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目覚めの森

風間真は、普段通りの帰宅途中、夜の街並みに溶け込んでいた。忙しいサラリーマン生活に疲れた顔をして、少しだけ急ぐ足取りで駅に向かっていた。自分の仕事に対してどこか冷めた思いを抱えながらも、特に何かに不満があるわけでもない。彼の日常は、良くも悪くも平穏無事だった。


その時、ふと視界がぼやけた。世界が歪み、暗い感覚に包まれていく。次の瞬間、足元が崩れ、真は無意識に地面に倒れこんだ。


目を開けた時、そこは全く見知らぬ場所だった。


風間真の目に映ったのは、深い緑に囲まれた静かな森の中。空は淡い紫色に染まり、薄い霧が漂っている。地面にはどこか湿った草が生い茂り、足元には濡れた土の感触が伝わった。


真は呆然と立ち上がり、周囲を見回す。しかし、その景色には何の心当たりもない。普段なら見慣れた街並みがどこにも見当たらず、彼の頭にはただただ混乱の波が押し寄せる。


「何が起きたんだ……?」


風間真は、意識が少しずつ戻る中で、強い湿気を感じた。体が重く、全身がだるい。頭の中はぼんやりしているが、目を開けると、見知らぬ空間が広がっていた。周りは暗く湿った森の中。木々の間から薄い光が差し込んでいる。あたりは静寂で、ただ風の音だけが微かに聞こえる。


「……ここは?」


声を出したが、響くのは自分の声だけ。いつも聞き慣れた自分の声と違って、若干高く、少し力が抜けたような音だった。その違和感に戸惑い、無意識に手を顔に当てる。冷たい空気が指先を通り過ぎ、何もない空間を触ったような感覚が広がる。


――違う、違うな。


自分の顔を感じながらも、どうしてもその感覚がしっくりこない。普段自分が知っている自分の顔の感触と違う。触れた感触が、まるで誰かの顔のように感じられ、気づかないうちにその自分に違和感を覚えていた。


目をこすり、周りを見渡す。木々が並んでいて、他に人影はない。森の中で寝ていたわけでもなく、ただ目の前に広がる森の景色が、まるで記憶にないものだった。どうしてここにいるのか、何が起きたのか、まるで分からない。


「……俺、誰だ?」


つぶやいてみるものの、言葉に力がなく、思った以上に現実感が薄い。自分の記憶を手繰り寄せようとするが、そこには何も浮かばない。ただ、断片的に「ルーファウス」という名前が頭に浮かぶ。誰かの名前だが、それがどうして自分に結びつくのか、全く理解できなかった。


頭の中でその名前が何度も繰り返されるが、それを受け入れる準備ができていない自分がいた。


「ルーファウス……?」


再びその名前を呟いてみるが、心の中でしっくりこない。それでも、何となくその名前が自分を示しているような感覚がする。しかし、何も思い出せない。何も分からない。


何かが足りない。何かが欠けている気がする。


体を動かしてみると、動きは普通に感じる。しっかりと足元に立ち、手を広げてみる。筋肉の感覚、関節の動き、体全体が自分のものだと感じられるのに、心は全くついてこない。


「……俺は、一体どうなった?」


気づくと、自分が座っている位置からゆっくりと立ち上がっていた。周囲の状況を確認しながら、次に自分の体に目を向けてみる。服装や肌の感触、髪の長さや質感、すべてが、どこか知らないもののように思えた。


その違和感が、どんどん強くなる。


「……どうすればいいんだ?」


そう呟きながら、周囲を見渡す。自分がこの場所にどうしているのか、何が起こったのか、全く分からない。自分の体、そして名前と記憶、すべてが曖昧で、もどかしさだけが残る。


その瞬間、背後で何かが動く気配を感じた。振り返ると、突然、見知らぬ青年が現れた。黒髪、青い瞳を持つ青年――その顔にはどこか覚えのある面影があった。だが、彼の名前を真は思い出せなかった。


青年はまるで自分が正体不明であるかのように周囲を警戒しながら言った。


「……俺は誰だ? ここは……一体?」


その声、ルーファウスのものだった。真の中に眠っていた記憶が徐々に目を覚ます。彼の名前はルーファウス――異世界で目を覚ました青年の名前だった。


やがて、二人の意識がひとつに交わり、風間真とルーファウスが融合した瞬間、真の体に新たな力が流れ込む感覚があった。胸の奥で燻っていたものが急に目を覚まし、全身に力が満ちていく。


「これは……一体?」


今までの風間真としての常識が崩れ、目の前に現れた新しい身体感覚に戸惑いながらも、深く息を吸う。


風間真とルーファウス――二人の魂が交錯した瞬間、異世界での新しい人生が始まる。

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― 新着の感想 ―
『触覚の道標 ― 影の冒険者と魔力乏しき者の異才』(仮)の序章を読んで、物語の謎と緊張感が非常に強く印象に残りました。 主人公・風間真が普段通りの帰宅途中に突然異世界に引き込まれる場面はとても衝撃的…
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