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ラドニアの夕暮れ──最初の夜

門をくぐると、外の薄暗い街道とはまるで別世界だった。


夕刻のラドニアは、民家の窓や街灯代わりの魔導灯が通り沿いにぽつぽつと灯りはじめ、

石畳の通りを柔らかく照らしている。

料理の匂いが風に乗り、どこか懐かしい、

“人が暮らしている匂い”がルーファスの鼻をくすぐった。


「……本当に、(異世界の)街に来たんだな」


森の静寂とは違う、人の声のざわめき。

小さな子どもの笑い声、家畜を納屋へ戻す音。

それらひとつひとつが、胸の奥の緊張をじわりと溶かしていく。


道を進むと、道端に小さな宿の看板が見えた。

“くつろぎの宿──《カモミール亭》”

手書きの文字だが温かみがある。


扉を開けると、ふわりとハーブの香りがした。


「いらっしゃいませ。お疲れでしょう?」


受付にいた白髪混じりの女性が、柔らかく微笑む。

清潔な布と磨かれた木のカウンター……

決して豪華ではないが、落ち着いた空気が流れていた。


「はい。森を抜けてきたばかりなんです」


「まあ……危ないところを。

 一泊なら銀貨一枚銅貨5枚、夕食をつけるなら銀貨二枚になりますよ」


銀貨二枚。

荷物袋の中を指先で探り、ルーファスは素早く支払う。


「お願いします」


鍵を受け取り、食堂へ向かうと

ちょうど夕食の時間帯で、肉と野菜の煮込みの匂いが漂っていた。


宿「カモミール亭」の食堂は、夕刻の客でほどよく賑わっていた。

天井に吊られた燭台が揺れ、木製の長テーブルには旅人や商人が腰を下ろしている。

焚き火の匂いと、人々の談笑が混ざり合い、外の冷気が嘘のように暖かい。


ルーファウスの前に運ばれてきた夕食は、宿泊客用の「並の夕餉」だという。


野菜の薄い塩スープ


焼き立てだが固めの黒パン


香草と塩のみで仕上げた鶏肉のロースト


「……いただきます」


スープをひと口含んだ瞬間、

風間としての modern tongue が反応する。


(やっぱり薄い……。というか、ほぼ塩湯だなこれ)


旨味調味料もブイヨンもない。

野菜を煮ただけの“本当に素朴な味”。


しかし、この世界の人々は慣れたものだ。

隣の席の商人らしき男は、何気なくパンをちぎり、

スープに浸しては満足げに噛んでいる。


「ここのスープは胃に優しくていいんだよなあ」


そんな声が聞こえ、ルーファウスは少し肩の力を抜く。


(……そうか、これは“良い食事”なんだ)


黒パンも、単体では歯ごたえが強く重たい。

だが、スープに浸すとゆっくり柔らかくなり、

噛むほどに穀物の香りが広がっていく。


そして鶏肉。


塩と香草だけの控えめな味付けだが、

噛むたびに肉の旨味が滲み出て、

これは現代の舌にも十分に“美味しい”。


(……シンプルなんだけど、疲れた体に染みるな)


周囲を見渡せば、食堂は質素だが温かい光景で満ちている。

旅の途中らしい青年が大きな欠伸をしつつ骨付き肉をかじり、

地元客らしき老夫婦が静かにスープを分け合っている。


過剰な味付けも派手な盛り付けもない。

けれど、人々の顔はどこか満たされていた。


その光景を眺めながら、ルーファウスは

ふと胸の奥で何かが落ち着くのを感じる。


(……ああ、俺、ちゃんと“こっちの世界で生きてるんだ”)


見知らぬ土地で食べる初めての温かい夕食。

現代とは違うが、確かに“うまい”。


器に残った最後の一滴までスープを飲み干し、

ルーファウスは静かに息をついた。


「ごちそうさま。……悪くないな、本当に」


部屋に入った瞬間、ルーファウスは静かに息を吐いた。

「カモミール亭」の個室は八畳ほど。木の壁、油ランプ、藁入りベッド。

豪華ではないが、外気を遮る“屋根の下”というだけで安心感がある。


荷物を下ろすと、まずは戦闘の痕を確かめた。

革鎧には乾いた血と泥が薄くこびりついている。

腕をめくれば、小さな切り傷がいくつか。


(軽い擦り傷程度か……まあ、これなら問題ない)


街中を歩くには少しみっともない汚れだ。


生活魔法クリーンアップ


無詠唱の光が身体を包み、付着した汚れがすべて消える。

髪の重さも皮膚のざらつきも消え、

まるで湯浴みを終えた後のように軽くなった。


(文明レベルは低いのに、魔法のおかげで何とかなる……正直助かる)


腰袋の中身を広げる。


銀貨31枚


銅貨47枚


加えて、森で少しずつ貯めていた“生活費の残り”が銀貨10枚ほど。


(……ぎりぎりだな。街で働かないと、近いうちに詰む)


この世界の通貨は五種類で統一されている。


白金貨(1枚=金貨100枚)


金貨(1枚=銀貨100枚)


銀貨(1枚=銅貨10枚)


銅貨(1枚=葉銅貨10枚)


葉銅貨(最小単位)


一般的な生活基準はこうだ。


金貨1枚あれば“一般の人が数ヶ月は暮らせる”が可能


銀貨1〜2枚で“1日の一般的な生活費”


銅貨数枚で簡素な食事やパン


つまり、ルーファウスの所持金は、

“数週間は慎ましく暮らせるが、余裕はない”

というレベルだ。


■宿の質と、生活感のギャップ


部屋代は一泊 銀貨1枚と銅貨5枚。

この国では標準的な金額だという。


ただし設備は現代人には厳しい。


水道なし


トイレ共同


風呂は大浴場を銀貨1枚で利用(噂レベルであるが)


照明は油ランプ


(……水と風呂のハードルが高すぎる。ただ、魔法があるので不要ていわれてしまえばそれまでだ)


便利さでは圧倒的に現代に負けるが、

命の安いこの世界では安心して眠れる場所があるだけで十分だと感じる。


荷物をまとめ、ロングソードは手の届く位置へ。

藁入りのベッドに腰を下ろす。


「……思ったより硬いな」


横になると、藁が背中を押し返してくるような感覚。

慣れるまでは寝返りのたびにきしむ音が気になりそうだ。


だが、一日中歩き回った疲れと、

転生初日に重なった戦闘のストレスがどっと押し寄せる。


(……まあいい。今日は、寝られれば十分だ)


ランプの火を消し、部屋は闇に沈む。


静かな夜気が流れ込み、

自然とまぶたが落ちていった。


――こうしてルーファウスの“転生後初めての街での夜”は、

静かに、ゆっくりと更けていった。


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