのカードを指し示しながら、説明を続ける。
「ギルドカードには、個人の魔力と同調する“魔術式の層”が三段階で刻まれています。」
【ギルドカードの魔術構造】
記録層
冒険者のステータス・実績・スキルを記録する層。
これはカードの核で、本人の魔力がないと反応を示さない。
遮断層
外部の鑑定魔法を屈折させ、読み取りを阻害する。
“見せる情報”と“隠す情報”を選別するフィルタ。
認証層
ギルドの公式刻印。偽造を防ぎ、カードを国際的に有効化する。
「非公開設定にした情報は、遮断層によって“認識不可”に分類されます。
鑑定魔法がカードに触れても、その部分だけ空白に跳ね返される仕組みです」
ルーファウスは眉を上げた。
「魔術でそこまで細かく制御できるのか」
「ギルド本部の魔術工房は世界最高峰なんです。
この技術のおかげで、冒険者は自分の身を守れるわけですからね」
受付はにこりと笑う。
「なので、ルーファウスさんが非公開にした部分は
ギルドでも、他の冒険者でも、誰にも見えません。
そこはどうぞご安心を」
「あと、もうひとつ。
このカードには“預託機能”も付いています」
「預託……?」
「ええ。ギルドを通して銀貨や金貨を預けると、
残高がカードに記録されます。
引き出せるのは、魔力署名が一致した本人だけです」
「盗まれても、使えない?」
「その通りです。
だから冒険者は、現金を大量に持ち歩かなくて済むんですよ」
ルーファウスは静かに礼を言い、カードを大事そうにしまった。
◆登録完了
「はい、これで手続き完了です。ようこそ──ラドニア冒険者ギルドへ」
マリナが微笑みながらギルドカードを差し出す。
薄く光る灰色のカード。
そこに自分の名が刻まれているのを見た瞬間、ようやくルーファウスも実感を覚えた。
冒険者としての一歩を踏み出したんだ。




